第6話 新宿近郊に住むエルフの女性の家庭訪問

(もう、どうにでも、なあ〜れ)


 アーシャは心の中で呪文の様に唱えた。

 ここは埼京勇二の自宅前。

 一戸建てである。

 アーシャは呼び鈴を押した。


(ああ〜ダッシュしたい〜)


 別に彼女に、その様な悪戯癖がある訳ではない。

 アーシャは単純に、この場から逃げたかった。


 電車内で勇一に昔話を聞かせるのは楽しかった。

 心の距離も縮まって仲良くなれた気がした。


 しかし、同時に語れば語るほどに……。

 想い出したく無い事まで記憶が鮮明になる。

 とても他人には、話せない様な事まで……。


 その憂鬱の原因が、この家の中にいる。

 あの日まで……。

 種族の垣根を超えた親友だと思っていた。

 自分と同じ異世界から来た。

 でも、エルフでは無い人間の女性……。

 想い人の妻……。


 玄関の扉が開く。


 アーシャと同じくらいの身長の女性が出てきた。

 やや紺に近い黒髪のボブヘアスタイル。

 ワイシャツとスラックスというラフな格好。

 白いシャツは女性の胸を重そうに支えている。

 女性はニッコリと明るい笑顔で二人を迎えた。


「いらっしゃい、アーシャ。久し振りね?」


(ユウジの父親の前だからって……)


 猫を被っているのが見え見えの笑顔だった。


「久し振りね、サラ。相変わらず……ね」

「相変わらずって、昔の仲間に随分な言い草ね」


(これだ……)


 アーシャはイヤミのつもりで言ったのでは無い。

 だが、あの日からサラは被害妄想が強くなった。

 元親友の言葉や行動をネガティブに受け取る。


 サラは一瞬だけアーシャを睨む。

 しかし視線を勇一に移すと、また笑顔になった。

 今度は本当に心から笑っている様な表情。


「初めまして、埼京勇一さんですね?」

「初めまして……今日は宜しく、お願いします」

「どうぞ中へ、主人も待っています。お義父様」


 お義父様を強調された様に聞こえたアーシャ。


(……私も被害妄想が強くなっているなあ……)


 それに気付くと何とも、しんどい気分になる。


「アーシャもあがって、お昼まだなんでしょう?」


 サラは、そう言うと二人を家の中へと招いた。

 三人は廊下を通ってダイニングに向かう。


(この先に、ユウジが待っている……)


 アーシャは胸の高鳴りを抑えられなかった。


 ダイニングに入るとキッチンに男の背が見えた。

 昨日は電車で見ても声を掛けられなかった背中。

 人の気配を察して男性が振り向く。


 勇一を、そのまま若くして眼鏡を外した様な顔。

 父親と瓜二つの、その青年が息子の勇二だった。


 アーシャは、その顔を見て少しだけ瞳が潤んだ。

 何も変わらない、人懐っこい笑顔を向ける勇二。


「やあ、アーシャ、いらっしゃい。久し振りだね」

「うん……お邪魔します」


 優しい声、暖かい笑顔。

 出来る事なら彼に飛びついて抱きしめたかった。

 そう考えていたアーシャから勇二は視線を移す。

 父親の勇一を見る勇二からは笑顔が消えていた。


「親父も……久し振り」

「ああ……今日は済まなかったな。休日なのに」


 普段の勇二からは想像もできない程の冷たい声。

 今なら何となく理由が想像つくアーシャだった。

 元の口調に戻って、勇二は全員に話し掛ける。


「取り敢えず座ってくれ。まず、食事にしよう」


 勇二はテーブルの周りにある椅子を指した。

 彼はパスタを茹でてくれていた。

 サラは椅子を引いて勇一に座って貰う。

 続いてアーシャの分の椅子も引いた。

 それは勇一の隣の椅子だった。

 サラはテーブルを挟んで反対側の椅子に座る。

 勇二が皿に盛ったペペロンチーノを全員に配る。

 そして、勇二はサラの隣に座った。


 この座席の位置関係は当然のものだ。


(あそこには私が座っていたかったな……)


