第五話 動乱(後)
第五話 動乱(後)
「……まさか、こんなことになってしまうとは」
シオン達と接触したジャーナリストの中で、サラからのメッセージを受け取り、それを信じて行動した者達は、政府軍の攻撃を回避することに成功した。
その中の一人である、講堂前広場での決定的な証拠写真をカメラに収めたジャーナリストの男は、命がけの脱出を行った。そして、負傷しながらも近隣の民家で匿ってもらうことが出来た。
その家の住人は、講堂前広場で何か暴動があったということには気が付いていた。そして、それに巻き込まれた外国人のジャーナリストを、不憫に思い匿ったのだ。ジャーナリストの男は、「実は政府から攻撃があったという噂もある」と探りを入れてみた。しかし、彼を匿った人物はそれを否定した。
「テレビにも、新聞にも、そんなことは書かれていないじゃないか。軍が自国民を攻撃するなんてあり得ない。そんなものはデタラメな噂だ」
そう言って取り合おうとしなかった。
ジャーナリストの男はお礼を言うとその家から立ち去った。彼は怪しまれないように慎重な行動を心がけながら、次にするべきことを思案していた。
(王国は事実を徹底的に隠蔽するだろう。そうなると、証拠になりそうなものを国外に持ち出そうとすれば、徹底的な検閲を潜り抜ける必要がある。バレれば最悪命は無いな)
ジャーナリストの男は朝食をとるために、比較的貧民街に近いところにある食堂に入った。朝食が出る店ならどこでもよかった、ただ、今後何があるか分からない以上なるべく節約しようと考え、その結果この場所を選んだ。
店内には客は居らず、従業員と思しき少女二人と店主の女性だけだった。男はコーヒーと定食を頼み、ここにくる前に買った新聞に目を通す。
「確かに、新聞はいつもと同じ調子だ。暴動があったという記事はあるが、扱いは小さいし学生運動については一切触れていない。まるで、昨夜のことが無かったかのように」
真実がマスメディアの報道によって作られる。
この男は、自身がジャーナリストであるという自覚と同じように強く、その現実を理解していた。
そして今、その最たるものであるかのような隠蔽を目の前で見せられる事となった。彼は、隠蔽というモノが如何に困難であるかを知っている。だからこそ、この国の王の持つ権力に対して、その巨大さに驚愕するしかなかった。
驚愕は時間を経るごとに変質した。そして、頼んだコーヒーと定食が届いた時には、完全なる恐怖となっていた。
彼はブラックのままコーヒーを飲む。しかしそれでも味を感じることが出来ない。口に入れる全てが砂や紙のようであり、ただひたすらに言いようのない焦燥感だけが膨張し続けていた。
(もし俺が写真を持っていることがバレれば、王国に『消される』ことになっても不思議じゃない。無線通信の環境が完全に閉鎖しているこの国だ。国外への情報発信は、少なくとも個人レベルの通信機器では不可能だ。……これを消さない限り、俺が生きてこの国をでることは出来ないということか)
カメラを入れたカバンに視線を落としながら思案した。
そして、「外国人のジャーナリストであるという時点で警戒され無事に出国するのはどうやっても困難だろう」と結論づけるしか無かった。その無情な現実は、彼を改めて絶望的な気持ちにさせた。
会計を終え店を出る。
人通りは少ないが、その僅かな人間の目が自分に対する監視のように感じられ、男は常に怯えながら歩いた。
(そういえばあの少女、どこかで……)
男はふと、従業員の少女の内の一人の顔を思い出した。整った顔立ちと長く綺麗な金髪。それに加え、芯の強さを感じさせる瞳。
過去にも一度この国へと取材に訪れていたこの男は、どこかで同じような顔を見ていたような気がしていた。
(思い返せば聞き覚えのある声だったような気もする。確かあれは、王室への取材を試みたときに――)
――携帯端末が電子メールの着信を告げる音を鳴らし、男の思考は中断された。
送り主は先日連絡先を交換したこの国の少年だった。
内容はとても短かった。
文面は『時が来たら行きなさい』という短い一言。
それに加え、印の付けられた地図の画像データが添付されていた。
×××
その作戦は電撃的に行われた。
国内の治安が日毎に悪化する中、反政府系武装組織は王国の軍事基地に対する奇襲攻撃を行った。
