第12話 交易都市



  9日目 10:30 入国管理エリア



「お名前はタナカさまでよろしいですか?」

「あ、いや……その……」


 ヤバイ……困った……リカリスの入国管理局で俺はキョドっていた。

 職員に名を聞かれ咄嗟に「田中」と答えてしまったのだ。つうか、俺、なんて名前にしたっけ?


 適当につけた名前だってことは覚えている。……「ウヒウヒ丸」じゃないよな……あれは封印したはずだ。初日に名前をつけて……結局一度も名乗ってないもんな……杉原たちには田中の方を使っているし、アンダくんは俺を「主」としか呼ばないから……使わないと忘れるよな……適当に作ったアカウントのパスワードみたく。


「ではタナカというのは?」

「あ、いや……それは……その」


 職員は人のよさそうなオッサンなんだけど、名前でアセアセしてる俺に少しイラッとしているみたいだ。こうゆうプレッシャーは苦手だ。


 アンダくんはこんなときアテにはできない。たとえば森で俺が狼に襲われてたならサッサと処理してくれるのだろうが、交渉ごとは無理だ。俺の後ろで静かにしている。


「では、どちらからこられましたか?」

「……いや……え……えっ?」

 まずった。国名もまだ決めていなかった。


「ご領主様のお名前ですよ」

「領主は、えっと、俺です……いちおう」


 職員は目をいちど大きく見開いてから、

「ご爵位は?」

「国王です」

 なんか申し訳ないような言い方になってしまった。


「では、タナカ王国からこられたということでよろしいですか?」

 タナカ王国……カッコ悪いな……けど、訂正するのも面倒だ。

「はい……」


 職員は入国カードの申請書類に『タナカ王国』と書き込んだ。

 ん?これって俺の国の名称がそうなっちゃうってことじゃないよな?


 俺はアワててステータスを確認した。すると俺の職業が『タナカ王国・国王』になっていた。しかも名前まで『ルーマン・フィル・タナカ』に書き換わっている。つうか名前聞かれたとき、ステータス見ればよかったんだよ。テンパってそんなことも思いつかないとは。


「では……お名前は?」

「ルーマン・フィル・タナカです」

 ルーマン・フィル・田中て……なんか古い仕立て屋さんみたいな名前になっちまったよ。


 その後、俺はなんかファンタジーな感じのする水晶に手をかざして「犯罪歴はないか」等の職員の質問に答えていった。入国カードの出来上がりは後日ということなので、今日のところは仮カードを受け取った。


 俺の後ろに並んでいたアンダくんは

「タナカ王国、アンダ・ホイホイ」

と必要な事だけ喋り、職員の質問にただ頷くだけでこたえた。


 疲れた。たったこれだけのことで俺のライフはもう0に近いよ。




  9日目 11:00 入国管理エリア



 いったん自分の浮島に戻って、小型の輸送船に乗り込んだ。

 アイテムボックスを持ってるんで、身一つで取引に行けるんだけど、スキルを使うところを人に見せたくないからね。用心のために輸送船に乗っていくよ。

 


 輸送船はちょうど10tトラックみたいな感じで、後ろにコンテナがついている。魔石に貯めた魔素で空を飛ぶんだ。カモフラージュのためにコンテナいっぱいに豚肉オークを出しておく。25体出たね。



 さて出発するか。

 アンダくんを助手席に乗せ、魔導エンジンをかけた。船体が浮いた。

 こちらの入国管理エリアにある魔方陣からリカリス側の魔方陣へとアクセスを開始する。目の前にウィンドウと小さな魔方陣が現れる。ウィンドウの中にはオペレターのお姉さんが映っている。お姉さんの指示に従って、さっき貰った仮カードをアンダくんの分も合わせて魔方陣に翳す。輸送船の前に大きな魔方陣が現れ、それがゆっくりこちらに向かってくる。違法物の持ち込みが無いかスキャンしているのだ。魔方陣は俺に触れたところで動きを更に遅くする。アイテムボックス内にとんでもない量の豚肉オークを貯め込んでいるからね。そっちの処理に時間がかかってるんだ。



 スキャンが終わる。

 入国税の支払い方法の選択だね。

 支払いは現金でも魔素でもできるんだけど、魔素の方が割安になる。

 俺は魔素での支払いを選択し、こちらの浮島からあちらへ魔素の供給許可の手続きにサインする。未成年二人と小型輸送船、しめて3.8K魔素だった。

 1魔素が1000mpでだいたい成人1人が1日生活するのに必要とする量だ。1K魔素の相場が買いで10Kゴルド前後、売りで5Kゴルド前後、ちなみに今回の入国税を現金で払うと46Kゴルドとなる。手持ちの半分近くが吹っ飛ぶ。


