第二話 傭兵の来訪(前)

第二章 傭兵の来訪(前)


 ウォーカーの頑強な足が、荒野を蹴って走る。頭部の複合光学センサーが標的を捕らえる。それをディスプレイ上で確認したパイロットがトリガーボタンを引くのに連動し、ウォーカーの巨腕が手にした三十ミリアサルトライフルの引き金を引く。直後、放たれた弾丸が標的として設定されていた演習用の的を打ち抜いた。

 演習場には、その様子を見る二人の男がいた。

 一人は上等な服に身を包んだ、一目で高貴と分かる、金色の髪を短く切った鋭い目つきの男。もう一人は細身に迷彩柄のジャケットを羽織った長髪の青年だ。

 一目で高貴と分かる男が問いかける。

「どうだね、我が陸軍の力は」

 別の場所では、脚部のローラーを用いて陣形を組んだウォーカーが高速で疾走する。整地であれば時速八十キロ以上の速度を出し、あらゆる地形を二脚で踏み越えるその姿は、ウォーカーが戦場の覇者たる所以を見せつけていた。

 他方では、超硬質アックスを装備した二機が、近接戦闘の訓練を行っている。その他にも戦車や歩兵と連携した進攻の訓練を行う者達もあり、日々練度の向上を図る兵士達の日常がこの場所にあった。

 青年は返答する。

「なかなかだと思いますよ、ガダル王。主力機が第二世代ウォーカー最良とも言われる〈ウルス〉というのも良いですね」

 そう。この、一目で高貴と分かる男こそ、このトルバラド王国国王、ガダル=トルバラドに他ならない。

「貴様の目に適ったのならば良かった。その武勇は我が耳にも入っているぞ、ゴルデア帝国一の傭兵と名高い男、ジュラルド。当初の契約通り力を貸してくれるな?」

 ジュラルドと呼ばれた青年は、笑顔を作りながら返答する。

「ええ。練度が一定の水準以上であること、機体はこちらが持ち込んだ物を使わせてもらえるということ。私が提示した条件のうち、後者は既に了承を頂いておりますし、前者に関しても、これならば十分でしょう。負け戦の片棒を担がされるのは願い下げですが、これなら問題なく戦えそうです」

 ガダル王は護衛を連れてきていなかった。それは、ジュラルドという男の持つ戦闘能力と危機回避能力が、この国のどの軍人や警備員よりも優れていることを理解していたからだ。更に言えば、ガダル王は自身の部下を、それも近しい者ほど信用していなかった。『かつて自分がそうしたように』近しい者による暗殺の危険は常に存在すると考えていた。

「それは有り難いことだ。一部はまだ旧式の〈コクレア〉を使っているが、大部分は最新鋭の第二世代機〈ウルス〉だ。兵器の質という点で言えば、テロリストを相手に遅れを取ることはない。そうだろ? ゴルデアの傭兵」

 これに対しジュラルドは、露骨に不機嫌そうな顔をしながら応じた。

「最高速度八十二キロ、固定装備は十二.七ミリ機銃。陸戦兵器としてはとてもバランスの良いウォーカーです。主力機としてこれを採用したのは正しいと思いますよ。……それと、確かに私はゴルデアの人間ですが、私がここにいることと、ゴルデアという国の意思には何の因果関係もありません」

「例え一傭兵に過ぎない身でありながら、国が開発中の試作兵器を託され持ち込もうとも、かね?」

「あなたとて、国家元首ならお分りでしょう。ゴルデア帝国は立場上、公然とトルバラド王国を支持することが出来ません。今多くの国が、この王国に眠る宝を独り占めにしようと画策しています。公然と抜け駆けをすれば、何が起こるか想像に難くない。ましてや武力併合で拡大したゴルデアには、内にも外にも敵が多すぎるのですよ」

 トルバラド王国の宝、それは即ち、ウォーカーの人工知能に使用されているレアメタルのことを指し示している。

 勿論ゴルデア帝国の広大な国土の中にも、それらが存在しないわけではない。だが、その採掘にかかるコストを考えた場合、トルバラド王国からの輸入が最も効率が良いのだ。

「理解はしている。ゴルデア帝国の対外拡張戦略が推し進められれば、この国も無関係ではいられない。そうなる前に打てるだけの手を打ち、国の形を残せる道を探る。大国を近くに持つ弱小国とはそういうものだ」

 「情けない話ではあるがな」と付け加えるガダル王に対し、ジュラルドは肩をすくめながら言った。

「あまり深くは詮索しないでおきますよ。私は所詮一傭兵、政治に無関心と言えば嘘ですが、政治家になろうなどとは思いません。それに、私の立場がゴルデアという国を代表できない理由には、そんな対外的理由とは別に、国内的な問題がありますので」

 ジュラルドの言葉に対して、ガダル王は興味を示した。

「ほう。いったい何があるというのだね?」

 傭兵としての経歴こそ知ってはいるが、ジュラルドという人間の人生やその国の人間でしか知り得ない国内情勢という物は、ガダル王の耳には入っていなかった。

「何のことは無い、生まれとか、血筋とか、その手の話ですよ。私の様な人間が国を代表することに反発する勢力は多くいます。まあ、死んでも誰も困らないという意味では、私が選ばれたことは正しいのですがね。……おっと、王族を相手に自分が卑しい血筋だと言うのは、嫌みとも受け取られかねませんね。気分を害したなら謝りますよ」

