第15話 魔神降臨


 9日目 20:30 温泉エリア中央


 まあ、当然こうなるわな。


 目の前で孔明が馬謖くんをポカポカ殴っている。

 大粒の涙をボロボロ流しながら、ガン泣きしている。

「軍規に照らせば、あなたは本来なら斬首ですよ。斬首」


 馬謖くんを引き倒し、

「けれど、……(グスン)……」

マウントをとってタコ殴り。

「もう国はありません。軍も軍規もないのです」


 馬謖くんも反省しているのか、されるがままだ。

 涙を流しているのは何も鼻血を出している顔が痛いからではないのだろう。

 頃合いのところで杉原に止めてもらおう。

 『泣いて馬謖をタコ殴り』……新しい故事成語が生まれる瞬間に俺は立ち会っている。


「ケケケケケケケケケケケッ、殺す、殺す」

 血を見て火がついちゃったのか、隣では鬼武蔵くんが張飛に突っかかっていった。


 こちらも因縁といえば因縁。


 橋の通行をはばまれて、衛兵たちをSATUGAIしちゃった鬼武蔵くん。

 確かあのとき信長が「橋の上で人を殺すとは武蔵坊弁慶のようじゃ、長可よ、これより武蔵守と名乗れ」って喜んじゃったんだよね、叱らずに。


 対するは、橋の手前で曹操の大軍を阻んでみせた張飛。

 映画とかでも見せ場の一つだね。「我が名は張飛!いざここに、どちらが死するか、決しえん!」……『長坂橋の大喝』だ。


「ヒャッハー!」

 鬼武蔵くんが十文字槍、人間無骨で鋭く突き込む。

 すんごい迫力。常人なら身がすくんで、骨ごとバラバラだ。

 けれど、

 事も無げに張飛が突きをかわす。

 蛇矛の刃をひるがえし、手元の方を前に出す。

「ひゃっふぅ」 

 石突いしづきで、鬼武蔵くんの鳩尾みぞおちを一突き。

「ゲボッ!」

 鬼武蔵くんの膝が落ちる。

 峰打ちみたいなものだろうが、アレは痛い。

 張飛は鬼武蔵くんの胸倉を掴み上げ、往復ビンタの嵐。

 鬼武蔵くんの顔がみるみる腫れ上がる。


「ケケケケケケケケケケケッ、殺される~主、殺される~主」

 鬼武蔵くんが鼻血をダラダラ流しながら、俺の前に帰ってきた。


 鬼武蔵くん、君は槍を使えばスキルで武力85。天才と化け物の中間くらいだ。

 強いよ、君は。

 けれど今回は相手が悪かった。張飛はスキル込みで武力101。

 君の挑んだ相手はポンコツとはいえ神の域にいるんだ。


 俺は負けてしおしおになっている鬼武蔵くんの頭を撫ぜてやった。

「よしよし」

「ケケケケケケケケケケケッ、クゥ~ン、クゥ~ン」


 すると、

「おう、おう、おう、おう。おめえ、ちょっと見ねえ顔だなぁ~」

 KDA様そこに行きますか!

 KDA様が関羽の前に進み出た。

 関羽の野郎(って今は女だけど)は、無礼にもけ反って見下すようにKDA様を見ている。

 そういえば、KDA様は孔明や張飛とは既に一戦やっちゃってますもんね。


「おめえ、どこちゅう出身よぉ?」

 KDA様かっこいいっす。関羽の野郎(って今は女だけど)なんてガツンとやっちゃってください。

 関羽は応えない。

 目を一度すぅーっと細めてから、不遜にもKDA様をにらみつけた。

 一触即発の緊迫した時間が流れる。

 じゃ~ん、じゃ~ん。どこかからドラの音。

 俺は逃げ腰になってしまった。

 けれど、

 KDA様はひるまない。

 さすがっす、KDA様。最高におとこっす!


 と、そこへ

「我が名は周倉と申します」

 周倉くんが割って入った。

「ずっと以前より敬愛しておりました」

 周倉くんはひざまずき、胸の前で右手のこぶしに左のてのひらを添えて、一礼する。

「なにとぞ配下にお加えください」

 そして、関羽を見上げた。

 周倉~お前は俺の配下だろうが、寝返るなよ!

