第18話 逮捕と襲撃

「強制捜査ねぇ…共和国で法に触れる事ァやってねぇんだがなぁ。」


 ワーズ共和国の首都スルシム。その中でも些か治安が悪い地域にある薄汚いジャンク屋で”ファッティ《ふとっちょ》”ことジョニー・ハワードは珈琲を啜りながら呟いた。


「ここんところは、だろうが。どうせ違法スレスレのブツはいくらでもあんだろ?」


 ジョニーにそう言ったのは伸び放題の白髪と白髭に丸眼鏡を掛けた小柄な老人だ。彼はこのジャンク屋の主人、タケゾウ・アマツ天津武蔵である。彼は手元で行っている作業を止めることなく続けた。


「それと情報に間違いはねぇぞ。確かなスジから仕入れたからな。」

「マジかよ。この前は化け物退治をやってやったってのに、恩知らずな国だ。まあ金は貰ってっから恩着せがましく言うのもアレだけどよ。」

「まぁ大統領のにとっては不本意みてぇだがな。」

「おい、そりゃあどういう事だ?」


 タケゾウの言葉から不穏な何かを察知したジョニーは身を乗り出す。それに対してタケゾウは手元の機械を弄りながらこともなげに言った。


「その化け物退治だがよ、お前さんがぶっ殺したのを面白く思わん阿呆がいる。そいつらの差し金だ。」

「あん?誰だ、そいつら?」

「ギルズン教だ。あれの勇者とか言う奴がご立腹なんだとよ。大方、化け物退治を成し遂げた勇者ってな感じで布教の宣伝にしたかったんだろ。」


 それを聞いたジョニーは身を引くと、椅子に座りなおして考え込む。確かに、ジョニーが討伐した敵性巨大生物エネミーをギルズン教の勇者が狙っていたことは聞いていた。タケゾウの情報が確かなら、教会の力は共和国内にかなり強く根を張っているのかもしれない。

 ところで、どうして一介のジャンク屋が強制捜査などに関する情報を既に知っているのか。それはタケゾウ・アマツ天津武蔵が『アマツ重工』という世界で三指に入る重工業会社を一代で築き上げた先代社長だからである。今では隠居して小汚いジャンク屋を営んでいるが、今でも彼の政財界への影響力は大きい。共和国の極秘情報を仕入れることくらい朝飯前なのだ。


「獲物を横取りされたってか?じゃあ、奴の狙いは俺への意趣返しか。嫌がらせにしちゃあ質が悪ぃな。パクられちまったらしばらく出れねぇぞ…。」

「やっぱり心当たりがあるじゃねぇか。それよりも、奴さんの狙いは嫌がらせじゃねぇ。お前の首だ。」

「…は?」


 流石にそれは予想外だったのか、ジョニーは信じられないと目が点になっていた。


「いやいやいや、可笑しいだろ。俺をる必要なんざねぇだろ。俺の首じゃあ大して宣伝にゃならんぞ。」

「さあな。理由は知らん。知らんが、勇者パウロ・ヘルツォグは強ぇって話は聞いてるぞ。」

「あ~らしいな。流石に調べたわ。」


 勇者はジョニーが敵性巨大生物エネミーの始末に失敗したら代わりに退治することになっていた。ならばどの程度の強さなのだろうか、とジョニーが気になるのも当然で、気になったなら調べるのも自然な流れである。


「『神聖法術』だっけか?ピカピカ光ってやがったな。」


 神聖法術とは、パウロ・ヘルツォグだけが使い手として確認されている属性の法術である。彼がその力の一端を覗かせたのは、数ヶ月前に某国で起こったテロの鎮圧であった。


「おうよ。連中曰く、神に認められた者だけが使える法術らしいな。」

「高出力の光線銃ブラスター並の威力はあったみたいだがなぁ…正直、物語の勇者って言うにはちと物足りねぇ感じはするよな。あれくらいなら火の法術でも出来るし、それこそ光線銃ブラスターを使やいいんだからよ。奥の手がありそうだ。」


 それがテロの鎮圧の様子を収めた監視カメラの映像を見たジョニーの感想だ。映像に映っていたのは、パウロが掌から放つ光線がテロリストを蹂躙している様であった。それに対するジョニーの評価は、攻撃の速度や威力に申し分は無いがこれが全力だと言うなら期待外れ、というものである。

