第11話 天下三分の計と孔明の罠
「みなさんの話にはいくつかの共通点がありますね」
奇しくも同じ日に国を失った三人の君主たちの聞き取りが終わった。
ちょうど日付が変わったあたりだった。
私掠空賊の脅威がある今、俺たちは浮島をログオフさせ、闇の世界へと戻っていた。
「大きいは正義ということだね」
と杉原さん。はい、はい、そうくると思ってましたよ。
「おやおや、バレてしまいましたか」
「私は大きさよりも形に拘る派なんですが」
続く二人の言葉をやりすごし、
「まず、お三方は最近急に羽振りがよくなっていましたよね」
なんでも転生者に与えられた浮島の通常ダンジョンにいるモンスターは特殊で、そこから獲れる素材は高値で、かつ飛ぶように売れたらしい。
杉原さんは10Fのボス部屋、護衛ミノタウロスの無限沸きで荒稼ぎをした。
親であるミノタウロスキングの方は部屋の奥の玉座に座っていて非アクティブだったそうだ。
その周りを護衛するアクティブのミノタウロスたちをトレインし、壁際の岩の上に待機した孔明先生が範囲魔法を撃ち込む。走ってくる杉原さんの頭上に風の刃を扇状に炸裂させると、追ってくる護衛たちは綺麗に首チョンパされたというのだ。撃ち漏らしの護衛を杉原さんが処理し、ドロップの回収。ミノタウロスの肉は鑑定すると『和牛A5ランク』と出てくるそうで、狩ったら狩っただけいくらでも売れたのだ。しかも高値で。
杉原さんたちは親を放置して、引く狩る拾う待つを延々と繰り返した。
9Fのジャングルで稼いだのが野口さん。
クレバーエイプたちを、張飛が素手でフルボッコにし、従わせて酒造りをさせたそうだ。
初めはジャングル内の果物から猿酒を作っていたのだが、途中から1Fの白スライムを原料にして、日本酒を造った。
『NK35』という銘のその酒はプレミアがつくほど人気がでた。
「ここのスライムはニシキヤマーダを35%に削った心白と同等の質でしたよ。賢猿の方も9号っぽい酵母つくってくれますし」
野口さんが何を言っているのかわからないのだが、おいしい酒がつくれたらしい。
一流ホテルのシェフだった田原さんは、どの階のどのモンスターと決まったスタイルではなかった。
ダンジョンを10Fまで満遍なく回る。集めた素材を使って料理をする。特に8Fの海岸エリアは海産物の宝庫で、サハギンなどは個体によって魚の種類と部位まで細かに違ったらしい。大トロサハギンを手に入れたときは、すぐに1Fで手に入れた本ワサビスライムをのせて醤油スライムをかけて自分で楽しんだ。老舗日本料理屋の次男であった彼は和食にも造詣が深い。
ちなみに1Fのマヨネーズとか醤油などの調味料系のスライムは常温で放置していると本来の形状に戻っていくのだそうだ。
レストランの経営と高級食材の販売。異世界で料理チートの王道をいったのが彼である。
三者三様、それぞれのスタイルでダンジョンの特殊な素材から利益を出していた。いちゃいちゃしていただけと言っていたわりにその辺はちゃんとしていたようだ。
「次にさいきん奴隷を大量に購入した」
人口を増やすために杉原さんが200人、松本・田原の両名が100人少々の奴隷を購入していた。神の
「みなさんの利用した奴隷商のうち、共通する奴隷商が1つあります」
「発信器を仕込まれていたと?」
と野口さん。俺が頷くと
「おやおや、うっかりしておりましたね。奴隷の身体検査まではしておりませんでした」
「うちは発信器を探知する魔道具を用意してたぜ」
と杉原さん。
「はわわわわ、急あつらえの簡易式でしたから、探知阻害の魔道具で無効化されたのかも」
「いずれにせよ調べてみる必要がありますね」
俺は明日から交易をはじめる。ダンジョン産の素材が商材である以上、光の世界へのログインも頻繁に行わなくてはならない。人口を増やす手段の一つとして奴隷の購入も利用することになるだろう。
身に降りかかってくる火の粉は、自分の手で振り払わなければならないのだ。用心に用心を重ねなくては。
話はそのあとくだらない下の話になっていった。二人だけの時は衣服に発信器を取り付けられていないか、入国管理エリアで互いに身体検査をしているとおっぱじまるとかなんとか。3人が意気投合して話しているのを少し聞いてから、夜も遅いことだしと解散を告げる。
すると、
「はわわわわ、こ、ここでですね。みなさんに提案があります。天下三分の計の説明に今少しのお時間をいただけないでしょうか?」
ポンコツ軍師さんからの提案があるのだそうだ。
9日目 02:00 本拠地前
天下三分の計…………それは恐ろしいまでの破壊力を持つ精神攻撃だった。
