第五章 (4) 『火炎の守護聖女』
そんなこともあり、ほぼ確定事項には違いないが、最後まで悪あがきはしておきたいホセである。考えに考え、最終的に本人の意思を再確認するということで落ち着いた。
彼が向かうは、本部の別棟に位置するゲストルーム。土岐野が現在滞在している部屋である。彼女はその釈義対策として、当面エクレシアの管理下に置かれることになっていた。普段は各方面の要人へ宛がう少々高級めいた場所なのだが、たまたまこれ以外の部屋が空いていなかったのだ。
控えめに部屋の扉を叩くと、少しの間ののち、扉が開いた。
「はい」
顔を覗かせた土岐野が、ホセを見て目を見開いた。
「ホセ神父。どうしました?」
「先日の結果が出ましたので、報告をと思いまして」
それを聞くや否や、土岐野の表情が変わった。早く続きを聞きたそうに、その暗い色をした瞳をホセへ向ける。
しかしホセは先述の通りその結果の提示をかなり渋っているので、一瞬ためらったような症状を浮かべてしまった。その表情を土岐野は見逃さない。
「なにかあったんですか」
「いや、そうではなく。これは大人のエゴというやつです」
決めるのは彼女自身だ。そう己に言い聞かせ、ホセは何枚かの書類を彼女に渡した。
書類に目を落とした瞬間、土岐野の顔が引きつった。そして、恐る恐る尋ねる。
「……すみません司教。これ、何語ですか?」
「ラテン語です。公用語はラテン語なのですよ、
せめて英語ならどんなに楽だろう、とホセはぼやき、その内容を簡単に説明してくれた。
彼女の『釈義』は三つ。能力部位は皮膚。聖痕はなし。それから、『火炎の守護聖女』の称号を後に与えるという条件を付け足した。
「『火炎の守護聖女』?」
それはあの日、三善が土岐野に対して呼びかけた名前だった。
「ちょっと、お勉強しましょうか」
ここではなんですから、とホセは彼女を部屋から連れ出した。
「まず、『火炎の守護聖女』というのは、聖アガタのことを指します。彼女は三世紀ごろ、イタリア・シチリア島に生まれ、あらゆる誘惑や拷問をはねつけ、信仰を貫いたといいます」
エトナ山爆発の際、彼女のヴェールを投げ込むと溶岩が止まったという伝説から、そのように呼ばれているのだ。
「我々エクレシアのプロフェットの中には、何人か特別位の高い者がいます。その理由は様々なので一概には言えませんが、彼らに対する称号として、かつての守護聖人の名を授ける伝統があるのです」
土岐野が小さく首を傾げたので、ホセはさらに補足する。
「例えば、かつての私やケファがそうですね。私は『ゼベダイの子ヤコブ』、ケファは『聖ペテロ』の二つ名を持っています。本来は大司教による任命制ですので、猊下が不在の今、その名を返上しなければなりません。しかし、少々訳ありで現状維持をする必要があり、釈義を失った今でも私はその席を誰にも譲ることができずにいます」
本当は、きちんと別のプロフェットに引き渡したいのですが、とホセは眉を下げた。
土岐野はきょとんとして、ホセを見上げる。
「それって――」
「『火炎の守護聖女』の件もそれとほぼ同等の理由です。かの『聖戦』以降後継者がいないということもありますが、その守護聖女の名を冠する資格がある能力者が現れた時にはその名を授けるよう猊下より言付かっております」
「でも、大司教は既に『聖戦』にて逝去されたはずでは? なぜそのお言葉が優先されるのでしょう?」
「いや、厳密に言うと『逝去していない』んですよねぇ」
は? 土岐野の目が点になったところで、彼らの目的地に辿り着いた。
懺悔室である。本部の中で唯一、外部から一切の干渉を受けない部屋。第三者から盗み聞きされると困ることを、ホセはこれから告白するつもりでいた。
――果たして、本当に大司教は『逝去したのか』。
扉の錠を下ろしたところで、さて、とホセは前置きした。
「大司教のことをお話する前に、ヒメ君……姫良三善助祭のことをお話しますね」
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