第18話 新宿近郊に住むエルフの女性が伝えたかった事

 アーシャが回らない寿司に思いを馳せている頃。


 その日の夕方。

 埼京勇一は、とある霊園を訪れる。


 前妻の眠る墓の前に見知った男女がいた。


「……勇二……サラさん?」

「……掃除は済ませておいたよ」


 墓石は綺麗に磨かれ手前に花が供えられていた。

 菓子も置かれて線香が立てられている。


 勇一は墓前でしゃがみ込むと手を合わせ祈った。


「お前が来てるとはな……」

「いつも盆や彼岸に来てはいたんだ。ただ……」

「俺を避けていた?」

「親父なら直ぐ墓参りをするだろうから……」


 勇二は勇一の背後で苦笑いをする。


「……お盆や彼岸明け、ぎりぎりの日を選んでね」


 勇二は母親の墓がある場所から景色を眺める。

 そこは海が見渡せる位置にあった。


「でも命日に来るのは初めてさ」

「来たら、その日の内に俺に出会うからな……」


 勇一も、しゃがんで手を合わせたまま微笑む。

 彼は特に質問をした訳では無いが勇二は答える。


「もう……避ける必要も無くなった」

「初めて連絡した時、なぜ再会する気になった?」

「久し振りにアーシャから電話があった時に……」


 勇二はサラを見る。

 サラは静かに目を閉じた。


「彼女が俺の側にいてくれれば自分の過去と……」


 勇二は再び海を見つめる。


「冷静に向き合えるかも知れないと思ったんだ」

「……そうか……」

「あの時の結果は散々だったけど……」

「……」

「考えを纏め直す為の良い切っ掛けになったよ」


 勇一は立ち上がって振り向き勇二を見る。


「彼女に感謝だな……」

「共通の敵に対処する為に話し合う必要も出来た」


 勇二は勇一に向かって普通に微笑んだ。


「だからさ、墓掃除も協力したいと思ったんだ」

「ありがとう……母さんも喜んでいる、と思う」


 勇二は少し躊躇いがちに尋ねる。


「あの人は?」

「あの人?」

「親父が再婚した」

「……ああ」


 勇一は勇二から視線を外して海を見た。

 勇二も水平線の向こうへと視線を移す。


「なぜ、そんな事を聞く?」

「アーシャからサラへメールで連絡された」

「……」

「亡くなっていたんだな」

「……そうだ」

「……墓はあるのか?」

「異世界側のゲートの近くに一軒家があるんだ」


 勇一は何かを想い出している様子だった。


「その近くの森の中にある墓で静かに眠っている」


 勇二は勇一に願う。


「アーシャが話した事は怒らないでくれないか?」

「……なぜ怒る必要があるんだ?」

「なぜって……」

「俺もお前に伝えて欲しくて口を滑らせたのかも」


(そして……)

(何となく彼女にも知っておいて欲しかった)


 勇一は少しだけ渋面をした笑顔を勇二に見せた。


「この歳になると色々と面倒な男になってな」

「……」

「自分一人では中々言い出せない事が増えてゆく」

「……そうなのかも知れないな……」

「アーシャさんの気遣いは逆に助かったよ」

「……親父……」


 サラが勇一に話し掛ける。


「どうしても勇二に伝えないといけない気がした」


 サラは少しだけ済まなそうな表情になる。


「彼女は、そう前置いて私にメールをくれました」

「なぜ勇二に直接ではなく貴女に?」

「彼女が夫に近付くのを私が拒んでいるからです」

「……何か理由があっての事ですか?」

「打ち消せない不安や嫉妬……」


 サラは勇一に向かって苦笑する。


「全ては私の思い込みと我儘だと分かっては……」


 サラは勇一から視線を外して俯く。


「……分かっては……いるんです……」


 勇一は、それ以上の質問はしなかった。


 勇二は勇一に再び願い事をする。


「いつか異世界の墓に連れて行ってくれないか?」

「構わないが……いいのか?」

「ああ……会って、義母さんに謝りたいんだ」

「……何を?」

「俺は嫉妬していたんだ」

「嫉妬?」

「何で父親を立ち直らせたのが、息子である……」


 勇二は俯く。


「……自分の存在じゃ無かったのかと思っていた」

「勇二……」

「なぜ亡くなった母さんが遺した俺で無いのかと」

「……」

「母さんの次に何故あの人が愛されるのか、と」

「……済まなかった」

「違う……責めている訳じゃないんだ」


 勇二はサラを見た。


「今なら親父の気持ちが少しは理解できる」


 サラは勇二に向かって微笑む。


「伴侶と子供は違う……」


 勇二は自嘲した。


「あの時の俺は色々な意味でガキだったんだ……」


(同じ愛情でも形が少し違う物だったんだ)

(親子と、男と女の違い……)


 海の反対側にある山に夕陽が沈もうとしている。

 遠い山向こうの夕焼けが三人と墓を照らした。

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