まさに、孔明の罠であった。
「はわわわわ、これからみんなここで生活をしていくです」
ん?誰が俺の領地に受け入れると言った?なんかみんなここで暮らしていくのが当然といったような顔をしているが……解せぬ……
「でも、プライベートの音がお隣に聞こえちゃうのは恥ずかしいのです」
手に持ったふわふわの羽扇てぱたぱたと赤らんだ顔を仰ぎながら、
「ですから天下三分の計、隆中策です」
ばーんと、どこから用意したのか大きな浮島の地図を取り出して、
「このような配置でテントを張ることを提案するです」
丸い領土の0時の方向、魏の位置に、杉原と孔明の絵。
4時の方向、呉の位置に、田原と関羽の絵。
8時の方向、蜀の位置に、野口と張飛の絵。
「誠如是、則覇業可成矣 (誠に是のごとくんば、覇業なるべし)」
羽扇を前に突き出し、ドヤ顔のポンコツ軍師。
おおおっと湧き上がる5人。
アホかこいつらは……そのとき俺は思ってたんだ。……そのときの俺は。
夜中……つうかもう朝方。
…………眠れん…………まったく眠れん…………
何が音が聞こえるのは恥ずかしいだ孔明!……おまえ声でかすぎ……
浮島の表層を目いっぱい使って、最大の距離を稼いだかは知らないが、真ん中の本拠地にいる俺はどうするよ。三方向から攻められるんだぜ。
ようやく眠りのしっぽを掴んだかってときにだな、
夜の世界の闇と静寂を突き破って、0時の方角から
「はわわわわわわわわっ」
が聞こえるんだ。
何やってんだよ杉原……お前そんなんだから国滅ぼすんだよ。
くやしくない、くやしくない、あれはもと
くやしくない、くやしくない、あれはもと
すると4時の方角から、
「じゃ~ん、じゃ~ん」
ドラの音が響く。時に甘く、時に切なく。
田原……あんた40まわってんだろ。14の若い体になったからって頑張りすぎ。SLGしとけよ。SLG……エロゲにしちゃったから駄目なんだよ。
今度は8時の方角から、
「感……質……最高……ひゃっふう」
獣の咆哮。
野口……寝ろよ……国滅ぼした日に何やってんだよ。
くやしくなんかないぞ俺は……見てろよお前ら、俺もいつかハーレム作ってやる。国さえ安定してくれば、きゃっきゃうふふだ。誰もが羨むハーレム王に俺は成る!
と、疲れているのに目が冴えちゃった俺とは違って、『やるべきことをやるだけだ』がモットーの俺の相棒は、静かな寝息を立てていた。『寝るべきときに寝るだけだ』安定のアンダくんであった。
9日目 午前7:30 本拠地
「主、飯だ」
アンダくんのいつもの言葉で目をさます。
さっき寝付いたばかりだ。起きてた方が楽だったような気がする。
ぼんやりしながら、ぶっきら棒な相棒を見る。
もし最初にアンダくんを女体化していたなら、いまごろ
「ニィーニィー起きろー」
とか言いながら俺に飛び乗ってきているのだろうか?
俺のことだ、キャラメイクに凝って、お色気ムムムン、ムラムラリンなのにしてたかも知れない。
いや、くだらんことを考えた。
女体化こそ孔明の罠だ。自分を絶対に裏切らない理想の美女など傍にいたら、俺も同じ轍を踏む。孔明にせよ関羽にせよ張飛にせよ、奴らに非はない。全ては進むベクトルを間違った主人が悪いのだ。
俺は今のアンダくんでよかった。能力こそ低いが、真面目によく働く。さすがは努力の人だ。
今日もやるべきことが山ほどある。
朝飯を食うか。
9日目 午前8:00 本拠地
先ずは状況確認。
人口 9
魔素残量 約 2.8M
瘴気蓄積量 約 1.7M
残金 10万ゴルド
午前中にリカリスの街に行って、
それまでに温泉エリアの開放と入国管理エリアの設置だ。
杉原たち6人は温泉エリアに突っ込もう。ログイン時だけ表層にアクセスできるようにして、あとは温泉エリアと入国管理エリアにだけ行けるようにしておく。となると通常ダンジョンの入り口も温泉エリアに移動だ。奴らは冒険者として稼ぎたいわけだし、いちいち表層に出てこられると面倒だ。あと生産ダンジョンの入り口も本拠地の外に出しておかないとだ。俺とアンダくん以外を本拠地に入れるつもりはない。
とりあえずは温泉エリアの初期地形を決めないとだが……川で3っつに分割するか。天下三分の計だ。住居は自前で用意してもらおう。なにげにアイツらのほうが金持ちなんだし。あとは寒帯は寒すぎなんで気温を上げておくか。維持コストがかさむのは仕方ない。
温泉エリアの設計が終わったら、街へ行って肉を売って奴隷商に行かなきゃだ。忙しくなるぞ。
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