「不要だ。そもそも我は、貴様の実績を評価して雇うことを決めたのだ。必要なのは貴様の、傭兵としての戦力だ」

 トルバラド王国は積極的に、ウォーカーを中心とした陸軍戦力の強化を行ってきた。しかし、それでも国内で力をつけていく反政府系武装組織には、対処が追い付いていないというのが現状だった。

そんな中ガダル王は、現在拡張路線を突き進むゴルデア帝国において、その中でも最強とうたわれる傭兵ジュラルドを雇うことを決断した。彼の一個人としての破格の戦闘能力はもちろんのこと、彼に一個小隊の指揮権を与え訓練に参加させることで、その知識や経験を吸収させ陸軍のさらなる練度向上を図ろうと考えていた。

更に言うのであればガダル王は、主義や主張、思想といった不確かなものではなく、金という実体の伴う要素を重視する傭兵を信頼していた。

「そういえばガダル王、先ほど兵達の会話を耳にしたとき、少し気になる話があったのですが」

「何だ? 言ってみろ」

「数時間前、港から国内に飛び立った輸送機がいたそうですが、何を運んでいるのか詳細が明らかではなかったそうなのです。そしてその後、何者かに撃墜されたそうです」

 そう語るジュラルドは、瞳に僅かだが好戦的な光が宿った。

 対するガダル王は、今までと何一つ変わらない態度で応じる。

「当然我が耳にも入っている。どうせいつもの山賊だろう。輸送機の乗員は不幸だったが、それも人生と諦めてもらおう。調査は不要と命じたさ。何もかも捕られて残っていまい」

「いささか不用心ではありませんか?」

「外にいる貴様の目にはそう映るのだろうな。だが、この国においてはこれが日常だ。国内の火種をどう処理するかが最も重要なことだ」


×××

 

 日付の変わる頃、シオン達が暮らすかつての工場の地下室には、いまだ煌々と明かりがともっていた。その地下室に、作業の指揮を執っていたボリスの声が響きわたった。

「よし、これでいいだろう。明日から細かい調整に入る。シオンも操作マニュアルに目を通すくらいはしておけよ」

 組み上がったばかりの真新しいウォーカーのコックピットから出てきたシオンは短く「分かった」と応じた。

 いつもと変わらない口調でそう応えるシオンだったが、流石に疲れの色を隠すことは出来なかった。

 地下室に、人数分のコップを持ったマナが入ってきた。

「みなさんお疲れさま。飲み物どうぞ」

 そう言いながら、彼女は全員に飲み物を振る舞う。

 普段の就寝時間はとっくに過ぎているが、ボリスを含めた年長組全員が作業服で集合していた。

 普段からこの地下室は雑然としている。壊れかけの作業道具や車、廃棄されていたところを拾ってきたスクラップ同然の小型ウォーカーなどが、比較的無秩序に格納されているのだ。しかし今日は、この空間に真新しい新顔の姿があった。

 道具箱の上に腰を下ろしたライルが言った。

「にしても、むちゃくちゃな作戦ッスよね。国内に協力者が入ってるなら、普通に引き渡すとかじゃダメだったんスか?」

 それに対してボリスが応える。

「全てを陸路でやろうとすると、トレーラーで国境越えは目立ちすぎる。それで言うと海路から空路は楽だ。先日も似たような事件があったし、国はこれを日常として処理するだろう」

「なるほどね。しかし、あんな雑な扱いをして大丈夫なモンなんスか? 万が一壊れてたりしたら意味ないッスよ?」

「兵器だからな。基本的には丈夫に出来ている。しかし、細かい部分は一通りチェックしておく必要があるな。その辺りにはお前に協力してもらうぞ」

「りょーかいッスよ。まさかキャンプで雑用を押しつけられてたのが、こんなところで役に立つとはね」

 疲れを滲ませながら、ライルは軽い口調で答える。言動も風体も真面目とは程遠く見られるライルではある。だが、工学系に対する知識と技術、そして、仲間思いの心については、全員の良く知るところだった。

 シオンとボリスによる輸送機撃墜。ガダル王が「どうせ山賊の仕業」と切り捨てたそれは、ボリス考案の、ゼムリア共和国からウォーカーを密輸するためのカモフラージュだった。

 撃墜後、シオンとボリスは輸送機の『中身』を確認した。その後、トレーラーを運転するカリムと合流し、工場まで運び込んだのだ。元々シオン達はウォーカーを所有しており、廃棄物の回収などもやっていたので、トレーラーに巨大な『荷物』を積んでいたとしても、それを不審に思う者はいなかった。

