第四話 革命前夜祭(前)

第四章 革命前夜祭(前)


「これは、すごいことになっているな。……なあ、シオン。この国には、こんなに人がいたんだな」

「……しかも、俺たちと同年代が、ね。確かにすごい。世界が違う」

 仕事を終えたシオンとカリムは、城下町の講堂前広場に来ていた。

 正面には講堂の入口の門があり、その左右数百メートルを、等間隔に配置された分厚い壁と街路樹によって仕切られたそここそが『講堂前広場』と呼ばれる場所だ。幅も相当な広さがあり、この場所で行われる軍事パレードの際のウォーカー部隊と戦車部隊による一列横隊は圧巻とも言えるものだ。

現在講堂の中に通じる門は固く閉ざされており、その高さや頑強さもあって講堂そのものの中に入ることは不可能だった。

 ライルがエリサに会って得た情報は、シオン達全員に共有された。ボリスとの相談の結果、シオン達はそこに向かうことになった。

 もっとも、彼等がこの場所に来たのは野次馬や物見遊山というわけではない。ボリスから『計画』の為の行動を指示されていた。

「でも良かったのか? ボリスからの指示を優先するなら、俺についてくる必要はないんだぞ」

 ライルの言葉に応えたのはカリムだった。

「エリサは俺たちの中から、上手く抜け出せた一人だ。今何をやってるのか、直接本人に聞いてみたいという思いはあったからな」

 元少年兵の中でもエリサは幸運だったと言えるだろう。

 彼女は両親を内乱で失った後、少女の身でありながら『兵士』として『徴兵』された。そして、偶然や幸運の助けもありそこから抜け出す事が出来た。その後、生き残っていた親戚に保護され、そして学校に通うことも出来るようになった。

 不幸から始まった彼女の人生だが、そこから先に歩んだ道は幸運と言える物だったのかもしれない。

 だからこそ、シオンには一つ気になることがあった。

「……エリサは、どうしてこれに参加したんだろう」

 ライルは辺りを見渡した。

 講堂前広場は学生を中心としたグループにより占拠されている。

 この場所を支配するのは異様な熱気だ。

 広場の周囲は椅子や机によって作られたバリケードで封鎖されている。広場にはいくつものテントが張られている。また、一目で盗品と分かるような車も何台か止められている。

 車だけではない。数台の作業用ウォーカー〈トロル〉までもが、鉄パイプ等で武装し周囲を警戒していた。

 広場の中央では学生による野外コンサートが開かれていた。精一杯に声を張り上げる歌い声と、力の限りに打ち鳴らされる楽器、そしてそれを包み込む観衆の熱狂が、日の落ち始めた講堂前広場を支配していた。

 同じく周囲を見渡していたライルが、シオンの疑問に対して答えた。

「エリサが言うには、俺たちみたいな犠牲者を出さないため、らしいぜ」

「それはさっきも聞いた。もちろん分かるよ。でも、それだけだとは思えない。いや、例えエリサがそう考えていたとしても、じゃあ他の人たちはいったい何を考えてこの場所に集まっているのかな、って。非常事態宣言に逆らう以上、今この場で殺されても文句は言えないのに、それだけの覚悟がここにいる人たちはあるのかな、とか、色々と考えるよ。これを見せつけられたらね」

 カリムとライルは、いつになくシオンが饒舌なことに驚いていた。ただ一方で、シオンがそうなる理由の分かる彼等は、少しの間無言のまま講堂前の広場に集まる学生達を見ていた。

 端的に言えば高揚していたのだ。

 この場を包む言いしれぬ高揚感にあてられていたのだ。普段であれば、これほどの大人数の同年代の人間を目にすることもないのだ。それに加え、特に娯楽に対する興味の薄いシオンだ。彼にとっては、これほど多くの人間が浮かれ騒ぐ空気に慣れていなかった。