 関羽は目を一度すぅーっと細めて、偉そうにけ反ったまま、

「お主だけだぞ」

と答えた。周倉くんは感激し、おとこ泣きに泣いた。


 顔を腫らして鼻血まみれの馬謖くんと鬼武蔵くん。

 感涙にむせぶ周倉くん。いつでも輝いているKDA様。

 アンダくんは一人静かに、俺の傍らに控えている。


 さて客将たちと俺の新しい配下たちの顔見せも終わったし、風呂いくぞ風呂、そしてメシだ。




  9日目 20:40 温泉エリア


 浮島に帰ってくる時間がずいぶん遅くなってしまったが、それは杉原たちも同じだったようだ。

 夕方まで狩をして、それぞれの店に顔を出し、補充と指示を与えた。それから家と家具の手配に走り回った。


 孔明の発案で、家はしばらくの間、輸送船のコンテナを改造したものを使うのだそうだ。

 中古の木製コンテナで250Kゴルドくらいから。街の大工を使って入り口や窓を設置し、源泉を利用した温水暖房までつけている。1むねおよそ450Kゴルド。これなら外から職人をわざわざ領内に入れなくても、アイテムボックスだけで片が付く。

 

 上手いことを考える。ポンコツ、ポンコツと馬鹿にしたもんじゃないな。

 素直に感心すると、

「防音対策もバッチリなのです。これでご主人様との甘い夜を誰にも遠慮しなくてすみます」

 うん、おまえ、そういうところが残念なのな。


 なんにせよ、住居の問題は早急になんとかしなきゃと思っていたことなので、俺たちも明日、さっそく中古のコンテナを買い込んで仮設住宅を建てていこうか。孔明に言って設計図を馬謖くんにまわしてもらうことにする。



 杉原たちも夕食はまだということなので一緒に食べることになった。

 田原が食事を準備している間に、俺たちは風呂へ行く。奴隷の子供たちはホコリと垢まみれだし、馬謖くんたちは血まみれだし、いくら腹が減ってても食事って状態じゃない。身綺麗にしてからゆっくりすればいい。

 女の子ちゃんたちは孔明たちが面倒をみてくれるってことになったので、田原以外の男性陣を連れて河原にやってきた。穴を掘って風呂の準備だ。

 ここでは怪力の周倉くん、鬼武蔵くん、馬謖くんあたりが役立ってくれた。あっという間に簡易なものではあるが、湯浴びできる穴を掘ってくれた。川から水を引いて湯を埋めて温度を調節する。

 これまで風呂になど入ったことがなかった奴隷の子供たちに風呂の入り方を教えながら体を洗った。これからは毎日、自分でやってもらうことになる。アンダくんについて狩と解体をやってもらうのだ。食品を扱うんだから清潔にしてもらわないとだ。

 買ったばかりの服に着替えさせ、これまで着ていたものは処分することにする。


 さっぱりしたところで、野口が

「ではそろそろですね」

 と杉原に言い、目でサインを送る。

「ですね~。じゃそろそろ女湯をのぞきに行きましょうかね~」

 と杉原。

 おいおい、お前ら自分の女の裸が覗かれてもいいのかよ?

 なんかそれが当然といった風に前を歩きだす二人に俺たちはついていく。

「ケケケケケケケケケケケッ、ころす、ころす」

 鬼武蔵くんが大はしゃぎだ。

 でもきっとそんなことしたら、張飛に全ゴロシされちゃうからね、今度は。


 杉原と野口は一切コソコソなどせず、堂々と女湯に歩いていく。

 小高い丘を越え、眼下に大きな岩が見えた。岩の向こうがぼんやりとした明りで、夜の底に浮かびあがっていた。岩を回り込むように川が流れている。

 桃源郷はあの岩の向こうか。

 覗きはやっぱり男のロマン。胸が高鳴ってきた。

 そろそろ隠密行動をと思うのだが、杉原たちはズンズン前に進む。

 そしてとうとう岩を回り込んでしまった。


 大岩を背にして大きな風呂が出来ていた。川から遣水を引いている。

 大岩の中ほどにある窪みに照明の魔道具が組み込まれていて、辺りは明るい。

 湯けむりの向こう、乳白色の湯の中に女たちがつかかっている。

 楽園は夜の底、湯けむりの向こうにおぼろげに存在した。

 心臓がドクンドクン脈打つ。


「はわわわわ、本当に覗きにきてしまったのですね」

 孔明はべつだん驚いた風ではない。『想定の範囲内です』といったところ。

 湯けむりの向こう、乳白色の湯から、やれやれという感じで、孔明、関羽、張飛が立ち上がる。

 なんというサービス!

 俺の視力が1.5から4.0に瞬時に強化される。

 隠しスキル『ズーム』発動………………

 ………………………………

 ………………………………

 ………………………………

 恥ずかしそうに科をつくる孔明

 仰け反って目を細める関羽

 豪快に仁王立ちの張飛

 ………………………………

 ………………なぁ?


 孔明たちの体の前に真っ白な湯気の壁があって視界をさえぎっている。

「あははは、覗き防止のの風魔法さ。まだ囲いも出来てない状態だからね~毎晩、風呂のたびに男たちがソワソワしちゃわないように、覗きは無駄だよってことを言葉じゃなく、実際に見てもらったんだ。無駄な努力はしないようにね」

 ……『狼皮で小鬼を包む』じゃなく……『湯煙で女体を包む』だと……

 杉原はきびすを返した。

「さあ、君たちも早く風呂から上がりなよ。おなかがペコペコだ。はやく食事にしよう」

 田原が食事を準備して待っているフロアの中心へと向かいだした。

 謀られた……俺の純情を返せ!





