第4話 四人の老人
邪教徒の都市に真っ先に突入したのは、聖戦の為に雇われた傭兵たちである。聖戦の宣言を受けて、数えきれない傭兵団が自分たちを売り込んだ。信仰心の強い団長もいたが、ほとんどはこの仕事はこれまでにないビジネスチャンスだと確信していたからである。公開された神戦器とそれを扱える莫大な魔力を持つ五人の存在は、最初こそ眉唾物だったのだが、情報を集めれば集めるほどその非常識な強さが浮き彫りになっていく。集まった情報は、歴戦の傭兵にこの聖戦の勝利を予感させるに足るものだったのだ。
そうして集まった傭兵団の中でも厳選された者たちが聖戦に同行している。どの団も戦場で名を轟かせる有名どころばかりであり、実戦経験だけで言えば国が用意した兵士や騎士などよりも遥かに多いだろう。
「団長!形は変わってますが、金貨がありますぜ!」
「おい、このコップ見ろよ!ガラスだ!透き通ってやがる…。お貴族様に幾らで売れるかわかんねぇぞ!」
そんな彼らが現在進行形で行っているのが略奪である。彼らは自由な略奪を行っていい代わりに、最初に都市の中に送り込まれたことを理解している。それを知っていて当然のように欲望のままに略奪し、あまつさえ歓声を上げていられるのは、彼らの自信の表れであった。戦場をほとんど知らない素人丸出しの兵士共や温室育ちのお貴族様に率いられた騎士と自分たちは違う。実際、昨日の襲撃でも傭兵に出た被害は兵士や騎士に比べて軽微であった。化け物五人を除けば、自分たちこそが聖戦軍最強であるという自負から、暢気に略奪を行えるのだ。
「てめぇら、仲間内で揉めんなよ!」
「そうだぞ!早いモン勝ちだが、喧嘩はご法度だ!」
「馬鹿やったらそいつらの稼ぎは没収だからな!」
「あと、そろそろ進むぞ!」
「「「おう!団長たち!」」」
この聖戦ではいくつかの傭兵団の団長が、一日交替で傭兵部隊全体の指揮をとることになっていた。どの団長も得意な戦術こそ違うものの、甲乙付け難いほどに優秀であり、非常に円滑に進んでいた。戦が終わったらこの方法で活動する一つの巨大な集団になろう、という話が出てくるほどである。傭兵たちはホクホク顔で、しかし周囲を十分に警戒しながら略奪と進軍を繰り返していった。
「それにしてもよぉ。この街は帝国よりも整理されてんなぁ。」
そうして進んでいる最中、都市の内部を感心したようにしげしげと眺めていた団長の一人が唐突にこんな事を言い出した。
「そうなのかよ?」
「おうともよ。こんなに道幅が整った街、俺ぁ初めて見たぜ。」
彼が言うように、邪教徒の都市は碁盤の目のように整った造りをしていた。彼らがくぐった大門から最奥の城まで整備された大通りが真っ直ぐと伸び、そこから分かれる横道もしっかりと舗装されている。ここが高度な建築技術とじっかりとした計画の下に造られた都市であることは、少しでも学がある者ならば一目瞭然であった。
「俺もだ。それに気づいてるか?全く臭いがしねぇ。街全体に下水道が張られてるんだろうよ。」
この世界では誰でも使える生活魔術というものがあり、その中には水を生み出すものがあるので上水道は必要ではない。しかし、汚物を処理は生活魔術ではどうにもならない。汚物を魔術で直接始末するには光属性の第四位階魔術である『無毒化』が必要で、ここまで高度な術が使える者は稀少であるが故に、基本的に高い社会的地位を有する。そんな人に対して街の汚物全てに『無毒化』を掛けて貰う、というのは非現実的だ。なのでほとんどの街ではトイレといえば汲み取り式便所なのである。下水道を張り巡らしている、という時点でこの都市の文化水準は非常に高いことがうかがえるのだ。
「マジかよ。するってぇと、何か?ここの連中は、その辺でクソする俺たちよりもよっぽど文明人ってことか?」
「そうなるな。っつっても俺たち傭兵なんざ、お貴族様方からすりゃあ野蛮人と大差ねぇだろ?」
「違ぇねぇ!」
「「「「がはははは!」」」
『仲が良くて結構なことよ。』
「「「「!?」」」」
突然、楽し気に話していた団長たちの頭の中に男の嗄れ声が響いた。声の質からして老爺なのであろう。素早く振り返ると、部下の傭兵たちにも同じ声が聞こえたらしい。彼らは緩んだ空気を一瞬で引き締めて周囲を警戒し始めた。すると、今度は同じく頭の中に老婆の声が聞こえて来る。
