第五話 動乱(前)

第五話 動乱(前)


『――では、次のニュースをお伝えします。昨夜、講堂前広場にて、大規模な暴動が発生しました。ガダル=トルバラド国王陛下はこれに対処するために、軍に武力を行使する事での排除を命令しました。暴動は国内に潜伏する反政府勢力によるものであり、軍に負傷者数名が出たものの、民間人への被害はありませんでした。今回の暴動を受け、警備のための人員をさらに強化することが発表されました――』


×××


「その情報は確かか?」

 採掘場跡地を改造したアジトに潜伏する反政府武装組織。その一派を纏め上げる男であるヘイダルは、待機中のウォーカーのコックピットの中で、仲間からの報告を受けていた。

「はい。現地に潜入していた者が確認したとのことです。学生運動のリーダーであるアレンは、軍の攻撃により死亡。学生達の大半を殺傷し、燃やし尽くしたとのことです。現在講堂前広場に軍が駐留しているのは、証拠隠滅の意図があるためと推測できます」

 それを聞いたヘイダルはウォーカーから降りると、隠すことなく満面の笑みを浮かべながら言った。

「よし。大義としては十分だ。これでだいぶ動きやすくなったな。全員を集めろ、それから撮影機材もだ。俺達の声明を出すぞ」

「いよいよやるんですね」

「ああ、今が好機だ。俺達が先陣を切る」

 アジトの中にあわただしい空気が漂い始めた。

(長かった。王国軍の奇襲を受け、何とか生き延びて地下に潜伏し、再起のチャンスをうかがい続けてきた。同志を集め、資金を集め、外国の工作機関と接触して武器を揃えた。民衆の不満が最高潮に達するこのタイミングこそ、俺達が最も支持を得られる最大の好機だ。今を逃す手はない)

 ヘイダルは王族を滅ぼし、国の全権を掌握しようと考えていた。ガダル王が王位の継承者の大半を抹殺し、あるいは権利を剥奪したことで、その実現は容易になっていた。

 ヘイダル達を含めた国内の多くの反政府系武装組織は、外国から人員や武器、弾薬などの支援を受けている。それが、多くの外国勢力がトルバラド王国を手に入れることを欲し、その足がかりを作ろうとしているからだということも知っている。しかし、それを理解し、利用されているにすぎないことを分かった上で、多くの反政府系武装組織は外国勢力の力を借りる。

 誰もが、支配者の権力に憧れていた。

 目の前で繰り広げられる、王という絶対権力者の横暴を目撃したからこそ、自らがその力を振るうことを切望していたのだ。

「玉座は、俺にこそ相応しい。今度こそ明け渡してもらうぞ」


×××


『昨夜の講堂前広場での一件は、国家転覆を企む反政府活動家の鎮圧であり、国は一般市民に銃を向けることは無い』

 ガダル王がそんな見解を示したのと同じ日、テレビ局の電波をジャックしたヘイダル率いる反政府系武装組織は、挑戦とも犯罪予告とも解釈可能な映像を放送した。

 映像の中でヘイダルは、ガダル王が講堂前広場で起きた学生に対する虐殺を隠蔽していることを主張した。そして、学生運動のリーダーであるアレンを含めた多くの若い国民の命が無惨にも奪われたこと、さらには、ガダル王は国民ではなく己の保身のみのために行動する王であることなどを、極めて強い口調で糾弾した。そして、今こそ革命を起こし、国民のための国を作り出すべきであり、その戦列に加わるようにと呼びかけた。

 この訴えかけに対する反応はすぐにあった。

 多くの反政府系武装組織が蜂起しゲリラ活動を開始した。

 各地で暴動が多発し、これの対処のため警察が武装を強化する事を迫られた。軍は講堂前広場と城周辺の警備を強化し、一方で反政府系武装組織も銃火器で武装した自警団を投入した。

 各陣営が、それぞれの敵に対して暴力を伴う排除を開始したことは、最早必然的な流れだった。そして、基地では市街地戦を想定した訓練が激化していた。

 国内の治安は一変して最悪のモノとなり、特に貧民街では常に血と硝煙の臭いが漂い続けていた。

 反政府系武装組織は、講堂前広場の事件で死亡した学生運動のリーダーであるアレンを、国民の自由のために戦った英雄として祭り上げた。そして、それを自分達の大義として最大限に利用した。

 ――多くの一般国民が、身を守るために家で息を潜めるようになってから一週間程の時間が経過した。

 今までよりも一層荒廃した貧民街を、一人の男が歩いていた。

(……全て計画通りだ)

 男の名前はハルブ。ガダル王の命令で動く工作員の一人だ。

 彼は以前から学生運動の中に紛れて行動していた。学生達を煽り、必要な時に、必要な規模の事件を起こすためだ。彼は今、次なる計画のために学生運動の生き残り達を探し、その行動を記録し、利用するための準備を進めていた。

「――っ!」

 ハルブは足を止めた。

 理由はその視線の先にあった。

 町を二人組の少年少女が歩いていた。その内の一人、少女の姿にハルブは心当たりがあった。

(あの少女、やはり似ている。……しかし、あり得ない話ではない。遺体は発見されたが、判別が困難なまで損傷していた。場を納めるためには死んだと断定する他になかったし、ガダル王も万が一の生き残りを警戒していた。無論、断定できない以上、今報告は出来ない。調査の必要がある)

 ハルブは、特に少女の方を注視しながら二人を尾行した。少女は身なりこそボロボロに薄汚れてはいるが、その行動にはこの貧民街に似つかわしくないような気品が感じられた。

 少年の方はというと、こちらも油断できなかった。何しろ常に周囲を警戒しているのだ。普段から治安が悪く、今では尚一層危険なこの場所を歩いているということは、相応の危険回避能力があるのだろう。