 しかし、パウロ達はもしジョニーが敵性巨大生物エネミーの討伐に失敗していたら代わりに戦うつもりだったという点を忘れてはならない。彼らが敵の力量を測り間違えていた可能性であるが、それよりも確実に葬る手段を持っていると考えるべきだろう。


「ふん。油断してられるんじゃねぇぞ。ほれ。」


 そう言うと、タケゾウはさっきまで弄っていた機械をジョニーに渡す。ジョニーはそれを一通り眺めると満足げに笑った。


「はいよ、爺さん。それと、調ありがとよ。流石の腕前だぜ。」

「ハッ!テメェに誉められたら背中がむず痒くなっちまうわ。とっとと帰れ!」


 タケゾウ老人の照れ隠しを背に、ジョニーはジャンク屋をあとにした。








 タケゾウと話した数日後、ジョニーはパトカーで運ばれていた。あの後、本当にジョニーの自宅へと捜査の手が入り、身に覚えの無い違法薬物が出てきたせいでその場で逮捕されたのである。当然、身の潔白を主張したのだが、その甲斐無くそのままパトカーに押し込まれたのであった。


「ようアンちゃん、あんた誰に恨まれたんだい?」


 パトカーの中でジョニーに問うは黒人系の刑事であった。歳の頃は五十過ぎといったところか。中々にベテランの貫禄が漂っている。それに対して二十歳過ぎくらいで運転していた白人の刑事は不思議そうに尋ねた。


「警部補、どういうことです?」

「ん?気づいてないのか?コイツはクスリなんざやっちゃいねぇよ。」

「えっ!?」

「お前も刑事デカなら、薬中の眼ぐれぇわかるようになりやがれ、新人。少なくともこいつ、クスリはやってねぇよ。なぁ、戦争屋さん?」

「…なんでぇ。刑事さん、俺の事知ってたんかい。」


 これまで黙りを決め込んでいたジョニーは観念したように口を開いた。


「ったりめぇだろ。家宅捜索する相手の事を調べねぇアホはいねぇよ。」

「ま、そりゃそうか。それにしても戦争屋、か。刑事さんは傭兵嫌いかい?」

「いや?アンちゃんが外国で何人ぶっ殺そうと俺には関係ねぇからな。ま、俺の管轄シマでやるなら別だが。…んで、誰とモメたんだ?」

「おいおい、誰かとモメてるって前提かよ。」

「へへっ。そりゃあ気づくぜ。お前の家にあったクスリの袋。ありゃあウチの署に保存してあったブツだ。」


 運転手の驚愕する息が聞こえたと同時に、ジョニーはなるほどと思っていた。タケゾウに言われてヤバそうな物は全てアジトに移したが、本当に身に覚えが無い薬物が出てきたがハッキリした瞬間である。


「そもそも俺がお前にいの一番に手錠ワッパ掛けて俺たちの車に連れ込んだのは、仕掛けた奴の眼が届かねぇ場所で話を聞くためだからな。」

「俺がパクられた仕掛けは聞いちまったから、言うのは構わんけどよぉ…信じて貰えんと思うぜ?」

「言ってみな。信じるかどうかは別だが。」


 刑事の男はしつこく聞いてくる。自分を逮捕するために違法な事までやったからには、確実に何らかの力が働いているはずだ。それも警察組織を動かせるほどの。それを理解した上で質問を止めない刑事は、中々に反骨精神と正義感が強いのかもしれない。


「…勇者様だ、ギルズン教の。」

「はぁ~…ここでもその名前を聞くたぁな。」

「ん?あいつ、他でも何かやらかしてんのか?」

「あ?ああ、勇者様じゃねぇ。ギルズン教の方だ。」


 そう言うと刑事はタバコの箱を取り出す。そして一本を咥えて火をつけた。紫煙をゆっくりと味わうように吸い込んだ後、彼はため息と共にそれを吐き出す。溜息にはタバコの煙だけではなく、彼の心労が混ざっているようであった。


「あの宗教な、表立って問題になってねぇだけで、ここんところ世界中で問題を起こしてやがるんだぜ?ウチの管轄シマでも強引な布教やらなんやらで暴力沙汰になったしな。」

「マジか。碌な事しねぇな。」

「それよりも、何で恨まれてんだ?教会関係者でも殺したか?」

「ああ、それは…ッ!?ブレーキ!」

「は、はいっ!」


 何かの攻撃が飛んでくる。ジョニーは長年の傭兵業から研ぎ澄まされた勘によってこのを狙う何かに気が付いた。これまで落ち着いていたジョニーが突如として鬼気迫る様子で叫ぶ。二人の刑事は驚き、特に若い方は気圧されたのか思わず言われた通りにブレーキを踏む。それが彼らの命を救うことになった。