 手続きを終えて、転送へと移る。


 いったん真っ暗な空間に移動した。

 目の前に『接続予定時間残り 21分15秒』と光の文字が浮き上がり、タイマーの秒針がカウントダウンしはじめた。リカリスは大交易都市だからね。今もいろんな国からの輸送船が接続しようとしてるんだ。



 交易都市リカリスはニブルヘイムでも十本の指に入る大国、ブリタリカ王国に属す交易専用の都市だ。ブリタリカの版図がヴァルハラから見て七時の方角に、ニブルヘイムとミッドガルドを跨ぐようにして広がっているので、おそらくリカリスもログインすればその領空内のニブルヘルム側に姿を現すのだろう。だがリカリスはここ二百年以上『闇の世界』に留まり続けている。大国の交易専用都市として機能し、魔素は本国からの供給とこの街を利用する商船からの税で賄っているのだ。人口52万人。人と情報と物、特にミッドガルド産の珍しい物が集まるため、常時人口に倍する商人や旅人がここを訪れている。



 転送が始まった。

 目の前に大都市リカリスの全容が広がる。

 中央に70m級の巨大な浮島が鎮座し、おそらく昔、まだこの都市が『光の世界』の住人だったころの名残の、古い城壁と城とが見える。こちらはブリタリカ王国専用の取引区画なので一般の商船は立ち入ることができない。


 中央の浮島に連結される30m級から50m級の中小さまざまな浮島、通称『出島』。こちらは城壁もなく、むき出しの状態でそこが何を取引する場所なのかを示すボードや、様々な看板広告がならんでいる。自分の目当てとする取引のできる出島に行き、輸送船ごと生産ダンジョン内へと入っていくのだ。

 めいっぱい広く張られた結界内に、他国の商船が混雑しながらすれ違っていく。

 



  9日目 12:00 交易都市リカリス



「こ、これはオークでも最近出回りはじめた肉質のええヤツやおまへんか」

 ここはダンジョン産の素材の売買をしている出島の、特に肉の買取を専門でやっているフロアだ。

 半径1kmほどの空間に多くの商店が軒をつらねている。空には多くの輸送機が行き来している。


 コンテナ内のオークを調べていた目利きの店主が、

「状態もええですな。それに、すごいですな。ぜんぶ頭1発でしとめてはりますやん」

 へぇ、ほぅ、と感心している。


 俺は顎をクイッと動かして、店主の目をアンダくんの方へと促した。

 アンダくんは顔色一つ変えず、いつも通り平然としている。


「ほぉ、よっぽどの腕利きの冒険者さんなんやろね」

 腕利きの冒険者ではないが、腕利きの猟師であることは確かだ。

 おそらくオークあたりが限界だろうが。


「ケワタガモと死闘を繰り広げたことがあるくらいだからな」

「ケワタガモ……どないな化け物なんでっしゃろ?」

「ここでは言えないな」

 だって俺も知らないし。


「肉質もええですし、状態もええときてます。頭1発やさかい、臭みもおまへん。4割増し、いや5割増しでどないでっしゃろ?」

「頭1発だとなぜ臭くないんだ?」

「胸から上やとまだええんですけど、胃や腸を破ってしまいますと、臭いんですわ。中身がほら、アレですからよって」

 なるほど、それは臭くなる。

「で、どないでっしゃろ?5割増しで」

 


 オークの平均体重が400kg。そこから枝肉が65%弱とれるとのことだ。さらにその枝肉から脂肪などを取り除き、食用肉になるのが50%を少しきるとか。今の相場でキロ150ゴルド。オーク1匹で60Kゴルドといったところ。5割増しで90Kゴルド。1割税で引かれたとして81Kゴルド。申し分ない。


「ではそれで」

「ある分ぜんぶ買わせてもらいまひょ。まだお持ちでしたらいくらでも買い取らせてもらいますよってに」


 店主は店員にコンテナからオークを移動させるよう指示する。見ると空間魔法の中級者だった。アイテムボックスが使えるのだろう。空間魔法レベル3でオーク4匹を収納し店の倉庫へと向かった。

「ところで店主、肉が臭いといえばゴブリンだが、どうにかして食べられるようにはできなものかな」


 さっき臭いという言葉が出てきたとき、チョコレート味のゴブリンを思い出したのだ。


「あんさん、もしかしてあないなもん食べよと思うてますんかいな。やめときなはれ。『狼毛で小鬼を包む』なんてことは話の中だけにしときなはれ」

「狼毛で小鬼を包む?」


 店主の話だと故事の1つなのだそうだ。

 ふつう動物の毛皮と肉を一緒に置いておくと、肉がすぐ痛んだり腐ったりするそうだ。おそらく雑菌なんだろうが、こちらの世界にそういう概念はない。とにかく毛と肉は一緒にしないものというのが常識である。ただダンジョンのマッドウルフの毛皮だけは別で、それだけは消臭効果があるというのだ。きっとマッドウルフの毛皮についている菌は匂いの元だけを好んで分解する。