 それに加え、二度と会うことが無いと思っていた友人との再会が叶うかも知れないのだ。となれば、高揚するなと言う方が無理な話ではある。

 しばらく経ち、最初に口を開いたのはライルだった。

「確かに、そいつは俺も気になるな。まあ、とりあえず、詳しいことは本人に聞いてみればいいさ」

 シオン達の視線の先に一人の少女がいた。

 とびきりの笑顔でこちらを向くのは、かつての少年兵。

 学生として生き、学生運動に身を投じるようになった少女、エリサだった。


×××


「久しぶりだね! シオン、カリム、あとライルも。元気にしてた?」

 エリサの言葉に対して、最初に応じたのはカリムだった。

「ああ、何とか上手くやっている。お前も、どうやら馴染んだみたいだな」

「まあ何とかね。でも最初は大変だったよ。親戚って言ったって、それほど面識があるわけじゃなかったし。いざ学校に行くっていっても、なんて言うか、常識が違うしね。ぜんぜん知らない世界にいるみたいで、すごく大変だったよ」

「まあ、そうだろうな」

 ライルは改めて周囲を見渡した。

 広場の中央で音楽を披露する者。テントの中で休む者。旗や横断幕を掲げながら主義主張を表現する者。武器を手にしながら周囲を見張る者。

 その多くが若い、シオン達と同年代の少年少女だ。

 シオン達もこれと近い経験を過去にしたことがある。作戦中に屋外で野戦陣地を築いた時だ。その時も確かに、同年代の人間達だけでテントに泊まり、武器を持った見張りが周囲を警戒していた。

 だが、その時とは決定的に異なる部分が一カ所だけ存在する。エリサを含めたその誰もが、とても楽しそうなのだ。

「私達は今晩から国王に対する請願活動を開始するわ。今回の私達の要求はただ一点。講堂につながる門を開き、そして、講堂内での私達の発言を国内のテレビで放送せよ、というものよ」

 シオン達は、視線を講堂前広場の巨大な門に向けた。

 講堂前広場には誰でも来ることが出来る。しかし、講堂そのものは、周囲を高く分厚い壁で囲まれており、その門は閉ざされている。

 国王からの重大発表、国王によって選出された議員や有力貴族を参謀として招き行われる会議などには、この講堂が使われる。それ故にこの場所は、王宮に次ぐ、或いは同等の権力の象徴と言えた。

 だからこそ、そこで発言し、それを全国民に届けよというのは、とても大きな象徴的意味合いを持つ。即ち、王族や議会、そして一部の貴族のみに認められた特権を、ただの市民に認めろということなのだ。

「私も、無謀だって事ぐらい分かっているわ。たぶんそれは、これを企画したリーダーのアレンさんも同じだと思う。だけど、そうやって何もしないでいたら、それこそこの国の状況は変わらない。その無謀を誰かがやらなくちゃいけないし、それは、私達みたいな若い世代じゃなきゃいけないのよ」

 エリサの言葉に対してシオンは小さく「……そうだね」とだけ応じた。

「それからね、アレンさんは私の過去について興味があるらしいの。よければみんなの話を聞きたいらしくて、今の私じゃやっぱり『当事者』ってわけじゃないからさ。よければ、もう少しでいいから残っててくれると嬉しいんだけど」

 エリサ自身、シオン達をこの場所に呼んだことが自分の我儘だという負い目があった。かつて『当事者』だったエリサだ。そんな彼女だからこそ、シオン達が今この場所で感じているであろう違和感は理解している。

 シオン達もエリサが少々遠慮しているという事は十分に分かっていた。しかし、シオン達はそれ以上に、エリサが昔とは何処か違うように感じていた。それが何故なのか、それを言語化する事は出来なかったが、ともかく確かな違和感があった。

