第一章 (4) ファミレス初体験

 立ち話するにも場所が悪いので、四人は場所を変えることにした。

 車に揺られること数十分、手頃そうなファミリーレストランに入る。


 言わずもがな、三善・マリア両名はファミレス初体験だ。ホセが差し出したメニュー表を受け取った三善は、そのきらびやかな料理の数々に目を丸くしている。普段本部で食べる精進料理やサプリメントとは段違いの、視覚的に楽しい品々に、思わず感嘆の声を上げた。勿論何でも食べていいという訳ではないのだが、それにしても品数が多い。三善はおろおろしながらメニュー表を一周し、それをケファに横流しした。


 対してマリアは、相変わらずの仏頂面でテーブルに置かれたグラスを眺めている。明らかに手持無沙汰といった様子だ。


 その二人の様子を見て、ホセとケファは苦笑するしかなかった。


「慣れないところに連れてきて悪かったよ、ヒメ」

「マリア。大人しいのは別に構いませんが仏頂面はよくないですよ」


 そんなこと言われても……。子供二人はじっとりとした目でそれぞれの保護者を見つめるのだった。


 とりあえず大人はコーヒー、子供はパフェでいいかという結論に達し、そのように注文した。


 店員が去った後、さて、とホセが話を切り出す。


「どのあたりから話しましょうか。彼女のことを説明しようとすると、どうしても『十字軍遠征』のあたりに触れる必要があるのですが……あまり長話になってもつまらないでしょうし、要点だけお話しします」


 どの順序で話そうかとホセは逡巡し、ぽつりと一言だけ呟いた。


「“喪失者ルーウィン”」


 ぴたりと、ケファの動きが止まる。今まさに水を飲もうと手を伸ばしたところだったので、明らかに動揺したのが目に見えて分かった。ホセは勿論それに気づいているようだったが、敢えて見なかったことにしたらしい。


「――やはり、私が『釈義』を失った頃の話からすべきでしょう。ケファ、あなたにもきちんと話したことはありませんものね」


 まず、ホセが『釈義』を失ったのは、今から約五年前のこと。七年前に勃発した『聖戦』の粛清のために教会側が立案した、後の世で『十字軍遠征』と呼ばれるプロフェットの軍事介入に参加していた頃のことだ。ホセは『十二使徒』であるが故に最前線で戦っていた、ということを、三善とケファは知っていた。


「私が聖都に向かった頃には既に開戦から二年経過しており、多くのプロフェットが殉教しました。もともと『聖戦』の発端は“七つの大罪”側で起こった内紛によるものですが、我々大聖教側にも原因はありました。いずれにせよ、このまま“七つの大罪”との対立状態が続けば、近い将来エクレシアは陥落する。そこでエクレシアの科学研が、人工的にプロフェットを造る計画を立案したのです」


 この時点では、既に実用化されていた後天性釈義を一般神父に定着させ、プロフェットを量産しようという計画だった。実際、十字軍遠征直後まではそのようにしてプロフェットの数を無理に増やしていたのだが、ここで想定外の出来事が発生した。


 後天性釈義の人体実験に初めて成功した人物であり、派遣されたプロフェットの中でも『最大戦力』と謳われた、ホセ・カークランドのリバウンドである。


 後天性釈義の適用試験中においてもそのような兆候が見受けられなかったことや、ホセ・カークランドという人物の“特殊性”から、科学研による対処に想定外の時間がかかってしまった。


 その間にも、戦は否応なしに続く。治療方法が確立される間にもやむを得ず最前線で『釈義』を行使し続けたホセは、最終的に後天性釈義である『右手』による対価『毛髪』『土』の二種類だけでなく、かなり希少価値の高い先天性釈義『喉』による対価『歌』も失ったのである。


 そうして彼は「喪失者」に認定された。


「この事件以降、後天性釈義を与えることは全面的に禁止されました。そして、現在後天性釈義を保持するプロフェットについては『釈義』の使用制限を与えられ、かつ月に一度検査を受けることになりました。ヒメ君が毎月めんどくさそうにしている通院も、元を辿るとそういう経緯があってのことです」


 とはいえ、物理系・化学系釈義保持者が大半の中、片手で数えられる程度にしか存在しない特殊系釈義を失ったのはエクレシアとしてもかなりの痛手であった。

ホセ自身がそれについて言及することはほとんどないが、『喪失者』になる前の彼を知っているケファは、彼の持つ先天性釈義を何度か見たことがあった。


 威力だけで言えば、五大国が保有している核兵器を上回るかもしれない。彼の先天性釈義は、少しの発動で広範囲を一瞬で灰に変える能力だ。『あれ』を本気で使ったらどうなるか、尋ねたとしても本人も「分からない」と答えるだろう。彼は件の『十字軍遠征』の時ですら、ただの一度も本気を出したことがなかったという。強いて言えば、不意打ちの“大罪”の攻撃から大司教を守ろうとしたとき、加減を間違えて近隣の小国を二つ壊滅させたくらいだろうか。それですら、彼はこう言うにきまっている。あんなのはただのくしゃみと同じレベルです、と。


「――という訳で、私という体のいい実験台を失いそうになった科学研は考えました。ならば、プロフェット量産のポイントを『釈義』からではなく『釈義が使える身体』からスタートすればよいのではないかと。そこから命を人工的に造ってしまおうという計画へと発展したのです」

「ちょっと待った」

 そこまで黙って話を聞いていたケファがついに割って入った。「それはできないだろ。俺たちの教義に反する可能性がある」


 彼は珍しく真面目な顔で反論していた。まがりなりにも彼らは聖職者、ましてケファは元々神学を専攻していた学者だ。そんな不安要素の強い話を到底見過ごすはずがないのである。


 その言い分ももっともなので、ホセは困ったように肩を竦めた。


「……そうですね。あなたを納得させるのは少々骨が折れる仕事になりそうですが、一応大学院の先輩として頑張ってみましょう」


 ではどうぞ、と会話の主導権をケファに渡すと、彼は真顔で続ける。

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