第9話 冷たい風
午後の訓練場は、少し閑散としていた。
着いて直ぐ、ドワーフのジジィが、中央を目指して駆け出そうとする。
「こら! お爺ちゃん、違うでしょ!」
首根っこを掴み、片手で引き戻したのは、銀髪エルフのベアトリーチェだ。
片手?!
あのジジィを?
すげぇ腕力だ!
「いちいち魔術を使いおって、小賢しい! 訓練は一番目立つ、中央でやるんじゃ!」
「もうっ、昨日、言ったじゃない、午後は魔術の訓練よ! 此処じゃ出来ないでしょっ!」
そう、攻撃魔術の訓練は、廻りに迷惑が掛からないよう、魔術訓練場でする必要があると、俺も聞いている。
「昨日の事など、覚えとらんわ!!」
ドワーフのジジィは、髪の長い銀髪エルフの娘を見上げて怒鳴った。
エルフの方は、腰に手を当て、前屈みになって、ドワーフを睨む。
ベアトリーチェは、なぜか、かなりお冠のようで、片手を激しく振りながら、ドワーフを叱り続ける。
「ジムが言ったんじゃない、小僧には魔術の特訓が必要だって!」
「ふん、そんな事は知らん!!」
「このままじゃ、ソロ君は、きっと直ぐ死ぬわ、ジムだって、解るでしょっ!」
いつも穏やかなベアトリーチェだが、絶対に譲れないようで、凄い剣幕だ。
ドワーフの呼び方も、お爺ちゃんから、ジムと呼び捨てになっている。
「午前中の貴方達の訓練見て、私は、確信したのよ! ジムだって気付いてるでしょ!」
「ワシだって、ちゃんと小僧の事は考えとるわ!」
「どうせジムの事だから、殴り合いで防御力を鍛えるとか、考えてるんでしょ! そういう問題じゃないの、基礎からしないとダメなの! 解らないなら、付いて来なくていいわ!!」
「うっ……好きにすればいい」
ドワーフはしゅんとした、ベアトリーチェの勢いに負けたらしい。
まあ、ジジィはジジィだからな。
でも、俺、直ぐ死ぬの? なんで??
少し、離れた所にいる、ベアトリーチェに疑問をぶつける事にした。
「俺、直ぐ死ぬのか?」
「そうね、今のままじゃ、多分、直ぐ死ぬわ……」
「え! 大抵の攻撃なら全て受けきってみせる! だつて、怪我したって、直ぐ治るし……」
「やっぱりダメね。あなた、生身で攻撃を受けてるでしょ、身体強化もせずに……」
ベアは溜息をついてから、話を続ける。
「いい、確かに、あなたの治癒能力は異常な程よ。普通のゴブリンなら大丈夫よ。でも、強いゴブリンなら、あなたの体は、簡単に引き裂かれるわ。治癒能力が高いのは、確かに、凄いわ。でも、治癒能力に頼らないで、防御する事を覚えないと、あなたは、きっと、直ぐ死ぬの!」
「でも、昨日はギルの魔力で強化した一撃に耐えたし、今日だって、ジジィとかなりやれた筈だ!」
「あなたが、生身だから手加減したのよ!」
ベアトリーチェの表情は痛いほど険しくなっている。
「でも……」
俺が反論しようと口を開いた瞬間、強烈な衝撃が腹から広がり、液体が、喉を駆け上がっていく。
喉の奥から来るものを逃すまいと両手で口を塞ぐが勢いが強く、隙間から赤い液体が漏れていく。
それは、血だった。
えっ?
やばい、俺は、内臓を持っていかれたらしい。
どうして? どうやって??
少し離れた所にいる筈の、銀髪のエルフのベアトリーチェが、目の前にいる。彼女の姿は、とても美しく寂しそうだった。
どうやら、彼女に、俺は腹を殴られたようだ。武器では無く、彼女の細い腕でだ。
俺は、身体を支える事が出来なくなり、地面に膝をつき、ベアトリーチェを見上げた。
「どお、あなたは私にすら接近戦で敵わない、その上、アニーにも絶対届かない! 良く考える事ね……どうせ、直ぐ治るんでしょ!」
エルフは、上から、俺を見下し、一言一言を、はっきりとゆっくり告げた。
口から出る血が止まらない……
長い銀髪が、冷たい風に吹かれなびいている。
アニーの心配そうな視線を感じた。
ドワーフは笑わない。
ここは、笑っとけよ、ジジィ……
早春の冷たい風が吹く中、俺は……何も出来ないまま意識を失った。
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