摩天楼のエルフ〜埼京勇一の事件簿〜

ふだはる

第1話 新宿近郊に住むエルフの女性の通勤事情

 枝毛の全く無い金髪のロングストレートヘア。

 大きくは無いが、それなりに主張している胸。

 触れるだけで折れそうなくらいに細い脚と腰。

 真横に伸びている両耳が人間で無い事を示す。


 エルフのアーシャは、帰りの電車の中にいた。

 車内は通勤ラッシュ時間帯で、すし詰め状態。

 スーツ姿の彼女も終業で帰宅する途中だった。


 ふと、車窓から流れゆく景色を眺める。

 線路と並ぶ様に舗装された歩道に立つ街路樹。

 その枝の葉は鮮やかに赤く色づき……。

 路上にも、ちらほらと散っているのが見える。

 少しずつ落葉の絨毯が出来上がろうとしていた。


 季節は秋から冬へと移ったばかり……。


 少し物悲しくなった彼女に、ある事が起こる。


 車窓の側に立つ彼女の背後から伸びてくる手。

 それはスカート越しに彼女の臀部に触れてくる。


(……はあぁ……痴漢か……)


 彼女は心の中で、そっと溜め息を吐いた。


(私の、お尻なんて触って面白いのかな?)


 そう思いつつ彼女は、振り向いて痴漢を睨む。

 彼は睨まれても余裕の表情でニヤついていた。


 アーシャは突如、驚きの表情を浮かべる。

 それは痴漢が大胆不敵だったからでは無い。


 痴漢の後ろにいる別の男性が目に入ったからだ。

 自分とは反対側の車窓に寄り掛かっている人。


(……ユウジ!?)


 かつての仲間。

 かつての勇者。

 かつての恋人。


 アーシャに隙が生まれた一瞬の間だった。

 彼女の驚きの表情を勘違いした痴漢が行動する。

 お尻の部分を真一文字に鋭い何かが通った感触。


(……切られた!?)


 ピッタリのタイトスカートが横一文字に裂けた。

 大きく開いた裂け目から、白い下着が覗く。

 彼女の隠れていた太腿は車内の空気に晒された。


(……このっ!)


 痴漢の手を掴もうとして躊躇う彼女。

 痴漢が怖い訳では無い。

 だか男を捕まえて騒ぎを大きくすると見られる。

 恋人だった人に自分の、あられもない姿を……。


 羞恥心が彼女の行動力を抑え込んでしまった。

 顔を真っ赤にし俯いて恥ずかしがるアーシャ。

 それを確認した痴漢は、さらに次の行動に出る。

 いやらしい手つきで彼女の肌に男が触れてきた。


(……いやっ……だめっ……)


 反撃の機会を失って、なすがままにされる彼女。

 その時……。

 また別の男が痴漢の手を彼女から引き剥がした。


「何しやがるっ!?」


 別の男に向かって痴漢が叫ぶ。


「やめなさい、嫌がっているだろう?」


 別の男は静かに、だが威圧的な態度で答えた。

 そして有無を言わさず痴漢の手を捻り上げる。

 痴漢の手からカッターナイフが離れた。

 男性は、それを予測していたかの様に取る。

 彼の掌には予めハンカチが置かれていた。

 痴漢の使った凶器を器用にハンカチでくるめる。

 そして、スッと上着のポケットに収めた。


「君の指紋だけ付いたコレが何よりの証拠だ」


 片手を背中で捻りあげられているだけの痴漢。

 しかし暴れる事なく押さえ込まれている。

 何故か声も出せない様子だ。


(これは……魔法の力?)


 アーシャが考え込んでいると男性が顔を向けた。

 彼は首に巻いている幅広で長いマフラーを外す。

 それを彼女に片手で手渡した。


「これで隠しなさい」


 マフラーを受け取った彼女は、それを腰に巻く。

 切られたスカートの裂け目を、それで塞いだ。


 ちょうど通勤経路の経由駅、新宿に着いていた。


「警察に突き出すから証言して貰えるね?」


 そう男性に言われて、アーシャは頷いた。

 ふと、思い出した様にユウジのいた場所を見る。

 もう既に彼は、車内にはいなかった。


 アーシャ達も電車からプラットホームへと出る。

 痴漢を押さえ込んだままで先頭を歩く男性。

 彼女は彼の事を歩きながら観察した。


 年の頃は人間ならアラフォーくらいだろうか?

 やや白髪の混じった頭髪は、少し短めだ。

 眼鏡を掛けていた顔は、真面目そうに見えた。

 コートが、よく似合っているスマートな人。

 その下はスーツを着ている様子だった。

 サラリーマンだろうか?


 (ううん……)

 (ただのサラリーマンが魔法を使う訳ない……)


 (……この人は、いったい何者なの?)


 アーシャは自分に背を向けた男性を見詰める。

 それだけで彼女の疑問が、解ける筈も無かった。

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