第三話 旧友との再会(後)

第三話 旧友との再会(後)


「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」

 時間はちょうど昼時。城下町の、比較的貧民街に近い場所にある食堂に、良く通る、そして聞き慣れない声が響いていた。

 その様子を厨房から、食堂を取り仕切る店主の女性が見ていた。トルバラド王国では貧民街の人間に対するは別的な偏見を持つ者が多くいた。そんな中でマナやサラのことを雇っているこの女性はこの国においては稀有な存在の『いい人』だった。

「マナちゃん、彼女がサラちゃんだっけ? 中々覚えが良くて手際がいいわね。今まで何処か他のお店で働いてたのかい?」

「いいえ、働きに出るのは、今回が初めてだと思いますよ」

「あら、そうなのかい?」

 数日前からマナと一緒にここで働き始めたサラだったが、仕事を覚えるのはとても早かった。接客が上手く客からの評判も良いので、店主としても嬉しいのだろう。そして、そんなサラが、こうした仕事をやるのが初めてだということを意外と感じるのも、当然といえば当然のことだった。

「はい。でも、私なんかよりも、ずっとすごいんですよ」

 客からの注文を聞くサラの様子を見ていたマナがそう言った。その表情、その声からは、嫌みや僻みではなく、ただ純粋にサラのことを尊敬していると分かった。

 戻ってきたサラが、受けた注文を読み上げようとした。

「オーダー入ります、……どうしたの、マナ。ずいぶんと嬉しそうだけど」

 サラの怪訝そうな言葉に対して、マナは笑顔のまま答える。

「何でもない、って訳じゃないけど、うん、気にしないで。何でもないから」

 マナにとっては、サラと同じ場所に立てるということが、ただそれだけで嬉しかったのだ。

 同じ年頃の少女でありながらも、あまりにも遠く、どうやっても勝てない相手。マナはサラのことをそう定義していた。今この店でサラが働いていることも『計画』の一端に過ぎない事は、マナも十分に理解している。だが、例えそうだったとしても、サラと同じ場所に立ち、同じ景色を見られることが嬉しかった。

 そして、そんな難しいこと以上に、同い年の少女と一緒に何かを出来るということが楽しく、そして嬉しかった。


×××


「――番組の途中ですが、緊急のニュースをお伝えします」

「おや、いったい何だい?」

「さあ、何かしら」

「何だろうね」

 昼時の客が捌け、片づけや夕方に向けての準備をしていたサラ達は、テレビから聞こえてきた言葉を受けて手を止めた。

 トルバラド王国で放送されているテレビ番組は、その全てが国営放送である。これはラジオにおいても同様であり、国の緊急発表の第一報はそこから伝えられるようになっていた。

 サラ達が注目する中、テレビに映るニュースキャスターが告げた。

「先ほどガダル=トルバラド国王陛下より、非常事態宣言が布告されました。これは、昨今の不安定な国内事情を鑑みてのことであり、善良なる国民の生命と財産を守るためのやむを得ない決断であるとのことです。これにより、デモ行進の禁止、請願の禁止、集会の禁止、夜九時以降の外出の禁止が決定されました。また、これらの違反者に対しては、軍が武力を伴う排除行動を行えると定められました。繰り返します。先ほど――」

 テレビから流れる何処か無機質なニュースを、サラ達はしばらくの間無言のまま見ていた。

 最初に口を開いたのは、この店を仕切る店主の女性だった。

「最近物騒だと思ったけど、まさかこんな事になるなんてねえ。これだと、しばらくは閉店時間を早めないとだ。マナちゃん達も、準備は大丈夫だから早くあがりな」

「はい、そうします」

 突然のニュースに困惑するマナとは対照的にサラの反応は、まるでこうなることを予見していたかのように冷静だった。

「……非常事態宣言って言っても、せいぜい軍隊の権限を引き上げる、程度の意味しかないわね。だけど、これで一応の大義が出来た、ということなのかしら」


×××


 シオン達の暮らすかつての工場の地下室には、組み上がった真新しいウォーカー〈スヴァログ〉の姿があった。

 全長六.七メートル、第三世代相当の性能を想定されているゼムリア共和国の試作型ウォーカー。陸戦兵器としては特異な純白の装甲は、薄汚れた車や小型の作業用ウォーカーばかりのこの場所で、より一層の異彩を放っていた。

