第2話 酒場

 訓練場の悲劇の後、クランから支給された服と装備に身を包み、大通りを酒場目指して歩いている。


 早春の暖かい日差しの中でも、風はまだ冷たい。

 歩きながら、周りの様子を伺うと、 外套や毛皮で厚着をしている人が多く目に入る。時折吹く風に、ギュッと腕で外套を引っ張り、身を守ったりする。

 近くを、荷物を乱雑に積んだ馬車がガタガタと通り過ぎていく。

 忙しなく行き交う人々の中、売り子は、大声を張り上げ、店の呼び込みに必死の形相だ。


 中心部の地理に疎い俺は、ギル達の後を歩いていく。


 目の前には、丸いお尻があった。


「あんた、チョット、前に行きなさいッ」

 柔らかなおさげの髪を揺らして振り返ったアニーは、剣の鞘で、俺の頭を小突き、前へ前へと、押し出した。


「俺が何した?!」

「とにかく、前へ行けッ!」

 アニーは、頬を赤く膨らまし、再び鞘を使いフルスウィングで殴ってくる。

 頭に強い衝撃が広がる。


 きっと、次は燃やされる……こわい……


 フルチンの悲劇という恐ろしい光景が想起される。


 二度と起こしてはいけない悲劇だ。ノーモア、フルチン!


 素直に抵抗を諦め、少し前に出て歩く。

 丸い尻が視界から無くなり、溜息を吐くと、ルッツが肩に手を掛け慰めてくれる。


 “ あたし負けないんだから!!”

 俺は、力強く、心の中で叫んだ。




「着いたぞ」

 堅固な石造りの建物の前で、ギルが立ち止まった。


 下り坂に面して建てられた、建物は、水平を保つ為、道との間に段差がある。

 その段差を小さな階段で上がり、店内に入る。


 店内には木の香りが広がり、幾つものテーブルが置いてあった。

 夕食には、少し早い時間帯だからだろう、客もまばらだ。

 不規則に並んだテーブルから一つを選び、そこに各々座りはじめる。



 側にいた、若い女性の給仕にギルが注文を告げる。


「食事を頂きたい。水は人数分すぐ頼む、食べ盛りがいる事も考慮してくれ。酒は二人分だ」

 伝え終えると、給仕の手を握る。チップを渡したようだ。


 給仕は、顔を赤らめている。


「人数分の食事と、お酒は二人分ですね」

「そうだ。」

「畏まりました。では、お代をお願いします」


 ギルは、給仕の持つ盆に、銀貨を数枚置いた。

 盆を見る給仕が少し驚いている。


「足りないか?」

 ギルは、悪戯な笑みを浮かべている。


「いえいえ、とんでもないです。充分、充分です!」

「酒を大量に飲む奴がいる。食事も美味いのを頼む。今日は少し特別なんだ」

「畏まりました!」

 給仕は、踵を返し、少し踊るようにして、厨房に向かっていく。


 直ぐに、同じ給仕が、人数分の水を配り、最後に大きな二つの水差しをテーブルの上に置いた。


 ギルが新入り達に語り掛け始める。


「【漆黒】にようこそ! 俺以外のメンバーと、初対面の奴もいる。まずは、自己紹介から始めよう。こちらのエルフの女性は、ベアトリーチエだ」

 隣の女性の肩に触れ続きを促す。


 白銀の長い髪を後ろに束ねた、美しい女性は、ゆっくりと新入り達を見渡すと、心地よい声で優しく語った。


「初めまして、私の名前は……そうね、名前は、もういいかしら。長くて呼びにくいから、親しい人は、皆、ベアって呼ぶわ。職業は、魔導師、闇と火属性以外ならまかせてね」

 軽くウインクして、ベアは、視線をギルに向けた。


「ありがとうベア、次はジム爺の番だ」


 白髪混じりの強面のドワーフは、新人達を睨み、怒鳴るように話す。

「ワシの名は、ジムじゃ!」


「もうぉ、それだけ、名前はギルがもう紹介したでしょ」

 エルフのベアが続きを促す。


「戦士じゃ、小僧は丈夫で気に入った!」


「はいはい、ジムは、見ての通りドワーフよ。私達は、ジム爺って呼ぶわ。前衛ファーストアタッカーのベテランで凄く強くて硬いの。ジム爺のいう、小僧は、ソロ君の事ね。ソロ君は、回復が異常に早いわね」


「ジム爺は凄く硬い、俺は早い……」

 俺は、エルフのお姉様の言葉を復唱し少し落込む。


「そうね。ソロ君の治癒力は異常だけど、身体強化のコントロールが甘いから、身体が傷付いちゃう。魔力障壁の展開が遅いから、炎をレジストしても、服が燃えちゃうのよ。その辺り、ジム爺から教えて貰いなさい」


「はい、ベアお姉様!」

 俺が元気良く返事すると、栗毛のアニーが、バァンとテーブルを叩き睨んでくる。


 隣の銀髪のベアは、掘り出した地雷を両手で抱えるような仕草で、アニーの頭を優しく包み込みながら、諭す口調で語る。


「もうぉ、女の子なんだから、少し落ち着きなさい」

「あッ、ハ、ハイ、でも、コイツが……」

「もうぉ〜こらッ!!」

「ご、ごめんなさい」

 その後、アニーは、力無く垂れ下るおさげを揺らしながら、何やら俯向いている。

 流石は、お姉様!

 俺は、導火線の無いアニーの完敗を眺めながら、身の無事に安堵していた。

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