第17話 新宿近郊に住むエルフの女性と同僚

 アーシャが勇一と会った、その翌日。

 日曜日の午前中。


 彼女は開店前のバイト先の書店。

 その店内にいた。


 ラルナと共にクリスマスの飾り付けをしている。

 それほど高くは無いが天井に届きそうなツリー。

 色とりどりのLED点滅灯をツリーに飾る。

 ツリーの天辺には金色に輝く星を取り付けた。

 ツリーからは放射状にモールが繋がっている。

 モールの、もう片方の端は天井へと付けられた。

 重力に引かれ弧を描き空調に揺られ輝くモール。


「綺麗ですねえ」

「綺麗だねえ」


 二人は出来栄えに満足気だった。


 ツリーを囲む様に台を設置していく。

 次に二人は、その上に本を平積みにしていった。

 クリスマス関連の書籍だ。


 クリスマスを題材にした小説。

 師走から公開されるクリスマス映画の原作本。

 クリスマスの過ごし方のハウツー本。

 プレゼントに最適な商品の解説本。

 年末に発売されるゲームを紹介する雑誌。

 クリスマスから年末年始の旅行案内情報誌。

 イブのグルメやデートスポット案内情報誌。


(もうじき、クリスマスかあ……)


 彼女は並べ終えた本達を見下ろして感慨に耽る。

 昨夜からアーシャは編み物を始めていた。

 勇一にプレゼントする為のマフラーだ。

 久し振りなので不安だったが、手は覚えていた。


(あの調子ならイブには余裕で間に合うけど……)

(問題は、どうやって渡すかだわ……)


 アーシャはツリーの周りを掃除しながら悩んだ。

 一緒に梱包材などのゴミの片付けをするラルナ。

 ラルナはアーシャに尋ねる。


「アーシャちゃんってイブに予定ある?」

「無いです」


 即答だった。


(勇一さんにマフラーを渡すならイブがいいけど)

(渡す時は特に時間とか掛からないだろうし……)


 そう思うと少し残念な気がするアーシャだった。

 ラルナは続けて尋ねてくる。


「じゃあさ、じゃあさ、パーティに来ない?」

「パーティ……ですか?」


(ルストの件が無ければ行きたいけれど……)

(合コンにも参加しておいて、今更かな?)

(でも……)


 悩むアーシャ。

 ラルナは前回と同じ手段で後押ししてくる。


「ケーキやチキンが食べ放題だよ?」

「うっ……!」


 アーシャは、その誘い文句に乗りそうになった。

 しかし寸前で踏み留まる。


「そ、そうそう食べ物で釣られたりしません」

「そういえば、埼京さんも来るって」

「行きます!」


 アーシャは即答した。


 彼女の勢いの良い返事にラルナは目を丸くする。

 そして、ニヤァっと嗤った。


(……しまった!?)


 アーシャは反射的に返事をした事を後悔する。

 彼女は徐々に頬が紅くなってきてしまった。

 ラルナは彼女に顔を寄せてきた。


「ほほう、アーシャちゃんって、そうなんだ?」

「いえ、違うんです。渡したい物があるから……」

「……渡したい物って?」

「……その……マフラーを……」

「マフラー?」

「はい、ある事で助けてくれた御礼をしたくて」

「ある事って?」

「それは……その……内緒です」

「……ま、いいや。なんでマフラーなの?」

「勇一さんのマフラーがくたびれているらしくて」

「イブじゃなくても、いいじゃん」

「その……今、編んでいる途中で……」

「手編み?」

「……はい」

「手編みのマフラーをイブに渡すの?」

「……はい」

「単なる御礼に?」

「……そうです」


 言えば言うほどドツボにハマってゆくアーシャ。

 ラルナはニヤニヤしながら彼女を見詰めてくる。

 まるで面白いオモチャを見つけたみたいに……。


「ふぅーん、へぇー、ほぉーう」

「うう……」

「手編みのマフラーを、ゆぅいちさぁんにねぇ?」

「変なアクセントを付けないで下さい」


 会話の途中でラルナは、ある事に気が付く。


「そう言えば、何で名前呼びなの?」

「えっ!?」

「勇一さんって」


 言われてみてからアーシャは気付く。

 しかし彼女にしてみれば、理由は明白だった。


「私、勇一さんの息子さんと知り合いなんです」

「へえ」

「同じ埼京さんだと区別が、つきづらくって……」

「にゃるほど」


(なんかもう既に出来上がちゃった感あるけどね)


 ラルナは、そう思った。

 でも面白いので口には出さない事にした。

 今度はアーシャがラルナに質問をする。


「そう言えば、なぜ勇一さんが来る事に?」

「なんでも主催の陣クンに貸しがあるんだって」

「また、陣さんが主催なんですか?」


(勇一さん、淫魔の件で忙しい筈なのに……)

(……大丈夫なのかな?)


