第21話 陰神が消えた『ゼクト』

 災厄と魔獣を世界に解き放ち、生きとし生ける者全てに畏れられる神、【陰神】。その討伐を成し遂げたカイン達は世界中で英雄として祭り上げられた。聖戦では多大な被害が出たからこそ、人々にとって目に見える英雄が必要だったのも一因だ。

 しかし、彼らの喜びは長くは続かない。カイン達に【陰神】が最後に遺した『混沌が始まる』という言葉。これが現実味を帯び始めたからである。

 最初に変化したのはカイン達五人であった。彼らが聖王国で祝勝パーティーをしていた最中、五人はほぼ同時に苦しみ始めたのである。周囲が対応に動き出す直前、彼らの肉体に大きな変化が生じた。五人の身体が光に包まれ、その光が消えた時には彼らの姿は一変していたのである。カインの背中からは純白の翼が生え、ザイードは身体が大きくなり、マルコは逆に身体が縮み、エルヴィンは外耳が長くなり、ファナは両手足に鱗が浮かんでいた。



 この日、彼らは人間ではなくなったのである。



 そして彼らの種族が変化してからというもの、世界中で同様の変化が起こるようになった。変化したのは総人口の約二割。変化した人々に共通するのは魔力の量が平均よりも多いことだった。それ故にこの変化を神の祝福として人々は受け入れ、恩寵を与え賜うた神に祈りを捧げた。

 しかし、それが面白くない者たちもいた。それは変化しなかった、先の言い方を借りれば神の恩寵を者達である。彼らは変わった者達を羨み、妬み、恐れるようになる。彼らはそれぞれ人間ヒューマン新人種トゥルーマンと名乗るようになった。

 しばらくの間、小競り合いこそあれど人間ヒューマン新人種トゥルーマンの間の確執は表面化しなかった。しかし、マーフォート大陸のアルワンス帝国に激震が走る。【陰神】を滅ぼした英雄、ザイード・フォン・ウェインが自分と同じ新人種トゥルーマンを率いてクーデターを起こしたのである。その大義名分はより優れた種による統治こそ、帝国の発展に繋がるというものであった。皇族の男子は皆殺しの憂き目に合い、直系の女子は新人種トゥルーマン以外は処刑、新人種トゥルーマンであった者は全員彼の妻となる。

 この事件は単なる大国の政変で収まることは無かった。何故なら、ザイードは大義名分通りに新人種トゥルーマンを優遇し、人間ヒューマンを差別する制度を作り上げたからである。この事件をきっかけに、世界中で人間ヒューマン新人種トゥルーマンが種族の違いを理由に争う事件が多発するようになった。


 そしてこの頃、世界でまたもや大きな事件が起こる。新たな新人種トゥルーマンが発見されたというのだ。


 これまで、新人種トゥルーマンは五種類しかいなかった。


 背中に白い一対二枚の鳥類の翼が生えた光翼人エンジェル族。

 燃えるような赤毛に平均身長二メートル半ほどの炎巨人ジャイアント族。

 両手・前腕・両足・脹脛ふくらはぎに鱗がある水鱗人スケイル族。

 くせ毛で成人しても一メートル半にも満たない土小人ノーム族。

 先が尖った長い耳が特徴的風森人エルフ族。


 五属性を名に冠する彼らは、それぞれの神の恩寵を受けたと思われていた。ならば新たな新人種トゥルーマンとは、何の神の祝福を受けたのであろうか。

 さらに同時期に、更なる事件が勃発する。それは魔獣の狂暴化と高い知性を有する新種の大量発生だ。これまでも人間顔負けの賢さを持つ魔獣は確かにいた。だがそれは数百年から数千年に一匹という突然変異種だったのだ。それが人間で言えば幼児レベルでも獣の枠を超えた知性を持つ新種が世界中で活動を始めたのである。これらはすでに魔獣の範疇を越えているとして、明確に区別すべく魔物という新たなカテゴリーが作られる事となった。

