第23話 異変と召喚(?)

 翌朝、準備を整えたジョニーはどこか固い顔で集落の広場に立っていた。


「どうした?」

「柄にもねぇが、ちいっとばかしビビっちまってるのさ。なんせ、出来るかも解らん無茶をせにゃなねぇんだからな。」


 ジョニーが緊張するのも無理はない。何故なら、彼はもう一度世界間を渡ろうとしているのだから。彼は既に常人の枠を超えているのだが、その自覚がまだ無いのであった。


「今の汝にとっては無茶ではないのだが…まあよい。我が補佐する故、心配は不要だ。」

「お、おう!」


 カゲに促されてようやく決心がついたジョニーは、右手を前に掲げる。すると彼の左目が黄金の輝きを発しだし、掌に集まった気によって眼前の空間が歪んでいく。


「『異界門アナザーゲート』!」


 最初、歪んだ空間の向こうはただ闇が広がるばかりであった。しかし、その闇は徐々にだが確実に払われていく。そして完全に闇が払われた向こう側には、天を衝くかの如き摩天楼とそれらを照らすネオンの光が輝いていた。


「おぉ…なんという…。」

「こ、これが異界の家か!」

「なんと面妖な!」

「美しい…。」


 田舎者丸出しの反応だが、彼らの世界は一度たりともこの次元まで文明が発展したことは無いのだから仕方がないだろう。彼らは食い入るように『異界門アナザーゲート』の向こう側を見つめていた。


『おお、間違いねぇ!ここだ!』

『うむ、成功だ。ならば我が維持しておく故、汝は疾く行くが良い。』

『おうよ!ちょっくら帰ってくらぁ!』


 興奮ぎみのジョニーは、意気揚々と『異界門アナザーゲート』を潜る。これでジョニーの望みの第一段階が終了した。







 はずだった。






『…おろ?』

「あれ?」

「むっ!いかん!」


 ジョニーが半身を『異界門アナザーゲート』に入れた時、異変が起こった。『異界門アナザーゲート』の向こうに映っている風景が変わっていたのである。その意味を正しく理解しているのは、不幸にもカゲただ一人であった。彼の顔には珍しくハッキリと感情が出ている。焦燥、という感情が。


『ジョニー・ハワード!今すぐ戻るのだ!』

『わ、分かった…ってうおおおぉ!?』


 更にカゲは自分が受肉していると気付いた時以来の大声を張り上げたのだが、もう手遅れであった。ジョニーはカゲのただ事ではない様子を察すると慌てて『異界門アナザーゲート』から出ようとするが、凄まじい勢いで引っ張られていたのである。抵抗も空しくどんどん引き摺り込まれて行くジョニー。その顔には絶望が浮かんでいた。


『仕方があるまい…ふん!』

「か、カゲ様ぁ!?」


 カゲは突然伸ばした右手の鉤爪によって己の左腕の肘から先を切り落としたのである。唐突な自傷行為に蒼白となる黒血人ヴァズピオ族を尻目に、彼は血の滴る左腕を『異界門アナザーゲート』に向かって投擲した。『異界門アナザーゲート』は既にジョニーの全身を呑み込んで閉じかけていたが、カゲは投げ入れた己の左腕をジョニーが掴む瞬間を確かに見てとった。


「これ以上は何も出来ぬか。」

「カゲ様!何があったというのです!?それに腕が…!」


 慌てて駆け寄ったのは長老であるヴェルだった。彼女は急いで陽術によってカゲの傷を癒していく。肉体の再生力も相まって、一瞬の内に新しい左腕が生えたが、彼女は安心ではなく怒りを露にしていた。


