第3話 初めまして

 窓から差し込む陽の光も弱くなり、店内に長い影を作り始めた。

 ランプには火がともり、影に対して、細やかな抵抗をする。

 テーブルに配られた質素な燭台は、囲む者の表情を豊かに照らした。


 目の前には、肉と野菜がたっぷりと置かれている。

 白髪混じりのドワーフは、いつの間にか配られた酒を美味そうに飲む。

 料理には、まだ、誰も手を付けていない。つまみ食いをしようとすると、白銀のエルフから、容赦ない制裁が、パチンと飛んでくるからだ。


「さあ、感謝の祈りを捧げましょう」

 料理を守る、エルフのベアトリーチェが皆に促す。

 顔の前で両手を丸く組み合わせ、目を閉じてから、各々が感謝の言葉を呟いた。


「さあ、頂きましょう」

 ベアトリーチェは、満足した表情で号令をだした。


 一斉に、手と口が動きだす。

 ベアトリーチェは、ナイフとフォークで食事を細かく刻み、優雅に口へと運んで行く。

 料理に夢中のアニーも栗毛のおさげを元気良く揺らしている。

 暫くの間、各々が料理を楽しみ、言葉を忘れていた。


「私もお酒を頂こうかしら」

 側の給仕の女性に、エルフのベアが告げる。

 すっかり担当になっている若い女性の給仕は、目で返事をして、ワイングラスに酒を注いで持ってくる。


 食事も落ち着き、リーダーのギルが場を仕切り直す。

「そろそろ、自己紹介の続きをしよう!」

「そうね、じゃあソロ君? う〜ん違うわね。一番目立ってなかった、ルッツ君のお話が聞きたいわ」

「そうよッ、コイツの話しなんか、聞かなくても充分よ。金髪の話がいいわ」

 銀髪のベアと、栗毛のアニーが無意識の刃で、色白の線の細い少年を斬りつけている。

 アニーは、名前すらまだ覚えていないようだ。


 斬られた本人、ルッツは、言葉の棘に気づいてない様子であわあわして返事する。


「ぼっ、僕の名前は【ルッツ・アームストロング】です。宜しくお願いします」

「ほぉ、もしかして、ウィリアムの息子か?」

 ジム爺は、ジョッキをトンとテーブルに置いた。


 顔を包む、豊かな髭には、ビールの泡が沢山ついている。


 口を開いたのは、ギルだ。


「ルッツはウィリアム先生の息子です。先生の紹介で誘う事に決めました。腕はなかなかですよ」

「おまえが言うなら、そうなのだろう」

 ギルの返事に納得し、ルッツを睨む。本人は、続きを促しているつもりのようだ。


「コラッ! お爺ちゃん、睨んだらダメでしょう。ほらっ、ルッツ君が怖がってるじゃない。じゃあ、ルッツ君、続きをお願いね」

 エルフの娘から、叱られ、年寄りのドワーフが、しゅんとしている。


 固まっていた、ルッツが動きだす。


「申し訳ありません。続き? 職業は、魔法戦士です。幼い頃から、父に鍛えられました」


 ギルが、ルッツの言葉を補足していく。


「ルッツは、風魔法が得意で、剣と身体を同時に強化する。実力はCランクでも、充分通用する。詠唱も早いので、攻撃魔法も使えるのだろう?」

「ありがとうございます。一応、使えますけと、凄いといえば、アニーさんですよ。魔法陣を一瞬で展開して、炎を発動させるなんて、本当に凄いと思います」

 ルッツが、やや興奮している。


「そんなにスゲェのか?」

 俺は、素直な疑問をぶつける。


「はい! 凄いです。そうか、ソロ君は、魔術に詳しくは無いんですね。あの時、ソロ君の足元には、魔法陣が広がっていました。その意味、解りますか? 魔術を避ける事は不可能って事ですよ! 魔法陣で発動対象を固定し威力も増強する。どんなに、素早く動いても、魔法は必ず当たります。あの時、ソロ君が素早く逃げても、同じ結果です。フルチンになるのは、避けられないんです!! そうです! フルチンです!!」

 フルチンを連発しながら、金髪の美少年は興奮して声を荒げている。

 その度に、ルッツの口から出た唾が、俺の顔を目掛けて飛ぶ。


 金髪の美少年が下品な言葉と唾で、俺を辱めていた。


 エルフのベアは、その様子をニコニコしながら見守っている。


 不安が胸をよぎる。


 お姉様は、腐った方達の、まさか、お仲間?!

 いや、清純派のお姉様に限って……

 俺は、思考の渦に巻き込まれそうなる。


 ガハハハ


 大声で笑いながら、隣の鼻の赤いドワーフが、背中をガシガシと叩く。


 ガハハハ、ガハハハ


 また、笑って、すぐにジョッキを手に取り、酒をグビグビ飲んでいる。

 白髪混じりの頭から覗く額には、汗が光っていた。

 大丈夫か? ジジイ


「どお、あたしの凄さが、あなたにも理解できたかしら」

 いきなり、誇らしげに席を立ち上がり、無い胸を強調する姿勢で立ち上がる。

 よく見ると胸に広がる荒野には、二つのの希望の丘がふっくらと確認できる。

 テーブルが視界を遮り、スカートの先は見えない。


 俺も負けずに立ち上がり、背を伸ばし、勇気を出して主張する。


「百発百中のフ、フルチン魔法か、スゲェな! こここ、このフルチン!!」

 おさげ髪が揺れ、赤くなった耳が覗く。

「だだ、誰がフフフ、フルチンよ! ヘンタイ!!」

 更に、背を伸ばし、俺の上から大声で叫ぶ。


 上から?? あれ? 俺の方が、チビ?!

 少し、悲しい。


 おさげは、更に、ご立腹のご様子で、

「だいだい、あんたが普通じゃないのよ。アレをくらって身体が無事なんて無いんだからねッ!!」

「まさか、殺すつもりで?」

「そうよ!! スカートを覗くヘンタイなんて、死んで当然よッ! 見たんでしょ、あたしのパンツ!!」

 バァーンと両手で力強く叩いた。

 テーブルの上に残っていた料理が跳ねた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る