 9日目 21:30 温泉エリア中央


 腹が減った。

 俺だけでなく皆、腹を減らしていた。

 そこへきてプロが作った温かい料理である。

 旨くないハズがない。

 惜しむらくは、熟成された牛肉は杉原がみな店に置いてきてしまったとのことで、ここでは振舞われなかった。A5ランクの和牛は次の機会というわけだ。

 だが、田原の手持ちの新鮮な海産物と、俺提供の熟成された鹿肉で彩りは鮮やかだった。

 鹿肉は癖がなく、ちょうど淡白な牛の赤身といったところ。味付けのソースで格段に上品になっていた。

 はじめ主人と一緒に食事をすることに戸惑っていた子供たちではあったが、一緒に食べるように命じて、やっと恐る恐る一口目を食べた。そしてその後はすごいことになった。せきを切ったように、一心不乱に食べはじめた。目に涙を浮かべていたのは、なにも喉を詰まらせて呼吸が苦しくなったからだけではなかったハズだ。

 そうだ、それ、それ。上品な食べ方よりも、旨いと思ったものは自分が一番旨く感じる食べ方で食べるのがいい。それが我が国のマナーだ。


「今日はタナカさんのおかげで少し儲けさせてもらったよ」

 なんでも貸し出された金で俺が奉仕奴隷を買ってくるかどうか3人で賭けていたらしい。初めは3人とも『買ってくる』に賭けていて、これじゃ賭けが成立しないということになり、杉原だけが『買ってこない』に鞍替くらがえしたということだ。


「この国を発展させるのに無駄使いなんてできないですよ」

 実際には『買なかった』のではなく『買なかった』のだということは伏せておこう。

 杉原は何か見透かしたようにフフンと笑ってから。

「我が国の高潔なる王に乾杯」

 と日本酒のグラスをかかげた。野口と田原も後に続く。

「その清らかなる心と」

「その清らかなる体に」

「ひゃっふぅ」

「ヒャッハー!」

 うるせい。そりゃ俺だけ独り身ですよ。けれど今に見てろよ。

 

 野口のかもした酒は口当たりがよく、日本酒の味など分からない俺にも、人気があるんだなってことだけは分かった。


 今日の疲れと昨日の寝不足のせいで、酔いがすぐまわった。

 杉原たちととりとめもない会話をしながら、グラスを空けていく。

 ちょうど日本にいた頃の、学生時代のあだ名がどうとか下らない話題になって、

「俺は田中真人を音読みにして『電柱魔神でんちゅうまじん』とか『魔神まじん』って呼ばれてたな」

 と俺が言葉にしたときだった。

「やはり魔神様でしたか」

 エルマちゃんが俺の前に進み出てひざまずき、胸の前で手を合わせ目を閉じた。

「もう思い残すことはございません。どうぞ私の魂を食べてください」

 なんか物騒なことを言いだした。


 聞けば、悪魔は最後に1つだけなんでも願いを叶えてくれる代わりに、人の魂をたべるのだそうだ。魔神といえば悪魔の親玉。死ぬまでに1度でいいからおなかいっぱい肉を食べてみたいと願っていたエルマちゃんは「ああ今から魂を食べられるんだ」と覚悟しちゃったそうだ。


 他の子供たちもエルマちゃんにならって、ひざまずいて祈りを捧げる格好になっている。

 子供たちにつられて鬼武蔵くんまで跪いてキョロキョロしている。

「ケケケケケケケケケケケッ、主、俺食べられるの?俺食べられちゃうの?」

 目をウルウルさせて俺を見つめている。


 なんか無性に腹が立った。

 何に対してかよくわからないんだけど、奴隷とか、時代とか、命の重さとか、たかだか食事くらいでとか、色んな言葉が頭の中をぐるぐるしていた。

 だから、

「こんなことくらいでね、命まで差し出せなんていいませんよ。明日から君たちには働いてもらいますよ。そして働いた分だけ腹いっぱい食べればいい。ここでとれる食材は外では高級かも知れませんがね、狩ればタダなんですよ。たくさん働いて、たくさん美味しいものを食べる。それがこの国の法律です」

 いかんな、酔っぱらってしまったらしい。いつもより饒舌じょうぜつだ。


「我が国の高潔なる真人まじん王に乾杯」

「その清らかなる真人まじんの心と」

「その清らかなる真人まじんの体に」

「ひゃっふぅ」

「ヒャッハー!」

 しかも、まだ飲まされるらしい。

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