「うおおおおおおお!?」

「わ、わあああああ!?」


 何と、炎に包まれた槍がパトカー目掛けて飛んで来たのである。その槍はパトカーのバンパーを破壊した直後、地面に突き刺さって爆発四散した。


「きゃあああああああ!」

「て、テロだあああああ!」


 日中に街中で行われた凶行に、周辺にいた人々はたちまちパニックを起こしてしまう。爆発のあった場所から我先にと逃げ出すが、その中の一部は恐怖に顔を歪めながらも携帯端末のカメラを向けている。確かにテロの決定的な映像を撮ればマスコミに売れるだろうし、動画共有サイトでも再生数を稼げるのだろうが、彼らは命が惜しくないのだろうか。

 そんな逃げ惑う市民と一部の野次馬は兎も角、問題は爆発の目の前にいたジョニーの乗ったパトカーである。攻撃を間近で受けたパトカーは、爆発の煽りを受けて吹き飛んだ。そして地面に衝突すると四、五回横転したところでようやく止まった。


「ふんがっ!」


 パトカーの動きが止まると同時に、上を向いていた扉が内側から蹴り破られる。それを成したのは当然、ジョニーであった。彼は手錠を付けたままパトカーから這い出ると、中にいる刑事に呼び掛けた。


「刑事さん、生きてるか!?」

「あ、ああ。天国の親父に会った気がするぜ…。」

「め、目が回るぅ…。」


 ジョニーは二人の生存を確認して安心すると同時に、自分に向けられている殺意の出所を睨みつける。すると、ビルの影から四人の男女が現れた。その顔はつい先日調べた者達のもの、勇者パウロとその仲間たちである。


「勇者様御一行ってか。」

「そうだ、薄汚い傭兵よ。私はパウロ・ヘルツォグ。勇者だ。」

「そうかい、勇者ってのは犯罪テロもやるんだなぁ。一つ勉強になったぜ、ありがとうよ。」


 ジョニーは口の端を上げながら皮肉を言う。それに対して勇者は頬を一度だけピクリとさせたが、直ぐに不敵な笑顔に変わった。


「それは違うな。私の獲物を奪った貴様こそ、罪人だ。」

「はぁ?敵性巨大生物エネミーのことを言ってんならお門違いだ。俺ァ依頼を受けただけだからな。文句なら大統領ハゲに言え。大体、獲物ってのは早い者勝ちだ。チンタラやってたテメェらが悪ぃんだぞ、マヌケ。」

「私を愚弄するな!」


 ジョニーの容赦ない罵倒に、パウロは激高したのか怒声を上げながら腰に差していた剣を抜き放った。そして身に着けていた防具に法力を流し込み、完全に戦闘態勢に入っている。呼吸を合わせるように、パウロの仲間も武器を構えた。


「おいおい、天下の往来で斬った張ったの大立ち回りってか。ここにゃ、刑事さんが二人に野次馬多数…言い逃れできねぇぞ?」

「ふん!犯罪なぞ、証人がいてこそのものだ。皆、消せばよい。」

「仮にも勇者って名乗る野郎の言葉じゃねぇな。それに全員殺すっつっても無理じゃねぇか?」


 ジョニーの言う通り、パウロの言動を見聞きしたものは数えきれないほどいる。その中には彼の言ったことを理解して直ぐに逃げ出した者もいた。これではどうやっても逃げ切る者が現れるはずだ。

 ジョニーはそう考えていた。しかし、パウロはその表情を怒りから侮蔑と優越に変える。それはジョニーの考えなど想定済みだと言わんばかりの表情であった。


「はっはっは!空間法術を使う貴様相手に、私が何の用意もしていないと思っていたのか、馬鹿め!『結界起動』!」


 パウロの叫びに応えるように、何らかの法術装置が作動した。すると薄灰色の膜が空を覆う。数ブロック分であろうか、かなりの広範囲がパウロを中心としたドームの中に取り込まれてしまった。そして発動した結界の正体をジョニーは知っていた。