 自分も関係ある事なのでアーシャは心配になる。

 その表情を見て察したラルナが答える。


「陣クンの今年の仕事は終わったんだって」

「えっ、もうですか?」

「後は書類整理が主な仕事になるらしいよ?」

「勇一さんとは担当する案件が違うんですか?」

「多分そうなんじゃないかなあ?」


 ラルナは目線を上にして考えながら答える。


「だから埼京さんの仕事を手伝っているって」

「勇一さんの?」

「そう、それも埼京さんがクリパに出る……」


 ラルナは微笑んでアーシャを見る。


「……条件の一つらしいよ?」

「そうだったんですね」


 アーシャも納得して微笑み返した。


(陣さんが勇一さんの手伝いをしてくれるなんて)

(とても頼もしい感じがするな……)


 そう考えてアーシャの心に違和感が生じる。


(陣さんが……頼もしい?)


 何故か、そう直感で思ってしまったアーシャ。

 しかし、彼女が陣の実力を知る筈も無かった。

 アーシャはラルナに尋ねてみる。


「陣さんって、お強いんですか?」

「うん、強いよ」

「へえ」

「直ぐに酔っ払うけど記憶が飛ぶとかは無いしね」


(……あれ?)


 アーシャは会話内容の食い違いに気が付いた。


「いえ、ラルナさん……お酒の方では無くて……」

「んにゃあ?」

「その……何と言うか……戦闘力の話を……」

「せぇんとぉぅりょくうぅ?」

「はい」


 ラルナは悩んでいる様子で微妙な表情になる。


(……戦闘力?)

(一体アーシャちゃんは、何が聞きたいんだろ?)

(……えっ……戦闘力って……まさか……?)


「それって、夜の戦闘力のこと?」

「夜の……戦闘力?」


 今度はアーシャが不思議そうな表情になった。


(ラルナさん、何を言っているんだろう……?)

(でも、そういえば……)

(勇一さんとルストや半魔が、やりあったのも夜)

(異世界課って夜の戦闘がメインなのかしら?)

(目立ってはいけなさそうな職種みたいだし……)


「まあ……そうなりますかねぇ……?」


 アーシャは困惑しつつも肯定した。


 バサッ!


 ラルナの手からゴミ袋が落ちた。

 驚愕の瞳でアーシャを見詰めるラルナ。

 彼女は左手で額を抑えつつ左肘を胸に寄せる。

 更に右手を腰に当てると背中を後ろに逸らした。

 驚いた拍子で後ろに倒れそうになった様だ。


(なんと大胆な質問をする娘なのっ!?)


 ラルナは店内を見渡す。

 ある従業員は本棚の整理をしていた。

 また、ある従業員はレジの準備をしている。

 店の周りを掃除している人達もいた。

 自分達の近くには今、誰もいない。


 ラルナは頬を赤く染めると、もじもじして話す。


「けっ、結構、強い方なんじゃないかな?」

「へえ〜……どんな戦い方をするんですか?」

「ど、どんなって……結構ねちっこい感じ?」

「ねちっこい……ですか?」

「こう弱点を的確に、しつこく攻めてくるかな?」

「弱点を……しつこく?」


 アーシャは少しの間だけ考える素振りをする。


(相手を、いたぶりながら倒すのかしら?)

(あまり良い趣味とは言えないな……)

(容貌からの違和感は少ないけど……)


 アーシャは更に質問を続ける。


「どんな技を使うんですか?」

「わ、技?」

「はい」

「そ、それは背後からズドンと……」


 ラルナは獣人族なので、基本は後背位だった。

 しかしアーシャには、別のイメージが浮かぶ。


(背後からズドン?)

(魔銃か何かの使い手なのかしら?)