狙われた場所は、王国へ最も近い基地だった。
王国側は当初、城に対する攻撃を警戒していた。しかし、それが裏目にでる結果となった。
夜間、警戒網が脆弱になるタイミングをつくことで易々とそれを突破した反政府系武装組織の地上部隊は、基地に対して攻撃を仕掛けることに成功した。
反政府系武装組織は第二世代ウォーカー〈コクレア〉でバリケードを突破。迎撃にやってきた王国軍を押さえながら、後続の進入路を確保した。
続いて装甲車で突入した第二陣は、そのまま軍のウォーカーがおかれている第二格納庫を目指した。王国軍基地の第一格納庫には迎撃用の最新鋭機が、第二格納庫には整備の終わった演習用装備の機体がそれぞれ存在する。第二陣の目的は、この演習用の機体を奪取することにあった。
第二陣の指揮を行うのは、シオン達と浅からぬ因縁の持ち主、ヘイダルだ。
「第一陣が崩れる前に、俺達で基地のウォーカーを押さえる。武器管制システムの書き換えを忘れるなよ」
第二格納庫にまともな実戦用装備がないことは、彼等も十分承知していた。そして、その対策も万全だった。
専用ディスクを読み込ませシステムの一部を書き換えた後、彼等は装甲車に積んできた自前の武器を装備。万全の戦闘態勢を整え、第一陣との合流に向かった。
基地の兵士達は想定外の奇襲を受けたことによって連携こそ上手く出来ていないものの、機体性能と数の優位によって有利に立ち回っていた。しかし、そこにウォーカーに乗り装備を調えた第二陣が合流したことにより状況が変化する。数と性能の優位が消滅したのだ。むしろ数においては基地の兵士達の方が不利ですらあった。
しかし、反政府系武装組織の攻勢はここで終わることはなかった。基地のウォーカー奪取を目的とした第二陣に続き、第三陣が基地内に突入した。第三陣の目的は基地機能の停止とコレの奪取にあった。
銃火機で武装した反政府系武装組織の構成員達は、基地内で白兵戦を展開した。基地内の王国軍兵士達はコレに応戦したが、連度という点においては、常日頃から実践的に武器を使い、人間を殺すことに一切の躊躇いがない反政府系武装組織の方が優勢と言わざるを得なかった。
かくして夜中通して行われた基地での攻防戦は、王国軍の兵士達が敗走する事となった。そして、夜明けと共に基地機能が反政府系武装組織の手に落ちたことが、王国側に伝えられることとなった。
×××
基地の奪取に成功した反政府系武装組織は、勝利の凱歌を上げることとなった。しかし一方で、全員が慌ただしく動いていた。
彼等が第一に警戒しなければならないことは、この基地が再び王国軍によって奪い返されることである。それを阻止するためにも、周囲の警戒は密にしなければならない。また、王国軍が基地を放棄するときに行った破壊工作の対処を行い、基地の機能を正常化させる必要があった。
その他にも、基地内に残されていた各種装備の奪取や、他の反政府系武装組織への情報共有や受け入れ、あるいは今回の戦闘で負傷した者達の治療など、やることは山詰みだ。
しかし、誰もがこの戦果に高揚していることは間違いなかった。
「やりましたね、ヘイダルさん」
構成員の一人から話しかけられたヘイダルは、周囲に指示を出しながらそれに応じる。
「ああ。これで計画の第一段階は成功だ」
「次はいよいよ王様の首ですね」
反政府系武装組織も、過激派とは言え無能というわけではない。王国軍との戦力差は十分に把握している。現在国中の兵力が城の周辺と城下町の警備のために駆り出されているのだから、いきなり本丸である城に攻撃を仕掛けても、目的が達せられないことは十分に理解していた。そこで彼等は、第一目標として現在多少手薄になっている軍事基地を選んだ。
占領の目的は補給線の寸断と、王国軍の戦力分散にあった。
現状、城下町周辺で発生する武装蜂起に対処できるのは城の周辺や城下町に駐留している兵士だけとなった。最も近い基地が占領されたことで補給線が絶たれ孤立すれば、ゲリラ戦に対する対処によって戦力が削られていく。そうなれば、城に突入しガダル王を討ち取る作戦も成功率が上がる。それが反政府系武装組織の作戦だった。
×××
「お疲れさま。だいぶ調子が良さそうね」
シミュレーターでの訓練を終えたシオンに対して、サラは労いの言葉と一緒に飲み物を手渡した。
