第三話 旧友との再会(前)

第三話 旧友との再会(前)


 モニター上には、薄暗い森が映し出されていた。

『この先の何処かに敵がいる』

 少年に与えられたのは、そんな曖昧な情報だけだった。

 その敵を発見し、撃破する事を少年は命じられていた。

 命令を果たすために、少年は自らの乗るウォーカー〈コクレア〉を前進させる。

 彼の名はシオン。親から反政府系武装組織に売り捨てられた少年兵だ。

 シオンはモニターに映し出される景色の僅かな変化を、或いは決して厚くない装甲越しに聞こえる外の音を、更には堅いシートを通して伝わる振動を読みとり、敵の位置を予測する。

(……違う。これは夢だ。何度でも繰り返し現れる、記憶の欠片だ)

 シオンには分かっていた。

 今、自分は夢を見ているのだ、ということが。

 しかし、それを自覚していても、シオンの行動に変化はない。

 敵のウォーカーを発見した。

 シオンはすかさずトリガーボタンを押し、それに連動して装備していた三十ミリアサルトライフルと、二門の七.六二ミリ内蔵機銃が一斉に火を噴く。放たれた弾丸はシオンが狙いを定めた部分、敵ウォーカーの脚部に命中した。

 断続的に響く銃声、熱を帯びる銃身、まき散らされる巨大な空薬莢。モニター上には、攻撃を受けたことで体制を崩しながらも振り返ろうとする敵の姿がある。

「まずは一機」

 弾丸を放ちながらシオンは機体を前進させる。振り返ろうとした敵機がバランスを崩しながらもアサルトライフルを構えた。だが、それはあまりにも遅すぎた。

 シオンが操縦する〈コクレア〉は、既にアサルトライフルから超硬質アックスに持ち替えていた。

 そして、敵機のウォーカーが装備するアサルトライフルから弾丸が放たれるよりも早く、超硬質アックスを振り抜いた。

 ――ッガッ!

 鈍い金属音が響く。

 その一撃は、敵機のコクピットを的確に叩き潰した。

 敵機の耐久限界を迎えた両脚部が千切れ、胴体に真横一文字の斬撃を受け、背中から倒れて機能を停止した。

「次だ」

 シオンは敵機の装備していた三十ミリアサルトライフルを奪いながら、油断無く周囲を見渡す。

 昔も、今も、夢でも、現実でも、シオンのやることは変わらない。

 壊される前に壊し、殺される前に殺す。そこに理屈などなく、そうしなければならないという強い意志だけがあった。

「――サラは言ったんだ。この世界を、今よりもマシなものに出来るって。俺はそれに協力すると誓った。だからそれが果たされるまで、俺は全てを壊して道を造る」


×××


 時刻は午後三時頃。場所は中央都市にある高等学校。

 長い髪を後ろで縛った、作業服姿の青年ライルは、清掃と設備の手入れのために、数人の年少組を連れて来ていた。

 ライルは現場に連れてきた年少組が全員そろった事を確認し、少し大きな声で指示を出す。

「じゃあ、次が最後の仕上げだ。午前中に掃除した門の塗装を頼むぜ。マスキングが終わったら確認しに行くから連絡してくれ。俺はその間に、午前中に見れなかった教室の空調機をやる。分かったか?」

「りょーかいです、ライル隊長!」

「よーし、行くぞー」

「看板とテープ、借りてくね」

 全員が、元気な声を上げながら駆けていった。

「危ないからあんまり走るな、……なんて言ったって聞かねーよな。さて、俺も仕事だ」

 一人残ったライルは、脚立と掃除機を抱えながら移動を開始した。

 指示書に書かれた教室に入り、脚立を使って天井に設置された空調機のフィルターを外す。そして掃除機で清掃した後、空調機が正常に動くかどうかを確認する。ライルは少年兵としてキャンプにいた頃に、施設やウォーカーの整備の雑用を押しつけられており、そのおかげもあって機械物には強かった。

