第六話 迫る暴風(後)

第六話 迫る暴風(後)


 ウォーカー〈コクレア〉に搭乗していたヘイダルは、迷うことなく機体を格納庫から発進させた。

「たった一機を相手に何を手間取る? 包囲して叩けばすぐに終わることだろうに」

 不意を付かれた、相手は未確認の高性能機だ、パイロットの技量も桁外れだ……。それらのことは、無線を駆けめぐる会話から容易く想像できる。

「だが、その程度で数の優位は覆らない。相手が複数ならばともかく、単騎をしとめられないなどあり得ない。所詮はウォーカーだ、大口径の弾を当てられれば撃破できる」

 そう考えながら〈コクレア〉に乗り格納庫を出たヘイダルは、そこで繰り広げられている、惨状とでも呼ぶべきモノを目撃した。

「……バカな」

 反政府系武装組織のウォーカーは、既に半数以上が撃破されていた。

 あちこちで燃料に引火した黒々とした煙が上がっている。そこら中に巨大な空薬莢と装甲の破片が散らばっている。弾痕のように抉れた場所がガラス状に変質しているのは、ビーム兵器の痕跡だろうか。

 武装を失ったもの、破損により戦闘続行が不可能になったもの、既にパイロットが脱出したもの……。原形を留めつつも戦力として数えることの出来ないソレらを除けば、戦闘可能な状態のウォーカーは僅かだった。

 その中で唯一、殆ど無傷の機体がいた。

 ジュラルドの操る〈テンペスト〉である。

 もちろん、どれほど驚異的な戦闘能力を持っていようとも、どれほど圧倒的な性能だとしても、所詮はウォーカーという機械兵器に過ぎない。

 だが、背中の滑空翼を折り畳んだその姿は、見る者に対して、天使や悪魔の存在を連想させた。

 その〈テンペスト〉が、それがビームバヨネットを構え、ヘイダルの乗る〈コクレア〉へと向けてデュアルアイの光学センサーを光らせた。

「……化け物だとでも言うのか? ふざけるな、こんなところで俺は!」

 ヘイダルは装備するアサルトライフルをフルオートで撃ち放ちながら、フットペダルを踏み込んで機体を前進させる。だが〈テンペスト〉の動きは、ジュラルドの反応速度はそれを凌駕していた。弾丸は紙一重で回避された。そして、〈テンペスト〉の側も〈コクレア〉の方へと接近してくる。

 両者の間合いは一瞬のうちに詰まり、そして今にも正面から衝突するのではないかという距離に至るその直前、〈テンペスト〉は装備するビームバヨネットを無造作に振り上げた。

「――っ!」

 ヘイダルの野性的な勘が働いた。

 彼は咄嗟の判断で機体を停止させる。そして後退を選択したその直後、装備していたアサルトライフルの銃身が切断された。

「今のは、ビーム兵器か!?」

 相対する〈テンペスト〉を操縦していたジュラルドの採った行動、それそのものは極めてシンプルだ。彼はビームバヨネットを振り上げ、その銃口からビームのブレードをごく短時間、即ち発生させたブレードが対象を切断できると想定されるタイミングでのみ発生させたのだ。

 ジュラルドは再び袈裟切りに振り下ろし、左右に振り抜き、同様に切断の瞬間のみビームブレードを発生させ攻撃を仕掛ける。

 回避に徹するヘイダルだが幾度と無く攻撃を受けてしまう。

 そんな中、ジュラルドは笑みを浮かべた。

「それでも致命傷は避けましたか。少しは骨がありそうです」

 攻撃の瞬間のみビームブレードを発生させるこの攻撃方法は、兵器としてビームが用いられるようになったことによって編み出されたものだ。エネルギーの消費を最小限に押さえつつ、攻撃の間合いを悟られないように立ち回ることが可能なこの方式は、極めて合理的且つ有効な方法だった。

 それと同時に極めて高い技量を要求される戦闘方式であり、また、そもそもビームブレードという装備が技術的観点からも一般化されているとは言い難い中においては、多くの者にとって未知の戦闘方法だった。

 苦戦を強いられるヘイダルは、銃身が切断され使い物にならなくなったアサルトライフルを投げ捨て、後退しながらも反撃の機会を伺う。

 迫るビームブレードの斬撃に命の危険を感じながらも、ヘイダルは遂に逆転の秘策を見つけ出した。〈コクレア〉の腰部分に吊り下げられていた超硬質アックスを装備し、即座に近くにあった照明用の鉄塔を切りつける。