 そう考えながらアーシャは少しだけ心を痛める。

 でも勇二が作ってくれた料理は、美味しかった。

 魔王討伐の旅をしていた時と味も変わらない。


 静かに食事を終えると、勇二は勇一を見た。


「……話って?」

「先ずは私の現況を知っておいてくれ」


 そう言うと、勇一は名刺を取り出した。

 テーブルに置いて勇二の目の前にまで滑らせる。

 勇二は、それを手に取って眺めた。

 確認すると、彼は少しだけ驚いた様子を見せる。

 そして父親を蔑んだ目で見つめてきた。


「まだ勇者ごっこなんて、やってんのか……?」

「必要な後始末だからな」

「自分達の尻拭いの為だけに……だろ?」


(勇者……ごっこ?)


 アーシャは言葉の意味が良く分からなかった。


「あの……勇二……勇者ごっこって?」


 アーシャはサラの顔色を伺いながら質問をする。

 サラは目を閉じて黙っていた。

 勇二は少しだけ表情を柔らかくする。

 そしてアーシャに説明し始めた。


「親父は昔、俺と同じ勇者だったんだ」


 アーシャは何となく察してはいた。

 勇二は話を続ける。


「そして今は別の仕事をしている」


 勇二は名刺を持ってアーシャに見せた。


「私も名刺は頂いたわ」

「そうか。まあ肩書きじゃ実態は分からないよな」


 勇二は溜息を吐くとアーシャに詳しく話す。


「特殊清掃株式会社……異世界課……」

「……それって?」

「ゲートを通って、この世界に来る魔物達がいる」

「ゲートから?」

「討伐された魔王軍の残党とかさ」

「魔王の……残党……」

「異世界側から指名手配される様な凶悪犯もいる」


 勇二は視線を父親に戻す。


「そいつらを省庁から頼まれて処分する掃除屋さ」


 アーシャには初耳だった。

 サラも同様だったらしく目を開いて驚いている。


 東京湾の海上に浮かぶゲートの先の異世界。

 それは主に三種類のパターンに分かれる。

 魔王が異世界を征服途中の物。

 勇者が魔王を討伐中の物。

 そして魔王が討伐され平和になった世界の物。

 異世界を征服済みの魔王は今の所、存在しない。


 征服中の魔王に他の世界を侵略する余力は無い。

 故に、東京に魔王が攻めて来る事は無かった。

 平和になった世界は、異世界側に門番がいる。

 普通なら残党が東京に侵入する事は滅多にない。

 しかし、その警備をすり抜けて来る奴等はいる。


 そんな噂をアーシャも聞いた事だけはあった。


 サラは勇二に質問をする。


「お義父様は、こちらの世界の人よね?」

「そうだよ」

「ゲートの勇者は異世界でだけチートを発揮する」

「その通りさ」

「異世界の凶悪犯の相手は人の身では無理な筈よ」

「異世界から正式に移民して来た人達なら別さ」


 勇二はアーシャとサラを交互に見た。


「君達みたいに、この世界で力を使える」

「チートでは無く元から持っている力だけどね」


 アーシャが勇二に答えた。

 勇二は勇一の表情を確認しながら尋ねる。


「大方、力を借りる異世界人の纏め役なんだろ?」

「そういう面もあるが、私も処分に参加している」

「……なんだって?」


 勇一の答えに勇二は驚いた。

 アーシャは痴漢を魔法で抑えた勇一を想い出す。


 勇一は胸ポケットから指輪を取り出した。

 それも名刺と同じ様に勇二の目の前に置いた。

 見れば勇一も同じ指輪を右手中指に嵌めている。

 勇二は指輪を摘んで持ち上げた。


「これは?」

「知り合いの鍛治職人に作って貰った物だ」

「マジックアイテムか?」

「指に嵌ると異世界にいるのと同じ状態になる」

「つまり……?」

「一度でも異世界に渡った経験のある者なら……」

「……者なら?」

「こちらの世界でもチート能力が使える様になる」

「俺に渡したいと言っていた物は、これか……?」

「そうだ」


 勇二は指輪を勇一の前に放り投げた。


「今の俺には必要の無い物だ」


 勇二は父親を睨む。


「自分の生活がある。あんたの手伝いはしない」

「勘違いするな」

「なに?」

「自分達の身を守る為に使って欲しかっただけだ」

「……どういう意味だ?」

「……魔女ルストが、この世界に来ている」


(ルスト!?)