「まあ独学なんだけどな。簡単な配線の絶縁とか繋ぎ直しなら出来るけど、細かいことは全然わかんねーし」

 時折廊下で学生とすれ違いながら、ライルは淡々と仕事をこなしていく。ライルに対しては、誰もが目を逸らして存在に気付かない振りをするか、さもなければ最初から存在などしていないかのように通り過ぎていった。

「ま、そうだろーな。高等学校で勉強できる奴等とは、根本的に頭の出来が違うし、生き方も違うし、何より、生きている世界が違う」

 学校に行く金がある。帰る家がある。待っている家族がいる。ライル達にとっては、その全てが一度奪われたモノだった。そして、そのどれか一つだけでもいいから欲しいと心の底から願っていた。

 そのことを思えば、「生きている世界が違う」というライルの感想は正しいのかもしれない。少なくとも、彼がそう感じることは極めて自然なことだった。

「まあ、多分そっちの方が正しい理想なんだろうさ。望んで不幸になるヤツはいないし、誰かが不幸な目にあうのがこの世の中みてーだからな。全員の手が血で汚れる必要なんてねーさ」

 教室を回っていたライルは、ふと、廊下を歩く生徒の中に見知った顔がいたように感じた。

 女子生徒達のグループから、一人だけ外れている少女がいた。

 上品な服を着た綺麗な身なりの、中央の学校で見るのは大して珍しくないはずの少女だ。

 しかし、ライルはその少女に対して、何処か懐かしさのようなモノを感じていた。

「……まさか」

 少女とライルの視線が合った。

 少女もまた、ライルと同じ事を思ったのだろう。数秒間、お互いに見つめ合ったまま動けずにいた。

 最初に動いたのは少女の方だった。

 彼女はライルの方に向かって、一直線に歩いてきた。

「……ねえ、間違っていたら悪いんだけど、もしかして、ライル?」

「……まさか、エリサ、なのか?」

 いまだ半信半疑のままライルはそう言った。

 それに対して少女は、満面の笑みを浮かべながら答えた。

「そうだよライル、エリサだよ、久しぶりだね。何年ぶりだろう?」

「……さて、どれくらいだろうな。しかしとんでもない偶然だな、元気にしてたか?」

「うん、元気だよ。ライルの方は? みんな元気にやってる?」

「まあ、それなりにな」

 ――チャイムが鳴った。

 外に出ていた生徒達が教室へと、次の授業の為に戻り始めた。

「なあ、エリサ。こっちの仕事が終わってから、少しぐらいなら話せるか?」

 ライルは、無意識にそんな言葉を口にしていた。

 それに対してエリサは、嬉しそうに返答した。

「授業が終わるまでにかたずけなさいよ。話したいことは沢山あるんだから」

 

 ×××

 

 ライルからの連絡を受けたボリスは、車に乗ってすぐに駆けつけた。

 そんなボリスに対するライルの第一声は謝罪から始まった。

「無茶を言ってすんません、ボリスさん。今、スゲー忙しいところなのに」

「何、構わない。それより、この学校は少し気になることがあってな。それとなく聞いてくれると有り難い」

「分かりましたよ。お安いご用ってやつッス」

 教室内の空調機の点検と清掃を終え、校門の塗装も完了させたライルは、年少組をボリスに送ってもらい、エリサを待って一人学校に残っていた。

 校門の脇に停めた車の中で、ライルは一人思案する。

「しっかし、エリサが学生をやってるとはな」

 エリサも、かつてはライルやシオンと同じキャンプにいた少年兵だった。訓練も一通り受けており、実際に戦闘に参加したこともあった。 

 偶然の事件でキャンプから抜け出した後、しばらくの間一緒に暮らしていた。だが、エリサの親戚が生きているという情報を入手し、彼女は一人ライル達のところから離れていった。

