第11話 新宿近郊に住むエルフの女性は聞き上手

 宴が終わると全員で外に出る。

 そして、その場で解散となった。

 アーシャは酒の席で皆に楽しくイジられていた。

 本人は、ふてくされて、ガンガン酒を呷った。

 これ以上は飲んだら流石にマズい。

 そう思って、二次会は断って帰宅する事にした。

 勇一も似た様な理由で切り上げる事にする。

 二人は他の皆と分かれて駅へと向かった。


 帰り道。

 アーシャが見上げるビルの隙間から月が見えた。

 勇一も同じ月を見ている。


「綺麗な満月ですね〜」


 赤ら顔の彼女は心底楽しそうに彼へ話し掛けた。

 勇一もアーシャを楽しそうに見つめながら話す。


「クリスマスの夜に皆既月食があるそうですよ?」

「へえ……イブじゃ無いんですか?」

「そうですね」

「ざ〜んねん、イブならロマンチックだったのに」


 アーシャは少しだけ寂しそうな表情を見せる。

 彼女は誰かとイブに予定がある訳では無い。

 勇一には酔って心が弱くなっている様に見えた。


「……本当にタクシーを呼ばなくて大丈夫です?」

「ええ……無駄遣いをしたくないんです」

「運賃だったら私が持ちますが?」

「……そこまで甘える訳には、いきません」


 勇一の厚意を丁寧に断るアーシャ。


「二次会に連れて行った方が安全でしたかね?」

「……ルストの件ですか?」


 アーシャの質問に勇一は頷く。


「他の皆さんに迷惑を掛ける訳に、いかないです」


 そう言って、アーシャは微笑んだ。


「もっと私を酔わせて、どうする積もりですか?」

「いや、そういう訳では……」


 アーシャは勇一に近付いて行った。

 彼の正面に回るとジト目になる。

 そして指で相手の胸を、つついた。


「奥さんがいるのに……悪いおぢさんですねえ〜」

「……妻は……今は、おりません……」


 ビル風が二人を優しく撫でてゆく。


「……えっ!?」

「……今は独り身なんです」

「だって……再婚なされたって……?」

「……」

「どこかへ出掛けている、とかですよね?」

「いえ、後妻も少し前に亡くしてしまって……」


 アーシャの酔いが一気に冷めた。

 彼女の顔から血の気が引いていく。


「す、すみませんっ!」

「いえ、知らなかったのです。無理もありません」

「そういう問題じゃ……」

「息子にも、まだ伝えていない事ですから……」


 彼は頭を下げる彼女の両肩を優しく両手で抱く。


「どうか頭を上げて下さい」

「でも……」

「私は貴女の笑顔の方が好きです」

「……勇一さん」

「せっかくの満月です。楽しい話をしましょう?」


 アーシャは顔を上げた。

 彼女の目の前に勇一の笑顔。


「それなら……奥様の話を……」

「亡くなった妻の話を?」

「はい、貴方の思い出を私に聞かせて下さい……」

「それで貴女の笑顔が戻るのでしたら……」


 二人並んで、ゆっくりと駅方面へ再び歩き出す。

 少し前を歩く勇一はアーシャの方を見ずに語る。


「私達は丁度、貴女達と似た様な感じでした」

「それは?」

「男一人女二人の魔王討伐パーティだったのです」


(私達と似ている?)

(一人の男性を二人が好きだった所もかな?)


 しかしアーシャは、その事を尋ねはしなかった。

 勇一の話は続く。


「もちろん異なる点もあります」

「例えば?」

「私と前妻は、この世界の人間でした」

「そうだったんですか」

「そして後妻は、最初に討伐した魔王の娘です」

「……」


 彼女は彼の言葉を飲み込むのに時間が掛かった。

 そして心の内で大きく驚く。

 勇一は少しだけ振り返ってアーシャを見る。


「……アーシャさんは意外と冷静なんですね?」

「いえ、びっくりしています」

「そうなんですか?」

「表に出したら失礼なのかな、って思って……」

「ははは、そんな事はありませんよ」


 勇一は、また正面を見た。


「最初の魔王……彼女の父親は強かった」

「どれくらいですか?」

「彼以上の魔王には、幸いな事に会えていません」

「そんなに?」

「はい、後妻の助力無くしては勝てませんでした」


 ゲートを潜ってチート能力を得た勇者達……。

 しかし、必ずしも魔王に勝てる訳では無かった。

 死よりも恐ろしい末路が待っていた者すらいる。

 異世界を征服し終えた魔王がいない事……。

 それは奇跡に等しい状況だった。


「魔王討伐に加わった彼女は父親に呪われました」

「……呪い……」


 他人事とは思えないアーシャ。


「死に際の実の父親に寿命が短くなる様にと……」

「そんな……」

「私は当時、二人の事が好きでした」

「……どうして人間の女性を選ばれたんですか?」

「寿命の短くなった彼女に後押しされたんです」

「……」

「私の代わりに二人には長生きして欲しいと……」


(私には……真似できそうもない……)


