第6話 訓練開始

 ベアトリーチェ邸を出る時、自信満々に爺さんは言った。

「ワシについて来い、ウプッ、ウプッ、ウププ」

 語尾は、非常に軽やで、巧みなリズムを刻んでいる。


 少しだけ、カッコイイと思ってしまう。

 少しだけだ。

 うっ、羨ましくなんか無いんだからね!!


 玄関から門までは、結構な距離があった。

 庭も広いので、此処で訓練できるんじゃね、とか思ってしまう。


 タタッとベアトリーチェが追いかけてきて、皮袋に入った水を、はいっと手渡す。


 訓練場までなら水筒は必要無いので、俺は訝しげな表情になり、ベアを見る。


「すぐに分かるわ」

 サラッとした銀髪のベアトリーチェは悪戯な笑みを浮かべて返事した。


 朝の時間帯でも、通りには沢山の人がいる。

 流石、西部最大都市だ。


 都市には、かつて飲料用に供されていた水路が至る所に張り巡らされている。

 颯爽と歩く爺さんは、水路の前で立ち止まる度に、

「ウゲェー」

 と言っている。


 飲料用で無くても、見ている者の気分は害する。

 爽やかな朝に似つかわしく無い風景だ。

 廻りの目が、とても痛い。


 他人の振りは、出来ないので、言葉を掛ける。

「爺さん、大丈夫か?」

 爺さんの背中を見ながら、突き落としたくなる衝動を抑え、皮袋に入った水を渡す。

 ゴクゴクと水を飲むと、ウプッっと皮袋の水筒を戻してくる。

 エルフのお姉様の気遣いに少しだけ感動を覚えた。

 いや、爺さんは、いつも、こうなのか?

 爺さんは、また、フラフラと歩きだしている。


 歩く、水路、ウゲェ、ウプッを何度か繰り返し、爺さんの気分も良くなったようだ。


「よし、訓練に行くぞ!」

 爺さんが衝撃的な事をさけぶ。

 今までも、訓練に向かっていたのでは無いのか?!

 てか、もう、訓練よくね。

 爺さん相手じゃ、やる気出ないし……


「もう、いいんじゃねぇか?」

「何言っておる、訓練じゃ、訓練じゃ」


 俺の袖を引っ張り、ドワーフは歩きだした。凄い力だ。


 訓練場に着くと、俺に訓練用の剣を選ばせ、爺さんは広場の中央へと堂々と歩きだす。その姿に、訓練中の者達が手を止め、道を開けていく。


 一番、目立つ場所に着くと、爺さんは、何故か、上着を脱ぎだし、仁王立になった。

 脳筋の典型的な症例だ。

 奴らは、すぐ筋肉を自慢したがる。


「掛かって来い、小僧!」

 上半身ムキムキで胸毛がボウボウのドワーフが叫ぶ。

 もちろん、得物は何も持っていない、丸腰だ。

 馬鹿なドワーフだ。これだから脳筋は……


「いいのかよ」

「フン、小僧の攻撃など屁でもないわ!」

「いいんだな」

 俺は、念を押す。


「反撃はせん! 早く、ワシを本気で攻めろ!」

 ドワーフは、Mぽい発言をして、ワクワクと俺の攻撃を待っている。

 かなり、重症な脳筋だ。

 奴らは、自らの身体を痛め鍛える事に喜びを感じるらしい。


 気持ち悪い……


 さて、相手は、ベテラン前衛職だ、緩い攻撃では仕留め損なうだろう。

 一撃だ、一撃で仕留めなければならない。


 しくじったら、きっと、恐ろしい事になる。


「ウオォォー」

 俺は、両手で構えた剣に魔力を込め、全身がのけぞるくらい大きく振りかぶる。


「死ね! ジジィ!!」


 ズコーン!!


 放たれた、剣は、見事に爺さんの頭頂部に命中した。

 爺さんは、両手で頭を抱え、てっぺんから血を噴き出し、うずくまっている。


 殺し損ねた、恐ろしい硬さだ。


 毛むくじゃらの筋肉は、痛いのが我慢出来なかったのか、さらに転げ回る。

 俺は、トドメを刺す為、もう一度、力を込める。


 この憐れなドワーフに死の鉄槌を!!


 ドカーンと俺が吹き飛ばされる。

 俺が?!


 ジジィが、全身のバネを使って、無防備な俺の腹を殴り反撃してきた。

 内臓が少し傷付いたらしい、口に血が上ってくる。


「汚ねえぞ、糞ジジィ!!」

「小僧こそ、丸腰相手に剣を使うとは、この外道がぁ!!」

 吐血した小柄な少年と、頭頂部から血を吹き出したドワーフが叫びあっている。


「ドワーフ同士で訓練してるぞ。」

「あいつら異常だからな。」

「近づくと巻き込まれるぞ!」

「たくましい身体!!!」

「抱いて!!!!」

 辺りは、野太い声で騒然としだした。


 廻りの声が、俺の耳に入る。

 やだぁ、一人変態さんがいる、怖い。


 剣は、さっき手放し何処かに飛んでしまった。


 チッ、素手か。


 俺は、拳に力を込め、ジジィの顔を目掛けて殴る。

 ジジィは、ニヤリとして、顔を突き出す。


「いてぇ!!」

 悲鳴を上げたのは俺だ。


「ガハハ、どうだ、ワシの硬さ、思い知ったか!」

「ぶべぇ」

 ジジィに顔を殴り返された。


「くっそ〜この、糞ジジィ!!」

 興奮した俺は、上着を脱ぎ捨て、ジジィを、力一杯、本気で殴る。


「キャー、抱いて!!」

 野太い残念な悲鳴が訓練場に響く!


「ぶべべべ」

 今度は、ジジィを吹き飛ばす事に成功した。


「ほべら」

 俺が吹き飛ばされる。


「ぶべ」

「はべ?」

「ぴかー」

「はにゃ?」

「びがーー」

 殴り合いが続く。


 訓練場の中央で、たくましい身体をした二人の男が、血しぶきを上げ、汗をキラキラさせながら殴り合っている。


「何あれ、キモッ!」

 遅れてきたアニーのおさげは逆立っている。

 確かに、気持ち悪い光景だ。

 男が裸同士で殴り合う、誰得なのだろう。


 ギルとルッツ、マイペース組は、隅の方で稽古を始めたようだ。

 カンとかキンとか、音が聞こえてくる。


 エルフのベアトリーチェと、おさげのアニーは、キャッキャしながら、殴り合いの観戦を楽しんでいた。

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