 それから先の足取りは掴めていなかった。

「風の噂じゃ学生をやってるみたいなのは聞いたけど、まさかもう一度会えるとは思ってなかったぜ」

 少年兵の頃、そして抜け出したその直後。自分が生きるためには、文字通り何でもやったその頃、エリサも確かにそんな生き方をしていた一人だった。

 ライルやシオンは、今でもそんな生き方の延長線上にいる。だが、どうやらエリサは違うようだった。

 エリサはいつの間にか、ライルが言うところの『生きている世界が違う』人間になっていた。

 チャイムが鳴った。どうやら授業が終わったようだ。ややあって、下校する生徒達が校門から出てきた。その中にはエリサの姿があった。

 エリサはライルに対してしきりに手招きしている。

「こいって事なのか?」

 ライルは車から降りて校内に向かう。

 確かにエリサは『生きている世界が違う』人間になってしまった。しかし、それは決して悪い事ではない。

 ライルはむしろ、かつての同胞が確かな幸せを掴み、前に向かって進めたことを誇らしくすら思っていた。


×××


 ライルとエリサの二人は、生徒達が帰った後の誰もいない教室にいた。

「いいのか? 部外者の俺が入って」

「仕事で来てたんじゃなかったの?」

「仕事が終わったら部外者なんだよ。まあ、この学校にも来るのは今日が始めてって訳じゃないんだけどな。何回か来てるんだぜ」

「そうなんだ。じゃあ、もしかしたら前にもすれ違ったりしてたかもね。後は、……ありがとう、かな」

「何故いきなりお礼?」

「掃除とか整備とか」

 教室を見渡しながらそう言ったエリサに対して、手をヒラヒラと振りながらライルが答える。

「別にかまわねーよ。何せ仕事だからな。ちゃんと給料も貰ってる」

 謙遜や照れ隠し、ではなかった。

 仕事としてやっている。労働対価としての正当な賃金をもらっている。なら、それ以外の感謝など必要ない。

 それがライルの考え方だった。

 いや、そんな理屈よりも、感謝されることに馴れていなかった、というのが大きいのかもしれない。

「私が感謝したいだけなの。それより、私が抜けてからずいぶん経つけど、どんな感じになったの?」

「あの後少ししてから、ボリスっていうヤツと合流してな」

 エリサが親戚の家に行ったのは、サラと合流してからすぐのことだった。ボリスとはまだ合流する前である。故に、今のライル達の状況をエリサは殆ど知らない。

 ライルはエリサに対して 、そのあたりのことの概要を説明した。

 とはいえ、ライル達は現在外部には決して明かせない『計画』を進めている最中である。そのため、そういった事柄に関する部分は伏せて話すことになる。

「――っと、だいたいこんな感じかな。大変ではあるけど、何とか賑やかにやってるぜ」

「そっか。カリム、マナ、サラそれと、シオンか。懐かしいな。残ってるメンバーも元気そうで良かった。でも、そのボリスって人、本当に信用できるの?」

 エリサの問いは至極まっとうだった。それに対しライルは苦笑混じりで答える。

「さてな。確かに素性の知れない胡散臭いヤツではあるんだけど、それでも昔よりはだいぶマシって事さ。……それより、エリサの方はどうなんだ? 学校のことは正直ピンと来ないけど、それ以外で何かあったりしたか?」

 ライルの質問に対して、エリサは少しの間悩むような仕草を見せた。そして、『覚悟を決めた』といった感じで口を開いた。

「……ねえ、ライルは最近、テレビとか新聞とか見たりしてる?」

「ん? ああ、一応な」

「それでね、『アレン』って人のニュース見たことある?」

「学生運動の若きリーダー、ってやつだろ? 知ってるぜ。そういえばこの学校の生徒なんだっけかな。……エリサ、まさかお前」

 ライルはボリスから、この学校について、特にアレンという人物について、何らかの接点があるかを調べてくるように命じられた。それが昨今の学生運動に関連することだとはすぐに分かった。そして、その名前は計らずとも、エリサの口から出てきた。そのこと自体はライルにとって幸運だったが、それと同時に、とてもいやな予感がしていた。

 そして、その予感が正しかったという事が、エリサ自身の口から語られた。

「私もね、参加しているの。彼の率いる学生運動に」

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