「ご説明頂けますか?あのような暴挙に出た理由を!」

「うむ、勿論だ。簡単に言えば『異界門アナザーゲート』が何者かの術に干渉されたのだ。」

「干渉…?失敗ではなく?」


 不思議そうに尋ねたのはヴァンである。彼の問いにカゲは首肯した。


「うむ。術そのものは正しく発動した。しかし、時空に干渉する大規模な術を、ほぼ同じタイミングで行使した者がいたらしい。それに巻き込まれたのであろう。」


 つまり、ジョニーの術が他の世界で行われた異界へ干渉する術と混線してしまったのである。不運極まりない、間が悪かったとしか言いようが無い事故であった。


「よく解りませんが、それと腕を斬ったことにどんな関係が?」

「うむ。あれには我の分霊が仕込んである。あれさえあればジョニー・ハワードと交信出来るはずだ。あれさえあれば、彼奴が此方に戻ることもいずれは叶うだろう。その布石だ。」


 カゲは左腕に自分の力の一部を封じ込んでいた。それは最下級の神に匹敵する力を内包している。世界間を越えた交信をはじめ、様々な面でジョニーをサポート出来るだろう。


「兎に角、今の我に出来ることは無きに等しい。我らは予定通り地上の開拓を始めるとしよう。」

「…釈然としませんが、解りました。」










 『地球』の日本国。四月の始めという季節は全国で新学期が始まる時期でもある。ここ市立西山高校もその類に漏れず、目出度く入学式が行われた。式そのものはつつがなく終了し、新入生達はオリエンテーションのために己の教室に向かった。

 生徒達がそれぞれの教室で担任教師の顔見せを待っていた時、一年A組の教室で奇妙な事件が起こる。何と彼らの教室の床に突如として輝く複雑な幾何学的模様が現れたのだ。それは陳腐な表現になるが、例えるならば魔法陣というフィクションの産物を彷彿とさせる代物であった。

 唐突な非現実的な事態に、生徒達は数人を除いて見ている事しか出来ない。異常を察知して逃げようと動いた者もいたが、間に合わなかった。その模様は直視出来ない程に輝きを増すと、大量の光を放ちながら轟音と共に爆発したのである。

 学校全体を揺らし、窓ガラスが全て割れてしまう程の轟音に気が付かない間抜けはいない。教室に向かっていた担任教師をはじめ、隣の生徒も何事かと教室を飛び出して室内を覗き込む。そこには、一人を除いて気絶した新入生が倒れ臥していた。唯一起きていた男子生徒は、ふらつきながら床に倒れてしまった生徒を介抱していた。

 この入学式に起こった奇妙な事件は、国内外で大きく報道された。当然、警察沙汰になって捜査もされたが、原因は何も解らなかった。普通に考えれば音響手榴弾スタングレネード閃光弾フラッシュバンが使用されたと思われるのだが、何の痕跡も無かったからである。

 生徒は全員無事で、怪我人は気絶した際に床に倒れた時の打ち身程度だったのが不幸中の幸いだった。ただ、謎の怪奇現象に恐怖して他の高校への転入が続出したのは仕方がないだろう。

 一方でネット上はこの事件に関して俗に言う祭り状態になった。原因に関しては多種多様な憶測を呼ぶことになる。生徒の自演説にはじまり、妖怪の悪戯説、政府の陰謀説、宇宙人の実験説、魔法の実在説など妄想の域を出ない流言蜚語が飛び交っていた。

 しかし、人の噂も七十五日という諺にもあるように、その事件への人々の関心は徐々に薄れてネットの盛り上がりも終息していく。特に八月頃に某有名男性アイドルの薬物使用とそれを利用した未成年強姦事件が発覚した時点で、この話題をわざわざ持ち出す者はもういなくなっていた。







「えっ…な、なによ、これ…?」


 私は世井口よいぐち朱音あかね。今日から市立西山高校一年A組の生徒になる新入生だ。そんな私は今、見慣れないベッドの上にいる。最初は保健室かと思ったけれど、今は絶対に違うと断言出来る。何でかって?そりゃあ同じクラスの生徒が皆ずらっと並んだベッドの上で寝かされているからだよ!

