第14話 変幻他在

  


   9日 19:00 マックロン商会


「では、只今連れて参りますね」

 そういって担当の店員は部屋の奥のドアから出ていった。

 俺は今、応接室のソファでくつろいでいる。

 購入予定の奴隷たちとアンダくんを別室で待たせて、これから奉仕奴隷の吟味をするのだ。

 奉仕奴隷…………すべての奴隷である。

 そのぶん値が張る。

 


 ボリュームゾーンは10Mゴルド~20Mゴルド。もっともこのランクは回転が速く、入荷してもすぐに買い手がつく。色町花街の娼館娼窟が買い求めていくのがこのランクだ。今日はもう閉店まじかということもあり、このランクは18Mゴルドの娘が1人残っているだけだという。



 18Mゴルド…………ボリュームゾーンの中では上のほう。

 期待に胸がドキドキしてきた。

 持て余す時間の1秒1秒が長い。

 変にソワソワして、ちょうど泡園ソープの待合室で1人待たされているときのような感じだ。

 手持ち無沙汰で空回りするような感覚。

 


 全神経を集中させていた俺の耳が、ドアの向こうの足音をとらえる。

 ノックが部屋に響く。

 応じると、ドアのノブが回る。

 先に店員が入室し、促されるようにして娘がゆっくり入ってくる。

 しおらしく顔を伏せている。

 俺の座っているソファの正面まですすみ、お辞儀をしてから娘が顔をあげる。

 俺は口をポカンと開け、呼吸するのをしばらく忘れていた。

 

 美しい…………この世界はすばらしい!


 学年ではなく、学校で一番の美人レベル。

 買いだ、買い。


 杉原たちから借りた資金に2Mゴルドばかし手を付けてしまうののは気にかかるが、アイツらだって悪いんだ。人前でイチャイチャイチャイチャと。これから毎日見せつけられ続けるなんて、俺の精神がもたん。国王は健やかであるべきだ。

 俺は俺を肯定する。

 この娘に決めた!反論は認めん。

 

「21と少々、とうがたっておりますのと」

 いつの間にか俺の傍らで片膝をついていた店員が耳打ちをしてきた。

 いやいや、俺は見た目は14でも中身は29だ。21でも十分若いよ。


「これまでに何人か子を成しておりますが」

 問題ない。俺は地下鉄には乗るけれど、トンネルを掘る趣味はないからな。


「そのぶん器量の方は2000万ゴルド中ごろといっても差し支えございません」

 さもありなん、さもありなん。


「体も綺麗でございます。ご確認なさいますか?」

 ここで脱ぐってことか!

 見たい、非常に見たい。

 でもコイツと一緒に見るのは嫌だな。きっとこういう仕事だから、飽きるほど目にしているのだろうが、コイツに裸を見られたって事実を、俺が認識するのが嫌なんだ。楽しみは自分一人で、家に帰ってからでいい。

「いや、結構」

 断りをいれると、今まで身を乗り出してグイグイ圧してきていた店員がこころもち後ろに下がる。


「ご不満でしたら、そうですね。この上のクラス・・・今なら4200万ゴルドの娘がおりますが」

 いやいや、そうじゃないんですよ。この娘で充分なんですよ


「ご覧になられますか?」

 うーん。42Mゴルドかー。買えないことはない。買えないことはないんだが、借りた金のほとんどをブチ込むことになる。子供たちもレンタルになってしまうし、現実的じゃないんだよな。杉原たちからも白い目で見られるだろうし。けど興味もある。一応見てみるだけ見てみよう。

「よろしく頼む」

「この娘はいかがいたしましょう」

「とりあえず保留で」



 店員が娘を連れて部屋をでる。

 


 また手持ち無沙汰な時間が流れる。

 

 

 ドアがノックされる。

 応じるとノブが回り扉が開く。

 俺は姿勢を正し開かれた扉の奥に注視する。



 ぬぅううううううううがぁぁぁぁぁぁぁあ、ちょもらんま!