『そう怯えるでない。儂らは中央の広場で待っておるよ。』
『儂らが恐ろしゅうて逃げるのなら、追い掛けはせんぞ?』
『『ひょっひょっひょ!』』
言いたいことは伝えたとばかりに、老爺と老婆の声は途絶えた。それからしばらく彼らは周囲を見渡していたが、何事も無い様なので警戒を解く。そして彼らは吼えた。
「舐めやがってぇ!」
「ぶっ殺してやる!」
「ビビる訳ねぇだろうが!」
「野郎共!広場に行くぞ!」
「「「おおお!!!」」」
戦場を渡り歩く彼らにとって、最も重要視されるのはあらゆる手段を用いてでも勝利することである。しかし、次に重要なのは自分たちが勇猛果敢であるという評判を維持することだ。敗戦時に『奮闘しながら撤退した』と評価されることと、『我先に逃げ出した』と揶揄されることには天と地ほどの差がある。金で雇われる彼らにとって、評判が落ちることは死活問題なのだ。『慎重』な傭兵団は重宝するが、『臆病』な傭兵団に用は無い、というのは雇用する側からすれば当然の判断である。
彼らは傭兵としては超一流だ。強さと勇敢さの二つを常に誇示して来た彼らにとって、それを虚仮にされたことは己を全否定されたも同然。故に逆上したのである。
そして本来はそれを収めるべき団長たちも、団員と共に広場に向かって駆けだしていた。しかし彼らは団員たちのように冷静さを失っていたのではない。もしここで彼らを止めようとすれば、荒くれ者揃いの傭兵たちに自分たちの器量が疑われることになってしまう。それに自分たちならばどんな罠が待ち構えていても食い破れるという自負もある。こうして彼らは広場という名の死地に赴くこととなった。
傭兵たちが広場に辿り着くと、黒いフードを被った四人の人間が中央の噴水に腰掛けていた。四人の内訳は三人が老爺で一人が老婆である。それが分かるのは昨日の連中とは異なり仮面を付けていないからだ。彼らは傭兵が来るのを確認すると、ゆっくりと立ち上がって再度頭の中に直接語りかけた。
『よく来たのぉ。招かれざる客人よ。』
『貴殿らがどのような理由でもってこの地に足を運んだのかは知っておる。』
『しかしその正義はまやかし。百害あって一利なしじゃよ。』
『早々に立ち去れ。向こうの無駄にキラキラした連中に伝えるがよい。』
老人の最後の一言に、傭兵たちは失笑を漏らす。その笑いは侮蔑からのものだったが、その対象は目の前の老人たちだけではなかった。
「無駄にキラキラ…間違っちゃいねぇなあ。」
「くくく、面白れぇ爺さんだな。けどよ、アンタの頼みは聞けねぇな。」
「ああ。俺たちを臆病モン呼ばわりしたことは高くつくぜ?」
「じゃあな。地獄で会おうや、ボケ老人共。掛かれっ!」
号令と同時に十数人の傭兵たちが四人の老人に襲い掛かる。団長たちが会話している間に包囲していた者達が一斉に飛び掛かったのだ。しかし、彼らが握る剣や槍は黒い
『ほっほ。口ほどにもないのぅ。』
「なんだこりゃ!?魔術か!?」
「くそっ!抜けねぇぞ!?」
『忠告はしたぞ、若いの。』
『儂の炎はちと厄介じゃぞ?』
謎の黒い靄に狼狽えていた傭兵たちだったが、老婆の掌に生じた黒い炎を見て顔が引き締まる。彼らはその威力を昨日の襲撃で味わっており、実際に体験した脅威によって普段の調子を取り戻したのだ。この辺りは流石に歴戦の傭兵団と言うべきだろう。
「防御だ!『水壁』!」
「『大水壁』!」
「『耐火』!」
傭兵の中で魔術が使える者たちが、一斉に防御の魔術を張る。咄嗟の事態でも慌てずに効果的な魔術を使えたのも彼らの豊富な実戦経験のおかげであろう。
無駄なのだが。
『ほれ、『黒・轟炎界』。』
老婆の放った黒い炎は一息で広場全体を包み込むように広がると、激しく燃え上がった。そして傭兵に断末魔の叫びを上げる時間すら与えず、外の軍勢にも見えるほど高い火柱となった。
『ふぅむ。思った通りの貧弱さじゃのぅ。』
『おそらくは使い捨ての兵隊だったのじゃろう。』
『それにしては自信満々だったと思うが。何にせよ余りにも弱い。拍子抜けも甚だしいわ。この程度では連中の頭目の実力が分からんではないか。』