 マッドウルフの毛皮。ダンジョンの低層にいるモンスターなのでそこまでの高値にはならないが、消臭効果は便利である。そこそこ需要はあって、そこそこの値が付く。


 ある日、腹をすかせた低ランクの冒険者が、どうにかゴブリンの肉が食えないだろうかと思った。そこでマッドウルフを狩り、臭いを消すという毛皮でゴブリンの肉を包んで臭いを消してから食べた。その男はゴブリンの肉が食べられたことを喜んだが、周りは、毛皮を売ってオークの肉でも買っていれば、もっと美味しい肉をたらふく食べられただろうにとあきれたという話だ。勿体ないことをする、または無駄なことをする例えとして『狼毛で小鬼を包む』という言葉が使われる。

 


 搬入作業は想像していたよりはるかに早く終わった。



 それから俺たちは別の店を次々に周って同じように1軒につきコンテナ1杯分のオークを捌いた。四軒目を周ったところで二周目に入る。最初に行った店に戻って、また荷をとってきた風を装った。

 2周目が終わり200匹近くのオークを捌いた。所持金が約16Ⅿゴルド増えた。個人の稼ぎとしては破格だが、国家予算としてみれば泣けてくるほど少ない。もう少し売っておきたいところだったが、このあと奴隷商をまわらないといけない。

 輸送船を預かってもらいに杉原の店があるというフロアへ移動することにした。




  9日目 15:00 交易都市リカリス



 杉原の店は思っていたよりも小さな店だった。目抜き通りから外れた路地の奥にあった。また店の裏に庭があり、そこに解体作業場があった。ここならゆくゆくは作業場を拡張してもいいし、全部つぶしてまとめて大きな店を建てることもできそうだ。


 店の入り口には『入荷待ち』の張り紙。

 それでも店の前には何人もの商人風の男たちが張り付いていて、入荷と同時に買い込もうとしている。


 俺は裏の庭に輸送船を置き。裏口から店の中へと入った。

 店内では売り子や作業員たちが店内の拭き掃除や道具の手入れをしていた。

 「夕方に一度顔を出す」という杉原からの伝言を伝える。


 ここの従業員たちの多くはリカリス市民の借金奴隷で、通いで店に来ている。今回杉原が領地を失ったことからの影響は受けない。ただ解体作業の手伝いや見習いに住み込みで配置されている7人の子供たちは1年だけとはいえ杉原領の領民ということになるので、事情を説明し、今後主人が属す俺の領地の領民扱いになることを説明した。これで俺の国の人口は16人になった。


 連絡が全て終わったあとで、杉原から預かっていたミノタウロスを作業場の保管庫へと移すことにする。これで開店準備ができると店内が俄かに活気づいた。

 作業台に先に1頭ミノタウロス出すと、解体技術を持った男たちが道具を手にして巨大な牛男に群がっていった。脇で子供たちが作業を手伝う。


 保管庫に荷をうつしながら、今日オークが5割増しで売れたことを満足気に解体作業をしている男たちに話すと、

 「街の肉屋に行ってみなよ。最高級オークの肉は普通の肉の3倍出しても買えやしないってことがわかるぜ」

 と言って笑われた。


 グググ、こういう悔しさを感じて杉原も自分の店を持とうと思ったんだなと納得した。

 俺も資金を貯めて、自分の店を用意してやろう。

  


 次に田原の店に移動し、同じように伝言を伝えてから素材を渡す。人口が19人になった。


 

 そして最後に野口の酒屋。同じようにして、人口が23人になった。


 野口の店では酒を並べ始めたところで、もう店を開いて客を店内に入れ始めた。気が早いなと思いながらアイテムボックスの操作を急いでいると、麦の販売が始まった。そういえば店の中には酒は無いのになぜか麦の袋だけはうず高く積まれていた。「なぜに麦?」と聞くと、麦を買った客には抽選券が配られて、その抽選で酒が買えるかどうか決まるのだとういう。外では酒の値が何倍にも跳ね上がるわけだ。それならいっそ定価を上げてみたらいいんじゃね?と疑問を口にすると、定価の何倍の値が付くかがその酒の価値を高めるのだという。だから定価はあげられないと。そういうものなのかと思った。



 さて用事は全て済んだ。奴隷商へ向かうとするか。

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