第3話 新宿近郊に住むエルフの女性の私生活

 アパートの自宅へと戻ってきたアーシャ。


 手を洗って、うがいをすると部屋着に着替える。


 途中で買ったコンビニ弁当を、ちゃぶ台に置く。

 その側に敷かれた座布団の上に座った。

 一緒に買った、お茶のペットボトルを開ける。

 食前に一口だけ飲んで喉を潤した。

 リモコンを手にしてテレビを点ける。


 異世界の財宝を鑑定する番組が流れていた。


 依頼者は自分より年上だが若い夫婦。

 勇者の旦那とエルフの奥さん。

 この番組で良く見掛けるコンビだ。


 テレビに客席が映し出される。

 奥さんが旦那に何やら小言を言っていた。

 旦那の方は何か慌てて言い訳をしている様子だ。


「……羨ましいな」


 今のアーシャには口喧嘩をする相手すらいない。

 彼女にはテレビの中の二人が楽しそうに見えた。


 やがて、最期の依頼品の鑑定結果が出る。

 その鑑定額は一千万円だった。


「あんなに薄い本が?」


 稀覯本という奴だろうか?

 アーシャは素直に心の底から驚いた。


 画面のエルフは結婚できて、お金持ちになれた。

 アーシャは嫉妬に駆られてチャンネルを回す。


「同じエルフなのに……」


 勇者と結婚して、お金持ちになった女性。

 勇者に振られて、アパートで一人暮らしの自分。


「帰ろうかな……」


 アーシャは実家が恋しくなってしまった。

 異世界にある自分の住んでいた村。


 しかし、啖呵を切って勘当同然で出てきた場所。

 今更ノコノコと帰るのは恥ずかしい。


 それに……。


「はあぁーっ……」


 アーシャは大きな溜め息を吐いた。

 食べ終わった弁当。

 飲み終わったペットボトル。

 それらを別々のゴミ箱に向かって投げる。

 全部ストライク。


「流石、私」


 弓使いだった頃を思い出す。


「あの頃は楽しかったな……」

「ユウジと私と……」


 今は彼の奥さんである親友だった女性と……。


「どうして、こんな風になっちゃったんだろ……」


 アーシャは座ったままで、ちゃぶ台に突っ伏す。


 彼女の通勤経路の経由駅、新宿がある東京。

 我々の知る東京とは、少し異なる東京。

 今はエルフも住まう都になっている東京。


 その東京湾に無数のゲートが開いて三十年近く。

 ゲートは、それぞれ別々の世界に繋がっている。

 そして、各異世界には必ず魔王が存在していた。

 各々の世界は魔王の侵攻に脅かされている。


 ある時、一人がゲートを通って異世界へ行った。

 その人物は異世界でチート能力に目覚める。

 その世界の魔王を倒して異世界の人々を救った。

 そして財宝を元の世界に持ち帰り成功を収める。


 その成功者に憧れてゲートを通る者達が続出。

 彼等は例外なく異世界でチート能力を使えた。

 異世界限定の力だったが魔王討伐の役に立った。


 勇二もゲートを通ってアーシャ達の世界へ来た。


 当時の彼女達の世界でも魔王が台頭していた。

 幾つもの国が魔王の軍勢によって滅ぼされた。

 彼女達の住んでいた国にも魔の手は伸びてきた。


 そんな世界に降り立った希望が勇二だった。

 独特なチートを用いた戦術で勝利していく希望。

 魔王の軍勢は打ち倒され版図を狭めていった。


 彼はメインのパーティに二人の女の子を選ぶ。

 年老いた魔導士に代わる人間の若き魔法使い。

 後方支援を得意とするエルフの弓使いアーシャ。


 魔王を追い詰め。

 居城に乗り込み。

 遂には討ち果たす。


 そして……。


 それからの事を想い出すと彼女は悲しくなった。

 いつの間にか、ちゃぶ台の上に滴が落ちていた。


 魔王を倒そうと旅していた頃は、真剣だった。

 彼女達は無我夢中で一生懸命だった。

 とても厳しかった道程を今は楽しく懐かしむ。

 そんな風に想い出すのを昔の自分が見たら……。


(きっと、怒るだろうな……)


 しかし、今から思うと当時の自分は子供だった。

 彼女は、そう思った。


 魔王を討伐した後で、もっと厳しい運命が待つ。

 そんな事は考えもしなかった。

 己の幸せを勝ち取る事は魔王を倒すより難しい。

 命のやり取りが無いのに生きるのが辛かった。

 肉体では無く心が、すり減ってゆく気がした。


「お母さん……お父さん……」


 自分の魔王討伐参加に反対だった両親を想う。

 孤独に押し潰される様に更なる涙が溢れてきた。


 魔王討伐に参加した事に後悔は無い。

 当時の自分の活躍は、十分に親孝行に値した。

 でも、今は……。


「親不孝者だよね……」


 旅立ちの日に両親と、最後は喧嘩別れをした。

 先程も、いまさら帰るのは恥ずかしいと思った。

 しかし帰省すれば、暖かく迎えてくれるだろう。

 根は優しい二人だった。


 でも、今は異世界に戻る気になれなかった。

 やり残した事が無数にある気がするから……。


「……未練だわ」


 その未練の要因の一つと明日に会う。

 会える。

 偶然に生まれた口実と一緒に……。


 彼女にとって、嬉しくもあり、切なくもあった。


 ちゃぶ台に零した涙をティッシュで拭く。


 アーシャは寝る為にシャワーを浴びる事にした。

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