第19話 新宿近郊に住むエルフの女性の推理

 日が暮れた後の、とある寿司屋。

 アーシャはラルナや陣や特上の寿司と共にいた。


 ラルナと陣は終息気味の痴話喧嘩をしている。


「だからぁ、仕事に関して怒ってはいないのよ」

「じゃあ、何に対して、おこ、なんですかぁ?」

「私に貴方の仕事の内容を秘密にしてた事によ」

「折を見て打ち明けようとは思ってたんですよ」

「酷いわ……私の身体を弄んでからだなんて……」

「ちょっ、人聞きの悪い事を言わないで下さい」


 アーシャは言い訳をする陣の口元を見た。

 よく喋る陣の舌先が見え隠れする。


(……ねちっこく……的確に弱点を……)

(背後から……ズドンと……)


 お酒も飲んでいないのに頬が赤く染まる。


 陣は見られている事に気が付き彼女の方へ向く。


「アーシャさん、何か?」

「あ、その、えーと……」


 アーシャは慌てて他の話題を探した。


「そ、捜査の進展とかありますか?」

「……課長の仕事の話ですか?」


 ふむ、と言った感じで上を向く陣。


「あんまり芳しくないですねぇ……」

「そうですか……」

「倉庫の経営者はマンション経営もしていて……」

「もしかして……空き部屋が?」

「何人かの女性達がいた形跡はあったんですが」

「既に、もぬけの殻だったんですね?」


 陣は頷いた。

 アーシャは推察する。


「似た様な他の経営者を新たなパペットにした」

「そして代わりの住居に移動したんでしょうね」

「関わりのありそうな経営者を調べる訳には?」

「パペットかどうかの判定は難しいです」


 陣は溜め息を吐いた。


「命令次第では普段の生活もこなしますし……」


 陣は自分の頭を人差し指でつつく。


「勝手に拘束してCT検査する訳にもいきません」


 さらに陣は肩を竦める所作をする。


「対象の人数も多過ぎるので、お手上げです」

「そうですか……」


 アーシャは考えながら寿司を頬張る。

 寿司の美味しさは充分に堪能していた。

 話に集中して味が分からないという事は無い。

 だが事件の事が気掛かりなのは変わりなかった。


 陣の話は続く。


「警察とも協力して行方不明者を探してはいます」

「目撃情報とかはあるの?」


 ラルナが話に加わってきた。


「それが全く無いんですよ」

「ひとっつ、も?」


 陣は頷いて答える。


「彼女達から得た魔力を蓄える場所がある筈です」


 陣は再び目線を上に向けた。


「そこまでの移動は転送を使っているんでしょう」

「それなら外を出歩く必要は無いねえ」

「必要な食料や着替えなどは通販ですかね……」


 アーシャは陣に尋ねる。


「魔力を蓄えている場所は分からないんですか?」

「色々調べてはいるんですが……」


 陣は疲れ果てた表情になる。


「無色無臭のガスの様な状態でしょうから……」

「魔力を感じられる魔法の使い手しか気付かない」

「異世界魔導士なんかがいればバレる筈ですがね」

「近くに大量の魔力があれば気が付きますね」

「だから探知と漏れるのを防ぐ結界を張って……」

「異世界人にもバレ無い様に細工している?」


 アーシャの言葉に陣は頷いた。


「でも空の上の様な空間に魔力は閉じ込め難い筈」

「強大な魔力で結界を維持する事が必要ですね」

「壁に結界魔法を帯びさせれば低消費で済みます」

「何か大きくて広い建造物に蓄えている、と?」

「ええ……そうだと思うんですがねぇ……」


 ラルナが思い付いた端から陣に尋ねてくる。


「地下鉄は?」

「ホームや車両内に魔導士がいたら気付きます」

「ぐぬぬ……」

「乗客が入らない場所も調べましたがシロです」

「マンホールの下!」

「ガス、電気、通信網等のトンネルは調査済です」

「……ガス……ガスタンク!」

「シロでした」

「うにゃ〜ん」


 ラルナはテーブルに突っ伏した。

 陣は彼女の頭を撫でて慰めながら語る。


「まあ、東京の地下には空洞が多過ぎですから」

「まだ調べ切れていない所もありそうですね……」


 アーシャからも溜め息が漏れた。

 陣はアーシャに顔を向けて話し掛ける。


「課長が淫魔のいた世界の文献を調べたんですが」

「例の魔神の伝説ですか?」

「はい。魔界へのゲートを開く為には……」

「開く為には?」

「数多くのゲートが開いた場所で儀式を行う……」

「……東京ですね」

「他の異世界には無い特徴なので、恐らくは……」


 ラルナが好奇の目で訊いてくる。


「魔神の伝説って?」

「生きたままで魔族が魔界へ行くと魔神になれる」

「へえ」

「詳しい話は後でね?」


 陣はラルナの耳に唇を寄せて囁いた。

 ラルナも、見ていたアーシャも顔が赤くなる。

 陣はラルナから顔を離してアーシャを見た。


「ゲートを開く為には月の力も必要みたいです」

「月の力?」

「はい。皆既月食の時に開く事が出来ると……」

「イブでは無く……クリスマスの夜にですか?」

「そう思っていたんですがねぇ……」


 陣はテーブルに片肘を着いて頬杖をした。


「こうも蓄えている筈の魔力が見つからないとね」

「相手は年内にゲートを開くつもりは無い?」

「ええ……その可能性も考慮しています」

「次の皆既月食まで潜伏するかも知れない?」

「可能性としては低いですが魔族の寿命なら……」

「気長に機会を待つ事も有り得ますかね?」

「……とは、思います」


 その陣の言葉を聞いたラルナが言う。


「でも行方不明の人達は必ず見つけないと!」

「もちろんですよ」


 陣はラルナの頭を撫でつつ笑顔で答えた。

 そして真面目な表情に戻って語る。


「……行方不明者達の魔力を考えると……」

「もう十分な量は集まっているのでしょうか?」


 アーシャの質問に陣は答える。


「課長が調べたゲートを開く儀式が正しければね」

「行方不明者達を連れて魔力を貯蔵させて……」

「……魔力が回復したら、また貯蔵させる」

「最初の行方不明者が出て大分経ちますし……」

「他の人達を含めて経過日数で計算すると……」


 陣は瞼を閉じて話の続きを呟く。


「クリスマスの夜に儀式を行う為の魔力は……」

「……貯まっている可能性が高そうですね」


 そしてアーシャは、瞼を開いた陣と目が合った。


 話し終えた陣は、やっと寿司に手を付け始める。

 しかしアーシャは、既に食べ終えていた。

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