「しかし、皮肉な事に勇二が生まれて間もなく」

「……まさか?」

「はい……前妻が心臓を患ってしまいました」

「それで……ユウジは、あんな事を言って……」

「私は様々な異世界で魔王討伐を繰り返しました」

「凄い……」

「必死でした。生活費、治療費、養育費……」

「……」

「お金が幾らあっても足りなかった……」

「そんなに?」

「当時の私は他に稼ぐ手段を知らなかったんです」

「ユウジは一度の魔王討伐で割に合わないと……」

「そうですね。あの子は私よりも賢い様です」

「そんなっ……!?」


 アーシャは否定しようとして、やめた。

 勇一が満足気に微笑んでいたからだ。

 子供の成長を喜ぶ父親の顔をしていた。


「短命になった筈の彼女も手伝ってくれました」

「魔王の娘さん?」

「残り少ない時間を私に預けてくれたのです」

「本当に良い方だったんですね?」

「勇二には愛人通いに見えてしまった様ですが」

「思春期だったせいかも知れませんよ?」

「後に本当に再婚してしまったのですから……」


 勇一は溜め息を吐く。


「そう思われて仕方の無い事なのかも知れません」

「どうして再婚なされたんですか?」

「前妻が亡くなってからの私は無気力でした……」

「それを支えてくれたのが彼女だったんですね?」

「ええ、気が付いたら好き以上になっていました」

「ふふ……お早いんですね?」

「より息子の反感を買ってしまいましたが……」


 アーシャと勇一は顔を見合わせて笑う。


「彼女は私に自分の時間をくれました。だから」

「だから……?」

「私の全てを彼女の残された時間に捧げよう」

「……」

「そう、思ったんです……」

「……二人は、どうなったんですか?」

「普通です。それが彼女の望みでした」

「普通……?」

「普通に人間の暮らしがしてみたい」

「人間の暮らし……」

「既に体はボロボロで魔族の力は失っていました」


(……私は何を聞き出してしまったんだろう?)


「しかし人間としての生活は何とか可能でした」


(私が聞いて良い話なのだろうか?)


「向こうの世界で小さな家を買って暮らしました」


(きっと彼の中で大切に仕舞っていた思い出……)


「共に寝起きして静かで幸せな時間でした」


(でも、もっと聞いていたい……)


「ほどなくして、彼女を看取る事が出来たのです」


(もっと知りたい……この人の事を……)


 アーシャは尋ねる。


「その頃のユウジは、私達と共にいたんですね?」

「そうですね……そう、なります」

「会いたいとは、思わなかったんですか?」

「……少し距離を置こうと思いました」

「何故ですか?」

「彼が異世界へと旅立った年齢が私と同じでした」

「それで?」

「親離れ子離れする時期が来たのだと思いました」


 やがて新宿駅の南口が大きく見えてきた。


「後妻との間には子供に恵まれませんでしたから」

「そうだったんですね」

「義理の母親になれなかった事を悔やまれました」

「……なるほど」

「いつか息子と仲直りしてと最後に言われました」

「私からも、お願いします」

「……はい、善処します」


 アーシャと勇一は、もう一度だけ微笑み合う。

 そして駅の改札の前に着いた。


「それではアーシャさん……」

「はい……今日は、ありがとうございました」


 アーシャは、ふと頬に淡い光を感じた。

 横を見ると先程の満月が見える。


「彼女のいた世界では月の伝説がありました」

「この世界の月に関する伝説ですか?」


 勇一は大きく頷いた。


「"全ての世界の根元に月と呼ばれる星がある"」

「全ての世界の根元ですか?」

「ゲートが無数にある、この世界かも知れません」

「その続きは?」

「"月の影は魔界へ通じる"」

「魔界?」

「"魔族は生まれた後に死して魂が魔界に帰る"」

「魔族の……天国……?」

「"死せずに魔界に帰る者……"」

「生きたまま天国に?」

「"……強き意思があれば魔神とならん"」

「……強い意思……魔神ですか?」

「生きたままで天国に入ると神になれる……」

「魔族の神に?」

「そんな神話です」


 アーシャは、もう一度だけ満月を見た。

 彼女は少しだけ月に畏怖を感じる。


「少なくとも彼女の父親は神話を信じていました」

「勇一さんの最初に倒した魔王が?」

「自分の世界を支配し、ここを攻める予定でした」

「勝てる見込みがあったんでしょうか?」

「この世界の軍隊相手では恐らく無理でしょう」

「そうですね……この世界の力は怖いくらいです」

「ですが……私達は魔神の力を知りません」

「神の力……」

「その力を得た魔族ならば……或いは……」

「魔界へ行くには、どうすればいいんですか?」

「詳しい事は分かりませんが……」


 勇一も満月を見て思い出そうとする。


「彼女の話では一度に膨大な魔力が必要な様です」

「どのくらいですか?」

「分かりません。彼女は不可能だと言ってました」

「魔王の娘さんが……?」

「それに魔神になる事に興味が無かった様です」

「何故でしょう?」

「神話によると自我を失い破壊の限りを尽くすと」

「自我を……失う?」

「それでは死ぬのと変わらないと、笑ってました」

「魔王は、それでも良かったんでしょうか?」

「ええ……ですから……」


 勇一はアーシャを見る。


「狂気の父親を倒す事を彼女は、決心したのです」

「……悲しいですね」


 寂しそうな顔をするアーシャ。

 勇一は笑顔を作って話し掛ける。


「すみません。もっと楽しい話をすべきでした」

「いいえ、そんな……」

「ここまでに貴女の笑顔を取り戻せなかった」


 アーシャは、その台詞に笑ってしまう。


「……おかしいですか?」

「ええ、笑顔になれました」

「……それなら、良かった」


 勇一は真面目な表情に戻る。


「私達にとって今は、魔神よりも魔女です」

「はい」

「くれぐれもルストには、気を付けて下さい」

「だいぶ酔いも覚めました。大丈夫です」


 にっこりと微笑むアーシャに勇一も笑顔になる。


「何かあったら必ず連絡を下さい」

「はい」

「それでは……」


 片手を挙げて改札へと向かう勇一。

 アーシャは両手で口を囲んで話し掛ける。


「今日は、楽しかったです!」

「私もです!」


 彼は一度だけ手を振ると背を向け改札へ入った。

 アーシャは勇一が見えなくなるまで見送る。


 そして帰宅する為に私鉄の改札へと向かった。

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