第8話 昼食

 訓練場の食堂は、大変な賑わいだ。


 クランの資金で運営されている食堂は、手頃な価格で食べ応えのある食事を提供している。もちろん、クランに加入していない一般市民も利用できる、だから、大変な人気なのだ。


 店内には、テーブルが整然と並べられているが、俺が倒れている間に、全ての席が埋まってしまったので、外のテラス席で食事をする事になった。


 テラス席に屋根は無くテーブルの中央から突き出た日傘が、陽射しから身を守ってくれる仕組みになっているが、風がまだ冷たいこの季節は、人気が無い。

 もう少し暖かくなると、心地良いテラス席は客で溢れるようになる。


 食事の量と酒の有無といった簡単な注文をし、配膳を終えたところで、ギルが勘定を支払う。食事の勘定は先払いが一般的だが、テラス席は食事と引き換えでも許される場合がある。

 テラス席は、料理が忘れられる事がたまにあるので、客も警戒するからだ。

 今回は、ギルが店員に握らせたチップが効いたのかもしれない。ギルはすぐ、カネをばらまく、これだから、イケメンは……


 テーブルの中央には、温かいスープの入った鍋と、肉が盛られた皿、バケットに入ったパンが所狭しと並べられている。それらを、木で作られた皿やお椀を使い、それぞれ食事をしていた。


 俺がスープを掬おうとお椀を持った手を中央の鍋へと伸ばそうとした時、向かいに座るドワーフのジジィが、ジョッキに手を掛け酒を飲もうとしているのが目に留まった。

 くそっ、注文の時、もっと注意を払っていれば……


「ジジィは、酒飲むんじゃねぇ!」

 俺は、全力で阻止する為、お椀を置き、ジジィのジョッキを取り上げようと腕を伸ばす。


「何するんじゃ、小僧!!」

 ジジィは、ジョッキを守る為、身体を捻って、俺の腕から逃れる。


 ジジィも必死だ。


「あんた達、ちょっと大人しくしなさいっ!!」

 俺の右手から、キンキンとアニーの声が響く。

 間に挟まれた、金髪、色白のルッツが、アワアワしている。


「ジジィはさっきまで、ゲロゲロだったんだぞ! 酒は駄目だ!!」

 そう、つい二、三時間前には、ジジィは水路でウゲェって吐いていた。


 今、飲んだら、また気分が悪くなるに違いない。


「大丈夫じゃ、ワシは酒が強い!」

「あぁ、酒が強い奴は、あんな風になんねぇよ!」

「飲みたいなら、飲ませればいいのよ、うるさいっ!!」

「うるさいのは、お前の方だ!」

「なによ、ムッツリ、ヘンタイッ!!」

 アニーは、バーンとテーブルに、左手を叩き置き、そのまま肩を突き出し俺を睨む。


「俺は、ムッツリじゃねぇ! ムッツリてのは、コイツの事を言うんだよ!」

 俺は、右手でルッツの肩を思いっきり押し、アニーの方へ突き飛ばした。


「何するのよっ。この、ムッツリ!!」

 アニーが、ルッツを俺の方へ突き飛ばす。


「ルッツ、アニーが呼んでるぜ!」

 俺は、ルッツを突き飛ばす。


「あんたの事よ、ムッツリ! このっムッツリ!!」

「俺は、ムッツリじゃねぇ!」

「じゃ、何なんなのよ!」

「俺は、ドスケベなんだよ!!」

「いい加減にしろ!!」

 左右に飛び続けていた、ムッツリ美少年のルッツが切れて叫んだ。


 ルッツの癖に生意気だ!


「うるさい、黙れっ!」

「うるさいっ、邪魔しないでっ!」

 俺とアニーは、同時にルッツを睨む。


「いい加減にして下さい……」

 ルッツは、白旗をあげた。


「で、あんたは、ドスケベのヘンタイなのね?」


 ムム?


 ムッツリなヘンタイと、ドスケベなヘンタイ?


 ランクアップした気がする……いや、上級職か?


「男は、皆んなスケベなんだよ。だから、俺は、普通だ」

「やっぱり、ムッツリじゃない、こそこそ覗こうとしてっ!」

「いつ、何処で、何をだよ!」

「昨日も、今日も、覗こうとしてっ! 私の、パパ、パンツ、そうよ、私はパンツ!!」

「私はパンツ?!」

 思わず復唱してしまった。


 そうかぁ、パンツかぁ。


 おさげはすっかりと萎れて、そこから覗く耳も赤くなっている。


 ブツブツと呟きながら席についた。


 ガハハハ


 ドワーフの笑い声が響く。

 コイツ、どさくさに紛れて飲みやがったな、ジジィ!


「小僧達は元気で、愉快じゃ!」

 ジジィの前には、空ジョッキが幾つか置かれている。

 一、二、三、四杯目だと、この短時間で四杯とは、また、ゲロル気か、ジジィ!


 くそっ、ギルの奴、店員に幾らチップを払いやがった。


 この時期のテラス席のサービスは良くない、店員は来ないはずだ。

 あれだけ追加注文できるって事は、チップを多めにやったからに違いない。


「リーダーなんだから、ギルも止めろよ!」

 俺は、ギルを非難する。


「ジム爺なら大丈夫だ」

 くそっ、ゲロっても知らねぇからな!


「小僧は元気じゃな、もう身体は大丈夫か?」

「ああ、飯も食ったし大丈夫だ!」


 黙れジジィ!


 俺は、返事をしながら、スープをお椀に掬い、手元に持ってくる。


「ソロ君は、ちょっと異常ですよね」

 ルッツは、パンを千切って、スープに付けながら話に加わってきた。


「ああ、小僧の回復速度は、ドワーフのワシから見ても異常だ」

「そうですよね、怪我や病気の回復は、身体を循環している魔力が手助けをしています。もし魔力か無ければ、骨折なら一ヶ月、場所によっては二ヶ月掛かると言われてます。人は魔力があるから一週間程度で完治する事ができる」

「そうじゃ、ドワーフのワシは、一日で完治するぞ」

「そうですね、ドワーフは三種族中、一番、体が丈夫で硬いですからね。でも、ソロ君は多分、場合によっては数秒で完治してますよね。速度にムラがあるようですが、さっきだって、あれだけのケガで、もう大丈夫なんてあり得ません!」

「アニーが、回復してくれたからな。ありがとう、アニー」

 俺は、パンに肉を挟み食う。


 なかなか美味い!


「何言ってるのよ、痛みを和らげてあげただけよっ」

「う?!」

 口の中がいっぱいで言葉にならない。


 肉汁が口に広がる、美味いがパンの固さが気になる。


「そうですよ! 一瞬で傷を癒す回復魔法なんて、おとぎ話の中だけですよ。魔術でできる事は、痛み和らげたり、傷の回復をほんの少しだけ早くするぐらいです。そうですね、十日かかる傷が、九日で治せるようになるぐらいです」

「そうなのか」

「そうよ、ヘンタイッ!」

 キッと、アニーが、俺を睨んでくる。

 言い違いから立ち直ったらしい良かった。


「どちらにしろ助かった、ありがとう、アニー、感謝してる」

 アニーは、コップを手に取り甘そうな飲み物を飲んでいる。


 あとで、ギルにねだって、同じ物を注文してもらおう。


 おっ、スープの中に肉を入れると凄く美味い。


 しばらく、会話は途切れる事なく続き、腹一杯食って昼食は終わった。

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