 いや…同じクラスだよね?まあ中学が違う子はわかんないけど、同じ教室で見た顔ばっかりだからきっとそうだよ。…自信は無いけども。

 閑話休題。兎に角、同じクラスの生徒が揃って整然と並べられたベッドの上で寝てるなんてどう考えてもおかしい。それにこの部屋も奇妙だ。一クラス四十人分のベッドが入る部屋ってだけで相当広いのが分かると思う。なのにこの部屋、っていうかホール?は高級ホテルのロビーみたいに清潔で豪華な装飾が施されてる。なんかだ。

 それに一番気持ち悪いのは、ここにいる全員が手術衣みたいな服を着てること。誰かに着替えさせられたってことでしょ?最悪だ!


「あ、あれ?ここ、どこ?」

「なんなんだよ、一体…?」


 どうやら私以外の生徒も目を覚ましたみたいね。凄く混乱してるみたいだ。まあ、私も現在進行形で混乱しているわけですが。

 そんな事を考えてると、クラスの過半数が起きたくらいのタイミングでホールの扉が開かれた。開けたのは洋風の鎧を着たオジサンとイケメンだ。そう。鎧を着ていたのだ。


「おお。勇者様方はお目覚めのようですな、閣下。」


 何なのだろうか。しかも鎧の二人の後ろには、捻れた木の杖を持ってフード付きローブを纏ったお爺さんがいたのだ。しかも明らかに白人系なのに日本語ペラペラ。ここはコスプレ会場か何か?


「おお、それは良かった。では、我輩は陛下にその旨を奏上して参る。皆様への説明はお任せしてよろしいな、ガドバル卿?」

「お任せあれ、閣下。」


 話し合っていたお爺さんは私たちを一瞥するとさっさとどっかに行く。その代わり、じゃあないんだろうけどイケメンを引き連れたオジサンが部屋の中に入ってきた。


「ようこそ、異世界の勇者様方!」


 オジサンが開口一番に大声で言い放った言葉。それは私たちをさらに困惑させるだけだった。








 私たちはオジサンに言われるままにまだ寝ていた生徒達を起こすと、彼の後ろに付いていく。オジサンの簡単な説明によるとここは『セフィラ』という異世界で、私達は勇者として転移しているのだとか。

 そう、異世界だ。それに転移。そのワードに不安を抱くのはきっと正しい反応だと思う。一部の男子は何故か大喜びしてるけど、放置で。

 展開が早すぎて何が何やらって感じだけど、反抗的な子がいないのは良かったと思う。このオジサン達がどんな団体かはわかんないけど、そんな状況で対立するのはもっと怖いしね。

 それにこのコスプレオジサン隙がない。剣道とか武道とかやってるんだろうね。それに足音とか鎧の擦れる音からして、鎧は多分本物の金属で出来てる。じゃあ腰の剣も本物?

 じゃあ、コスプレオジサンはコスプレしてる訳じゃないのか。本物の騎士って奴なのか。あ、強いとか何とかが解るのは私が古流剣術道場の娘だからであって、ほとんどの子は解ってないだろうね。

 でもそれだけにここが異世界だって言う話が現実味を帯びてくる。騎士とか王様とかが剣やら槍やらを振り回して戦っているのか。とんだ所に来ちゃったものだ。戦国時代の日本かよ。


「ねぇ、朱音。私たち何処に行くんだろうね?」

「わかんないよ、由紀子。」


 私に話し掛けたのは中村なかむら由紀子ゆきこ。小学校と中学校は違ったけど、実家の繋がりがある小さいころからの親友で、私よりもちょっと背が低い綺麗系の女の子だ。この子は普段から男勝りとか勝ち気とか言われてるけど、そのスタンスは今でも変わらないみたいだ。何せほとんどの生徒が怯えを隠せないでいるのに、由紀子は先頭のコスプレオジサン改めオジサン騎士と最後尾のイケメン騎士を交互に睨んでいるのだから。

