第三話 旧友との再会(中)

第三話 旧友との再会(中)


 学生運動とは、文字通り学生の行う社会運動のことを指す。広義には文化運動なども含めるが、一般的には社会的、政治的な運動のことを指し示すことが多い。

 大学内における学生自治権の容認を求める運動がその始まりだと言われており、そうした文化は世界各地に波及していった。

 トルバラド王国における学生運動は、民主主義、自由主義を掲げる政治的な活動が主である。その流れは学生によるモノのみに留まらず、国民全体へと広がっていった。

 目まぐるしく変化する国際情勢の中で、その速度から取り残されたトルバラド王国は経済的には後進国である。そうした状況は時間を追うごとに深刻化していった。

 ただし、問題の根本が王政という国家体制にあったわけではない。ウォーカーの人工知能に使用されるレアメタルを豊富に埋蔵しているトルバラド王国が、元来の国力の弱さもあり、他の国から収奪を受けていることにある。経済的に弱ったこの『宝の山』を自らの手の内に引き入れようと、多くの国が策を巡らせているのだ。

 前国王の暗殺と容疑者の公開処刑、その後、現国王ガダル=トルバラドが王座につくという『事件』が起こった。暗殺が外国勢力によるものと発表されたことにより、外国に対する排斥はよりいっそう強くなった。

 それと同時期に、現在の国家体制、即ち中央集権的な王政こそが、国民の貧困最大の原因であるという考えが広がり始めた。

 その結果、不満の捌け口を求めた国民が学生運動に合流する事となる。

 そして、反政府を掲げる、違法行為や暴力沙汰すらも大儀の名の下に容認するような、非常に危うい巨大なコミュニティーが形成されるに至った。

 しかし、多くの者は気が付いていなかった。

 この一連の流れが誰の思惑によって作られたモノなのかを。


×××


「お前、まさか活動家になったのか?」

 ライルは『活動家』という存在が、危険なモノであることをよく知っていた。

 所謂、政治的な活動に注力する活動家という存在が危険な行動をしているという事はもちろんある。学生を含めた活動家が、世間では必ずしも受け入れられていないということもある。だがそれ以上に、彼等の置かれている立場が、非常に危ういのだ。

 今の彼等がやっていることは、言ってしまえば革命を呼びかける反政府活動だ。

 そんなことを、王政という国家体制の国でやることのリスクは計り知れない。国民、国土、国家が国王の所有物である以上、国王の名の下に、それに仇為す者に死の罰が下される可能性は常に存在する。それが最高権力者の思惑ならば、止められる者などいるはずもない。

 極めて単純な言い方をするなら、王制の国で革命を呼びかけ、或いはそれに同調することは、文字通りの自殺行為にも等しいのだ。

 かつてライルやエリサが少年兵として所属していた組織は、反政府系の武装組織である。当然、王国側はそういった組織に対して容赦なく攻撃を行った。だからこそライルは、この国で反体制を唱える危うさを身をもって理解していた。

「世間では悪く言われることもあるわ。事実、目的意識もないまま流されるように加わる人や、ただの憂さ晴らしのために行動している人もいる。だけど私は違う。確固たる目的のための手段として、学生運動に参加しているわ」

「目的? いったい何を?」

 端から見ていれば、学生運動から何らかの目的意識を感じることは難しかった。少なくとも当事者以外からは、それが単なるストレスの捌け口を求める暴徒のようにしか写っていなかったというのが、実際の感覚である。

 だからこそ、「確固たる目的の為の手段」と口にしたエリサに対し、ライルは純粋な興味で聞き返した。

 エリサは、その問いに正面から応じる。

「もう、私達みたいな子供が生まれないために。これ以上、非合法手段による少年兵の徴用が行われないようにするために。そのために私は、今のこの国をもっと安定した状態に持って行きたい。そのためには、反政府勢力を含めた全ての国民が、話し合いのテーブルに座り、合議による政治を行う必要があるわ」

