第16話 迎撃

「【天陰大神】様、来たようです。」

「うむ。」


 『首無し』の襲撃と『案内人』の絶叫が轟いた日から十日後、予想通りに『甲羅』の一団が黒血人ヴァズピオ族の集落に向かっていた。しかし、黒血人ヴァズピオ族の顔には緊張はあっても恐怖は無い。その理由は彼らはこの日の為に訓練を積んできたからに他ならない。もう彼らは『凶種』にとって無力で哀れな餌ではないのだ。


「数は『甲羅』が百五十、『案内人』は二十といったところです。全員がオスのようです。」


 さらに『甲羅』達はまだ洞窟に入ってすらいないというのに、黒血人ヴァズピオ族は相手の陣容を正確に把握出来ていた。それも陰術の修業の賜物である。


「うむ。『闇獣招来』も問題なく使えておるようだな。」


 黒血人ヴァズピオ族が用いたのは第七位階陰術の『闇獣招来』である。これは肉体になる何かに術を込めることで、疑似的な生命体を生み出す術だ。原理としては【天陰大神】が魔獣を創造した業を人間でも可能な範囲で再現したものになる。作り出された疑似生命体は魂も自我も持たないハリボテだが、作り出すのに消費した『氣』の量に比例して強くなる上に術者と五感を共有できるというメリットがある。その性質を利用して、斥候や囮として最適な術なのだ。実際、聖戦軍が攻め込んだのを察知したのは【天陰大神】の信者の招来獣であった。


「して、どう戦うのだ?」

「まず、洞窟で迎撃致します。この日の為に土属性陽術で防壁と落とし穴を拵えたのですからな。ですが、それだけでは持ちこたえられんでしょう。『案内人』はともかく、『甲羅』共は『首無し』以上にしぶといですので。」

「ふむ。続けてくれ。」

「なので、洞窟での戦いは無理をせず、適当なところで切り上げます。そして、この凍らせた湖の上で決戦に及ぼうかと。ここならば教わった陣形も使えますし、洞窟が崩れる心配をすることなく火力の高い術を使えますのでな。」


 ヴァンの説明に【天陰大神】は頷く。相手は強いのかもしれないが、頭の中には戦術や戦略などはなく、相手を殺して食らうことしかない獣だ。広い場所に出れば、敵の性質を鑑みれば十中八九我先にと襲い掛かって来るだろう。

 そんな力圧しの相手に対して、ヴァン達は【天陰大神】から幾つかの陣形や武器を用いた集団戦法を用いて迎撃する予定なのだ。【天陰大神】は戦争の神ではないが、人間が地上で何をやっているのかを知らない訳ではない。経験と技術、そして適性は無くともしっかりとした知識はあるのだ。

 今回、ヴァンは接近戦に優れる男衆が前線で戦い、術に優れる女衆が後方から支援射撃をすることを基本戦術とした。本当なら集落の守備は男衆の仕事なのに何故女衆もいるのかと言うと、力を得た女たちは自分たちも戦うと言い出したのである。実際、戦力は少しでも多い方がいいのでヴェルとヴァンが特別に許可したのだ。


「そして何より、逃がさぬためにはこうするのが一番なのですぞ。」

「うむ。我は戦の事は解らぬ。お主の良きに計らえ。必要ならば我の力も遠慮せずに使うが良い。」

「カッカッカ!そうさせていただきますかのう!」


 ヴァンはそう言ったものの、彼が手を貸してほしいと言い出すことは余程の異常事態が起こらない限りあり得ないだろうと【天陰大神】は思っていた。これからの戦いは、黒血人ヴァズピオ族にとって防衛戦であると同時に苦渋を嘗めさせられた元凶との戦いだ。彼らが戦って勝つ。そのこと自体に大きな意味があるのだ。

 そんなことを考えていると、洞窟から獣の咆哮と悲鳴が聞こえてきた。ついに『甲羅』達が用意されたバリケードの位置へと到着し、戦闘が始まったらしい。


「始まったな。」

「そのようですな。」


 戦闘音はかなりの大きさだったが、数分後には収まった。それと同時に怒りに満ち満ちた怒号を背に、五人の黒血人ヴァズピオ族が洞窟の入り口から飛び出す。彼らの顔には戦闘の興奮と達成感による不敵な笑みが浮かんでいる。