 あ、イケメン騎士が由紀子に微笑んでる。こりゃダメだ。


「チッ。」

「こらこら。」


 由紀子はイケメンが嫌いだ。何でも幼稚園から高校まで同じという腐れ縁の男子が原因らしい。由紀子曰く、『見た目はいいけど内面は最悪のスケコマシ』なんだとか。このクラスの生徒でもあるので、私もなるべく関わらないでおこう。

 そんな彼女の好みはダンディーなおじ様らしい。チャラい腐れ縁君の正反対がいいんだって。じゃあ先頭のオジサン騎士はどうなんだろうか。


「言いたいことは分かるけど、あれはダメ。筋肉達磨は興味ないのよねぇ。細マッチョでスーツとモノクルが似合うお方がいいわ。オールバックならなお良し!」

「あっそ。」

「冷たいわね~。奥さんの躾がなってないわよ、篠崎君?」


 由紀子が悪戯っぽい視線を向けたのは篠崎しのざき武貞たけさだだ。由紀子が私達を夫婦呼ばわりするのには当然理由がある。彼は、いや気持ち悪いな。普段通りタケで。その理由とは、タケが私の家に住んでいるからだ。

 タケのご両親は私達がちっちゃい頃に交通事故で亡くなった。それをタケのご両親と仲が良かった父さんが引き取ったのだ。因みに、養子ではないので私達は姉弟ではない。それも夫婦呼ばわりを助長しているのだ。


「タケと私はそんな関係じゃないって、何度言わせるのかな?」

「いひゃい、いひゃい!」


 私はニッコリと微笑みながら由紀子の頬っぺたを捏ね回す。これで反省してくれればいいのだけど。


「タケ、あんたも何とか言いなさい!」

「…。」


 私は小声でタケを叱るが、目に見える反応は無い。こいつはいつもそうだ。無表情で無口。それも凄く極端だ。いつもボーッと虚空を眺めていて、長い付き合いが無いと感情を察することは無理。友達もほとんどいないっぽい。お姉ちゃんは心配だぞ!

 そして今も由紀子には何を考えているのか分からないだろう。だけど付き合いの長い私には解る。奴は少し困っている。根は優しいので由紀子を心配しているのだ。


「この子が悪いんだから、いいのよ。」

「…。」

「解ったらそれでいいわ。」


 どうやら納得したらしい。普段通りボーッと虚空を見つめ始めた。本当に変わらない、妙な奴だ。なのに成績は私よりもいい。何故だ!


「いやいや、何でコミュニケーション取れてるの?やっぱりh」

「何か言った?」

「な、何でもない!」


 このタケと唯一コミュニケーションが取れると言うのも、夫婦呼ばわりの原因だ。どうしてこうなった。


「勇者様方、聞いて頂きたい!これより先は謁見の間になりまする!我が神聖セフィルティア国の国王陛下がおわす故、何卒不敬の無いようお願い致す!」


 下らないことをくっちゃべっている内に、目的地に着いたようだ。それにしても、謁見の間に国王陛下?やはり展開が早い。心の準備をさせてくれませんか?くれないようですね。

 オジサンの前の大きな扉を、若い男の人が押して開ける。凄くキラキラした鎧を着てるのに仕事はドアマンみたいだ。どうでもいいけどね。

 扉の奥は映画やらなんやらで見たことのある典型的な場所だった。ツルツルに磨かれた石の床、その上に敷かれた柔らかい真っ赤な絨毯、一段高い位置にある豪華な玉座、そしてそこに座っている王冠に錫杖に宝珠の三点セットを持った白髪の太ったお爺さん。まさに日本人が抱く西洋の王のテンプレートがそこにいた。


「異世界の勇者達よ。貴殿等には我らが世界、『セフィラ』を救うために力を貸してもらおう。」


 …王様?何だか随分上から目線じゃないですかね?

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