第四章 (4) 今さら後悔しても、

「その身体のお前とは、はじめまして、だろう」


 三善がようやく口を開く。


「あなたなら知っているのではないか。姫良真夜の居場所を。『契約の箱』の在りかを」

「なぜ、そう思う」

「あなたのその身体は姫良真夜と何か関係があるのだろう。それをあなたが使っているということは、あなたと真夜が過去に接触したと考える方が自然だ」


 三善はじっと口を閉ざし、言葉を選んでいる様子でいた。“嫉妬”はそんな様子にしびれを切らせたのだろう。決定的な一言を三善へ投げかけた。


「あなたは一体『何回目』だ。何故今回は僕たちのところに真夜がいないんだ」


 ぴくりと、三善の肩が震えた。先ほどとは比べ物にならない程におぞましい表情を浮かべ、三善は“嫉妬”へ目を向ける。この瞬間、彼の纏う聖気が更に増えた。吐き気がするほどの神威に、“嫉妬”は動揺し思わず悲鳴にも似た声を上げる。


「――一〇〇九三回目、だ」

 三善は言う。「この子供の前でその発言は控えろ」

「しかし……!」

「この子供は『姫良三善』だ。これで分からないか、“嫉妬Invidia”。お前も莫迦ではないだろう」


 彼の言葉に、“嫉妬”は声を詰まらせた。その顔からさっと血の気が引くのが分かる。


 少年はぶつぶつと、ひめらみよし、と何度も反芻するようにその名を唱えた。


「――ああそうか、“傲慢”は知らなかったのか」

 そして、か細い声で“嫉妬”は呟いた。「その子供は『一〇〇九二回目』の……」


 三善は小さく頷いた。


 “嫉妬”は絶望した。この少年が突きつけた現実があまりにひどすぎた。そして、この姫良三善という少年――否、『教皇』か。彼の異常な精神に対し、驚きと畏怖を隠せない。長らく生き続けている“嫉妬”でさえ、心底彼はどうかしているのではないかと思うほどだ。


 三善はひとつ、息をついた。


「ああ、お前はなんと愚かなことをしてくれたのだ」


 “嫉妬”が顔を上げる。


「お前が私に『何回目』と尋ねた時は、決まって“終末の日”が十年以上早まる。今回もそのパターンになるとは」


 しかたない、と三善はその両手を自身の胸の前に広げて見せた。


 紅い瞳がゆらりと奇妙な熱を帯び始める。それはまるで燃え盛る紅蓮の炎が風になびき、火の粉をあげながらその勢いを増幅させているようでもあった。三善の小さな身体から溢れ出る大量の聖気が汚れきった空気をたちまち浄化し、思わず身体が震えるほどの威厳を全面に押し出した。


 三善は長い典文カノンを一息で唱え切る。


「『Gloria Patri,et Filio,et Spiritui Sancto.Sicut erat in principio,et nunc,et simper,et in saecura saeculormm,Amen.』」


 小さく胸元で十字を切ると、そこに赤い軌跡が走る。その軌跡は一瞬爆ぜ、三善の右手の中で巨大な剣へと姿を変えた。金の装飾が美しい、中央に緋色の宝石が埋め込まれた代物である。


「帯刀には悪いが、そう問われた以上ここでお前の存在はなかったことにさせてもらう。どのみち、お前から何も情報は得られないということが分かったからな」


 そう言い切った三善からは、先ほどとは比べ物にならないほどの聖気が溢れ出ていた。


 気を抜くとこちらの魂が身体から剥がれ落ちてしまいそうだ。意識が壊れ浄化されてしまってはひとたまりもない。ただでさえ“傲慢”が浄化されてから“大罪こちら”は不安定なのだ。これ以上あちらの好きにされてしまっては困る。


 少年は長い裾の奥に眠るリヴォルバーを抜くと、己の気力を最大限に込める。


 “嫉妬”の蒼き弾丸。


「あなたと殺り合うのは、間違いなく分が悪いけれど」


 三善がその一振りの剣を盾にするように真正面に構えると、同時に“嫉妬”の弾丸が銃口からはじき出された。


 ハンマーが叩くのと同時に弾丸に蒼い電流が走り、雷管に火をつける。雨が降り注ぐように大量の弾がこちらに飛んできた。


 そのうちのいくつかは剣を用いて受け止めたものの、妙な軌道を走る弾を全てかわせる訳ではない。死角に流れた弾が猛威を振るい、身体に浅い銃創を残していった。


 少年は容赦なく次の行動に出た。宙返りをするかのように軽やかに移動すると、再び発砲する。


「“逆解析リバース”!」


 三善の身体が“傲慢”の“鎧”に守られる。青い弾が身体に当たるのと同時に赤い火花が散り、弾の威力を完全に中和してしまった。


 そうか忘れていた、と“嫉妬”が目を瞠りながらも呟く。


 この神父、“七つの大罪”のみが持つ能力“解析トレース”“逆解析リバース”を持つ稀有な存在だった。確かそんなことを“傲慢”が言っていた気がする。


 そういえば、あの時“傲慢”は確かにヒントになることを言っていたのだ。なぜそれを聞き流してしまったのだろう。“嫉妬”は数か月前の自身を叱りつけたくなった。あの時の“傲慢”は聖ペテロの方に注意を向けていたようだったので、それに流されてしまったのだろうか。


 いずれにせよ、今更後悔しても遅い。


 目の前にいる『教皇』の鋼の精神には、誰一人勝てやしないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る