 ハルブはそんな二人に悟られないよう、いつも以上に警戒を強める。常に一定以上の距離を離しながら尾行を続けた。

 突然、二人が足を止めた。

 そして、少女が振り返り静かに微笑んだ。

 まるで、ハルブの尾行に気が付いていることを示すかのようだった。

「まさか――」

 次の瞬間、彼は首筋に痛みを感じた。

 それが、注射針によるモノだということには、一歩遅れて気が付いた。

 振り返り、それをやったのが見知らぬ男だということを知った。

 そして急激に力が抜け、意識が遠くなり始めると同時に、麻酔薬を注射されたのだということを理解した。

    

 ×××

 

「ねえボリス。彼、このまま眠ったままなんてことは無いわよね?」

「大丈夫だ。薬の量は調整した。もっとも、こいつにとっては眠ったままでいた方が幾分か幸せではあっただろうがな。……どうやらお目覚めのようだぞ」

 王国側の工作員ハルブが目を覚ました場所は見知らぬ部屋の中だった。そして、この場所が地下にある下水処理施設の一角であり、外部からの救援など望めないことも理解した。

 シオンとサラのことを尾行していたハルブだが、ボリスによって麻酔薬を打ち込まれ、この場所に拉致拘束監禁されたというのが事の顛末だった。サラとシオンが町に出たのは、ハルブのような存在を『釣り上げる』為のボリスの作戦であり、それは見事に成功した。

 ボリスはハルブの正面に立ち問いつめる。

「さて、こちらの質問に対して一方的に答えてもらおうか。返答次第では長生きできるぞ。では一つ目だ。何のために二人を尾行していた?」

 拘束され、一切の身動きがとれないハルブが、静かに返答する。

「……私が、それに答えると思うのか?」

「答えないだろうな。少なくとも、素直に答えることはないだろう。優秀な工作員というのはそういうものだ。だが、質問は続ける。これを命じたのは誰だ?」

「……ガダル王だ」

「だろうな。それ以外にいるはずがない。全く無意味な質問だった。では良いことを教えよう。『その読みは当たりだ』。しかしこの重要な情報を、忠誠を誓う王様の所へ、一体どうやって持ち帰る? 抵抗したり、脱出を試みたり、連絡をとることはしないのかね?」

「……お前の考えるほど、王は甘くない」

 その返答に対し、ボリスは笑みを浮かべた。

「そうかもしれないな。服の中に十五個、皮膚の内側に四個。随分と沢山仕掛けていたじゃないか。用心深いのは良いことだ」

 そういうと同時に、ボリスはハルブが意識を失っている間に奪った発信器や盗聴器などを見せつけた。

 彼の表情が変わった。事前に知らされていた物や自分で仕掛けた物よりも数が多い。つまり、自分ですら気が付かなかった、味方側の仕掛けた盗聴器の存在に、このボリスという男は気が付いたのだ。そして、それらが全て無力化されているという事は、救援が望め無いどころか、何一つとして情報を届けられないということだ。

「どうする? これでもまだ義理立てするか?」

「……それでも、ガダル王に対する忠誠は裏切れない。それは、私自身の覚悟だ」

 それを聞いたサラは、今までの沈黙を破った。

「大した忠誠心ね。それはつまり、王族に対してでもなく、国に対してでもなく、ただ彼に対して忠誠を誓うという事かしら」

「……お前の生存は、驚きこそしたが想定の範囲内だ。今更何も出来まい。今この国にはガダル王の存在が必要だ。確かに内部に反発する者はいる。だが、今のやり方でしか国を維持することは出来ない」

 サラは小さく、そして冷たい笑みを浮かべた。

「それが彼の限界よ。自己保身の為にしか動けない哀れな男の限界。それに、私が戻れば変えられるわ」

「大層な自信だ」

 ハルブはそう言いながら、少年、シオンの方へと視線を向けた。シオンは沈黙を貫いていた。だがハルブは、余りにも冷静なこの少年から、何かただならぬモノを感じ取っていた。

「……意志と覚悟、そして力か。どちらにしろ、私を生かして帰すつもりはないんだろ? 尋問も、拷問も、意味は無いと思え。工作員となったその日に命は捨てた。私が舌を噛み切って自分で終わるか、お前達が勝手に終わらせるか、ただそれだけだ」

 それに応えたのはボリスだった。

「勝手に終わらせるさ。だがその前に一つ質問がある。城の守りは万全か? 噂によれば秘密の抜け道などもあるそうだが」

 ハルブは小さく笑った。

 それは、まるで自分達の勝利を確信したかのようだった。

「城の守りは万全だ。ネズミ一匹通さないさ。暗殺は諦めることだな。正面突破など以ての外だ」

「……そうか」

 ボリスは懐から拳銃を取り出した。

 スライドを引き初弾を装填。安全装置を解除すると同時に、拘束され動けないハルブの眉間へと狙いを定め、引き金に人差し指をかける。

 ボリスの後ろに立つサラとシオンは、その様子を静かに見つめていた。

 この後何が起こるのか、二人はそれを理解している。

 そして、理解しているからこそ二人はただ静かにこの状況を見つめ続けていた。その光景を目に焼き付けることが、自分たちの責任だと考えていた。

 ――引き金が引かれ、銃声が鳴り響いた。

 刹那の後に放たれた弾丸はハルブの眉間を撃ち抜き、彼を絶命させた。

「……では、行くか」

「うん」

「ええ、行きましょう」

 ボリスの言葉に対してシオンとサラは、いつもとまるで変わらない様子でそう応じた。地下室にはただ一人の銃殺死体だけが残された。

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