第10話 夢の中

 カンカンカンカン……


 鐘の音が絶え間なく響いている。


 暗い闇の中、遠方に立ち上がった炎が、周囲を僅かに照らし出した。そこには、粗末な建物が立ち並び、その間を行き交う叫び声や怒声は、辺りを騒然とさせている。


 カンカンカンカン……


 鐘は相変わらずだ。


 俺は右手に剣を握り、通りの真ん中に立っていた。


 とても見覚えのある光景、そう、ここは、俺の育った辺境の村、そして、今は、あの日だ。


 あの日は、魔物の大群が村を襲い大勢の犠牲がでた。


 たしか、魔物は西から襲ってきた、鐘の音は、西の見張り台からだ。


 鐘の音を頼りに、西の方へ駆け出した。

 早く! 急がないと!!


 常に魔物の脅威に晒された辺境の村では、命を落とす者も少なくない。その為、孤児になる者もいる。普通なら見捨てられ、切り捨てられる命だ。村は、決して裕福ではないのだから……それでも、孤児院は村の善意で運営されていた。


 カンカン……カン。


 鐘の音が止んだ。


 目指すべき、音が止んだ為、俺は走るのをやめた。汗が全身から噴き出してくる。


 周囲からの熱が身体に刺さる。


 とても熱い。


 周りの建物が、いくつも燃えている。


 前方から、数匹のゴブリンが向かって来るのに気づいた。


 俺は、剣の柄に両手で力を込め、ゴブリンを目指し勢いよく駆け出した。


 孤児の俺は、毎日、仕事の手伝いに出掛けた。孤児が村の仕事を手伝うのは当たり前の事だからだ。でも、周りの大人達は、いつも優しい笑顔で俺を遠ざける。だから、仕事は無く、一人、剣の稽古をしていた。


 二匹のゴブリンが、眼前まで迫まっている。


 その内の一匹が振るった剣を、両手で握った剣で受け止めた。


 ガッという鈍い音がした。


 勢いで弾き返そうと剣で押すが、もう一匹のゴブリンが、影から飛び出し、俺の腹を斬りつけた。俺の腹から血が噴き出すが、すぐに止まる。傷が塞がったのだ。


 惨殺された両親の側で幼い俺は発見された。切り裂かれ、血で染まった服を着ていた俺は無傷だった。気味が悪い幼子だと周りの大人達は囁いていた。


 孤児院でも、傷がすぐ治る異常な子供だと知れ渡り避けられた。はっきりと言われた事は無いが、両親の死は、俺のせいだと、大人達の態度は語っていた。


 剣の押し合いに勝ち、突き飛ばす事に成功し、斜め後ろに飛ぶ。


 俺の腹を切ったゴブリンは、奇声を発しながら追いかけてくる。


 今度はしっかりと力を込めて迎え撃つ!


 ゴブリンの剣を弾き返し、トドメを刺す。


 残りの一匹は、駆け付けた大人達によって討たれていた。


 いつもは、俺を避ける大人達は、一緒に行動する事を了承しているようだ。




 当然だ、俺程、“ 死から遠い人間 ”はいないのだから。




 乱戦の中、突然、俺は後ろから突き飛ばされた。死角を狙われた俺を、大人が庇ってくれたようだ。


 その大人は、まともに斬られ、息が苦しそうだ。もしかしたら、致命傷かも知れない。


 更に、驚いた事に、その恩人の顔は、よく知っている大人だった!


「なんでだよ!」

 理解できず言葉が漏れだす。


 俺の事を、よく知っているなら、庇う必要が無い事も知っている筈だ!


 そうだ、いつものように、愛想笑いを浮かべて、俺を避ければいい!


 この程度の傷を受けたとしても、俺なら平気だ。でも、あんたは、違うだろ?


 幼い頃、最後に見た、父さんの背を、なぜか思い出した。


 大きな魔物が、俺に、殺意を振り下ろしている事に勘付く。


 避ける事は出来ない!

 後ろには、倒れた人がいる。

 咄嗟に右腕を上げ受け止める!


「うおおぉぉぉ!」

 腹の底から声を出し叫ぶ!

 絶対に受け止める!


 身の丈、三メートル近くあるトロールの一撃の威力は凄まじい。少年の右腕で、いや、人間が片腕で受け止める事など不可能な一撃だ。


 棍棒を受け止めた右腕は、衝撃で手先から順番に破壊され、腕からは次々と血が噴き出していく。そのまま、右腕は潰される筈だった。

 しかし、衝撃を追いかけるように、破壊された腕は完治していく。

 そのことで、俺はトロールの一撃を受け止め支える事に成功した。


 応援に駆けつけた茶髪の騎士は、恐ろしい光景を目撃していた。


 小さな少年が、トロールの一撃を片腕で受け止め支えている、異様な光景だ!


 淡いオレンジ色の燐光が、少年の身体を覆うように現れはじめた。助けに入るのやめ、騎士は、その行方を見守る決心をした。


 攻撃を受け止められたトロールは驚愕していた。


 一撃が防がれた事では無く、今もまだ、潰れない事実にだ。しかも、小さな身体の子供だ。


 トロールは、全力の力で少年を押し潰そうとするが、それができない、それは、腕力が互角だという、信じられない事実をトロールに突きつける。


 トロールは、力比べを諦め、横から少年を払うように、重い棍棒をぶつけた。


 俺は、突然くる、横からの圧倒的な力に、支えが無いので吹き飛ばされた。


 まずい……


 今、あの倒れている大人から、離れたら、彼を守る事ができない!


 守りたい!


「うおオォォ!」

 注意を引くために、雄叫びを上げる。


 俺だけを見ろ!


「うおオォォォォォ!」

 声を張り上げ叫ぶ、全ての魔物の注意を引く為に。


 雄叫びが空気が震撼させ、全ての魔物を一人の少年に注目させる。


 魔物達には、淡く輝いている少年がとても魅力的で美味そうに見えた。


「チビの人間を食らうのは、俺だ!」

 いつしか、魔物達は、狂喜して少年を睨み騒めく。


 先頭に、トロールが走ってくる。

 周りの魔物達も我先にと、俺目掛けて走りはじめた。


 俺は、全ての力を剣に込めると、それは、応じるかのように淡く輝きはじめた。


 迫ってきたトロールに、その剣を振り抜くと、簡単に真っ二つに切り裂く事が出来た。


 次々と魔物達が襲ってくる。


 俺が仕留められたのは、最初のトロールと、ゴブリン二、三匹程度だった。


 その後は、至る所を斬られ、噛み付かれ、忘れていた痛覚が戻り、激痛が身体を駆け回りはじめる。


 魔物の波は、止まる気配がない。


 それでも、諦めない、諦めるな!


 そうだ、俺は、絶対に諦めない!!


 必死に身体を、動かし、魔物達の攻撃に耐え、反撃をする。


 気付くと、魔物の数が、急激に減っている。


 大人達の攻勢が、魔物に勝ったようだ。


 やがて、魔物の気配が無くなり、気が抜けて倒れそうになる。


 あの大人は、無事だったのたろうか?


 騎士が俺に近づいてくる。


 彼は、俺の肩に手を掛け支えてくれた。


「君は、凄いな。おかげで被害は、最小限になりそうだ」

 笑顔で話し掛けてくる。爽やかな笑顔だ。


 ギルと初めて出会った日の夢だ。


 冷たい風が、辺りを吹き抜けていく。


 炎も、死体も、全てを風が攫っていった。

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