「頭!やりましたぜ!」

「小汚ぇ『案内人』は全滅!『甲羅』共も十体以上仕留めたぞ!」


 どうやら彼らの待ち伏せは上手く行ったらしい。彼奴等は幼児程度の知性しか持たない上に罠という概念も持たない。なので落とし穴のようなブービートラップでも十二分に効果を発揮できたのだ。


「ただ、連中の甲羅は硬ぇ。水属性じゃあ第四位階陽術でも歯が立たないぞ。」

「ああ。風属性と土属性もそうだった。低位階の術じゃ意味が無かった。」

「ただ、火属性は効く。一匹、鬣に燃え移った火でそのまま火達磨になってやがったからな。」


 帰還した五人は次々に報告していく。どうやら彼らは奇襲というアドバンテージを利用して、敵に最も有効な属性が何なのかを調べていたらしい。おそらくはヴァンの指示なのだろう。


「そうか…。皆の者、聞いての通りじゃ!第五位階以上の術か、火属性を使え!」

「「「おう!」」」

「「「はい!」」」


 ヴァンの命令に返事をしている間にも、怒り狂った敵が近づいて来る。そして、遂に洞窟から『甲羅』達が飛び出して来た。


「CAOOOOOO!!!」

「CYOAAAAAA!!!」


 象を彷彿とさせる分厚い皮膚、蛇のような頭部に大きな一つの眼球、口にはぞろりと生えた鋭い牙、先端がモーニングスターのようになった尻尾、そして何よりも黒血人ヴァズピオ族に『甲羅』と呼称されるに至った突起だらけの見るからに堅牢そうな甲羅。はっきり言って醜悪かつ恐怖を誘う外見であり、初めて『甲羅』を見た者達、特に女衆の眼には隠し切れない恐怖が滲んでいた。


「喧しい。」


 それが、『甲羅』達の姿を見た【天陰大神】の感想であった。確かに『甲羅』の容姿は醜悪だが、はっきり言って魔獣にも同じくらいに気持ち悪いものはいた。そもそも、人間ではなく世界の守護者である彼には生物の見た目など関係ないのだが。


「今じゃ!女衆、放てぃ!」

「「「『黒・大火槍』!」」」


 ヴァンの掛け声に合わせて女衆が陰術で強化した火属性の陽術を放つ。真っ黒な炎の槍は、怒り心頭でこちらに駆けて来る『甲羅』の先頭グループに突き刺さると同時に爆発する。低威力の魔術をものともしない『甲羅』だが、その雄々しい鬣が災いした。硬く、豊かな鬣に黒い炎が燃え移ったせいで『甲羅』達の頭部がピンポイントで火に包まれた。


「「「CAAAaa…a…。」」」


 黒い炎の炸裂に巻き込まれた十匹ほどの『甲羅』は絶命。しかし、それは『甲羅』たちに恐怖ではなく更なる怒りを掻き立てる行為であったらしい。連中はより一層の怒号と共に前進を続けた。


「第二射、撃てぇい!」

「『黒・轟氷槍』!」

「『黒・鋼槍』!」

「『黒・大刃嵐』!」


 炎を突破した『甲羅』達だったが、彼らを待っていたのは更なる追撃であった。黒い氷の巨大な槍に貫かれた個体は、周囲を巻き込んで凍り付く。黒い金属の槍は強固な甲羅を易々と貫通し、射線上の個体全てに大穴を開ける。突如として発生した黒い竜巻は、『甲羅』たちを切り刻みながら上空へと巻き上げていった。

 この段になって、ようやく『甲羅』たちは理解する。自分たちが決して勝てない相手に喧嘩を売ってしまったのだと。強者として生を受けた彼らの中に初めて闘争本能を凌駕する恐怖が生まれたが、気付くのが致命的に遅かった。


「『黒孔』!」


 そしてヴェルの放った陰術は、更に凶悪であった。『甲羅』たちが全員洞窟を抜けたのを確認した彼女が、洞窟の入り口にぴったりと合わせた形の空間の孔を生成する。すると、怖気づいて逃げようとした最も後ろにいた数体が空間の孔に飲み込まれてしまったではないか。孔からは彼らの悲壮な断末魔と共に、硬いものと水っぽいものが潰れる音が聞こえてくる。孔の内部に入ると悲惨な結末が待っていることは明白だ。