 そして少しの思考と沈黙の後にライルが答えた。

「俺が残るぜ。エリサとは、もう少し話したいこともあったからな。シオンとカリムは頼まれてたことをやっておいてくれよ」


×××


 学生達に占拠された講堂前広場の端の方に、ビニールシートが敷かれいくつものテントが建つ場所がある。エリサとライルの二人はそこにいた。

「何だか変な気の使わせ方をしちゃったかな。ごめんね」

「別にいいさ。あんまり気にしないでくれ。こっちはこっちのやるべき事をやるし、その中にはアレンとかいうヤツについて調べるのも含まれていたからな」

「そうなんだ。やっぱり、ちゃんとそっちでも有名人なんだ」

「まあな。少なくとも俺が顔と名前を知ってる程度には有名人だぜ。……で、あいつがその有名人だろ?」

 ライルは一点を指さしながらそう言った。

 ライルが指すその先には、周囲の学生にねぎらいの声をかけながら近づいてくる男の姿があった。二人のところへと歩いてきたその男は言った。

「やあ、エリサ。今日は来てくれてありがとう。彼が君の言っていた元少年兵かい?」

「お疲れさまです、アレンさん。はい、彼が昔一緒だった元少年兵のライルです」

「君達の話はエリサから聞いているよ。初めましてライル。僕の名はアレン。今回の集会を計画した、まあ、責任者みたいなものかな」

「どうもッス、初めまして。噂は前から聞いてるッス」

「それは嬉しい限りだ。こういった活動を押し進めていく以上、君たちのような層の言葉というのは直に聞いておかなくてはと思っていてね。エリサの話を聞いて是非一度会ってみたいと思っていたんだ」

 少し報道の印象とは違うな、というのがライルの最初に抱いた感想だった。各種マスコミからは『言葉巧みに若者を学生運動に駆り立てた革命家』というように報道されていた。しかし実際に会ってみれば、想像以上にまっとうな好青年だったのだ。

「まあ、別に話をするのはいいッスけど、いったい何を聞きたいんスか?」

「僕が知りたいのは昔や今の生活そのものではなく、いったい何を考えて生きているのか、ということでね。率直に言って、君は今のこの国をどう思っているかね?」

「いきなり難しい質問ッスね。どう、って言われても特に思うところはないッスから」

「この国の貧困の最たる原因は、王に富と権力が集約されているからだ。だからこそ、それを正しく国民に分配すれば貧困に苦しむことはない。そうは思わないかね? それに加え、今のこの国のシステムでは貧しい家庭に生まれればそこから先は永遠に貧しいままだ。チャンスとは、全ての国民に平等に与えられるべきだ。それが、国の正しいあり方だとは考えないかね?」

 ライルに問いを投げるアレンの声と瞳は、まさに善人のそれだった。純粋に理想を信じ、この国を良い方向に変えられると考えていることが分かった。だからこそ、ライルは率直に答えるべきだと感じ、そして実行する。

「それはそうかもしれないッス。けど、難しいと思いますよ。生まれの環境も持って生まれる才能も、誰だって違う。だからこそ平等なんて幻想だと思うッス」

 ライルも、かつてはそれなりに恵まれた家庭で過ごしていた。だが、それは反政府組織の内乱によって引き裂かれた。そんな彼と同じような道をたどったエリサは、今では再び親戚の家に引き取られて学校に通っている。

 今も同じように共に暮らすシオンは、天才的なウォーカーの操縦技能を持つが故に、これから先も仕事に困ることはないだろう。

 車の操縦が得意で恵まれた体格のカリムも、現場作業員としてはどこでも働ける。

 ライル自身にしても、少年兵として過ごしたその経験があるからこそ、機械物に対してそれなりの専門知識が身についている。そして、それを活かせばちゃんと仕事はある。

 後から合流したサラやマナ、或いは彼等、彼女等よりも幼い何人もの孤児達も、元少年兵でないにもかかわらず、同じ場所で共同生活を送っている。

 今を恵まれた環境で過ごすアレン達からすれば確かに不幸な存在と写るだろう。しかし、それでもライル達は貧民街の中ではかなりの『まともな生き方』をしている恵まれた人間だ。

