第9話 神殺しと混沌の始まり

 【陰神】が造り上げた幾重にも折り重なる竜巻の防壁。これを突破すれば勝機はある、とは言ったもののそうそう簡単に破れるのならば誰も苦労しない。相手が常に飛んでいる上に地上が安全ではないので、【陰神】との戦いは空中戦を強いられる。カイン達は当然のように魔術によって空を飛べるが、だからと言って竜巻の影響を受けない訳ではない。無策に突っ込んでも竜巻に飲み込まれるのがオチであろう。ならば誰かが【陰神】への道を切り開かねばならない。


「まあ、ボクがやるしかないよね。」

「付き合うよ。ぼく達は近付いてもほとんど意味が無いからね。」


 前に出たのはマルコとエルヴィンである。二人は己の武器が杖と弓ということもあり、【陰神】に近づくこと自体に意味が余りない。ならば他の三人が【陰神】の許へ行く援護に努めるべきだろう。


「う~ん、あの規模の竜巻を散らすってのは中々骨が折れるねぇ。ま、そこんとこはエルヴィンに任せよっかな。」

「ぼく?そうだね、とっておきの魔術をお見舞いしてやろうか。」

「いいねぇ。なら、送り込むのはボクにお任せってね。」


 軽口を叩き合った後、エルヴィンは弓を構えると、矢を番えないままに思い切り引く。一見意味の無い行為に見えるが、彼の弓は神戦器である。普通の矢よりも遥かに威力のある魔術の矢を放つことが可能だ。

 本来矢のあるべき位置に途轍もない密度の魔力が集まっていく。すると彼の弓型神戦器の輝きが増し、さらに何もなかった彼の手の中に三本の矢が形成されていた。弓そのものとエルヴィンが人差し指から小指までの指の間に一本ずつ挟んでいる矢から並々ならぬ気配を感じ取った【陰神】は己を護る竜巻へさらに力を注ぎ込み、その激しさを数段階引き上げる。


「無駄だよ。…いけ!『聖轟雷射』!」


 エルヴィンが用いた魔術は二種類。一つは弓そのものを強化する光属性の第十位階魔術、『聖纏』だ。これは武器に光属性の魔力を付与する術で、弓に掛けた場合は効果時間内に放つ矢が全て光の力を持つようになる。そしてもう一つの術が風属性の第十位階魔術、『轟雷』である。これは雷雲を造り出して広範囲に雷の雨を降らせる術で、防ぐ手段が無い敵集団を一方的に蹂躙できる力があった。

 そんな強力な魔術を圧縮した矢を、ただでさえ魔力を増幅させる神戦器の弓をさらに強化した状態で、それも三本同時に放てばどうなるのか。


『何?』


 結果、三本の矢は【陰神】の造り出した竜巻をいとも簡単に貫通したのである。流石にそれだけで【陰神】までの道が出来る訳ではなかったが、それでも彼の神が張った分厚い壁を深く穿つ事には成功した。

 あともう一押し。それで竜巻の壁を超えることが出来るはずだ。そしてマルコがその一手打つ魔術の準備を既に終えていた。。


「『聖城壁』、『大刃嵐』、『真鋼槍』、『極氷纏』!威力はマシマシってね!」


 彼は同時に四つの魔術を発動させた。するとエルヴィンが竜巻を散らして出来た空間に光り輝く管が現れる。それは確認されている魔術の中で最も防御力に優れた光属性の第九位階魔術、『聖城壁』を変形させて作ったものだ。その内側を風属性の第八位階魔術、『大刃嵐』で管の内部の空気を全て排出する。さらに後部に矢羽のような突起を付いた流線形、という一風変わった形状に成形した土属性の第十位階魔術、『真鋼槍』を水属性の第十位階魔術の『極氷纏』で強化したものが『聖城壁』の管にされた。


「ダメ押しにもう一丁!『極炎弾』!」

『…ッ!』


 そして最後に火属性の第九位階魔術、『極炎弾』が『聖城壁』の管へと打ち込まれる。そして『極炎弾』が『真鋼槍』の後方にぶつかった瞬間、轟音と共に『極炎弾』が爆発したではないか。それとほぼ同時に『真鋼槍』が管の先端から【陰神】目掛けて発射された。そう、マルコは全属性の魔術を駆使して巨大なロケット弾を即席で造り上げたのだ。