 いかん、驚きすぎて顎が外れるとこだった。

 18Mちゃんが地方ローカル局のアナウンサーなら、

 42Mちゃんはキー局のアナウンサーだわ。

 ア・イ・ド・ル・級だわ。

 格が違う!



「さっきの1800万ゴルドの娘は取り消しで」

「かしこまりました」


 うーん。しかし42Mかー。買えないこともないんだよなー。ハァー。

「まもなく15の、もちろん手入らずでございます」

 そこなぁ、こっち15で成人だから適齢期が早いんだよなぁ、抵抗がないわけじゃないが、俺もこっちじゃまだ14だしなぁ、問題はないんだが。

 咲きほこるまえの蕾とはいえ、大輪の花。これから色香も増すだろう。


 今日買うか、明日買うか。

 今日は我慢して、明日朝一から豚肉オーク売りまくって42M稼ぐか。5周、いや余裕を持って6周まわれば充分だ。明日昼過ぎにここに来るとして、けど売れちゃってたら後悔するんだろうなぁ。

 

「この上のクラスと申しますと、条件付きの6000万ゴルドの娘が1人と、1億ゴルドが2人、ああ、いえ、そちらはもう予約が入っておりましたね」

 なんと1億、どんなだよ。


「販売にはいささか条件が付きますが6000万ゴルドの娘がおります。ご覧になりますか?」

「条件とは?」

「ええ、この娘に関しましては、本人の意思も尊重されます。本人が気に入りませんとお客様の元にはお売りできません。その分お安くはなっておりますが」

 ほうほう、客が選び、娘も選ぶってことだな。まあ、60Mは無理なんで見るだけだし、いいや。

「ご覧になりますか?」

 俺が頷くと店員は部屋を出ていった。


 

 そして、その数分後、俺は自分が何のために生まれてきたのかの本当の意味を知る。



 今俺の目の前に天女がいる。

 流れるような黒髪の、その1本1本までが愛おしい。そして狂おしい。

 知性を感じさせる面差しは、どこまでも神秘的で、清純であり同時に淫靡でもある。

 清らかで艶やか。

 気高く触れることを憚られる姿態が、かえって、なまめかしくエロい。

 むちゃくちゃエロい。

 完璧だ。


 きっと神が俺の望みの全てを叶えたのなら、この女性ひとになる。

 今なら認めよう。

 孔明や関羽や張飛はこのレベルである。神が杉原たちの理想通りに作り上げた究極の美の結晶なのだから。奴らにはそれぞれが唯一無二の存在となるのだろう。

 だが、前世はおとこだ!

 しかも3人とも前世の姿を俺は見ている。神経質そうなオッサンと美髭と髭もじゃ。

 俺くん大勝利。こちらはまごうことなき天然物だ。




 名前 スミレ・カスミノタニ

 年齢 32

 職業 奉仕奴隷・くノ一

 

 武力 54前後 知力 56前後

 魔力 73前後 政治 48前後

 交渉 52前後 運  66以下 


 スキル  短刀    Lv5

      房中の秘術 Lv7

      変幻他在

 



 ステータス高っ!Eランク、いやDランクのエインヘリアルなみだよ。

 魔術特性高いよね。

 それに房中の秘術がけしからん!

 真面目な顔してエロすぎる。

 清純ビッチか!

 だが、それがいい。



 「こちら24と些かとうがたってはおりますが、この器量になりますと問題ございませんでしょう」

 問題ない。問題ない。8才サバをよんでても、これだけ美人なら問題ない。

 買おう。それも今すぐ。


 60Mゴルドってことは、手持ちが66Mゴルドだから、子供たちはキャンセルだ。急ぐ必要はない。あす豚肉オークを売ってまた買いなおせばいい。戦争奴隷も、馬謖くんと周倉くんとKDA様だけにして、鬼武蔵は却下だ。アイツはいらない。これで65.6Mゴルド。よし、ギリギリいける。



 「買った!」

 俺は大声を張り上げ、ソファから立ち上がってしまった。

 店員は「しばしお待ちを」と俺に告げ、スミレさんのところへ行って耳打ちを始めた。


 そういえば、本人の意思もどうちゃらって言ってたなあ。

 事の成り行きを息をひそめ見守る。

 スミレさんがこちらにお辞儀をし、部屋からでていく。

 最後に口許に浮かんだ微笑は何を意味するのか。

 急に胸が締め付けられた。

 果たして天女は俺の元へ舞い降りるのか。


 「お客様」

 審判のときがきた。店員に意識が向く。

 「申し訳ございま…………」

 フラれたか!

