第六話 迫る暴風(中)

第六話 迫る暴風(中)


 ヘイダル率いる反政府系武装組織は第一段階の目的を果たす事に成功し、どこか浮かれた空気すらも漂っていた。そんな彼等が占拠する王国軍の基地に、突如として緊張感が走った。

 錯綜する未確認の情報は、その内容を精査することもなく、素早くヘイダルの耳に届くこととなった。そして彼は叫んだ。

「所属不明機の強襲だと!? どこかに隠れていた王国軍か?」

 情報を伝えに来た男は、ヘイダルの態度に威圧されつつも、伝令としての役割を果たす。

「いいえ、それは無いと思われます。何しろその所属不明機は、王国軍に対しても無差別に攻撃を仕掛けているとのことですので」

 その言葉にヘイダルは思わず眉を顰めた。

 そんなことをすれば、王国軍も反政府系武装組織も、双方共に敵に回すことになる。マトモな思考をする人間であれば、そんな行動はあり得ない。

 そう結論づけたヘイダルは、伝令の男に対して応じた。

「狂犬じみた第三勢力、ということか。やっかいなことだな。とはいえ所詮は一機だけだ。ウォーカーを六機ほど送って一気に撃破してしまえ。こちらの被害が拡大する前に不安要素は潰しておいた方がいいだろう」

 ヘイダルはそう指示を出すと、ウォーカーの整備が行われている格納庫に向かった。

(想定外の第三勢力が現れたか。だが、その程度で我々の優位が揺らぐことはない。すでに奪取したこの基地のウォーカー部隊も出撃可能になった。数の優位を手に入れた我々が失敗することなど、決してあり得ない)

 そう考えるヘイダルだが、心の奥底には僅かに拭いきれない不安があった。それは、あらゆる作戦において絶対などあり得ないことを知る彼の直感とも言うべき物だった。

 ヘイダルは待機状態の〈コクレア〉に乗り込んだ。

 不測の事態が発生した場合、最も安全な場所はウォーカーの中であるというのが彼の考えだった。

 それは、かつて少年兵を率いていた頃の経験に基づくものだ。

(王国軍の奇襲を受けたあの時もそうだった。俺自身の直感を信じたからこそ、今こうして生き残っている。今度も生き延び、俺が総てを手に入れるさ)

 ヘイダルのそんな思考の直後、占領中の王国軍基地に衝撃と爆発音が響き渡った。


×××


「……さて。それでは仕掛けるとしますか」

 トルバラド王国に雇われた傭兵の男、ジュラルドは小さくそう呟いた。

 彼は自らの搭乗したウォーカー〈テンペスト〉の操縦桿を握る。

「メインエンジン始動。網膜投射開始。全ステータス、戦闘モードに移行」

 〈テンペスト〉即ち、ゴルデア帝国で開発された第三世代相当のこのウォーカーには、いくつかの実験的且つ先進的な技術を用いた機能が搭載されている。頭部のデュアルアイ型光学センサーから収集された映像は、そのまま直接パイロットの網膜に投射され、よりダイレクトに外の状況を把握することが可能となっている。

 続いてジュラルドは〈テンペスト〉の背面部に装備された飛行ユニットの滑空翌を展開した。ウォーカーを単騎で自由に飛行させるという発想に基づいて開発されたこの装備も、今までのウォーカーが持つ陸戦兵器という常識を打ち破るための意欲的な試作品だ。

 一人の傭兵に過ぎないジュラルドだが、彼はそんな最先端技術の固まりである試作型ウォーカー一機と整備用の予備パーツ、そして専属のメカニックを連れて、トルバラド王国に入国していた。

 勿論、そのことにはそれなりの事情がある。それはゴルデア帝国が内部に抱える問題に起因する。

 〈テンペスト〉という試作機はゴルデア帝国の技術の粋を集めて作られた機体であり、軍事機密の固まりとも言える。そんな試作機を取り扱えるテストパイロットというのは名誉ある地位だ。しかし同時に、試作段階にあるような兵器を実戦に投入しデータを採るともなれば、敵からの撃墜以上に、不慮の事故が発生することが予測された。つまり、『名誉ある地位』等という言葉を用いなければ志願する者など滅多にいない、言ってみれば都合のいい『モルモット』なのだ。

 ゴルデア帝国が求めていた人材は『不安定な試作機を乗りこなす実力』を持つ『死んでもかまわない』と思えるような存在だった。

 そして、ジュラルドはそれに合致した。

 ウォーカーの操縦に長けた才能を持ち、特定の組織に属さないフリーの傭兵。そして、複数の国を力によって併合してきたゴルデア帝国において、蔑まれる側として存在する、かつての被征服国出身者。