 勇一は全員の顔を見回す。

 勇二の額からは汗が流れている。

 サラの顔は驚きと怒りで赤く染まっていた。

 アーシャの顔色は、反対に真っ青になっていた。


「どうやら、三人とも心当たりがある様だな」

「……心当たりがあるなんてもんじゃない」


 勇二は冷静さを取り戻そうと息を吐いた。


「ある意味、魔王より思い出深い相手だよ……」

「何があった?」

「……ここで話す必要は無い」


 勇一は、しつこく尋ねずに本題に入った。


「……数日前に一人の女性の遺体が発見された」

「遺体?」

「全裸で倉庫に閉じ込められていたんだ」

「倉庫に?」

「死因は心臓発作だが全身を掻き毟った痕がある」


(酷い……)


 青ざめたまま自分の身体を抱き締めるアーシャ。

 勇二は、そんな彼女の様子をチラリと確認する。

 勇一は事件のあらましを語り始めた。


「当初は警察が自殺と他殺の両面から調べていた」

「それで?」

「だが被害者は非拘束で壁にも搔いた跡があった」

「なるほど」

「他にも殺されてから放り込まれたにしては……」

「様子が、おかしい点が多い……と?」

「そうだ。それで俺の課に調査依頼が来た」

「そして、何かを見つけた?」

「遺体には、ある魔法を掛けられた痕跡があった」

「種類を調べたら魔女ルストに辿り着いたわけだ」

「そうだ。魔女ルストは、呪術系の魔導士で……」


 アーシャは肩を両手で掴み己を抱き締め震えた。

 目尻には溢れんばかりの涙が溜まっている。

 勇二は父親の説明を省かせる。


「ルストの能力の説明は要らない。知ってるから」

「そうか……」


 勇一も何かに勘付いたのか、説明を飛ばした。


 ……魔女ルスト。

 勇二が降り立ったアーシャとサラの住む世界。

 その世界を脅かしていた魔王。

 その魔王の配下の一人がルストだった。


 人間でありながら魔王の側に与する女性。

 得意としていたのは強力な呪いの魔法。

 手に呪印を描き相手の肌に触れて写して呪う。

 一番に好んで使っていた呪いが、扇情だった。

 男には効果が無い。

 しかし女性が呪われると体が情欲に支配される。

 それは子宮が男性の精子で満たされるまで続く。

 満たされなかった者は数時間で死に至った。


 魔女でも一日一つだけしか描けない強力な呪印。

 その他の手段での解呪は、不可能だった……。


 勇一から勇二への話は続く。


「魔女のいた異世界の魔王を倒したのは誰か……」

「それを調べて俺の事を知ったのか?」

「いや、その個人情報はウチの課には無かった」

「それじゃ、どうやって?」

「魔王を倒した際のチート能力が俺と同じだった」

「……」

「だから、もしかして、と思ったんだよ……」


 勇一は勇二を慈しむかの様な瞳で見つめている。

 アーシャには、そう感じられた。


「もしそうなら奴が来た事を早く知らせたかった」

「なぜ?」

「復讐で狙われる可能性があったからだ」


 勇一はアーシャに視線を移してから微笑む。


「どうしようかと悩んでいた時に彼女と出会った」


 アーシャが痴漢に遭った事までは言わなかった。


「彼女に名刺を渡したら勇二の親戚かと訊かれた」

「そして、アーシャに……?」

「勇二は私の息子だと伝え、会いたいと願った」

「それでアーシャから俺に連絡が入ったのか……」


(なんでだろう……?)

(ユウジ……残念そうな表情をしている?)


