第5話 新宿近郊に住むエルフの女性の道案内

 新宿駅の南口にアーシャは、やって来た。

 時計を確認すると待ち合わせの十分前だった。

 一分と待たずに埼京勇一が、やって来る。

 彼は昨日の物では無いが、スーツを着ていた。

 コートは脱いで手に持っている。


「すみません。待たせてしまいましたか?」

「いいえ、今来た所です」


 柔らかな笑顔で済まなそうに謝罪する彼の父親。

 昨日の勇一は終始、真面目な固い表情だった。

 それとも少しぐらいは微笑んでくれてたろうか?


(こんな真顔が崩れた表情もするんだなあ……)


 勇者の父親の人間的な部分に触れた気がした。

 アーシャは少しだけ嬉しくなってしまう。


「それでは参りましょうか?」

「はい」


 彼女は先頭に立って案内を始めた。

 先ずは勇二の家の最寄駅のある路線へと向かう。


(ここからタクシーを使う手もあるけど……)


 それだと口実が一人で行けてしまう。

 そう考えて思い留まる彼女だった。


 アーシャは勇一と共に電車に乗る。

 車内は土曜日の昼の割には空いていた。

 座りながら、ゆったりと目的の駅に向かう。


 しばらくは静かな時が流れた。


 アーシャは沈黙に耐え切れず勇一に話し掛ける。


「勇二さんとは久し振りに会うんですか?」

「ええ、勇二は亡くなった先妻の子供でして……」


 言いにくそうな表情をしつつ、さらりと答えた。

 一瞬にしてアーシャの背筋に冷たい汗が走る。

 彼女は顔面が硬直してしまう。


(……失敗した)

(そこまで込み入った事情が、あったなんて……)


 彼女はタクシーを拾わなかった事。

 そして口実を、そこに押し込めなかった事。

 父一人で息子の家へと行かせなかった事。

 それらを激しく後悔していた。


「そ、そうだったんですか……」


 彼女の声は、震えていた。


「ええ……私の再婚が決まった日に……」


 そこで一呼吸の間を置く勇一。


「家を出てゲートで異世界に行ってしまって……」


 向こう側の車窓の景色を遠い目で見つめる勇一。

 徐々に顔が青くなっていくアーシャ。


「それ以来、連絡がつかない状態だったのです」


 アーシャへ顔を向けて微笑む勇一。

 勇一に見られ、ぎこちない笑顔を返すアーシャ。


 彼女は生きた心地がしなかった。


「アーシャさんは、エルフなんですよね?」


 核心に触れてくる勇一。


(新たにエンカウントしたユウジの父親が……)

(まさかユウジの妻と同じ強敵になるなんて……)


 まだアーシャには心の準備が出来ていなかった。


「は、は、は、はい……」


(落ち着け……落ち着くのよ……)


(エルフなんて各ゲート先の異世界に一つはある)

(そう珍しくない種族だって聞いたわ)

(この世界に来るまで私、知らなかったけど……)


(だから私がユウジのパーティにいたなんて……)

(父親も知らない筈だわ)


「息子が大変お世話になってしまったようで……」


 アーシャに、さらりと御礼を言う勇一。


「な、な、な、何で知っているんですかっ!?」


 空いている車内で驚きの余り大きな声を出す。

 アーシャは思わず立ちあがってしまった。

 驚いて目を開いて彼女を見る勇一。

 やがて彼は何かに思い当たった表情をする。


「ああ、すみません」


 勇一は再び微笑んでアーシャを見ながら語る。


「仕事柄……そういう情報は入って来るもので」

「仕事……柄って?」


 彼女は本人の目の前で貰った名刺を取り出す。


 "特殊清掃株式会社"

 "異世界課"

 "課長"

 "埼京勇一"


 名刺には、そういう肩書きが印刷されていた。


(特殊清掃……異世界課?)


 アーシャが聞いた事の無い組織名だった。

 昨日見た時にハウスクリーニング関連と思った。


「私の仕事に関する詳しい話は……」


 勇一の笑顔だった表情が一瞬だけ曇る。


「……息子の家に着いてからにしましょう」


 アーシャは訳が分からない。

 取り敢えず席に座り直した。

 勇一は気にせず彼女に、また笑顔で話し掛ける。


「駅に着くまでの間に旅の話を聞かせて下さい」


 勇一は軽い感じでアーシャに願う。


「貴女達と息子の魔王討伐の物語を……」


(この人に、その気は無いのだろうけど……)

(まるで、尋問だ……)


 アーシャは少しだけ項垂れると話し始めた。

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