 その〈スヴァログ〉に、一人の少年が搭乗していた。

「シオン、聞こえているか?」

「うんボリス、問題ない」

「では、まずディスクを入れてシミュレーションモードを起動しろ」

「了解」

 〈スヴァログ〉に搭乗する少年、シオンはボリスからの指示に従い機体を操作する。ディスクを入れると同時に、ヘッドセットのゴーグル型ディスプレイへと『シミュレーションモード』の文字が表示される。

 〈スヴァログ〉は頭部のデュアルアイ型の光学センサーから収集した外部情報を、ヘッドセット型のディスプレイに投影する方式を採用している。ただし、今は外部映像ではなく、シミュレーション用の三次元コンピューターグラフィックスで作られた城下町周辺の映像が映し出されている。

「大丈夫、ちゃんと表示されてる」

「では始めるぞ。まずは操作感に慣れてくれ」

 ボリスの言葉と同時に街の中に『敵』のウォーカー、三〇ミリアサルトライフルを装備した〈コクレア〉が出現した。

 シオンは、半ば反射的に射線を避けるための横移動を織り交ぜながら機体を前進させる。それと同時に腰にマウントされていた超硬質ブレードを装備した。そして、間合いに入ると同時に相手のコックピットへと突き立てた。

「――よし」

 撃破判定を受けた敵機が消滅する。

 その直後、レーダー上に複数の反応が表示された。

「腕試しだ。全て撃破しろ」

「機体のクセも分からないままなのに、随分と容赦がないね」

「実戦は待ってくれんぞ」

「確かにそうだ」

 そう答えたシオンは、一番近くの反応の方に向けて機体を前進させた。

 目視で敵の姿を捕らえる。

 シオンはマウントされているアサルトライフルを装備する。そして、右手に銃、左手に近接装備という、生身と同じ戦闘スタイルに素早く切り替える。

 それと同時に躊躇い無くトリガーボタンを押し攻撃を開始した。放たれた銃弾により、相手が攻撃態勢を整えるより先に撃破される。

「次だ」

 目視の死角から超硬質アックスを装備した敵機が迫っていた。

 シオンは即座に降り向きながら、超硬質ブレードを横凪に振り抜く。

 直後、敵機の腕が切り裂かれて吹き飛び、攻撃は空を切った。そのことを確認するよりも先に、アサルトライフルの銃口を敵機のコックピットに押しつけ容赦なくトリガーボタンを引く。

 撃破。

 だがシオンは足を止めない。

 脚部ローラーを用いて機体を前進させる。

 敵機からロックオンされ、警告が鳴るのを構わず、整地であれば時速九五キロを誇る機動性を発揮させ、一気に間合いを詰める。

 敵の弾丸による被弾音が幾度と無く響く。だが、シオンは致命傷を避けるように動く事により、撃墜判定を受けることなく接近。その勢いのまま超硬質ブレードを突き立て撃破する。

 敵機はまだ無数にいる。

 近くに複数の反応を検知した。

 遮蔽物に身を隠し、アサルトライフルをフルオートで撃ち放つ。

 一機撃破。しかしその直後、残弾表示がゼロになった。

「まだだ」

 シオンは足下に転がる撃破した敵機の装備していたアサルトライフルを拾い、再び攻撃を開始する。

 ウォーカーの世代区分に厳密な定義は存在しない。だが、一般的に後方任務へ投入され始めた当初の物を第一世代、戦闘用として投入された物を第二世代と呼んでいる。そして、第二世代を上回る性能を追求した第三世代となっている。とはいえ、第三世代に相当するであろう革新的な新技術は現在確立されておらず、故に『第三世代相当』という言葉が用いられている。