 そんな条件に当てはまるジュラルドだからこそ、トルバラド王国に派遣されることになったのだ。

「……しかし、結果として私は戦場に立っているのです。戦いが出来、金がもらえるのであれば、文句を言うつもりなどありませんよ」

 それは決して強がりなどではない。

 ジュラルドという男の偽らざる本心だ。命の奪い合いに惹かれた、戦闘狂の独白だった。

「ではみなさん、手はず通りに頼みますよ」 

 彼はそう言うと機体を発進させた。

 脚部ローラーによる僅かな助走の後、飛行ユニットのジェットエンジンを点火。瞬く間に高速移動を開始した〈テンペスト〉は滑空翌で風を掴み空へと舞い上がった。

 結論から言えば反政府系武装組織を率いる男、ヘイダルの直感は正しかったのだ。

 反政府系武装組織に軍事基地を奪われたかのように見えた王国軍だったが、これは王国軍側の作戦だった。反政府系武装組織の襲撃を予測していたジュラルドは、自身に指揮を任された部隊をウォーカーやその他装備諸共避難させていた。

 そして、反政府系武装組織の大半が基地占領のために集まったところで、避難した少数精鋭で一気に攻撃。まとめて一網打尽にしてしまおうという作戦だった。

 そのために、まずジュラルドが飛行能力を持ったウォーカー〈テンペスト〉で攻撃を仕掛ける。その後で王国軍が突入し基地の奪還を行おうというのだ。

 一見有効な作戦に見えるかもしれないが、先行突入した〈テンペスト〉が敵のウォーカーを総て押さえる、というただ一点において、一般的には極めて困難なものであると考えられるだろう。しかしジュラルドは、それでも尚十分な勝算を持ってこの作戦に挑んだ。

「……いきますよ」

 ジュラルドは〈テンペスト〉に装備していた四機のミサイル総てを発射する。王国軍側の撤退時の破壊工作によって対空レーダーの機能の殆どを喪失していた反政府系武装組織がそれに気が付くことが出来たのは、それらが目視で確認可能な距離まで接近し、ミサイルの着弾まで秒読みという時だった。

 迎撃など間に合うはずもなく、発見の数秒後には衝撃と爆音、そして火柱が立ち上ることとなった。

 基地の中から何機ものウォーカーが〈テンペスト〉の迎撃のために現れる。それに対してジュラルドは、〈テンペスト〉の両腕に内蔵されたビームマシンガンの狙いを定め、容赦なくトリガーボタンを引く。射出された閃光を放つ無数の帯電粒子の弾丸は、反政府系武装組織のウォーカーの頭上から容赦なく降り注いだ。

 この腕部内蔵型のビームマシンガンもまた、意欲的に先進技術を用いた装備の一つだった。確かにビーム兵器自体は各国で開発だ進められており、要塞などに迎撃用の固定砲として備え付けられている。或いはウォーカーの専用装備として開発されている。だが、それをウォーカーの腕の内部に埋め込むほどの小型化というのはまだ成されていないはずだった。

 しかし、〈テンペスト〉の両腕には、まさにそんな小型化されたビーム兵器が試験的に搭載されていた。

「……とはいえ、やはり威力が低いですね。収束率も悪い上に減衰も酷い。まだ試作品の域を出ることはなさそうです」

 『ウォーカーが上空から単騎で攻撃を仕掛けてくる』ということ、それ自体が想定されないものであり、そして、陸戦兵器として開発された多くの戦車や装甲車がそうであるように、ウォーカーもまた空からの攻撃に対しては決して強いとは言えなかった。

 例え威力こそ低くとも、上空から降り注ぐビームマシンガンに対して有効策を見いだせなかった反政府系武装組織のウォーカー数機は、無数の弾痕を付けられた後に駆動用の燃料に引火し爆散した。

 無論、反政府系武装組織とて上空からの攻撃を想定していなかったわけではない。基地備え付けの迎撃用機銃と、ウォーカーの装備するアサルトライフルの無数の火線が、飛行する〈テンペスト〉に対して向けて延びていく。

 〈テンペスト〉の飛行能力は先進的とはいえ所詮試作装備の域を出ない。速度や旋回能力の面において、既存の航空機が持つ性能には大きく劣り、上空でこれらの迎撃を回避することは容易ではない。

 そのことを深く理解しているジュラルドは、迷うことなく着陸を選択する。滑空翼を折りたたみビームマシンガンを乱射しながら急降下。着陸すると同時に脚部ローラーを用いて、即座に地上での高速移動に切り替える。

 そして、専用装備であるビームバヨネットを装備する。

 所謂ライフルに近い形状の武器の銃口からは〈テンペスト〉の腕部に備え付けられたビームマシンガンよりも遙かに高い威力のビームを連続して放つことが可能である。そして、銃口へと電磁力による帯電粒子の収束固定を行えば、刃状の極めて威力の高い近接戦闘用装備として用いることが可能となる。

 迎撃する反政府武装勢力のウォーカー部隊の銃口が〈テンペスト〉を追う。

「遅い。貴方たちはあまりにも遅いですよ」

 極めて有機的で変則的な移動を行う〈テンペスト〉に対して、反政府系武装組織の攻撃が成功することはなかった。弾丸が放たれる前に、刃が振り下ろされる前に、ジュラルドは柔軟且つ正確な読みで反政府系武装組織のウォーカーを撃破していった。

「さあ、狩りの時間を始めましょう」

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