 この工場の本来の用途がウォーカーの整備であったことから、機材や防音設備に関しても問題は生じなかった。

 ゼムリア共和国。

 それがボリスの出身国だ。彼はある密命を帯びて、トルバラド王国に潜入していた。そしてシオン達と出会い、手を組むことになった。

 ボリスは、仮ではあるが一応は組立が終わり、巨人の姿を現した真新しいウォーカーを見上げながら言った。

「安心しろ。これが手中にある限り、最悪の手段を使おうともワシ等は必ず成功する。我が国の技術力は、あの傲慢なゴルデアにも劣ることはない」

 同じようにそのウォーカーの姿を見上げるシオンが質問する。

「こいつの名前、なんて言うんだっけ?」

 彼の方に振り返ったボリスは応える。

「第三世代相当の最新鋭試作型ウォーカー〈スヴァログ〉タイプゼロ、だ。予定通りこの機体はシオンに預ける。明日からシミュレーターの訓練を行うぞ。必ず使いこなしてみせろ」


×××


 ジュラルドは城下町の周辺を一人で散策していた。

 持ち込んだ機体の細かい調整等に予想以上の時間が必要となり、まだ完了していなかった。そのため、どうしようもなく時間を持て余していたのだ。

 彼は仕方がなく、同行した技術者に機体を預け、一人、トルバラド王国の城下町へと繰り出したのだ。

 ジュラルドは城下町から『外』に向かって歩き、一人、誰に向かってでもなく呟く。

「お膝元は流石に栄えていますね。観光資源などなくとも、外国からの来訪者や富裕層の訪れる場所には手を抜けないということですか。王族と貴族は見栄と面子で商売をしているといいますが、まさにその体言ですね」

 歩き続けるに従って、景色は華やかで活気に溢れた街から一変し、一目で貧民街と分かるモノに変化していた。

 薄汚れた町並みと、不快な臭気を放つ淀んだ空気。平日の昼間であるにも関わらず、地べたに座って数人で安酒を呷る汚い身なりの者達。サイコロを転がす音と、チップを弾く音の聞こえてくる店。大通りの方から聞こえてくるのは、現王に対する不満を叫ぶ集会だ。

「やれやれ、少し歩けばこれです。やはり何処の国も変わらないですね。しかし、どうにも私はこちらの方が馴染む」

 ジュラルドは投げ捨てられていた数日前の新聞を拾った。紙面には王室の栄光と国の発展、そしてありふれたいくつもの事件が掲載されている。だが、国の検閲が入ったその新聞は、貧民街の様子を伝えることはない。

「しかし、中央の方の学生達が反政府を掲げる運動を展開しているところを見ると、現状の不満を権力者にぶつけたいという点には、あまり貧富の差は無いようですね。人間という生物の本質は富や知識程度では覆りませんか」 

「おいテメェ、見かけない顔だな」

 いきなり声をかけられたジュラルドは振り返った。

 数人の若者グループがジュラルドに迫ってきていた。声をかけたのは、そのグループのリーダーと思われる男だった。

 ジュラルドは素知らぬ顔で応じる。

「何でしょうか」

「トボケるなよ。テメェ、この国の人間じゃねーな。何処からきた? 何をしに来たんだ? あぁ?」

 ジュラルドは、男達がいくつかの旗を持っており、その一つに『世界平和』と描かれているのを見つけた。そして皮肉混じりに言った。

「いきなり喧嘩腰とは。貴方達は、少なくとも平和主義者ではなさそうですね」

 ジュラルドの相手を小馬鹿にしたような態度に、男達の苛立ちは高まっていく。

「黙れよ、小汚い侵略者め。俺たちの国で何をしてやがるんだぁ?」

「面白いことをいいますね。この国はトルバラド王国。王国ならばこの国は王の物ではないのですか?」

「それがゼンジダイ的な考えかただ。国っていうのはなぁ、本来コクミンの物なのさ。それを、国王って奴が偉そうにケンリョクをショウアクしているから、この国はいつまでも貧しいままで変われないのさぁ。今こそミンシュ化し、キンダイ国家にならなければこの国に未来はねぇんだぁっ!」

 叫ぶ男に周囲が同調し声を上げる。地面を蹴って威嚇する。旗の付いた竿で音を鳴らし威圧する。それに対してジュラルドはやれやれといったように応じた。

「貴方達、まだ若いようですが? 学業はどうしたのです? そうでなければ職に就いているはずだと思うのですが?」

「黙れよ、外国人が! 俺たちには金が無いから学校には行けねぇんだ。中央の奴等は俺たちを貧乏人と見下した。だけどな、アレンさんは違った。同じ若者として仲間に入れてくれた。この腐った国を変えるために、共に闘おうと言ってくれたんだ。俺たちは同志なんだっ!」

 ジュラルドは、手にしていた新聞に一瞬だけ視線を落とした。そこには、政府に対する大規模抗議デモが行われたことが書かれていた。紙面に載せられた写真には、勇ましく拳を突き上げる学生の姿が映っていた。そして『学生運動を指揮する少年、アレン』と書かれているのを見つけた。

「なるほど、ご立派なことです」

「うるせぇんだよ。分かるぜ、その格好。テメェ、軍の関係者だな? つまりは国王の手先、俺たちの敵ってことだ。そんな奴がノコノコとやって来やがって。無事に帰れると思うなよ」

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