 これで『甲羅』たちは嫌でも理解させられた。退路は無いのだ、と。


「『闇纏』…行くぞ、者ども!」

「「「うおおおおおおお!!!」」」

「「「C、CAOOOOOOO!!」」」


 そして今度はヴァン率いる自前の爪に陰術の付与を掛けた男衆が突撃する。逃走という選択肢を奪われた『甲羅』たちは、雄たけびを上げて自分たちを必死に鼓舞したが、現実は気合でどうにもならないところまで来ていた。ヴァン達が使った陰術『闇纏』は第十位階、即ち陰術の奥義と言ってもいい。そんな術が掛かった爪で斬られるとどうなるのか。


「ふん!」

「C…!?」


 結果、『甲羅』たちの自慢の甲羅は熱したナイフで切られたバターのように何の抵抗も出来ずに斬り裂かれる。ヴァンの五指によって先頭の一匹が六分割された瞬間、『甲羅』達の士気は完全に崩壊した。彼らは蜘蛛の子を散らすように凍り付いた地底湖の上を逃げようとしたが、黒血人ヴァズピオ族の男衆に慈悲は無い。逃げ惑う『甲羅』たちは、数分後にはその全てが討ち取られたのだった。









 ワーズ共和国から数海里離れたアルマディア海上にて。傭兵団『大百足センチピード』の団長・ジョニーは傭兵団が保有する戦闘用高速船舶バトルシップの甲板から件の敵性巨大生物エネミーの様子を観察していた。


「見えねぇなぁ。」

「見えないっすねぇ。」


 ジョニーと副官であるケビンは、二人仲良く並んで双眼鏡を覗き込みながら胡乱げに呟いた。話に聞いていたように、敵性巨大生物エネミーは大量の霧を発生させながら進んでいるせいで全身が見えない。ただ、霧の奥に輪郭のはっきりしない巨大な影があるだけである。


「んじゃあ、予定通り霧を散らすかね。マイクを出せ。」

「へーい。マイクさん、出番っすよ。ポチっとな。」


 ケビンが通信機越しに言うと同時に、タブレット端末を操作する。すると甲板の一部が開き、中から何かを載せたリフトがせり上がって来る。何かとは、三メートル近い鋼鉄の巨人であった。そしてその姿を見た瞬間、人々はこう言うだろう。武器の塊である、と。

 両手には法術併用式電磁加速砲レールガンを握り、右前腕に炸薬式杭打機パイルバンカー、左前腕に大口径の法術砲マジック・カノンが備え付けられている。両肩には法術式機関砲と法術盾シールド発生装置、両脚には火薬式榴弾砲、さらに背部の推進力発生装置スラスターによって機動力も確保しているようだ。まさに人型の要塞であった。


「出番カ、相棒?」


 普通の人ならば、大きさと全身に搭載された大量の重火器、さらに聞こえてくる機械音声からそれが戦闘用のアンドロイドだと思うかもしれない。しかし、中身は人間である。二メートル半を超える巨漢にして人工声帯から機械音声を発する彼こそ、傭兵団『大百足センチピード』の三番隊隊長”左手の要塞フォーク・フォート”のマイク・ハワードである。

 身動きする度に船が大きく揺れるほどの超重量かつ重武装の強化外骨格パワードスーツ。これが彼の二つ名の由来であり、唯一にして絶対の武器であった。


「おう。適当にぶっ放して霧を消しちまってくれや。」

「焼キ加減ハ?」

「ウェルダンで。」

「オーライ!」


 言うが早いか、マイクは強化外骨格パワードスーツの背部から燐光を迸らせ、空へと飛びあがる。そして左腕の法術砲マジック・カノンを構えた。すると砲の内側が青白く輝き始め、その輝きを徐々に強くしていく。今、砲の内部ではマイクの込めた法力を増幅させている。臨界点まで高まった威力は、法術による防御をしなければ山をも吹き飛ばすであろう。


「ファイヤー!」


 そんな戦略級とも言える一撃を、マイクはノリノリで放つ。放たれた光線は霧の中に浮かぶ影に直撃し、大爆発を起こした。どうやら機械類を故障させるというあの霧は、遠距離からの狙撃を防ぐ事は出来ないらしい。


「■■■■■■■■■■■!!!」


 法術砲マジック・カノンの直撃を食らった敵性巨大生物エネミーは、文字に起こすことが出来ない奇怪な叫び声を上げる。そしてようやく露わになったその姿は…。


「ありゃあ、蟹だな?」

「蟹…っすかね?蟹って言っていいんすか?脚が蛸っぽいっすけど。」


 蟹であった。それはもう、巨大な蟹なのだ。しかし、普通の蟹ではない。五対十本の脚という特徴はそのままだが、一対二本の鋸のような鋏以外の四対八本の脚が蛸の触腕と化していたのである。さらに複眼も何故か五本ほど生えており、甲羅からも触手めいた器官が無数に生えていた。かなり悍ましい姿である。