「ありがとうサラ。でも実戦は違う。何があるか分からないから、油断はできない」
「思ったより慎重なのね」
「無駄死にしたいとは思わない。それに、今まで計画通り作戦が進行したことなんて無かった」
そんなシオンの言葉を聞き、シミュレーターのデータを確認していたボリスがやってきた。
「確かに用心は必要だ。しかし、キャンプの連中というのはそこまで酷い奴等なのかね?」
「話すのは良いけど、そんなに面白くもないよ。それに」
そう言ってシオンはサラの方に視線を移した。それに対しサラは、無造作に髪をはらうと同時に、柔らかな、それでいて冷たい炎を奥底に感じさせる表情を浮かべながら言った。
「私ももう一度聞いておきたいわ。それは、私が正面から向き合わなきゃいけないモノの一つなわけだし」
二人の言葉を受けたシオンは少しの間だけ沈黙し、そして口を開いた。
「そもそもアイツ等は、俺達のことを無理矢理連れてきて兵士に仕立て上げた。親無しが拾われるのはまだいい方で、通学中にさらわれたり、学校や家を襲撃したり、『駒』を増やすための手段は選ばなかった」
「お前の場合はどうだったんだ?」
「売られたんだ。ある日アイツ等がやってきて、親に金を渡して、それでキャンプに連れて行かれた」
それは、内乱の絶えない貧しい国の日常だ。トルバラド王国もその例外ではない。力が弱く精神的に脆い子供を、暴力を背景に服従させ従順な『駒』を作るということは、多くの国や地域で非合法に行われている。そしてシオン達もまた、そんな大人達の都合の犠牲者だった。
そういった事情はボリスもよく理解していた。潜入先であるトルバラド王国の事情は事前に把握していたし、自身の出身国であるゼムリア共和国においても、似たような問題は存在していた。
「大人達のリーダーにヘイダルっていうのがいた。そいつの命令でウォーカーに乗ることになった。何度も何度も、俺達を殺すための無謀な作戦が立てられたし、それを拒否することは出来なかった。だから生き残るために必死に戦った」
「『殺すために』というのはどういう意味だ? 例え『駒』にすぎないとはいえ、それは自分の陣営の戦力なのだろ?」
「大人達だって俺達に恨まれていることは分かってる。変に賢くなって反抗されるのが嫌みたいだったし、死んじゃえば食糧を与える必要もない」
「聞いたのか?」
シオンはボリスの問いに対して、当時の情景を幻視しながら、露骨に嫌そうな顔をして応える。
「聞きたくなくても聞こえてくる。それに、聞こえなくても分かる」
結局のところ、シオン達のような少年兵のことを、大人達は単なる消耗品としてしか見ていなかった。いや、むしろ最低限の訓練を終えた少年兵は、コストやリスクの面を考えれば『消耗されることが望ましい』と、少なくともシオン達を少年兵にした者達は考えていたのだ。
ボリスが問う。
「そして王国軍の奇襲で大人達が死に、生き残ったお前達は自由の身になったというわけか。だが、どうして今も戦いの道を選ぶ? もっと他にやりようはあったとも思うがね」
「無かったよ。少なくとも俺にはなかった。それ以外に知らないんだ。生存と暴力、そのための技術。それしかない俺に思いつけたのは、ただひたすらに戦い続けて、今日よりもマシな明日を勝ち取って、自分の居場所を守り続けることだけだった」
それは今も変わらない、とシオンは小さく付け加えた。それを受け、今まで沈黙していたサラが口を開いた。
「そして私はシオンに出会い、彼等に約束したのよ。私が必ずこの国を今よりマシな物に変えて、彼等の居場所を作り、それを守り抜くことを。それが、私の復習に協力してもらうシオン達への見返り。それを成し遂げるためなら、私は元少年兵を暴力のためだけに利用するし、外国の工作員の思惑にも乗るわ。それは承知の上なんでしょ?」
シオンは静かに頷いた。偶然に過ぎなかったシオンとサラの出会いだが、その時シオンがサラに、或いはサラがシオンに感じた直感、即ち「こいつと共に動けば目的に到達できる」という思いは、より強固な確信に成っていた。それは同時に、自他共に決して失敗や裏切りを許さないという、決して動くことのない楔に変化していた。
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