 『真鋼槍』の大質弾が『極氷纏』による砲弾の補強され、『極炎弾』の爆発による推進力を得て『大刃嵐』で真空となった『聖城壁』の砲身から発射される。音速を遥かに超えた速度で撃ち出された巨大な砲弾は、竜巻の壁の残りを全てぶち破って【陰神】に直撃した。曇天の空に耳障りな金属音が響き渡り、【陰神】の憑代が大きく仰け反る。鋼鉄の塊という大質量が高速でぶつかったのだから当然と言えば当然なのだが、神の憑代であっても物理の法則には逆らえないようだ。


「た~まや~、ってね。」

「…行くぞ!」


 エルヴィンとマルコが切り開いた空間をカイン達は一気に翔ける。彼らはマルコの魔術が【陰神】に与えたダメージは皆無であると踏んでいたからだ。【陰神】が言う通りに奴の憑代が神銅オリハルコン神鉄アダマンタイトなどの神造金属で出来ているのなら、人間の魔術で破壊することなど不可能だと皆が解っている。だからこそ、神造金属をも破壊出来る神戦器で直接攻撃せねばならないのだ。


「『聖鎧』、『聖纏』!」

「『極炎纏』!」

「『極氷纏』!」


 カインが自分を含めた三人の防具に魔術を付与し、ザイードとファナは己の神戦器にそれぞれが最も得意な属性魔術で付与を施す。そして【陰神】に対してカインが正面から斬りかかり、ザイードが右側、さらにファナが左側に飛翔して回り込む。先ほどと同じフォーメーションである。


『天よ。』


 故に【陰神】は同じ対応をする。大空を覆いつくす黒雲から、同じく漆黒の雷が三人を襲う。


「当たるか!」

「ふん!」

「ワンパターンね!」


 しかし、既に一度見た攻撃を何の工夫も無く撃ったところで彼らには意味が無い。カインとファナはあっさりと回避し、ザイードは正面から受け止めずに上手く受け流した。ここまで容易く対処されるとは思っていなかったのか、【陰神】の憑代から驚愕の気配が伝わってくる。


「隙だらけだっ!」

『むぅ…。』


 武器を持った敵を前に、自分の攻撃が躱されただけで硬直する。そんな明らかに戦い慣れていない素人丸出しの【陰神】に、カインは己の神戦器を突き立てる。【陰神】はどうにか身体を捩じって回避しようとしたが、カインの鋭い突きを避け切れずに左の二の腕が深々と斬り裂かれた。すると肩口の傷と同じく、傷口からは黒い煤のようなものが噴き出す。その勢いはより激しく、やはりこれが【陰神】にとっての出血のようなものなのだろう。


「ぬあっ!」

『ぐっ…。』


 カインの方ばかりを見ていた【陰神】の右脇腹を、全身の力と遠心力が乗ったザイードの斧頭が抉る。カインの剣やファナの槍よりも重い分、ザイードの斧槍は一発一発が恐ろしく強力だ。【陰神】の憑代はその右脇腹の大部分を抉り飛ばされ、傷口からは斬りつけたザイードが押し返されるほどの勢いで黒い煙が吹き出す。


『地よ、海よ。』


 人間ならば既に致命的な傷を負いながらも、【陰神】は淡々と災害を操る。未だに残っている右腕が握る杖から光が放たれ、眼下の無人島に地割れが起きてその隙間から超高温の火山性ガスが吹き上がり、海面が持ち上がって空中にいるカイン達を飲み込めるほどに高い津波となって襲い掛かる。


「無駄よ!『極氷界』!」


 しかし【陰神】の術は規模が大きすぎて発動が遅い上に、高い位置から俯瞰すれば何が起こるのかを想像しやすい。ファナの水属性魔術は迫りくる海水を凍り付かせ、離れた場所にいるエルヴィンとマルコがそれぞれ風属性と土属性の魔術によってガスを散らしつつ地割れを修復している。


