第9話 新宿近郊に住むエルフの女性の勤め先
埼京勇一が秋葉原の喫茶店にいた頃。
アーシャはバイト先の神保町の大型書店にいた。
色々な仕事を経て今は、ここで落ち着いている。
この世界の様々な情報と知識を得る事が出来る。
本屋は異世界から来た彼女にピッタリの職種だ。
今は店内の、お客様の人数が少なかった。
彼女はレジに立っていたが、少し暇だった。
「どうしちゃったの、アーシャちゃん?」
隣のレジにいた同僚の異世界人が話し掛ける。
彼女の名前はラルナ。
アーシャとは別世界の獣人族の女性である。
書店員よりもピッタリの職種があるのでは?
例えば秋葉原のコスプレメイド喫茶とか……。
そう、思える程の見事な猫耳をしていた。
「えっ、何がですか?」
「ここ数日は白手袋なんて着けて、珍しいぃ……」
「ああ、これですか?」
来客の中にルストが紛れているかも知れない。
ルストの呪いは肌に触れさせなければ防げる。
謂わばルスト対策の為の手袋だった。
「少し手が荒れてしまって、みっともないから」
「えぇーっ、大丈夫!?」
あらかじめ用意された嘘に驚くラルナ。
アーシャに悪意は無かったが罪悪感に包まれる。
「なになにぃ、それ、ストレスか何かのせい?」
「そ、そんな所ですかね?」
手袋の原因は、手荒れでは無い。
仮に手荒れがあってもストレスが原因では無い。
でも確かに最近ストレスフルなアーシャだった。
「えぇーっ、もしかしてコレ?」
ラルナはアーシャに肩を寄せてくる。
上目遣いで右手を近付けると、親指を立てた。
左手で口を軽く抑えてニンマリと笑っている。
何だか楽しそうな様子だった。
「えっ……いや、その……少し違います」
「うう〜ん?」
「……」
「もしかして、話しづらい事?」
ラルナの質問にアーシャは、照れた様に頷く。
「……アーシャちゃんって、今フリー?」
ラルナは周りに聞こえない様に小声で質問した。
「え……あの……その……は……はぃ……」
突然の質問にうっかり肯定してしまうアーシャ。
「じゃあさ、じゃあさ、お願いがあるんだけど?」
「な、なんでしょう?」
「今晩ね、合コンする事になってるの」
「……合コンですか?」
「でね、ちょっとメンバーが足りないの」
「……はあ……」
「それで、良かったらアーシャちゃんも来て?」
「わ、私がですか?」
ラルナの、お誘いに戸惑うアーシャ。
逆に脈ありだと感じたラルナは、攻勢に出る。
「いーじゃん、いーじゃん、たまには他の男も」
「さっきも答えましたけど、私フリーで……」
「なら尚更問題無し。色んな男性とお喋りしよ?」
「でも知らない人と、いきなり会話なんて……」
「駄目だよ。自分から飛び込んでいかないと?」
「……はあ……」
「色んな人に会って経験を積んで社会に慣れるの」
「……社会勉強?」
「そう、あわよくば素敵な人との出会いが待つの」
「素敵な人との出会い……」
(ユウジ以上に素敵な人と出会えるのかな?)
(飲みの席で?)
いまいちピンと来ないアーシャだった。
(でも、そうね……)
(もう、いい加減に吹っ切らないといけないかも)
(……新しい素敵な人との出会いかあ……)
「ここだけの話だけどね」
ラルナはアーシャの耳元に口を寄せる。
アーシャはラルナに耳を傾けた。
「結構、いい相手なのよ」
「……いい……って?」
ラルナは親指と人差し指で輪を作る。
そして、それをアーシャの目の前に出した。
「名前は余り聞かない会社だけど給料がね」
「……お金……ですか?」
ラルナは、もう一度だけアーシャに耳を寄せた。
「月収がね……で……なのよ」
「……そんなに?」
ラルナは顔を離すと、こくこくと頷く。
アーシャは彼女を見つめながら溜め息を吐いた。
「……本当なんですか、それ?」
「マジ。知り合った奴の給与明細を見たから……」
「……あかん奴じゃ無いですか、ソレ」
「もちろん許可は貰ってるよ?」
「……見せる方も見せる方ですね……」
「何か国がバックで一流企業がスポンサーだって」
「どういった仕事をされている人達なんですか?」
「……知らにゃい」
「都合の悪い時、語尾をネコ語にしないで下さい」
「こまけえこたぁ、いいじゃんよ?」
「……その情報を引き出すのも社会勉強ですか?」
「いぐざぁくとりぃ〜」
アーシャは、もう一度だけ大きな溜息を吐いた。
「ねえねえ、いいじゃんよお、行こうよお?」
甘えた声を出して、おねだりするラルナ。
「そうですねえ……」
(高給な安定職っぽいのは、魅力的だけど……)
(魔女の件もある。酔ったままで帰るのは……)
「すみません。やっぱり……」
「何食っても、何飲んでも、向こう持ちだって」
「行きます!」
ラルナの一言に即答するアーシャだった。
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