第六話 迫る暴風(前)

第六章 迫る暴風(前)


 城下町、及びその外円部にある貧民街の一部からの一時避難命令が伝えられたのは、その日の朝の最初のテレビニュースだった。

 政府は昨今の不安定な国内情勢を鑑み、暴動を起こす反政府系武装組織に対する大規模一斉攻勢を仕掛けるとのことだ。これに当たって、罪無き国民に及ぶ被害を最小限に止めるというのが今回の一時避難命令の意図であると伝えられた。

「逆に言うなら、残っていれば問答無用で敵と見なして射殺する、ってことなのよね。相変わらず物騒なことだわ」

 貧民街の一角にあるかつての工場。その食堂兼事務所のテレビから繰り返し伝えられるニュースに対して、サラは辛辣にそうコメントした。

 今この場には、年少組を含めた全員が集められていた。

 ボリスはリモコンを手にテレビを消し、そして全員に対して言った。

「以前から予想していた状況の一つが、ついに現実のものになった。やや不本意ではあるが、最も荒い『計画』をこのタイミングで実行に移す。マナは年少組全員を連れて、予定の避難所に移動してくれ。この旧工場が焼け落ちたときのために、金品と重要書類も頼む」

 反政府系武装組織と国王の意思という外部要因で、ややなし崩し的且つ強引ではあるが、ついにこの時が来た。

 直接的に『計画』に関わらない年少組達も、おおよそ何が起こるのかは察している。サラやシオン達はとても危険なことをしようとしている。そして、それが成功すればきっと良いことが起こるのだ、と。

 ボリスの言葉に続いて、サラが全員を見渡し宣言する。

「じゃあ、作戦開始よ。次に皆で会うときは、もっとマシな国に成ってるはずだわ」

 それを合図に、全員が行動を開始した。

 貴重品や重要書類を箱に詰め、避難用の車に詰め込む。或いは、年少組達に衣服やその他身の回り品をまとめるように指示を出す。武器弾薬の補充、『計画』に関する詳細の確認、〈スヴァログ〉の最終点検……。やることは多くあったが、全員集中しキビキビと動いていた。

 年少組を取りまとめ、『計画』終了まで守り抜くことを任されたのはマナだった。その、暴力を伴わない大役を任された彼女だったが、少し浮かない顔で事務所の書類をまとめていた。それに気が付いたサラが話しかける。

「どうしたの、マナ。随分と深刻そうな顔をして」

「えぇ!? 私、そんな顔してた?」

 そう返答するマナは、確かに無意識だったと分かるほどに驚いていた。

「ええ。大分似合わない表情をしていたわよ」

 マナは一旦手を止め、そして意を決したようにサラと向き合った。自分がどんな表情だったのかには無自覚なマナだが、そんな顔をしてしまうであろう自分の心には思い当たるフシがあった。

「……私、やっぱりマナには勝てないよ。だってマナは凄いから。器用だし、頭もいいし、綺麗だし、だから……」

 マナはそう言いながら、部屋の片隅でボリスから受け取った書類に目を通しているシオンの方を向いた。

 マナは、自分の中にある感情を巧く説明出来なかった。シオンと話すのは、一緒にいるのは確かに楽しい。最初に会った時は本気で傷つけようとし、それこそ殺すつもりでいたはずなのに、同じ場所で同じ方向を向いている内に、そんな気持ちはただの思い出になっていた。

 マナにとっては、サラが仲間に加わったことは、とても嬉しいことだった。共に過ごす時間は楽しかったし、心強かった。だがシオンは、自分よりもサラの隣にいるべきなんだと、そんな思いが強くなっていったのだ。

 サラは凄い。シオンも凄い。だからシオンの隣にいるべきなのは自分ではなくサラの方なのだ。

 そんな結論にたどり着いたマナは、自分の中にサラに対する濁った感情が生まれたようで、それに戸惑っていた。

 サラはそんなマナに対し、小さくため息を付いた。

 マナの考えていることはだいたい察することが出来た。それも恐らくは、マナ当人以上に的確に、だ。

(……本当なら、もっとシンプルでいいのよね。こんな国の、こんな生まれの、こんな状況でなければ、私もマナも悩む必要なんて無かった。自分の本心には誰よりも早く自分自身で気が付けた筈だし、そこに躊躇いはいらない筈だった。……だけど、現実は違う)