「食らいなさい!『極氷刃嵐槍』!」


 津波を完全に凍り付かせたファナは、槍にありったけの魔力を込めるとそれを全力で投擲した。細かい氷の粒を含む真空の刃を纏った神戦器が、回転しながら【陰神】目掛けて一直線に放たれる。『海の民』出身のファナは、物心ついたころから漁のために銛を投擲しているのでそのコントロールは抜群だ。彼女の放った槍は【陰神】の憑代の首に突き刺さるだけに留まらず貫通する。すると首に開いた大穴から頭部、そして胸元までが凍り付いたではないか。これが、決定的な隙となった。


「終わりだ!『白光刃』!」


 カインは全属性の付与魔術によって極限まで強化された神戦器を大上段から振り下ろす。太陽を切り取ったかのように眩い輝きを放つ剣が、【陰神】を脳天から股間まで見事に両断した。


『お、おおぉ…。』


 肩、二の腕、右脇腹、首に重軽傷を負い、その上で真っ二つにされた【陰神】の憑代は糸の切れた人形のように力が抜けた。右半身は海の中へ、そして左半身は無人島に落下していく。その重量によって着水と同時に水柱が上がり、墜落と共に土煙が舞い上がる。


「やったか?」

「ああっ!カイン君、それってフラグってやつに…。」


 【陰神】の様子を注意深く見守っていたカインに、マルコが意味不明な事を言って慌てている。マルコの言動に一同が呆れていると、突然、無人島に落ちた憑代からこれまでとは比較にならない量と密度の煙が迸るではないか。砂埃の中から上へと昇っていくそれは、空に蓋をしていた黒い雷雲に混ざっていく。それを見た五人は最後に何らかの悪あがきに出るかと身構えたが、何事も無く雲は徐々に晴れて元の青空に戻っていった。


『これ…が…人の…子…の力か。』

「まだ生きているのか…ふん、だが虫の息だな。」


 頭の中に直接響く【陰神】の声に緊張したカイン達であったが、その声の弱々しさに相手が既に瀕死であることを悟った。彼らは無人島に降り立つと、油断せずにゆっくりと憑代の残骸に近づいた。


「貴様の負けだ、【陰神】。」

『ふむ…認…めよ…う。汝らの……勝…利だ。』


 カイン達に聞こえた【陰神】の声からは彼らへの恨みや憎しみではなく、ただただ無念さだけが伝わって来た。


『我は……永き眠りに、つく…。その間……我は何も…出…来ぬ。故に忠告…して…おこう…か、人…の子よ。』

「忠告?」

『我が…去っ……た後、世界は…あらゆ……る…意味で変…化する…であろう。我の不在…は……混沌の…始まり…となろう。』

「混沌の、始まり?どういう意味だ?」


 【陰神】の預言めいた不吉な言葉の意味をカインは問いただす。死に際の恨み節にしては淡々とし過ぎているのが彼らの不安を掻き立てた。


『直ぐ…に…解る。神を…殺し…た……者達よ、これから起こ……る…混乱は……汝らと…汝ら…を…戦い……に…駆り立てた…者達の…業であ…る…。肝に…銘じて…おくが………。』

「待て!何を言っている!?」


 カインは語気を強めて詰問するが、答えが返ってくる気配はない。【陰神】の憑代から微かに感じられていた魔力は既に無く、眼球から放っていた黒い光も消えてただの金属の像に戻ってしまった。さらに憑代本体も罅が入ったかと思えばまるで砂の城であるかのように形を崩し、無人島の地表を撫でた海風に乗って消えてしまった。

 世界中の生物を苦しめていた【陰神】の討伐は成された。だが、成し遂げた五人の英雄達の心中は達成感以上に【陰神】の今際の台詞が耳に残っているのだった。





 カイン達が【陰神】を弑した頃、聖戦軍は狂信者たちの名も知らぬ都市の調査と制圧、という建前の略奪を始めていた。狂信者たちは思ったよりも高い文明を築いていたことに驚きつつも、だからこそ想定以上の収穫が見込めると皆が喜んでいた。