 ともかく、シオンが操縦する〈スヴァログ〉は第三世代相当の性能を間違いなく持っている。それに対して、シミュレーターで登場する敵機は第二世代の、その中でも運用数こそ多いが性能的には型落ち気味の〈コクレア〉だ。カタログスペック上では〈スヴァログ〉が圧倒的に上回っている。そこにシオンの操縦技術が加わるのであれば、例えシオンが機体に慣れていないのだとしても、圧勝することは確実だった。

「……シオンと〈スヴァログ〉の潜在能力を考慮するなら、初めてにしては上出来だ、と言うべきだろうな。しかしまあ、手放しに誉めるというのも成長に繋がらないか」


×××


「お疲れさま。はい、どうぞ」

「ありがとう、サラ」

 時間は既に夜。シミュレーターによる訓練を終えたシオンの下にサラは差し入れを持ってきていた。

「どんな感じだった?」

「悪くない。細かい所には後で目を通すけど、うん、クセが掴めればかなりやれると思う」

「そう。それは、期待していいってことなのね」

「まあね。そういえばマナは?」

「年少組の相手をしているわ。仕事場でトランプをもらったとかで、ゲームの相手をせがまれていたわよ」

 サラの言葉に対して、シオンは怪訝そうに聞き返した。

「……トランプ?」

「知らないの? 数字とマークの描いてあるカードよ。賭博場で見たことあるでしょ? アレよ」

「ああ、あれか」

「あまり興味なさそうね。まあ、それもそうか。貴方はそういう性格だものね」

 〈スヴァログ〉から降りて床にもたれながら地べたに座るシオンの隣に、サラは適当な工具入れを見つけてくるとそれに腰掛けた。地下室には埃と錆と油の臭いが充満している。この場所には、サラのような少女の姿はあまり似合わない。いや、最初こそそうだったが、今となっては彼女もすっかり『こちら側』が似合うようになっていた。

「私は仕事場のテレビで見たのだけど、シオンは非常事態宣言のこと、聞いた?」

「街頭スピーカーから聞こえた」

 話していた二人のところへ、一人の男がやってきた。

「ガダル王も覚悟を決めたようだな」

「あら、ボリスもお疲れさま」

「ボリス、さっきのシミュレーション、どうだった?」

 現れたボリスは、壁にもたれ掛かりながら答える。

「可もなく不可もなく、と言ったところか。操縦データが揃えば動きも安定してくるはずだ。明日からはお前達の持ってきてくれた城下町周辺のデータを使った市街地線の訓練を本格化させる。併せて機体のマニュアルには目を通しておけよ。何しろ特殊な仕様の多い機体だ」

「それは分かってるけど、『あれ』って本当に使う機会あるの?」

 〈スヴァログ〉には、先進的な技術を用いたある特殊な防御装置が搭載されている。シオンはそれのことを指して言ったのだ。

 対するボリスは、やや厳しい表情で応じる。

「サラの証言、お前達の集めたデータ、それにワシ自身が掴んでいる情報。それらを総合的に見るなら、かなりの高確率で使うと思っておけ」

 座ったままボリスのことを上目遣いに見上げるサラは、「私の方からも少しいいかしら?」と前置きしてから質問する。

「ガダル王の非常事態宣言、あれにはどんな意図があると考えているのかしら? プロの意見が聞きたいわ」

「そのためには、まず最近の学生運動の高まりからはなす必要があるな。あれらは、そもそも王国側が意図して煽っている節がある。もちろんこの国の情勢を不安定化させ、隙を付いて奪おうとしているいくつかの外国勢力の工作員もいるだろうがな」

「……王国側が? 意外ね。いったい何故?」

「デモを誘発させ、そしてその失敗を決定的なものとして印象づけることで反発の意志を奪うためだろう。それと同時に、国内の反乱分子を発見して粛清したいのだろうな。要するに色分けだ。これに同調するか否かで国に対する忠誠を計ろうというのだろうな。非常事態宣言はそのための大義だ。あれが出された以上、今の王国側は、国民に対して銃を向けられる正当な理由が出来たというわけだ。……もっとも、潜伏している武装組織は、それを分かった上で動くだろうがな」

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