「うひょー!旨そうだ!」


 だが、それを見たジョニーの反応は違う。彼は敵性巨大生物エネミーの姿を見た瞬間、食欲を刺激されたのである。ジョニーの二つ名、”ふとっちょファッティ”とは、彼の大食漢ぶりを揶揄した敵に付けられた渾名なのだ。


「えぇ~。団長、食べるんすか?」

「当然だろ!」

「不味そうっすよ?」

「おいおい。敵性巨大生物エネミーってのは数百年に一度しか現れねぇバケモンなんだぜ?味は知らんが、少なくとも珍味だろ?稀少レア食材って奴だろ?このチャンスをフイにしちまったら、一生食えねぇんだぜ?」

「まあ、そう言えなくもない…んすかね?マイクさんはどう思うっすか?」


 熱く語るジョニーの言い分は、ケビンには伝わらなかったらしい。彼は困ったような目を上空のマイクに向けた。


「蟹…ボイル…蛸…唐揚ゲ…サシミ。」

「あ、この人も同類だって忘れてたっす。」


 マイクとジョニーの姓が同じなのは偶然ではない。彼らはハワード孤児院という場所で育った義兄弟なのだ。故に価値観も似ている。あの化け物を前にして、同じように食欲を覚えているらしい。通信機から聞こえてくるマイクの呟きが、その事を何よりも物語っていた。


「ん?あっ、団長!やばいっす!海中に多数の生命反応があるっす!」

「お、アイツの手下ってわけか。なら、喰えそうだな!」

「何でそうなるんすか!?」

「マイク!お前はケントと一緒にザコを獲れ!俺ァデカいのを解体する!」

「オーライ、ジョニー。デモ、ケント、夢ノ中ダゼ?」


 ケントとは傭兵団の一番隊隊長にして切り込み隊長、”右手の侍ナイフ・サムライ”ことケント・テシガワラである。彼は一対一でジョニーと渡り合える傭兵団でも唯一の戦闘員なのだが、放っておくとすぐに寝てしまう。その悪癖が出たのであろう。


「ケビン、叩き起こしてこい!今日はナベとスシだって言やぁ起きる!」

「へいへい。わかりやしたよ。」

「文句があるなら、テメェの分はねぇぞ?」

「要らないっすよ。あんなゲテモノ。」


 それがケビンの本音であった。見た目からして気持ち悪いのに、何が悲しくてそれを食べなければならないのか。大体、蟹と蛸は食べられるからといって、アレは敵性巨大生物エネミーだ。そもそも食べられない可能性の方が高いのではないか。毒やら汚染物質やらの塊に違いない。そんな事を考えているのが伝わったのか、ジョニーはニヤリと卑しい笑みを浮かべた。


「それじゃあお前、今日の飯は無しだぞ。」

「んなっ!横暴っす!」

「そりゃお前、ウチの飯作ってんのが誰だか知ってんだろ?」

「あ、姐さんっす…。」


 傭兵団『大百足センチピード』のアジトで料理を担当しているのは団員の妻や恋人たちだ。普通は傭兵という職業柄、特定の相手がいない者が多いのだが、ジョニーの傭兵団は非常に強く、生存率も高いので所帯を持つものが多いのである。その頂点に君臨するのが、ジョニーの妻であるヴァイオレット・ハワードだ。

 彼女もまた、ジョニーと同じ孤児院出身であり、その口癖は『食べ残しする奴はぶっ殺す!』である。さらに未知の食材に触れることが楽しいらしく、敵性巨大生物エネミーの肉ならば嬉々として調理するだろう。


「安心しろよ。ありゃあ美味い。俺のセンサーがビンビン反応してやがるからな。」

「はいはい、そうっすか。もういいっす。好きにしたらいいっす。」


 退路は断たれた。それを実感したケビンは、肩を落として甲板を降りて船内に入っていった。ケントを呼ぶためなのだろう。げんなりとした副官を後目に、ジョニーは猛獣のような笑みを浮かべて呟いた。


「んじゃ、ちょっくら化け物退治と洒落込むかね。」


 次の瞬間、ジョニーの姿が甲板から消えていた。

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