第11話 異常

「どお、あなたは私にすら接近戦で敵わない、その上、アニーにも絶対届かない! 良く考える事ね……どうせ、直ぐ治るんでしょ!」


 ベアトリーチェが見たソロの目には、恐れと困惑の色が宿っていた。彼は、何を対価に傷を癒しているのかを理解しているのだろうか。それは、魔力では説明できないし、私にも解らない、ただ、大切な何かを失っているのではないかと危惧してしまう。


「おぬし、ちと、やり過ぎじゃ」

 ドワーフのジムは、ベアトリーチェの隣に立ち、うずくまったソロを眺めている。


「ソロは、大丈夫ですか?」

 アニーも、ベアトリーチェ達の側に来ている。その言葉に、ドワーフは、ニヤっと笑みを浮かべた。


「嬢ちゃんは、心配か?」

「当たり前です!」

 ジムの茶化すような言い方に、アニーは怒気を含んだ返事をした。


「すまん、すまん、そりゃ、当たり前じゃな」

 ジムの危機感の無い返事に、プイっと横を向き、アニーのおさげは、大きく揺れた。あれほどの魔力を無防備な身体に叩き込まれたのだ。どう見ても、ソロは重症だ。少し、皆、緊張感が欠けている。


「小僧は、息は止まっとらん、頑丈な奴じゃ、しばらくしたら、傷も癒えるじゃろう、大丈夫じゃ」

 ジムは、ソロの身体に触り、状態を確認していた。


「でも、さっきジムさんは……」

 アニーは、チラリとベアトリーチェを見てから、


「やり過ぎって、言ってましたよね!」

 続けて出た言葉は、大きな声で辺りに響き渡った。


「あんまり、責めてやるな」

 ジムも、ベアトリーチェの方を見てから、アニーの目を見つめた。


「いきなりは、やり過ぎじゃ、ちゃんと説明せんと解らん、という意味じゃ、エルフの娘が本気出したら、小僧は、腹が吹っ飛んで真っ二つじゃ」

 ジムは、“ 生身で攻撃を受ける恐ろしさ ”をソロに教えたかった、という事を伝えたいらしいが、アニーは、エルフの女性を強く非難する態度は崩さなかった。


「アニー、ごめんなさい……」

「謝罪なら、ソロにして下さいっ!」

「そうね……」

 ベアトリーチェの言葉に少し冷静になり、アニーは、確かに、ソロは、今のままでは、非常に危ない、という事を思い出した。


「小僧は、ワシが運ぶ、そろそろ、屋敷に戻ろう」

 訓練場は閑散としているが、さっきのアニーの大声で、少し注目を集めてしまっている。ドワーフのジムは、ソロを肩に担ぎ、立ち上がった。


「少し、乱暴じゃないの」

 アニーは慌てて、ジムに駆け寄る。


 ガハハハ


「大丈夫じゃ、もう、傷は、ほぼ治っておる。小僧は、恐ろしく頑丈じゃ」

 片手でアニーを制止すると、ドワーフはガニ股で歩き出した。


 一時は、訓練場の注目を集めたが、周りの傭兵達は、其々の訓練に集中しはじめた。


「ほら、早う、ついて来んか!」

 ドワーフの声が響くが、訓練中の傭兵達は動じた様子は無い。


 頑丈?


 それは、チョット違うわ!


 おさげの女の子も、銀髪のエルフも、心の中で同時に反論していた。


 “ ソロは私の事を、いや、己の危うさを解ってくれるかしら ”