 マナがシオンに惹かれているのだということを、サラは良く理解していた。

 そして、サラ自身も同じような感情が、少なくとも単なる好意以上の感情が生まれていることを自覚していた。だからこそ今取るべき最善の行動は一つだとサラは考えていた。

「貴女の口からシオンに言いなさい、絶対に帰ってきてほしいと」

 サラのそんな言葉に対し、マナは躊躇いがちに応じる。

「それは……、私でいいの? 多分、私なんかじゃダメだよ。それに、シオンだってサラが言った方が……」

 サラは首を横に振った。

「私では駄目なの。私の言葉はシオンを戦わせることは出来ても、生かすことは出来ないわ。私が命じればシオンは命がけで敵を討つかもしれないけど、その時はきっと自分の命まで削ってしまう。最初に出会った日から今まで、戦う理由を与えた私は、シオンのたどり着くべき場所を作ることは出来るかもしれない。だけど、生きて帰るべき場所になれるのは私じゃない。それがマナ、貴女なのよ」

 サラはかつて葛藤した。もしかしたら自分はシオンに惹かれているのかもしれない。シオンと共に生きたいと、彼に生きていてほしいと心の奥で思っているのかもしれない。そう気が付くと同時に理解した。

 自分にはそんな思いを抱く資格がないのだ、と。

 サラは思う。シオンに対して、総てを擲ってでも勝利せよ、必ずその報酬を用意しよう、そう宣言し戦いを始めた自分には、その時点でシオンに対して「生還せよ」と命じる資格などないのだ、と。

 それに、例えそうでなかったとしても、究極的に言えば個人的な復讐心のみで多くの人間の命を奪おうとしている自分に、その先人並みの幸せなど望む資格などないのだ、と。

 ならせめて、自分の復習に巻き込まれた者達が後に幸せを掴んでほしいと考えた、その果ての言葉だった。

 サラの言葉を聞くマナも、サラのそんな心の奥底を理解することなど出来るはずもない。しかし、今自分が求められていること、やるべきこと、そしてやりたいと思っていることは分かった。

「難しいことはよく分からないけど、……でも分かった。私が言ってくるね」

 マナはそう言うとシオンの方へと駆けて行った。

 サラはそんなマナの背中をどこか眩しそうに見送りながら、決意の拳を握りしめる。 

(もしかしたら、こんな思いをしなくてもいい世界だってあり得たかもしれないのよね。シオンやマナや、私自身が平和な世界のただの学生でいられたら、こんなことを考える必要も無かった。だけど、私達が今ここで生きている以上それは許されない。ならせめて、それを私が変えてみせる。私に与えられた総てを利用して)


×××


 王国側が発表した避難最終日を迎えるよりも先に、反政府系武装組織は行動を開始した。

 最初に行われたのは増援部隊への急襲だった。占領されたのとは別の軍事基地から陸路で兵士と、武装を運んでいた列車を反政府系武装組織が発見。強奪と殺害を行い、さらに列車の利用客に対する自主検問を開始した。住民の避難速度は著しく低下し、中央の王国軍は完全に孤立することとなってしまった。

 続いて反政府系武装組織は、散発的ながらも城に対する直接的な攻撃を開始した。昼夜を問わない奇襲を仕掛け、王国軍に対してプレッシャーを与えると共にその限られた兵力を削ろうというのだ。

 この戦いは、未だ兵と武器の質、量ともに優位を保つ王国軍の側にとって極めて不利な点が存在した。

 それは、『勝利条件』である。

 実は、公式に明らかになっている王位継承者は現在存在しない。ガダル王が王位につく直前に起こったクーデターとその事後処理によって、彼の遠縁を含めた親族の総てが死亡、ないし継承権の剥奪を受けている。

 特に、当時の国王とその后、そしてガダル=トルバラド唯一の兄妹である妹の『非業の死』は大々的に報じられ、多くの国民の記憶に刻まれていた。

 無論これには、己の地位を確固たる物にしようと考えたガダル王と、彼に接触をはかりトルバラド王国に傀儡政権を作ろうと考えた外国工作員の思惑が存在した。余りにも度し難い事だが、ともかく現実はそのような状況となっている。

 故に反政府系武装組織は、現王ガダル=トルバラドの首さえ手に入れれば、その時点でどのような犠牲を払おうとも王政という現在の国家体制を破壊することが可能なのである。これこそが反政府系武装組織の目指す『勝利』なのだ。

 だからこそ彼らは、現在最も警備の厳重な王宮に対して攻撃を仕掛け続ける。それがただ一度でも成功すれば、どれほどの血を流そうと勝利者になれるのだ。


×××


 ついに王国側の出した避難命令の、その期日となった。

 反政府系武装組織は支配領域を拡大すべく城下町の各地で行動しており、これまでの間王国軍はこれに対して、あくまでも必要な迎撃のみにつとめ、武力を用いることは最小限だった。これは王宮に対する攻撃にも同じことが言え、ひたすら防衛戦に専念していた。

