第4話 加護

 栗毛のおさげは真っ直ぐ垂れ、その先はテーブルに触れ広がっている。

 更に、前髪が顔を隠すように広がり、表情を読む事が出来ない。

 肩が小刻みに震えている。


「見たでしょっ」

 女の子は顔を上げ、先程の台詞を繰り返す。


 女の子は目に涙を湛えている。

 潤んだ目で、キッと睨み付ける視線は強く、罪を認めてしまいそうだ。でも、俺は、見てない。


 刺さる視線を振り切り、俺は声を出した。

「見てない!!」

「うそつきっ!」

「見てない!!」

 女の子の魔力の高まりで、空気が震える。


「そこまでよ! 二人とも、落ち着いて座りなさい」

 エルフのベアトリーチェが、アニーの肩を両手で誘導し、席に着かせ、厳しめに声を出す。


「ソロ君が悪いわ! 謝りなさい!」


 俺は、すぐに、謝る事ができず、頭を冷やす。

 口喧嘩の原因について、最初に煽ったのは、確かに、俺だと理解した。


「アニー、申し訳無かった、許してくれ」

 落ち着いて、しっかりとアニーの涙を湛えた目を見つめて謝罪した。


 言葉に反応し、頬は膨らみ、瞳には燭台の炎の光が反射している。


「く、だ、さ、い」

「はっ?」

 すぐには理解出来なかったが、謝罪し直す事にした。


「申し訳ありません、許して下さい」

「ふんっ」

 おさげ髪をビュンと振り、アニーは横を向き、俺から視線を外す。

 どうやら、謝罪を受け入れてくれたようだ。


 ガハハハ


 隣から酔っ払いの笑い声が聞こえる。

「ガハハハ、小僧はもう、尻に敷かれてやがる、ガハハハ」


 ジジイ、空気を読めよ。俺は、嫌々、謝罪した訳ではない。


 俺は、心の中で大きく溜息をつく。


「ジジイ、何、勘違いしてるか知らねえが、俺は、自分が悪いと思ったから謝罪したんだ」

 ジジイは、ガハガハ笑いながら俺の背を叩き、酒を飲んでいる。


「お爺ちゃんは少し大人しくなさい! ソロ君は、えらい、えらい。アニーちゃんも、許してあげるのよ」

「そういえば、アニー、自己紹介しろよ」

 エルフの仲裁が入り、俺は、アニーに話し掛けた。


 話し掛けられたアニーは、おさげ髪を手でいじり、ブツブツと何やら呟いている。


「今さらだけど、自己紹介するわ」

 顔を上げ、前を見て、ゆっくりとした口調で話しはじめた。


「名前はアニー ベイカー 交易都市のフェニキアから来た魔術士よ。よろしくお願いします」

 最後に頭を下げた。


 あっさりした挨拶に、ベアトリーチェが、よそ行きの真剣な表情で補足する。

「アニーは、火の精霊から加護を受けているのよ」


 隣のルッツは複雑な表情を見せている。


 加護?


 魔術に疎い俺でも聞いた事がある。

 加護や祝福持ちが歓迎されるのは戦場だけ。

 大き過ぎる力は、普通に暮らす事を決して許さない。

 加護は命を奪う力、すなわち呪いだと忌み嫌う人もいる。


 テーブルを行き交う言葉が無くなる。


 店内は、かなり繁盛している様子だ。

 酒を酌み交わす音や、笑い声が店内に響き渡っていく。





 ガハハハ

 笑い声が、空気を割いていく。


「おう! 嬢ちゃんは、加護持ちか! 気に入った!!」

 ガハハと笑う、髭もじゃドワーフは、とても楽しそうだ。


「お爺ちゃん、楽しそうね」

 緩んだ表情で、エルフのベアは相槌を打つ。


「当たり前じゃ、加護持ちの魔術は美しいぞ、楽しみじゃ」

 ドワーフはうっとりした表情で「楽しみじゃ、楽しみじゃ」と繰り返す。

 かなり出来上がっているようだ。


「さて、ジルの意識がある内に今後の予定を伝えておく」

 ギルが、ドワーフの爺さんの肩を叩きながら口を開く。

 爺さんも口を、挟む気は無いようだ。


「さて、予定だが、ギルドの研修が始まるまでの間、明日から少し訓練する。仕事に参加してもらうのは、その後だ」


 日も沈み、外はすっかり暗くなっている。

 真っ暗な窓ガラスに灯りが、いくつも揺らめいていた。


 その後、エルフの娘とドワーフの爺さんの飲み比べが始まり、俺たちは大いに盛り上がった。

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