「近代民主国家、か。言葉と定義なら俺でも知ってる。だけどそれは……」

 それは幻想だ。

 全員が話し合いの席に座るべきだと、そう訴える者達が武器を手にする以上、その理屈は幻想でしかない。

 それ以上に、国内の治安悪化と経済の停滞は、各地で発生している反政府活動が原因の一端でもあるのだ。

 ライルはそういったことを感覚として理解している。しかし、だからといって、それを言葉にして伝えられるほどの教養を、彼は身につけていなかった。

 言葉を飲み込み、黙ってしまったライルに対し、エリサは言った。

「分かっているわ、自分が理想論を掲げていることくらい。それに、私は何も、今のガダル王を糾弾したい訳じゃない。ただ、一度でもいいから全員が意見を交わし会える場所を作るべきだと言っているの。私達は同じ人間よ。話せば、きっと分かり会えるはずだわ」

 ライルには、今のエリサがとても眩しく思えていた。

 理想に燃えるエリサの瞳がとても眩しく、そしてどこまでも遠いように感じられた。

「ライル、私達は今度の休日から、現状に対する国民の不満を王に訴えるための、大規模集会を計画しているの。リーダーのアレンさんの呼びかけに応じたのは、この学校の生徒だけじゃない。国内にあるいくつもの組織が連携した最大規模の集会よ。もしよければ、ライル達もそこに参加してもらえないかしら。私はもう当事者じゃないけど、でもライル達は違う。その訴えは、必ずこの国を動かせるはずよ」

 それを聞いたライルは、一度周囲を見渡した。周りに他の人がいないことも、この場所に盗聴器が存在しないことも分かっている。しかし、そうであったとしても警戒せずにはいられなかった。

「……サラの『計画』はどうなる? お前だって覚えてるだろ? あれはまだ消えちゃいない。俺達は正に今、それを実行するために動いている」

「ええ、覚えているわ。もちろん口外もしていない。だけど、暴力を使わずに意見を通せるなら、それこそ、今の私達のやり方は、結果として『計画』成功の近道になるはずよ」

「……何にせよ、こっちで一度相談してからになるな。ただ、まあ、今日は良かったぜ。エリサの元気そうな顔が見れて」


×××


 時刻は既に夕食時となった。

 場所はかつての工場。

 シオン達は、いつもと同じように全員揃い、賑やかに食卓を囲んでいた。

 そんな中、サラが唐突に切り出した。

「そうだ。私も明日から仕事に出るから」

 真っ先に反応したのは、この中では最も社交性に秀でた性格のライルだった。

「マジか。それ、大丈夫なのかよ」

「いろんな意味が込められていそうだけど、大丈夫よ。しっかりと考えあってのことだわ。というか、ボリスからの提案よ」

「場所はどこなんだ?」

「マナと同じ食堂よ」

 それを聞いたマナは、食べる手を止めて嬉しそうな声を上げる。

「私の所!? えへへ、サラと一緒に働けるなんて、なんだか嬉しいな」

「私もよ、マナ」

 次にカリムが質問した。

「送迎はどうする? 大丈夫なのか?」

「心配いらないわ。マナや小さい子達が徒歩で向かっている場所だもの。私だけお姫様扱いする必要はないわ」

 冗談混じりにそう答えたサラに対してカリムは苦笑することで応じた。

 その様子を見ていたシオンが言った。

「でも、サラってそういう仕事出来るの?」

「面白い冗談ね」

「いや、冗談とかじゃなくて。結構本気で」

「貴方にそれを言われるのは冗談みたいなものよ。少なくとも、炊事や接客に関しては、貴方よりだいぶ得意よ。そんな風に仏頂面をしていると、お客さんが逃げちゃうわ」

「……否定はしない。そうだボリス、これってやっぱり」

 シオンの問いに対してボリスが答える。

「ああ、計画の段階を前に進める必要が出てきた。これは、そのための仕込みだ。確かに状況は悪い方向に動いている。ならばせめて、悪い状況をこちらでコントロールできるようにしたい」