傭兵が至極あっさりと消し炭になったのを見て一人が漏らした呟きに、他の老爺がそう答える。生前の傭兵たちが聞けば怒り狂うであろうが、もうそんな口を利ける者は一人もいなかった。それは傭兵たちの唯一の生き残りも例外ではなかった。
「ば、化け物…!」
傭兵たちであった灰の山の中で、唯一の生き残りである団長の一人は震える声で呟くことしか出来なかった。当然のことながら、彼が生きているのは偶然ではない。聖戦軍へのメッセンジャーとするためである。
『貴殿らの主に伝えよ。儂らは貴殿らの言う【陰神】様のご神体が祀られし祭壇の鍵を持っておる。貴殿らの本懐を遂げたくば儂らを屠って見せよ、とな。』
「み、見逃して、くれる、ので?」
団長の顔色は真っ白であったが、言われた言葉の内容を理解して喜んだ。この死地から逃れることが出来るのだから。どうやら先ほどまでの自信は既に粉々に砕け散ったようで、彼の瞳の中には卑屈さしか残っていない。
『そういうことじゃの。さあ、疾く行け。」
「へ、へい!分かりやしたぁ!」
急かされた団長は、一刻も早くここから去りたいようで、全力疾走して大通りを駆け抜けて行く。しかし腰が抜けているようで、道中何度も転げてしまっているようだった。
『なんと無様な。あのような者たちに、我が一族が敗北すると言うのか…。』
『仕方があるまいよ。これも時の流れというものよ。』
『ひっひっひ。雑兵ずれがどれだけ弱かろうとどうでもいいさね。それよりも、儂らを殺すじゃろう罰当たり共がいつ来てもいいように備えてな。』
『解っておるわい。』
『相も変わらず梅ちゃんは厳しいのぅ…。』
老婆の一喝によって三人の老爺はどっこいしょ、と言いながら最初と同じように噴水の縁に腰掛ける。神託にあった五人が少しでも早く来て欲しいと願いながら。
城壁の上から事の一部始終を見ていた兵士の報告を受け、さらに方々の体で逃げ戻って来た団長から裏を取ったことで、聖戦軍は想像通りに罠だったことを確認した。しかし、想定していた罠とは少々異なる。彼等は邪教徒が市街戦を仕掛けてくると予測していたのだ。
だが、蓋を開けて見れば待ち構えていたのはたった四人の老人。されども正体不明の魔術を以て傭兵を一撃で葬る実力者たちである。聖戦の首脳陣は頭を抱えた。
「面倒なことになったな。」
黒い火柱を見たザイードはそう吐き捨てた。実際、彼は言葉通りに心底面倒くさいと思っている。直情傾向のある彼だが、決して無能ではない。なのであの魔術の威力が第十位階レベルであることを見抜いていた。それは魔術における最高位の術を使える者がいる証左であり、聖戦軍の一般兵を差し向けたところで無駄死にするのがオチということを意味する。もちろん、神戦器を持つ者ならば可能であるし、他にも強力な魔術師はいる。だが、昨日の経験から推測すると、相手は魔術師だけであるとは思えない。確実に魔術師の盾になる戦士がいるはずだ。その実力も凄まじいものなのだろう。屈辱的な事だが、ザイードでも一対一では勝てないほどに。
「そうだねぇ。ま~たボクたちが戦わなきゃいけないのか。」
「温存したかったのだけど、仕方がないわね。」
そして強さよりも厄介なのが、敵が自分たちの目的を正しく認識した上で戦闘を避けられない状態に持って来た点である。実は神を降臨させる方法というのは確立されていない。しかしながら、ほぼ確実な方法はある。それはその神を信奉する人物を虐殺することだ。
大昔には宗教的対立によって様々な大量殺戮がまかり通った時期がある。文献によると、その理由が余りにも理不尽であった場合にのみ神が降臨し、狂信者を薙ぎ払ったと記されている。故に、邪悪なる【陰神】の信者を殺して行けばいつか降臨するだろうと思われていたのだ。
だが、実際には邪教徒たちは逃走。さらに向こうから降臨させる手がかりを渡そうと言っている。聖戦軍が欲してやまないものを餌にされては、敬虔な信徒だらけである首脳部があえて相手の思惑通りに動くという決定が下されるのは火を見るよりも明らかであった。
都市の中央部で待ち構える四人の老人の討伐。そのために五人の男女と聖戦軍の最精鋭百名は城門から大通りを真っ直ぐに進み、老人の下へと歩みを進めるのであった。
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