第一章 (11) 再会

***


 予定よりも数時間遅れ、二人は札幌市内のとあるホテルに辿り着いた。

 三善が道に迷ったのである。途中コンビニで休憩をとった際、三善がどこかへ電話をかけていたのを橘は知っている。しきりに謝罪しているその素振りから、おそらく相手は今日約束をしていた人物だろう。


 車を駐車場に停め、二人はホテルに併設されるレストランに入ってゆく。ちなみに、ホテル・レストランといっても、それらの単語にはいちいち「高級」が付いている。だから駐車場に入る際、心配になった橘が何度も「間違いじゃないですか」と確かめてしまった。


「君はおれを一体なんだと思ってるの……」


 呆れてものも言えない三善である。


「ところで、センセ。ここになんの用があるんです?」

「ちょっと言えないことをしに」


 いけない匂いがする思わせぶりな発言に対し、「まさか公的資金の流用では」と物騒なことを考えた橘。それに自分も加担するとなると、これは一大事ではなかろうか。一気に身体が冷えた。


「センセが犯罪者になるのは嫌です!」

「バカ、誰が犯罪者だ」


 本当に信用ねえなぁ、と思わず三善は肩を落とした。

 気を取り直しロビーで予約席の旨を告げると、二人はすぐに席に通される。

 二人が案内された席には既に二人の男性が座っており、すっかり待ちくたびれた様子でいた。


 一人は茶髪で、両サイドだけを長く垂らし後ろは短くしている。少し珍しい髪型だった。その彼がちらりとこちらを見た時、橘はあっと思った。彼の右目にかけられているのは黒色をした眼帯である。左目は健在のようだが、独特の蒼い瞳はどこか焦点が合わずにぼうっとしている。


 そしてもう一人は短い黒髪に黒い瞳。年齢はおそらく、ブラザー・ホセと似たようなものだろうか。二人はどちらも三善同様暗い色のスーツを身に纏っていた。


「ゆき君、ごめん。道に迷ったんだ」


 随分くだけた様子で三善が話しかける。どうやらそれなりに仲の良い人物らしかった。

 ゆき、と呼ばれた茶髪の青年はようやく三善の姿を捉えたらしい。ぱっとそちらに目を向けると、にこりと笑う。


「いい、いい。そんなに待っていないし、今回はこちらが呼び出したようなものだから」


 そこで彼は、三善の背後にいる橘の姿にようやく気が付いた。ちらりと橘に目を向けると、失礼にならないように丁寧な物腰で、やんわりと尋ねた。


「みよちゃん。そちらは?」

「ああ、土岐野橘という。訳あって、教会うちで預かることにしたんだ」

「土岐野……?」


 その名前に、彼は微かに顔をひきつらせる。しかしそれはほんの一瞬の出来事で、三善も橘も彼の表情の変化に気づいていなかった。

 橘、と三善が振り返る。


「こちらは帯刀たてわきゆき君。おれと同じ聖職者で、プロフェットだ。その隣が、彼の後見人にあたる美袋みなぎ慶馬けいまさん。挨拶して」


 言われるがままに橘は頭を下げる。


「いや、今の慶馬はただの秘書かな……まあ、似たようなものか。あなたも顔を上げてください、もっとよく顔を見せて」


 頭上で帯刀が苦笑している。穏やかな物腰に安心しつつ、ふと、橘の脳裏に彼らの名が過った。


 ――今、たてわき、と言っただろうか。


 その名が頭の中で一致したとき、橘はがばりと勢いよく頭を上げた。


「帯刀って、あの、帯刀ですか? 国内はおろか海外でも名を馳せる超がいくつあっても足りない有名企業の……」

「ああ、うん。その帯刀だ」


 けろっとした様子で三善は返答した。

 この司教、一体どういう人脈を持っているのだろう。心底恐ろしい人間である。

 すっかり固まってしまった橘を席に座らせ、三善自身も彼らに向かい合うような形で座る。


「直接会うのは久しぶりだね。いつぶりだろう、しばらくアメリカにいたんだろ」

「ああ。ここ数年はアメリカで姉の手伝いをしていた。向こうには長期滞在する理由があったし……、日本に戻ってきたのはつい最近だよ。正直、まだ時差ボケしてる」


 そこまで言うと、帯刀は眉を下げ、ためらいがちに口を開いた。


「その……遅くなって大変申し訳ないが、ケファ・ストルメントの件。お悔やみ申し上げる」

「……うん。ありがとう。彼も喜ぶよ。あの日、ゆき君から連絡をもらえて本当によかった。美袋さんの件で大変な思いをしていたのに、悪かったね」

「それこそ、みよちゃんが気にすることじゃないな」


 ひとり話についていけない橘は、きょとんとした様子で二人の顔を見比べた。その奥の方で、慶馬も無表情のままに二人をじっと観察している。そんな慶馬と視線がかち合い、橘は自分の落ち着きのなさを恥じた。


「それで、今回はどうしたの。天下の情報屋がおれを呼び出すってことは、なにか相応の理由があるんじゃないか」


 三善が尋ねる。

 帯刀は一度首を縦に動かしたきり、じっと押し黙ってしまった。どこから話をすればいいものか、本気で悩んでいるようだ。


 しばらくして注文を取りにきたウェイターに適当なものを頼んだ後、再び四人の中に沈黙が訪れる。


 もしかしたら、自分がいることでなにか話しにくいことがあるのかもしれない。橘はそう思い、席を立とうとした。だが、前方の二人に悟られないように三善が橘の袖を引いた。見ると、赤い瞳がこちらを見つめしきりに何かを訴えている。行くな、と言いたいのだろうか。橘は大人しく座っていることにした。


「……みよちゃん。今日はお願いがあって来た」


 お願い、と三善が曖昧に尋ねる。


「内密に、俺と手を組んでほしい」


 帯刀が発したその凛とした声色は、三善と橘の耳にしっかりと響いた。

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