第2話 新宿近郊に住むエルフの女性の交友関係

 鉄道警察でのアーシャへの事情聴取が終わった。

 痴漢は現行犯で逮捕される事になった。


 彼女は既に新しいスカートを穿いている。

 事情聴取中に女性警察官に買ってきてもらった。

 もちろん、お金を渡した上での話だ。

 詰所の中で用意された個室で着替えられた。


 外に出ると助けてくれた男性に名刺を渡される。


「何か必要があれば、連絡して下さい」


 名刺には会社名と共に埼京勇一と書かれていた。


(痴漢から助けてくれた人の苗字が、埼京……?)


 彼女は吹き出しそうになるのを必死で堪える。

 しかし、そこで、ある事に気が付いた。


(埼京……サイキョウ……?)

(確かユウジの苗字もサイキョウだった気がする)

(ユウイチ……?)


 アーシャは改めて男性の顔を観察する。


(眼鏡をしていたから分からなかった)

(ユウジは裸眼だったから……)

(でも、似ている……ユウジに、そっくり……)


 彼女は真正面から男性を見ながら質問をする。


「埼京勇二さんの御親戚の方ですか?」


 埼京勇一は驚いた顔をアーシャに向ける。


「勇二は私の息子です。居場所を、ご存知で?」


 彼女は静かに頷いた。


「よろしければ教えていただけませんか?」

「知らないのですか?」

「いろいろと込み入った事情がありまして……」

「私も、ここ最近は彼と話すらしていないので」


 断ろうとしたアーシャ。

 しかし、勇一は尚も食い下がる。


「なるべく早く彼に知らせたい事があるのです」

「連絡先を、お教えして良いものかどうかが……」


 私には分からないので……。


 そう言おうとして男の表情を見る彼女。

 初対面の、おじさんは真剣な表情をしていた。


「少し待って下さい」


 彼女はスマフォを取り出す。

 連絡先の埼京勇二をタップして電話をかけた。

 久し振りの連絡。

 少しだけ胸の鼓動が高鳴る。

 通話が繋がる音がした。


『……久し振り。何か用事?』


 少し前に見掛けた知り合いとの会話。

 アーシャは何となく不思議な気分になっていた。

 彼女は事情を、かいつまんで説明する。


『……親父に代わって貰える?』


(なんだろう……冷たい声……?)


 今までに一度も聞いた事が無い冷めた口調。

 優しいユウジに相応しくない態度だった。


 アーシャはスマフォを勇一に手渡した。

 勇一は勇二と電話越しに会話を始める。


 アーシャに目の前の勇一の声は聞こえた。

 しかし勇二の言葉までは彼女の耳には届かない。


「……ああ、本当に今更だな」

「……分かっている。だが事情があってな」

「……渡したいものもあるんだ」

「……分かった。確かに今夜いきなりはな」

「……ああ、彼女に代わる」


 会話を終えたらしい勇一。

 スマフォはアーシャの手に戻された。


『……アーシャ、明日は用事があるか?』

「……特にないよ」


 明日は土曜日だった。


『悪いけど、親父を案内してくれないか?』

「どこへ?」

『俺の自宅まで』

「それは……大丈夫なの?」

『ああ、彼は間違いなく俺の父親で……』

「そうじゃなくて……」


 アーシャの台詞は途中で止まった。

 少しの間だけ躊躇う彼女。


「私が貴方の家を訪れても大丈夫なの?」

『……ああ……』


 勇二はアーシャの言わんとする事を理解した。


『女房に事情は前もって説明しておくよ』

「でも……」

『悪いけど、頼まれてくれないか?』

「……」

『明日は出掛けられない事情があるんだ』

「……分かった」

『……恩に着るよ』


 彼の父親を家に連れて行く時間を確認する。

 そして、アーシャは通話を切った。


 彼女は名乗ってから自分の名刺も勇一に手渡す。

 そして、プライベートの電話番号も交換した。

 念の為に勇二の携帯の番号も彼に伝える。


「何から何まで、すみません」

「いいえ……助けて頂いた御恩もありますから」

「私が息子の住む場所の地理に疎くて……」


 本音を言えば地図アプリでも確認して欲しい。

 携帯で勇二と、やり取りすれば辿り着ける。

 アーシャは、そう思った。

 しかし突き放せない様な何かが勇一にはあった。

 ダンディな見掛けによらない甘え上手な所。


「待ち合わせは、ここで大丈夫ですか?」


 アーシャは綺麗に磨かれた床を指差した。

 ここは新宿駅の南口の改札付近。


「はい、大丈夫です」


 勇一はアーシャに微笑みかけながら答えた。

 少しだけ息子に似た表情にドキリとさせられる。


「それじゃあ明日の午前十一時に、ここで……」

「よろしく、お願いします」


 勇一は、お辞儀をする。

 そしてアーシャに軽く手を振ると去って行った。


 その背中を見送ると彼女は、溜め息を漏らす。

 そして帰路に戻ると、私鉄の改札へと向かった。

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