 アーシャには何となく勇二の顔が、そう見えた。


「どうして、アーシャが俺の仲間だと分かった?」

「確証は無かった……。だから頼んだ」

「……なんて?」

「貴女と息子の魔王討伐の物語が聞きたい、と」


(あっ……)


 アーシャは自分の間抜けさ加減に呆れる。

 あれは本当に尋問だったのだ、と気付かされた。


「そして、ルストの仕える魔王を倒したのは……」

「俺だという確信が持てた訳か……」


 勇二が諦めた様な表情でアーシャを見る。

 サラが、かなり怒った様子で睨んできた。

 アーシャは勇一を恨めしそうに見つめた。


「酷いです……騙すなんて……」

「すみません。でも本当に楽しい話でしたよ?」


 勇一は、そう言って爽やかに笑った。


(彼に似た笑顔で、そんな風に言われたら……)


 許してしまうアーシャだった。


「事情は分かった……確かにマズい状況だな」


 勇二は、そう言って放り出した指輪を握った。


「心遣いは受け取っておくよ……」

「それじゃ、二人の事は頼んだぞ?」


 勇一は何気なく言った。

 勇二は慌てて返事をする。


「……待ってくれ。仕事を手伝う気は無いぞ?」

「仲間を守る事の何処が仕事なんだ?」

「……サラは守る。大切な女房だからな」

「……アーシャさんは?」

「彼女は……その……大切な仲間だったが……」

「……だった?」


 勇二はアーシャを見る。


「彼女は、少し離れた所に住んでいるから無理だ」

「この家に泊めてやれば、いいだろう?」

「そんな無茶を言うなよ……」

「何が無茶だ。この件が片付く僅かな期間だけだ」


 勇二はサラに視線を移した。

 サラは冷めた目と表情で首を横に振った。


「……俺はサラを守るだけで精一杯なんだ」


 勇二は俯いて絞り出す様に、そう父親に伝えた。

 勇一は憤りを隠せない表情をしている。


「……情け無い奴だ」

「……なんだって……?」


 勇一の一言が今度は勇二の怒りに火を点けた。


「それは母さんを見捨てた、あんただろうっ!?」

「私が母さんを見捨てた?」

「病気がちな妻を置いて異世界に愛人通いして!」

「彼女は愛人だったわけじゃない!」

「母さんが死んだ後で愛人と再婚しておいてか?」

「彼女との関係は、再婚する直前からだ!」

「どうだかな。嬉々として異世界に行ったくせに」

「生活の為だ。お前の為でもあったんだぞ!?」

「心臓が弱い母さんの負担だったのは事実だっ!」

「母さんは、それでも理解してくれていたっ!」

「強がっていただけに決まっているだろうっ!」


 二人の喧嘩を見てアーシャはオロオロしていた。

 サラは悠然と終わるまで待っている。

 アーシャは堪らずに勇一に声を掛けた。


「あ、あの、勇一さん……大丈夫です」

「……アーシャさん?」

「確かに、ルストは強敵です」

「それならっ……!」

「でも油断さえしなければ私一人でも倒せます」

「アーシャさん……」

「ありがとうございます。気を付けますから」

「……本当に?」

「はい、大丈夫です」


 アーシャは勇一にニッコリと微笑んで答えた。

 勇一には彼女が無理をしている様に見えた。

 しかし、それ以上は何も言わなかった。


「俺は、どっちつかずのアンタとは違う」


 勇二は息を整えつつ話す。


「愛しているのは一人だけだ」


 勇一は息子を説得する気力が失せた。


 四人の話し合いは終わった。

 勇一はサラとも連絡先を交換しあう。


「魔女以外の件でも何かあれば連絡して欲しい」


 勇一は玄関先で三人に、そう伝えた。

 アーシャと勇一は、勇二とサラの家を後にする。


 再び新宿駅の南口にまで来た二人。

 勇一はアーシャに尋ねた。


「本当に自宅まで、お送りしなくても?」

「ええ、大丈夫です」


 アーシャは微笑んで答えた。

 今は無理をしている様子が微塵も感じられない。


「今日は、ありがとうございました」


 勇一も微笑むとアーシャに御礼を言った。


「いえ、久し振りに仲間に会えて楽しかったです」


 アーシャは片手を振りながら笑って答えた。


「みっともない家庭のゴタゴタを見せてしまって」


 勇一は眼鏡の中央を指一本で抑えながら言った。

 本当に済まなさそうな顔をしている。


「気にしないで下さい」