 ベアトリーチェは、間違った事をしたつもりは無かったが、それでも、謝罪はすべきだろう、心に誓う。


 こうして、ソロが気絶した為、ベアトリーチェの屋敷に戻る事になった。







 気絶したソロを、居間のソファーに寝かせ、後は、彼が目を覚ますのを待つだけだ。


 窓から入る陽の光が、部屋を橙色に淡く染め、光を背にしたソファーは、とても暗い色に見える。

 ベアトリーチェは、美しい銀色の長い髪を扇状に広げ、テーブルに俯せたまま動かない、

 おさげのアニーは、テーブルに肘をつき、窓とソファーを交互に見つめながら、

 白髪混じりのドワーフは、何処からか探し出した酒をグラスで飲みながら、

待っていた。


「ギル達、遅いわね……」

 アニーは、呟いた。

「そうじゃな……」

 トンとグラスを置き、ドワーフの爺さんは、返事する。


 昨日から、慌ただしかった時の流れは、この部屋では、苛立たしい程、ゆっくりと動いていく。


 ギルとルッツの二人は、午後からは別行動を取っていた。

 ギルは、ソロの引越し手続きをする為にクランの宿舎に向かい、ルッツは、実家に少し用事があったようだ。



 俺は、夢から覚め、周囲を確認する為、身体に力を込め、上体を起こした。



「あら、起きたのね」

 アニーの、力無い眠そうな声が正面から聞こえてくる。

 俺の目は、反射している光を眩しがり、はっきりと周りの様子を捉えようとしない。霧に包まれているような感じだ。


 ガタッという音が耳に入り、フワッと何かに身体が包み込まれていく。

 視界は、柔らかく閉ざされ、鼻の中は、甘い女性の香りで支配された。


「ごめんなさい……ごめん……なさい……」

 エルフのベアトリーチェの声が聞こえた。


 謝罪が聞こえ、身体は恐怖を思い出し固くなる。

 それに反応するかの様に、包み込む力は更に強くなっているのを感じた。

 豊かな胸に、顔を押し当てられ、声が聞こえてくる。


「ごめんなさい」

 悲しくも寂しい、透き通った声だ。


「ズルイな」

 俺は、小さく呟いた。


 よく聞こえなかったのか、ベアは、俺を放して、顔を見る。


 潤んだ瞳と目が合う。


 謝罪に対して返答をしなければならない。


 ズルイと再び思い、ベアトリーチェの異常な程の心配と行動について思い出す。

 出会って一日しか経っていないのに、目の前のエルフは、何を恐れ、心配しているのか、到底理解できなかった。


 だから、俺は、あの時の口応えに対して謝罪し、逃げる事にした。


「ごめなさい」

 言葉を伝える時、少し目を逸らしたかもしれない。


 ぐりぐりぐり……


 アニーが、俺の頬を剣の鞘でぐりぐりしている。

 残念な奴だ。


「にゃににゃがる!《何しやがる》」

「また、変な事、考えてたんでしょっ!」


 アニーに言われ、ベアトリーチェの少し前屈みの姿勢から覗く、胸の谷間を意識する。

 けしからん! 非常にけしからん眺めだ!


 ぐりぐりぐり

 ガンガンガン


 頬をぐりぐりしていたアニーの剣の鞘は、俺の頭をひたすら叩く。


 ガンガンガン


 仕方がなく、アニーの胸を見て呟く。

「もっとがんばれ……」

「何をよっ!」

「その胸だよ!!」

「あ、あんたは、なな……」

 ガンガン殴る、剣の鞘を止め、アニーの身体がわなわなと震えている。

 暫くして、鞘を大きく振り上げ、俺の頭を目掛けて振り下ろす。


 ガゴーン


 病み上がりにも容赦ない一撃が直撃した。

「いってぇな! この暴力女、そんなだと、ブスになるぞ!!」

「ブ、ブス〜! もう容赦しないわっ! 死ね、ヘンタイッ!!」


 おさげを大きく揺らながら、振りがぶっている。


 ガハハハ


 ドワーフの笑い声が響く。


「ほうブスになると言ったな小僧、今の嬢ちゃんは美人なのか?」

 ジジイが口を挟む。


 ほう、ジジイは死にたいらしい。たっぷり仕置してやる。


 アニーは、鞘を後ろに落とし固まっている。


 バタン!


 ギルが、扉を開く音がする。


「ソロ、お前の荷物だ!」


 放物線を描き鞄が、放り出される。

 それは、見事に、俺の胸に収まった。

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