 金・銀・銅の貨幣に大粒の宝石を用いたアクセサリーは勿論、精緻な木工細工に金糸や銀糸がふんだんに用いられた衣類など、価値がありそうなありとあらゆる物資が都市の広場や城門に設けられた本陣に集められていた。もし【陰神】との戦いが終わった後でカイン達が地下神殿の神像について語ったならば、即座に運び出されてここに並んでいただろう。


「中々どうして良い物が揃っておりますな、隊長殿。」

「そうだな…想定以上だ。いや、想定を超え過ぎているな。」


 城門前の帝国軍の陣幕にてホクホク顔で話しかけたのは、帝国軍部隊の副将であった。彼もまた、思っていた以上の収穫に興奮しているらしい。だが話しかけられた者、即ちザイードの父の部下である帝国軍部隊の将は何故か副将に不機嫌な声で答えた。自分の上官は何故この収穫を手放しで喜んでいないのか、その答えは本人の口から語られた。


「これほどの資源があるとは…。暗黒列島を巡って戦争になりかねんぞ。」


 暗黒列島と呼ばれるこの地域に関する資料は非常に少なく、信頼できるものは何一つ無かった。故にこの聖戦で得られるのは【陰神】の討伐という名誉とこれからの安全だけ、という可能性も捨てきれなかった。だが蓋を開けてみれば紅玉ルビー蒼玉サファイヤのような宝石類などが山ほど見つかったので、良い意味で予想が裏切られたと言える。

 ここまでならば帝国の将は満足しただけだっただろう。だが、調査によってが発見されたことで事情が変わったのである。彼は自分の手の中にある赤み掛かった儀礼用の剣を見て溜息をついた。


「これがどのような性質を持っているのかはわからない。だが、どの国もこの金属が採掘される鉱山を所有したがるだろう。」

「…隊長殿の仰る通りでありますな。浮足立ってしまい、申し訳ございません。」


 そう言って副将は頭を下げる。実直な男だな、と隊長は笑う。普段ならば副将は略奪品に余り興味を示さない男なのだが、彼は先月に恋人と結婚している。しかも彼女は既に妊娠しているのだとか。新婚で身重の妻がいるのだから、少しでも臨時収入が多くなると嬉しいに違いない。


「構わんよ。戦争になっても我が国が敗れることはあり得ん。それに案外、鉱山の数が多くて均等に配分出来るかもしれんしな。」


 そんなことはあり得ないだろうが、と心の中で隊長は続ける。何にせよ、ここからは政治の話だ。職業軍人である自分たちが心配するような事ではない。戦になれば、その時は命令に従って戦うだけなのだから。







 この時、聖戦軍に参加した将の中でも最も優秀な彼でさえ気が緩んでいた。後は残党狩りという作業だけで、既に戦は終わったのだと思い込んでいたのである。


「ん?何の音だ?」


 都市の広場にいる兵士の一人がふと呟いた。山の方角、つまり広場を挟んで城門の反対側から草木をかき分けるようなガサガサという音が聞こえてきた気がしたのだ。


「おい、どうした?」

「いや、変な音が聞こえないか?山の方から、ガサガサってさ。」

「え?…確かに聞こえるぞ。それに大きくなって…いや、近づいてる!?」


 そのころには広場にいた兵士のほぼ全員が異常事態に気が付いていた。彼らは慌てて略奪を中断し、指揮官に報告しようと走り出す。

 だが、もう手遅れであった。


「Shaaaaaa…。」


 何故なら既に脅威は彼らのすぐそばに、正確に言うならば山側の城壁に到着してしまったからだ。


「へ、蛇…?」

「でかいぞ…。」


 異音の正体。それは一匹の蛇であった。それもただの蛇ではない。鱗は処女雪の如く真っ白で、眼球は紅い光を放っている。そして何よりも巨大であった。頭の大きさは一軒家ほどもあり、一口で十人からの人間を丸のみに出来るだろう。それは紛れもなく大怪獣であった。

 巨大な蛇を見てしまった兵士たちは、皆一様に硬直してしまった。頭の中では生存本能が逃げろと警鐘を鳴らしているのに、足が竦んで動けないのだ。正に蛇に睨まれた蛙である。