 人々は頭を抱えた。【陰神】が滅びたはずなのに、どうして新たな脅威が発生したのだろうか、と。そして誰かが言い出した。



 これは【陰神】の祟りではないか、と。



 この論理も根拠もない風説は、瞬く間に世界中で盲信されるようになる。そして新人種トゥルーマン嫌いの者達は、同時期に現れた新人種トゥルーマンは【陰神】の祝福、否、呪いを持って生を受けたのだと言い出した。


 こちらも何の根拠もない与太話の類なのだが、一度去ったはずの脅威がよりひどくなって戻って来た現状に恐怖と不安で圧し潰されそうな人々がその説を信じ始める。そして彼らは呪人種カースマンと呼ばれるようになった。


 褐色の肌で四本の腕を持つ武戦人バーサーク族。

 耳の後ろに鰓を持ち、水鱗人と同じ部分に黒い鱗がある黒鰭人アーマン族。

 褐色の肌以外は人間と変わらない見た目の獣王人ビースト族。

 褐色の肌と先が尖った長い耳、虫の翅を持つ闇洞人ダークエルフ族。


 この四種族が呪人種カースマンと認定された種である。それぞれの種族は、元々人里離れた地域で暮らしていたり、蛮族扱いされていた者達ばかりだったことが迫害を加速させていく。人々の間では、いつの間にか『新人種トゥルーマン人間ヒューマン>>>呪人種カースマン』という社会的ヒエラルキーが暗黙の了解とされ、国によっては呪人種カースマンは魔獣や魔物と同等の扱いを受けるようになっていた。


 この時、誰も動いていなかった訳ではない。帝国を手中に収めたザイードは勿論のこと、兄が病死したことで王となったカインも魔獣や魔物、そして呪人種カースマンと戦っていた。カイン個人は呪人種カースマンと戦う事に迷いがあったようだが、現実として彼らの国は呪人種カースマンを探し出しては奴隷のように扱っていた。呪人種カースマン達もやられっぱなしと言う訳ではなく、武戦人バーサーク族は峻険な山岳部でゲリラ戦を仕掛け、獣王人ビースト族は飼いならした魔獣に乗って草原で暴れ回り、闇洞人ダークエルフ族は住処である闇に閉ざされた洞窟に入って来る者達を全て狩るなど抵抗を続ける。それでも数の差は如何ともし難く、呪人種カースマンはじりじりと追い詰められていった。


 こうして呪人種カースマンとの抗争が新人種トゥルーマン人間ヒューマン側の優勢がはっきりして来た頃、丁度【陰神】が滅びてから五十年経った日に世界を震撼させる最後の大事件が起こる。【陰神】を奉じる者達の生き残りが、暗黒列島から出てきたのである。彼らは当然のように呪人種カースマン、それも褐色の肌で左右のこめかみから捻じ曲がった黒い角が生えている未知の新種となっていた。まるで光翼人エンジェル族に対抗するように自分達を邪角人イビル族と名乗った彼らは、世界中で同時多発テロ紛いの事件を引き起こしたのである。その犯行は各国の都市での破壊行為や軍関係者の暗殺、そして都市内部にいた呪人種カースマンの誘拐だ。

 誘拐、という罪状だが、その実体は救助である。被差別人種である呪人種カースマンで、都市にいる者は例外なく奴隷であったからだ。そして解放した奴隷たちと共に邪角人イビル族は忽然と姿を消す。彼らの故郷に送ったか、自分たちの拠点へと連れて行ったかのどちらかだろう。


 世界各国で断続的に事件を起こす邪角人イビル族に対し、何も出来なかった訳ではない。新人種トゥルーマンを中心とした各国の精鋭が、全力で戦っていた。それでも戦果は芳しくない。それどころか、神出鬼没な邪角人イビル族は各地に散らばる他の呪人種カースマン達と手を組んだらしい。それぞれの集団に邪角人イビル族が混ざっていることが確認されたのである。こうして人種間の抗争は、膠着状態へと陥ったのだった。

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