 俺の頭の中は真っ白になった。



 

 …お客様…お客様…聞いておられますか?…

 

 店員がなにか必死に話しかけてきている。もう、どうでもいいや。

 

 …隣に部屋を用意しております。…一度肌を…


 俺見た目も平凡だしな。杉原たちみたく遠慮なく男前にしてもらっとくんだったよ。


 …一度肌を合わせて…相性をですね…


 サーニアに聞かれた時、遠慮なんてするんじゃなかったよ。でもあの時は抵抗があったんだよね。いきなり美男子になっても気恥ずかしいっていうかさ、上手くやってく自信がなかったんだよね。


 …お客様…互いの相性をですね…


 にしても杉原たちは遠慮ないよな。新しい人生をめいっぱい楽しんでるよ。

 

 …隣に部屋を…体の相性…確かめてから…

 

 帰ろう。まだしなくちゃいけないことが沢山ある。


 …確かめてからと申しております。…



 「帰る」

 俺は一言そう宣言して部屋を出ていった。

 「お客様、お客様」

 店員があわてて後を追ってくる。

 うっとおしい。

 「お客様、お代を。お代をまだ頂戴しておりません」

 ああそうか、キープしてる分の代金をまだ払ってなかったな。

 「でいくら?」

 「戦闘奴隷の方が740万ゴルド、借金奴隷のほうは貸出ですと320万ゴルド、お買い上げで……」

 「じゃそれで」

 早く一人になりたかった。

 俺はそそくさと代金を払い、商館を後にした。





  9日目 19:30 マックロン商会前


 俺は一人、マックロン商会の玄関の石段を下りたところに立っている。

 アンダくんたちが出てくるまでの間、少し夜風に当たっていよう。


 しかし店員はさっき必死に何を話しかけてたんだ?


 『隣に部屋を用意しております』

 ん? 

 『一度肌を合わせてから』

 誰の?

 『体の相性を確かめてからと』

 誰と誰の? 

 『申しております』

 誰が?


 な・ん・だ・と!

 もしかして俺は一発を逃したのか?

 いや、いや、いや、いや。そんなうまい話が世の中にあるはずがない。

 幻聴だ。幻聴。

 未練がましくしてもしょうがない。スミレさんのことはスッパリ忘れよう。


 ほどなくアンダくんたちが商会の玄関から出てきた。


「ケケケケケケケケケケケッ、主、主」

 鬼武蔵くんが犬っころのようにジャレついてくる。走ってきたときは一瞬身構えてしまったが、俺のことをいちおう主と認めてくれているらしい。

「ケケケケケケケケケケケッ、誰殺す?誰殺す?」

 いやいや、今は誰も殺さなくていいから。

 物騒なことを口にするが、えらくなついてくる。

 信長が鬼武蔵くんを可愛がった気持ちがほんの少しわかったような気がした。


 着替えと夜具などの必需品を揃えなければと相談すると、周倉くんが

「足には自信があります」

 と言うので、鑑定のシオンちゃんと空間魔法のシェリーちゃんを担いで、ひとっ走りしてもらうことにした。

 周倉くんは自分の乗っていた馬を担いで赤兎馬を追いかけた噂があるし、少女2人くらいなら軽いものだろ。


 他に必要なものはないかを皆に確かめると、

「ピッケル」

 馬謖くんの呟きは無視だ。あとで温泉エリアに絶壁の岩山をつくってあげるからロッククライミングで我慢しなさい。


 KDA様は子供たちに10万の大軍に斬り込んでいった時のことを話している。

 KDA様かっこいいっす。こんどその武勇伝じっくり聞かせてくださいっす。


 アンダくんは一人静かに、いつものアンダくんだ。


 さて、腹が減った。浮島に帰るか。

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