 しかし、避難命令の期日を過ぎると同時に状況は一変した。

 まず、王宮に次ぐ国の権力の象徴であり、先日『暴動』の起こった講堂前広場に動きがあった。講堂前の広場が、何らかの軍事施設として用いられるように作られているという噂は以前からあったが、これが都市伝説に過ぎないということが公に否定されたのだ。

 広場の地下空間に待機していた王国軍の少数精鋭のウォーカー部隊が、講堂前広場周辺の隠し通路から出動。城下町各地での先頭に参加し、反政府系武装組織への徹底的な攻撃を開始した。

 それと同じ頃、一人の少年が行動を開始した。

「ヘッドセットディスプレイ表示、――正常。各種パラメーター確認、――問題なし、燃料、推進材、装備、残弾――各問題無し、コックピットロック、視界良好」

 ただ一人残り、行動開始のタイミング、即ち城下町での王国軍と反政府系武装組織の本格的な先頭の開始を待っていた少年、シオンは自身に与えられた第三世代相当試作型ウォーカーに搭乗し、馴れた手付きで機体を起動させていく。

「――エレベーター、遠隔起動。全装備正常認識、火器管制システム、最終安全装置解除。――〈スヴァログ〉、発進」

 太陽の光を浴びた、真新しい純白の装甲が、陸戦兵器としてはあまりにも異質な輝きと存在感を放つ。

 エレベーターが地上に出ると同時に、シオンは自らの搭乗するウォーカー〈スヴァログ〉の脚部ローラーを使用。カタログスペック上、整地であれば最大時速九五キロを誇る鋼鉄の健脚は、うなり声を上げながら烈風の如く、戦場を目指して前進した。

 閑散とした貧民街を進むシオンは、レーダー上に複数のウォーカーの反応を確認した。数は四。識別信号から推測するに、おそらくは反政府系武装組織だろう。

 シオンは一切の躊躇い無く、その反応のある方へ向けて〈スヴァログ〉を進行させた。同時に、長めの持ち手の先端に重い刃の付けられた新型試作装備である『ジェットアックス』を装備する。

 反政府系武装組織の一団は突然の事態に対して戸惑っていた。味方でもなければ、敵である王国軍でもない、その上全く見覚えのない機影が自分達の方に向かって一直線に突っ込んでくるのだ。

 ――味方か? 敵か? 威嚇か? 牽制か? 迎撃か?

 時間にすれば数秒足らずの、その僅かな思考時間による判断の遅れが、彼等の運命を決した。

 シオンの操縦する〈スヴァログ〉は、装備するジェットアックスを容赦なく横一線に振り抜いた。それと同時にジェットアックスに内蔵されている推進機構を起動。遠心力に加えて小型ジェットブースターによる加速が行われた破壊的な一撃が、一機のウォーカーを胴体からコックピットごと真っ二つに叩き切った。

 突然攻撃を仕掛けてきた〈スヴァログ〉を敵だと認識した残りの三機が迎撃のため行動を開始する。しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 〈スヴァログ〉のジェットアックスの返す太刀が一番近くにいたウォーカーに対して、予想外の角度から襲いかかり、武器を構える暇すら与えずに粉砕する。

 ジェットアックスの推進機構は破壊力を強化する為だけの物ではない。通常の武器ではあり得ないような変則的な太刀筋を可能にすることで、近接戦闘における絶対的な優位を確立するのだ。

 残すは二機。

 彼等は咄嗟の判断で後退し、射撃装備による挟撃を行おうとする。

 しかし、シオンはそれを許さない。一機の方に向けて牽引用アンカーを射出。命中したアンカーの先端に内蔵された電磁吸着装置が確かに標的へと食らいつく。そしてそのまま、力任せにアンカーを横凪に振り、もう一機のウォーカーの方へと捕縛したウォーカーを叩きつける。

 無論、この程度でウォーカーを確実に機能停止させられないことはシオンもよく理解している。最初の不意打ちで撃破したウォーカーの物と思しきアサルトライフルを拾い装備。〈スヴァログ〉のハンドマニピュレーターに内蔵された特殊認証システムによってコードを書き換え、自身の火器管制システムの制御下に置く。そしてその銃口を、折り重なるように倒れた二機のウォーカーに対して向け、容赦なく弾丸を浴びせた。

 フルオートで放たれる弾丸が命中する金属音が容赦なく響きわたった数秒後、燃料に引火したのだろう、二機のウォーカーが爆散した。

「……よし、次だ」

 四機のウォーカーを確実に撃破したことを確認したシオンは、再び移動を開始した。

 目指す場所は講堂前広場。

 目的はただ一つ。

 『講堂周辺からあらゆる武力的脅威を排除すること』。

 それがサラの『計画』、即ち『サラ自らの手によるガダル王の暗殺』を成功させるための必須条件だった。

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