「SHAAAAAAAAAAAAA!!!」


 蛇は何かを観察していたようだったが、どうやら聖戦軍の兵士達は敵だと認識されたらしい。蛇は鎌首をもたげると、城壁を乗り越えて広場に突っ込んだ。巨体に似合わぬ速度での急な突撃に反応出来た者はおらず、十を超える兵士たちが一瞬の内に蛇の腹に収まってしまう。


「う、うわああああああ!」

「退避!退避ィ!」


 広場はたちまちパニックに陥った。完全に戦が終わったと思って油断していた時に突然怪獣に襲撃されたのだ。落ち着いていられる者は称賛されるべき胆力の持ち主であろう。そしてそういう者は大体が経験豊富な実力者である。そんな者が幸か不幸か広場にもいた。


「うおお!『炎弾』!」

「『鉄弾』!」


 彼らが用いたのは両方とも第五位階の魔術。カイン達が平気な顔をして第十位階魔術をポンポン使うのでイメージし辛いかもしれないが、第五位階魔術が使えれば一般的に達人扱いされる。その基準で考えれば、彼らは十分に達人と言えるのだ。

 今回は無駄なのだが。


「『Shiiii』!」

「ば、馬鹿な!」

「光属性魔術だと!?」


 蛇が喉を鳴らして音を出す。すると、鱗の一枚一枚が魔力の輝きを放ち始めたではないか。光り輝く大蛇に第五位階魔術が直撃するも、その鱗には掠り傷一つついていない。どうやら高位の光属性魔術を使いこなせるらしい。

 達人級の魔術を軽く防いだ大蛇は、そのまま都市の内部を縦横無尽に動き回りながら目についた兵士や騎士を残らず丸呑みにしていく。その姿を見ていた者達は震え上がる。それは離れて見ていた者達でも同様であった。


「た、隊長殿!指示を!」


 城門にいた者達も異変に気付き、人智を超えた怪獣による襲撃に恐怖し、呆然としていた。訓練された軍人であるにもかかわらず、何故こんなことになっているのかという疑問でほとんどの者達の頭が占領されていたのだ。


「撤退だ!帝国兵を纏めろ!あんな化け物に勝てるものか!」

「はっ!で、ですがザイード様方は…?」


 副将の心配も尤もである。帝国で最も高位の将軍、その息子であるザイードを放置して逃げたとなれば確実に問題視されるだろう。しかし、隊長は首を横に振った。


「助けに行けると思うのか?広場にはあの化け物が居座っているんだぞ?それに…見ろ。」


 隊長が指差した先には、瓦礫に埋まった地下に続く階段の入り口があった。瓦礫に煤がこびり付いていることから、誰かが放った魔術によって破壊されたのだろう。ただでさえ第五位階魔術が毛ほども効かない化け物がいるのに、その目の前で瓦礫を撤去して救出するなど不可能に決まっている。


「責任は私が取る!船まで撤退するぞ!」

「了解であります!撤退!帝国軍、撤退だ!」


 聖戦軍で最も多くの兵を有する帝国軍の撤退。それが周囲を動かした。他の国々の部隊も急いで撤退を開始し、皮肉にも命の危険に際して初めて聖戦軍は一丸となっている。命令が聞こえる範囲にいた兵士たちは着の身着のまま、自分たちが乗って来た船を目指して走り出した。

 その後他の魔獣の襲撃などで多くの脱落者を出しながらも、聖戦軍の生き残りたちは三日かけてようやく船へと辿り着いた。彼らは自軍の軍船ですぐさま出航し、暗黒列島から撤退、否、逃走したのだった。

 生き残った者達は暗黒列島がどんどん小さくなっていくことに安堵したが、その上空を大蛇が飛んでいるのを見て顔を青くしたと言う。




 数万人を動員した『聖戦』。その目的は果たせたものの、生き残ったのはわずか千名弱という悲惨な結末であった。そして『聖戦』以降、世界中で異常気象や異常な変異を遂げた生物が多数現れるようになる。【陰神】の預言通り、世界ゼクトに混乱が訪れたのだった。

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