 アーシャは更にニッコリと微笑む。


「本当に大丈夫ですか?」

「はい」

「分かりました……何かあれば必ず連絡を下さい」

「そうさせていただきます」

「……それでは。本当にありがとう……」


 勇一は、そう言うとアーシャに背中を向ける。

 そして元の改札へと戻って行った。


 アーシャは彼の背中が見えなくなるまで見送る。

 そして、自宅に帰る為に私鉄の改札へ向かった。


 アーシャは自宅の最寄り駅で降りる。

 駅前で買い物をした帰り道でスマフォが震えた。

 電話を掛けてきた相手は、勇二だった。

 彼女は通話をタップする。


「もしもし?」

『……俺だけど……』

「どちらの俺様ですか?」

『勘弁してくれ。埼京勇二だよ』


 情けなさそうな声にアーシャはクスクスと笑う。


『今日は済まなかったな。そして、ありがとう』

「どういたしまして」


 アーシャはある事に気が付いて顔色を変える。


「サラは……そこにいないの?」

『ああ、今はコンビニに行ってる』


 ホッと胸を撫で下ろすアーシャ。

 しかしルストの件を思い出す。


「駄目じゃない。一緒にいないと」

『流石に近所だし……彼女なら大丈夫だろ』

「油断は禁物だけど……そうね」

『そうさ。これでも俺達は……』

「魔王を倒したパーティだもんね」

『その通り!』


 二人で笑い合う。


 サラは総合的な戦闘力でアーシャより上だった。

 魔術師としても魔導士のルストよりは強い。

 三人は魔王討伐をした仲間だ。

 油断さえしなければ……。

 一人でもルスト如きに負けはしない。

 そう、あの時は油断していたのだ。

 あの時は……。


『どうかしたのか?』


 勇二の心配そうな声がアーシャの心を引き戻す。


「ごめん。考え事してた」

『おいおい、頼むぜ?』

「うん」

『……やっぱり心配だな』

「ありがと……でも大丈夫だから……」

『サラの手前、ああは言ったけど……』


 少しだけ会話に空白が生まれる。


『何かあったら教えてくれ。直ぐに駆けつける』

「駄目だよ。奥さんを大事にしてあげて……?」

『しかし……』

「貴方の、お父さんの連絡先も貰っているから」

『……親父の?』


 ユウジが考え込んでいる。

 アーシャには受話器越しに、それが分かった。


『……今日は、みっともない所を見られたな』

「勇者様も人間だって分かって楽しかった」

『君がいれば冷静でいられると思ったのに……』


 何気ない、その一言にアーシャは引っ掛かる。


「お父さんを案内させたのって、それが目的?」

『……ち、違う!』

「出掛けられない用事があるって言うのも嘘?」

『午前中に荷物が届く予定で、それは本当だ!』

「……」

『……済まない……』


 気落ちしているユウジにアーシャは笑い掛ける。


「女の人を騙して転がす辺りが、父親似だね?」

『勘弁してくれ』


 受話器の向こうで苦笑いしている感じがした。


「……じゃあ、もうすぐアパートに着くから」

『……ああ』

「さよなら。またね?」

『気をつけてな……』


 彼の優しい一言を受けて、彼女は通話を切った。

 スマフォを愛おしそうに胸に抱く。


「……にゃあ……にゃあ……」


 通り掛かった公園から小さな猫の鳴き声がした。

 見れば中で子供が二人、木を見上げている。


 アーシャは二人に近づくと声を掛けた。


「どうしたの?」

「……猫ちゃんが降りられなくなったの」


 アーシャの質問に小さな女の子が答えた。

 見上げると木の上で一匹の子猫が震えている。


「……お姉ちゃんに任せて?」


 そう言うとアーシャは、木登りを始めた。

 難なく子猫を救出して戻ると女の子に手渡す。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 子猫を抱いて撫でながら御礼を伝える少女。


「どういたしまして」


 アーシャは二人に向かって微笑んだ。


「お姉ちゃん……」


 少年がアーシャに話し掛ける。


「なに?」


 アーシャは微笑んだままで少年に顔を向ける。


「パンツ……白だった」


 答えた少年に笑顔でデコピンする彼女だった。

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