「へぇ、『隔離結界』か。これを発生させる装置たぁ金がかかってんな。」

「下賤な傭兵とは言え、己の弱点を突く兵器のことは知っていたか。」


 隔離結界。空間属性法術によって、設定された範囲の内から外への移動を封じる結界だ。この結界に捕らえられることは、ジョニーの十八番である空間属性法術による逃亡が不可能になることを意味する。しかも、この結界の厄介な部分はそれだけではなかった。


「クソッタレ!おい、本部に応援要請だ!」

「無駄だぜ、刑事さん。この結界が通さねぇのは何も人間と空間属性法術だけじゃねぇ。電波や光もアウトだ。多分、圏外になってると思うぜ?」


 刑事二人が慌てて自分達の携帯端末とパトカーの無線機の様子をチェックする。その結果はジョニーの言った通りであった。


「貴様の手首に嵌められている法術封じの手錠が無くなろうと、もう関係ない。私の計画に泥を塗った罪を贖え、虫ケラ。」

「…おい、刑事さん達。中で起こった事を解決出来たら、俺が無罪放免だって証明してくれるか?」


 瞳に狂気と愉悦を浮かべたパウロを無視して、ジョニーは二人の刑事に小声で話しかける。危険が迫っていると解っていても、二人は刑事であるらしい。怯えは隠し切れていなかったものの、ジョニーの提案に首を縦に振った。


「よし、なら。」


 ジョニーがそう言うと、彼は自分の右肩を回した。すると、彼の右肩から下の部分がではないか。


「何!?」


 これには流石の勇者やその仲間たちも驚いたのか、目を丸くしている。実は、ジョニーの右腕は義腕なのである。戦災孤児である彼は、孤児院に引き取られた時から右腕を失っていた。だが、彼が義腕を使っている事はあまり知られていない。何故ならそんな物を使っている奇特な者などごく少数であるからだ。

 彼が生まれる数十年前から再生医療の技術はとっくに四肢欠損を完治させる領域に到達しており、ジョニーが傭兵として稼いでいる時点でその治療が可能なだけの資金を稼いでいたこともその予想の一因だ。しかも、ジョニーのように法術を使いながら戦う者は、義手や義足を嫌う傾向がある。その理由は全身のバランスが崩れるからである。機械部分と肉体部分で法力の伝導効率は絶対に違うので、思ったように法術が効果を発揮しない場合が多いのだ。昔のように法術よりも機械の武器が優れていた時代なら兎も角、今どき義腕を使う現役の傭兵など誰も想像していなかったのである。

 ジョニーは肩から外した義腕の手首をさらに外す。戒める対象を失った手錠は彼の左手首からだらりとぶら下がる形になった。そしてその様子を呆然と見ていた刑事に、手首の無い彼の右腕を渡す。


「ほれ、刑事さん。コイツを持ちな。」

「お、おう。」

「『脱出エスケープ』。」


 ジョニーが短く唱えた法術によって、彼の義腕を持たされた黒人刑事とそのすぐ隣にいた白人刑事は消えてしまう。否、脱出エスケープしてしまった。


「ば、馬鹿な…。」

「法術封じの手錠ってのは、両方が嵌ってねぇと意味が無い。つまり、俺ァいつでも逃げられたって訳だ。それによ、傭兵である俺が『隔離結界』対策をしてねぇと思ってたのかい、勇者様よ?」


 今度はジョニーが不敵に笑う番であった。彼は『隔離結界』の対策として、右腕の義腕に緊急脱出用の法術を仕込んでいたのである。一度しか使えない使い捨ての術式だが、その分出力は高く、現段階で世に出ている『隔離結界』ならば突破できる優れものだ。術式はジョニーが、腕そのものはタケゾウが創り上げた逸品であった。


「んで、お次は『召喚サモン武装アーム』。」


 さらにジョニーは新たな腕を呼び出した。それは彼が戦場で装着している相棒である『アマツ製多関節型戦闘用義腕』の魔改造モデル。タケゾウの手で徹底的な調整とジョニーへの最適化が成された最新鋭の兵器である。


「さぁて…殺し合おうか、クソ勇者君?」

「…ほざけ、ゴミがぁっ!」


 ジョニーが装着した右腕で左手首に嵌ったままだった手錠を握り潰すのと、激怒したパウロが剣を振りかぶって吶喊して来たのはほぼ同時であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る