「……結局は運だと思うッスよ。誰もが同じなんて絶対に無理だから、不平等で、不運で、不幸で、上手くは言えないッスけど、それで良いんだとおもうッス」

「なるほど。そういった考え方もあるのか。だが、この国のシステムについてはどう思う? 世界を見渡せば、今時中央集権的な絶対王政を採用している先進国など僅かだ。時代遅れで非合理的なシステムだとは思わないかね?」

「……政治とか、他の国とか、そこは、正直よく分からないッス。けど、俺たちはこのトルバラド王国に生まれた国民ッスから、他がどうであれそれに従うべきだと思うッス。そこを変えられるのは、それこそ、この国では王様だけッスから。そこに不満があれば他の国で暮らすしかないと思うッス」

「情報は遮断され、教育は受けられず、娯楽に乏しい。ライル、君はこの状況を、それでも尚肯定するのかね?」

 ライルは、エリサから感じた違和感の正体について、何となくだが理解出来た。この場所にいる学生達は、ライル達とは生活様式が根本的に違う。だから、その先にある思考や価値観があまりにも違うのだ。

 確かにライルは、このアレンという男の話している言葉を聞いて理解することは出来る。しかし、その奥にある根本的な価値観を共有できていないのだ。

 一方は、ただ生きているだけでも幸せだと感じられる者。もう一方は、生きて何かの使命を果たさねば人生が無意味になると考える者。その二者の間では、全ての価値観を共有することは出来ない。

 そして、エリサはたった数年で『そちら側』に行ってしまったのだ。とはいえ、それは何ら悲しむべき事ではない。むしろ幸せなことなのだろうとライルは思った。

「不満はあるッスよ。けど、不満の解消を外に求めるだけってのには賛同出来ないって事ッスよ。少なくとも俺は、現状で楽しく忙しく生きてるッスから。それと、俺からも一つ質問いいッスか?」

「なんだい? 答えられる質問には極力答えたい」

「先日、非常事態宣言が出された以上、国が、軍が武力を用いてこの集会を止めにくるとは考えないんスか?」

「用心はしている。バリケードを作り、催涙ガス対策のマスクを配り、鉄パイプと火炎瓶の武装を揃え、その上車やウォーカーも用意した。簡単に手出しは出来ない。それに、軍は国民を守るためにいる。自国民に本気で銃を向けるはずがない」


×××


 ライルとエリサは、話を終えて立ち去るアレンの姿を見ていた。 

「なあエリサ、あのアレンってヤツ、お前の先輩なんだっけ?」

「うん、そうだけど、それがどうかしたの?」

「学校で会ったりすることあるのか?」

「無いよ。同じ学校って言っても学年が違うと教室の階が違うから、そもそも他学年の人とは滅多に会わないかな。でも、いきなりどうしたの?」

「いや、少し気になることがあってな」

 エリサがアレンという人物について知っていることには、何ら不自然な点はない。アレンは学生運動のリーダーであり、有名人であり、だからこそ知名度がある。

 だが逆に、アレンがエリサという一人の学生について知っていることはどうだろうか。接触が極めて困難な環境にも関わらず、アレンはエリサという人間が元少年兵だという情報まで入手していた。それは、明らかに不自然なことなのだ。少なくともそれは、一介の学生が少し調べただけで分かるようなことではない。

(多分アレンという男の背後には、何か大きな力が働いているな。例えそこに彼自身の意思が介在しなくても、彼を中心とした大きな動きを利用しようとしている者達が確実に存在するはずだ)

 アレンという人物には不自然な点が多い。

 ただの学生の声に、国中が動かされているのだ。最初は一つの学校だけだったのに、今では複数の学校、複数の活動家組織の連合にまで広がっている。その中心人物に富裕層の一学生が立っているというこの状況は極めて不自然だ。

「エリサ。これから先、もしかしたらヤバいことが起こるかもしれない。もしそうなったら、迷わずに自分の直感を信じてくれ」

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