 アーシャは感心した様な顔でラルナを見た。


「よく気付かれずに背後を取れますね」

「うん、何だか、いつの間にか後ろにいるのよね」

「気配を消すのも得意なんでしょうか?」

「と、得意なんじゃないかな?」


 防戦一方のラルナ。

 彼女は攻勢に出る為にアーシャへ質問をする。


「さ、埼京さんは、どんな感じなのかなあ?」


 アーシャを、からかう積もりで冗談を言った。


「勇一さん……ですか?」


 アーシャは天井を見上げた。

 彼女は顎に人差し指を当てて考え込む。


(……えっ、あるの?)


 ラルナは驚いた。


(も、もう埼京さんとは経験済みだったのね……)

(それじゃあ、イブの日に渡すマフラーって……)


 ラルナは妄想する。


 場所はホテルの一室。

 アーシャは勇一の前に立って微笑む。

 彼女は全裸に手編みのマフラーを巻いていた。


「勇一さん、マフラーを取って貰えませんか?」


 彼女は勇一に向かって艶っぽい眼差しを向ける。


「そしてマフラーの代わりに私を暖めて下さいね」


 ラルナの妄想は終了した。


(……うぅわあぁおぉぅ……)


 自分で勝手にした妄想にラルナは興奮していた。

 そしてアーシャは自分の考えが纏まったらしい。


「勇一さんは物凄く強かったです」

「も、物凄く?」

「はい、とても速くて……」

「は、早いのに凄いの?」

「ええ、私でも見えないくらいの動きでした」


 ラルナは考える。


(……見えない動き?)

(……腰の動きの事かな?)


 アーシャの話は続く。


「もう最後まで、あっと言う間の出来事でした」

「そ、それで、アーシャちゃんは満足出来たの?」

「もう、大満足です!」


 アーシャは、とある言葉に引っ掛かった。


(……ん?)

(……満足って?)


 アーシャは会話内容に違和感がある事に気付く。


「あの、ラルナさん……?」


 アーシャはラルナの方へ顔を向けた。

 ラルナは信じられないという表情をしていた。

 そして彼女は小刻みに震えてもいる。


「いったい、何の話をしていたんですか?」


 アーシャは不安になってラルナに尋ねてみた。

 ラルナは拳を握る。

 そして人差し指と中指の間に親指を挟んだ。

 そのサインが何を示すのか?

 アーシャは理解するまでに時間が掛かった。

 理解した途端に頭の天辺まで真っ赤に染まる。


「な、な、な、な……」


 アーシャは、わなわなと震えていた。


「何の話をしているんですかっ!?」


 アーシャの大きな声が開店前の店内に響いた。


 そして、その日の昼時。

 休憩になった二人は、近くの喫茶店に入った。

 奥の方の席に着くとウェイトレスが来る。

 コーヒーとサンドイッチのセットを頼んだ。


 ラルナは少しだけ呆れる様な表情をしている。


「そんなにヤバい仕事してんのね。あの会社……」

「ヤバいって……」


 アーシャは苦笑いをした。


「アーシャちゃんの言う戦闘力がリアルとは……」


 ラルナは溜め息を吐いた。


「……分からなかったわー」

「陣さんの仕事、ご存知なかったんですね……」

「富裕層のハウスクリーニング関係かと思ってた」


 人の事は笑えないアーシャだったが吹き出した。


「すみません。秘密なのかも知れないのに……」


 アーシャは陣に対して申し訳なく思う。

 取り敢えず代わりにラルナに向けて謝った。


「いいよ、別に。それにしても、あんにゃろー」


 ラルナは、おこ、だった。

 スマフォを取り出すとメッセージを入れる。

 喫茶店内は通話を禁じられているからだ。


 ピロリン。


 ……という音がラルナのスマフォから鳴った。

 どうやら陣から返信が来たらしい。


「どうして私に内緒だったのよ、と……」


 ピロリン。


「私の事を愛していないのね、と……」


 ピロリン。


「それなら誠意を見せてよ、と……」


 ピロリン。


「アーシャちゃんも一緒でいいわよね、と……」


 ピロリン。


 陣からの最後の返信を確認したラルナ。

 彼女は満足気にスマフォを仕舞った。

 ラルナはアーシャに笑顔を向けて報告する。


「喜べ、アーシャちゃん」

「なんでしょう?」

「今夜は寿司だ」

「ゴチになります」


 アーシャは頬の横で両手を合わせて喜んだ。

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