第14話 新宿近郊に住むエルフの女性の敵

 勇一はアーシャとの通話を終えた。

 彼はスマフォを上着の胸ポケットへと仕舞う。


「どなたからですかぁ?」


 表梨陣が彼に近付いて尋ねた。


「アーシャさんから、だよ……」


 勇一は先程まで優しく微笑んでいた。

 しかし電話を終えてからは気を引き締める。

 彼は事件と向き合う為の厳しい表情に戻った。


「なぁに真面目な顔をしているんですか?」


 陣は溜め息を吐いた。


「部下を呼び出して現場を見張らせといて……」

「……すまん」

「この公園は柵があって夜は門を閉めるから……」


 陣は周りを見渡す。


「……誰も入らなくて良かったですけれどね?」

「何かの形で埋め合わせはするから……」

「じゃあ、お願い聞いて貰えます?」

「……なんだ?」


 勇一は少し引いた顔をしながら陣を見た。


「それは、改めて御願いするまで内緒です……」


 陣は口に人差し指をあててニッコリと笑った。

 勇一の背筋に冷たい物が走った。

 陣は話を戻す。


「しかし珍しいですね。真面目な課長が……」

「……何かこう、彼女を放って置けなくてな」

「被害者が夜遅く歩いて帰るのは問題ありますし」


 陣は周りを関係者で囲まれた男の遺体を見た。


「事情聴取が後なのも契約違反じゃ無いですけど」

「それもこれも加害者が異世界人だからこそだが」

「正式な手続きで移民した奴でも無いですしね」

「海外からの密入国者とは、適用される法も違う」

「異世界の事は異世界だけで、やれって……」


 陣は細目を少し開けて遺体を見続ける。


「……何だか突き放されている様で嫌ですがねえ」

「法整備も進んで昔よりはマシになった方さ……」


 勇一も遺体を見詰めた。


「昔は非合法ギリギリの仕事だったしなあ……」

「社長が会社を立ち上げた頃の話ですか?」

「密入国した異世界人の立場が曖昧だったしな」

「現在は、あちらの世界で凶悪犯だった場合には」

「……許可状を発行さえして貰えれば処刑できる」

「勇二さんの様な一般人が殺したとしても……」

「殺人罪などの罪に問われる事は無いだろうな」

「異世界から来た犯罪者って人権が無いッスねえ」

「それだけ彼等が、この国にとって脅威なんだよ」


 勇一は溜め息を吐いた。


「あの遺体の男も、ルストも、考えてみれば……」


 勇一は遺体から視線を外す。


「可哀想な立場の者達だと言えるのかも知れんな」

「殺された女性の遺族が聞いたら怒られますよ?」

「……違いない」


(アーシャさんにも怒られるだろうな……)


 勇一は陣と顔を見合わせた。


「それで、どう思う?」

「何がです?」

「今回の黒幕……魔族だと思うか?」

「言っときますが僕は魔族でも無いですからね?」

「だが、この中で一番連中に詳しいのは、お前だ」


 勇一の指摘に陣は、やれやれといった様子だ。

 陣は後頭部を掻きながら自分の意見を伝える。


「転送や障壁を唱えられる人間もいますが……」

「が?」

「亜人でもオークとか蛮族は強者にだけ従います」

「すると?」

「人の下につくとは考え難い。半魔なら尚更です」

「ルストは人間だが?」

「黒幕には半魔より魔女の方が重要なんでしょう」

「重要……か」

「半魔が魔女に心の底から従うとは思えません」

「従えと命令された。確かに、そんな感じだった」

「半魔のオークが従う。十中八九、魔族ですね」


 陣は悪戯っぽく口角を上げる。


「しかも以前に教えてくれた課長の知り合いです」

「そう思うか?」

「行方不明になった人達の共通点」

「全員が異世界から来た魔力を持つ女性達だ」

「ルストの能力」

「……扇情の呪い……」

「そして、その黒幕の魔族が使う術」

「……」

「目的が予想通りならピッタリの組み合わせです」

「……黒幕の目的か……」

「まあ膨大な魔力を蓄える為で間違いないですね」


 陣の意見を聞いて勇一は唸る。


「だが、その蓄えた筈の魔力は何処にあるんだ?」

「……それなんですよねえ」


 陣も首を傾げた。


「そんな魔力量、探知されない筈ないんですがね」

「周囲に探知と漏出を防ぐ結界を張っている?」

「基本的には、そうなんでしょうが……」


 陣は再び後頭部を掻く。


「何も無い空間に張っても維持は難しい筈です」

「結界を補強する為の物質が必要か……」

「そうですね。壁か何かに結界を重ねるとか……」

「それを施した建物の中に魔力を収めている?」

「大きな倉庫とか、ですかね?」

「ビルの中とかは?」

「細かく仕切られ過ぎですよ」

「一度に大量に取り出せなくなるか……」

「ドーム球場とか?」

「魔力は無味無臭透明で掴む事も出来ないが……」

「観客に魔導士がいれば気付かれちゃいますね」


 二人とも困り果てた表情をする。


「都外の建造物に魔力を保管しているのかな?」

「それなら行方不明者も都外在住者がいる筈です」

「潜伏先も含めて都内が拠点なのは間違い無いか」

「最終的に儀式を実行する場も都内なんでしょう」


 陣は困り果てた勇一の顔を見て言う。


「課長の話の通りなら時間は余り残ってないです」

「クリスマスの夜がタイムリミットだな……」

「それまでに解決できると良いんですけどねえ」


 勇一と陣は同時に溜め息を吐いた。

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