「ナメるな、たかが一兵士の分際でッ!」

 〈テンペスト〉は倒れてくる鉄塔を回避する為に一瞬の停止、或いは後退を余儀なくされる。その僅かな隙に、近くに倒れている機体の持つアサルトライフルを奪い、距離を離して弾幕を張れば、安全圏から攻撃の主導権を握ることが出来る――、筈だった。

 しかし、〈テンペスト〉が現実に選択した行動は、ヘイダルの思考する前提条件を遙かに凌駕していた。

 〈テンペスト〉は倒れてくる鉄塔に対して、停止も、また後退も選択しなかった。〈テンペスト〉は加速し、前進する事で倒れる鉄塔を回避する。

 それは確かに想定外の行動だ。しかし、ヘイダルは瞬時に判断を下し〈テンペスト〉に向けて超硬質アックスを振り下ろす。

 咄嗟の判断で、しかし的確に振り下ろされた合金製の斧状の暴力的な刃は、確実に〈テンペスト〉に向けて振り下ろされた。

「――消えた!?」 

 一切の手応えがなかった。音もなく、衝撃もなく、斬撃は虚しく空を切った。そして、ヘイダルが見つめるモニターには〈テンペスト〉の姿はない。

 ――ッ。

 ヘイダルは背中から小さな衝撃を感じた。

 そしてその意味を理解した。

「あの一瞬で、俺が振り下ろす瞬間に、背後に回ったって言うのか!?」

 武術の熟練者であれば、体重移動と足裁きを駆使することで、一瞬の僅かな隙に相対する者の背後に回ることは、確かに可能である。そして第二世代、即ち人型兵器として確立されたウォーカーという存在に革新を起こすべく多くの先進技術が試験的に投入された〈テンペスト〉には、その基本構造においても極めて独創的な機能が盛り込まれていた。骨や筋肉と言った人体構造を機械的に再現した内部フレームを用いることで、理論上は極めて人間的な動きが可能となっていた。それは即ち、『正しく機体を操れるのであれば』という極めて困難な条件を満たすことによって、『理論上人間が可能とする動き』を再現することが可能となるのだ。

 ジュラルドは、今まさにそれを成し遂げた。

 武道の達人さながらの動きを再現し、一瞬にしてヘイダルの操縦する〈コクレア〉の背後に回り、ビームバヨネットの銃口を背中に突きつけたのだ。

「暇つぶし程度には楽しめましたよ。感謝します」

 ジュラルドはトリガーボタンを引いた。

 それに連動し、ビームバヨネットの銃口から帯電粒子が放出され、電磁力によってつなぎ止められることによりビームブレードが形成される。

 高熱を帯びた閃光を放つ粒子の刃は〈コクレア〉の装甲を背後から貫く。その先のコックピットに座るヘイダルも、自分の身に何が起こったかを理解する前に焼き貫かれ絶命し蒸発した。


×××


 反政府系武装組織に占拠されていた軍事基地での戦闘は大方の決着が付いた。

 ジュラルドは単騎での突入にも関わらず、基地内に存在した反政府系武装組織のウォーカー総てを戦闘不可能な状態へと変化させた。

 ジュラルドがそのことを無線で報告すると同時に、周辺へと身を潜めていた王国軍の兵士が突入した。そこまでいけば後は早かった。最早総崩れとなり絶望する反政府系武装組織は瞬く間に拘束され、抵抗した者達も僅かな後に鎮圧された。

 ジュラルドは、その様子をコックピットの中から見ていた。

「やれやれ、なんとも呆気ないものです。――ん? ……なるほど、王様は私を御指名ということですか。謎の第三勢力に私をぶつけようと言うのであれば、喜んでお応えしますよ。今度こそ退屈することはなさそうです」

 一人呟いたジュラルドは無線で、軍事基地の中への突入を指揮していた者に連絡をする。

「ウォーカーとの戦闘はもう無いでしょう。後はお任せしますよ」

「協力に感謝します。これからどちらに?」

「ラブコールがありましてね。別案件の特殊任務ですよ」

 ジュラルドはそう応じ〈テンペスト〉を基地の滑走路に向かわせながら、滑空翼を広げた。ジュラルドが受け取ったのはガダル国王からの特殊任務だった。そこには、『死守せよ』という言葉と共に講堂前広場の写真と座標が添付されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る