×××


 王宮には少々慌ただしい空気が漂い始めた。

 ガダル王は報告に来た工作員の男、ハルブに対して問い正す。

「貴様、その報告は本当なのか? もしそうであれば、各方面に対して早急に手を打つ必要があるぞ」

「私も目と耳を疑いましたが、しかし、可能性としては十分にあり得ます。何しろ、焼死体では厳密な身元確認は出来ませんでしたので」

「……このことは確証が得られるまで口外するな。だが、いずれにせよ、こちらとしても手をこまねいている時間は無くなったと見るべきだろう。最悪の事態を想定し、計画を前倒しする。学生達はどうなっている?」

「今週末の休日から、講堂前での大規模抗議集会が開かれます。恐らく、長期間の占拠もやるでしょう。多くの活動家達もこれに同調するようです」

 ハルブのそんな言葉を受けたガダル国王は、冷徹な笑みを浮かべながら言った。

「つまり、不穏分子が一カ所に纏められるというわけだ。武装勢力が出てくるのは、その後だろうな。いずれにせよ『ヤツ』が生き残り、何か画策しているとすればこのタイミングになるはずだ。一度国内の『色分け』を行い、全ての不穏分子を抹殺できるのはここしかない。我は軍に準備をさせる。貴様も、引き続き学生達をうまく操り事を運べよ。監視も怠るな」

「承知しました。仰せのままに」


×××


 場所は中央から遠く離れた、鉱脈を掘り尽くしたかつての採掘場。

 国の委託を受けた警備会社が管理しているはずだったが、実体は異なる。

 王国の目が物理的にも心理的にも届きにくいこの場所は、国内にいくつも潜伏している反政府武装組織の一つであり、重要な拠点となっていた。

 決して広くない坑道の中には、装甲車や爆弾、銃火器の他にも何機かのウォーカーが待機していた。

 第二世代ウォーカー、〈コクレア〉。

 丸みを帯びた装甲と、巨大なモノアイが特徴的なこの機体は、正規、非正規軍を問わず現在最も多く運用されている。

 確かにカタログスペック上では第二世代最良と呼ばれる〈ウルス〉に後れを取る。だが、比較的シンプルな機体故の整備性の高さや頑強さ故に、今も尚、多くの将兵から高い評価を得ている。

 待機状態の〈コクレア〉を眺める一人の男がいた。そして、その男のところへと駆けてきた人物が言った。

「ヘイダルさん、学生達と王国軍の両方に動きがありました。各地の活動家連中が、週末の講堂前広場の占拠に参加するみたいですし、軍も本気で鎮圧するものと思われます」

「やはりそうなったか。我々が動くのは『大儀』が生まれてからだ。状況は十分に利用させてもらおう。各所にもそう伝えてくれ」

 ヘイダルの言葉を受けた人物は、「了解です」と短く答え、それを伝えるために去っていった。

 再び一人となったヘイダルが呟く。

「しかし、ガキというものは単純故に扱いやすい。容易く思惑通りに動いてくれる。ましてや金持ちはプライドや正義感が強いから、簡単に動き始める。貧民街のガキを直接使うのもいいが、これはこれで面白い」

 反政府勢力はいくつかのグループが存在し、最終目標のために協力体制をとっている。このヘイダルという男が率いるのも、そうしたグループの一つだ。

 彼等はかつて少年兵の徴用を行っており、一度王国軍の奇襲を受けたものの何とか逃げ延びた残党達だった。

「……そういえば、昔シオンとかいうガキを飼っていたな。あれは中々使い勝手が良かった。もうとっくに死んでいるだろうが、全く、惜しいことをした。猟犬として、あれほどの逸材は中々いない」

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