第十六章 その3 おっさん、決着をつける

「王国飛行兵団、各員持ち場に着け!」


 蒸気噴き出す飛行魔動車に乗り込んだハインが叫ぶ。同乗するのは4人の兵士、いずれも魔術の扱いに長けた上に冷静な分析力を持ち合わせた精鋭だ。


「ハインさん、様になってますよ」


 勇ましい声を上げるハインの脇に控えた兵士が冗談ぽく言う。そんな場合ではないのだが、ハインはつい「ありがとう」と照れ笑いしてしまった。


 このかつてない危機の中、ハインは兵士と同じ前線に立っていた。国王である兄は安全な別の場所におり、そこから指示を送っている。


 王の弟ではあっても専門的な軍事教育を受けていないハインは実戦で指揮を執ることはできない。だからこそあえて兵士たちの目に付くことで士気を高め、持てる力を全て発揮させるよう努めていた。そのハインをサポートするためにも、傍らには優秀な兵士を置いている。


「骨の一片まで燃やし尽くしてやる」


 共和国の魔動兵器にまたがったイヴァンは魔術砲の照準をハインに合わせ、魔力を充填する。たちまち臨界に達した魔力は膨大な熱エネルギーに変換され、砲口から火球として放出された。


「全員防御!」


 まっすぐに飛来する火球。ハインの声に合わせて乗り組んでいる兵士全員が障壁魔術を試みると、空飛ぶ魔動車は淡い緑の光に包まれる。


 4人分の魔力により増強された光の壁は火球の直撃を受けるも、機体が少し揺れた程度で踏みとどまった。


 並の魔術師ならばこれだけの大技を放った直後、心身ともに消耗し多少の隙が生まれる。だがイヴァンは元来の才能に加えてハインを目にしたことで恐ろしいまでに高揚し、普段以上の力を発揮できるようになっていた。


「消えろ、燃えろ、死ね!」


 我を忘れ火球を連射するイヴァン。そのほとんどがハインの乗る機体に命中するも、結界でかき消される。


「落ち着け、俺たちの狙いは王城の破壊だ!」


 後方の機体を操っていた兵士が叱りつける。だが今のイヴァンにとっては雑音にしかならなかった。


「黙れ、俺はあいつを殺すまでは満足できねえんだよ! 邪魔するならまずはお前から殺すぞ!」


 ぎろりと睨みつけるイヴァンの恐ろしい形相に、兵士は「ひっ」と小さく震えた。そこに別の機体がそっとすり寄ると、操縦席にまたがっていた青年が妙になれなれしく声をかける。


「ではイヴァンさんはあの連中の相手をしてはいかがです? 僕たちは先に王城を攻撃しますので」


 青年もイヴァンと同じく顔中に傷を負っていた。だがそんな状態にあっても、実に端正な顔立ちであることはうかがい知れる。


「フレイ、お前もあいつが憎いだろう」


 にたにたと笑いながらイヴァンが一瞥したその青年は、まさしくフレイだった。魔術師養成学園の軍事魔術師科に在籍しながら、反王政派の一員として学園から解呪の腕輪を盗み出し、ナディアを人質に大聖堂に立てこもった実行犯のフレイだ。


「もちろんです。ですが僕が一番滅ぼしたいのは王国そのものですから」


「すまねえな、頼んだぜ」


 どす黒い微笑みを投げかけるフレイを見てイヴァンは再びハインに照準を合わせる。フレイはじめ他の共和国兵もイヴァンの傍を離れ、屹立する城の尖塔にまっすぐと向かう。


「攻撃の手を休めるな、王城を守れ!」


 そんなフレイたちの前に王国飛行兵団が立ち塞がり、それぞれ魔動銃を斉射した。


 共和国兵はすぐさま障壁魔術を展開し、振りかかる無数の弾丸を弾き返す。このままでは防御に専念するだけで攻撃に転じられず、弾丸が尽きるか魔力が尽きるかの持久戦になる。


 だがフレイは障壁魔術を繰り出したまま不敵に笑うと、荷台に備えた箱に手を突っ込んだ。そして筒状の物体を取り出したのだった。


「まさか僕が魔術兵器しか持っていないと勘違いしてないかな?」


 そう言いながら魔力消費が少なく別の術を展開したままでも可能な着火術を用い、その筒の先端に飛び出た紐の部分に火を点す。


「あれは……爆弾だ!」


 王国兵のひとりが気づいた時には既に遅かった。フレイは筒状に火薬をまとめた爆弾を、渾身の投擲で王城の尖塔めがけ投げ飛ばす。


 兵器用に改良を加えられた火薬の威力は絶大だった。筒状の爆弾が尖塔の壁面に触れた瞬間、雷のような爆音を轟かせて爆風が巻き起こり、レンガの破片が飛び散る。


 だが幸いにも尖塔が折れることはなかった。とはいえ黒い煙が薄まると、頑強なレンガの壁にはぽっかりと大穴が開いており、同じことを繰り返されればいつか尖塔が崩落することは容易に想像がついた。


 共和国が魔術を用いない兵器を発展させたことは王国の兵士たちを震え上がらせた。魔術を介しないこれら兵器は、障壁魔術を展開したままでも攻撃を行える点で新たな脅威になる。


 元来、魔術師の戦い方は防御役と攻撃役を分担して行動することが基本とされてきた。だが操縦者が必須でありながら重量の関係で多くの乗員を乗せることが不可能な共和国の飛行魔道具では、魔術一辺倒の従来とはまた異なった戦い方が必要とされる。


 そこで生み出されたのが火薬を用いることで、一人の魔術師だけで防御と攻撃を同時に行う戦法だった。魔動銃ほど射程距離は広くはないものの、近付きさえすれば相当なダメージを与えられる。もし空中から敵陣に爆弾をばらまけば、それだけでも戦いを終わらせる力がある。


「お前らも続け! 爆弾を投げろ!」


 フレイの攻撃を皮切りに、他の共和国兵たちも結界を張ったまま爆弾を投げる。負けじと障壁魔術を展開した王国飛行兵団が爆弾の雨から王城を守ろうとするも如何せん数に劣る。彼らの努力虚しく、王城の壁には無情にもさらなる穴が穿たれるのだった。


 一方、イヴァンの猛攻をしのいでいたハインたちにも限界が近づいていた。


 強力な魔術砲は魔動銃の弾丸に比べて衝撃も桁違いで、それを防ぐだけの障壁となれば単に展開を続けるだけでも相当な魔力を消費する。精鋭4人でも長時間の持続は困難だった。


「ハインさん、もうこれ以上は……」


「もう少しの辛抱だ、辛いだろうけど頑張ってくれ!」


 すでにハインたちの機体は一撃一撃ごとにひっくり返りそうなほど、不安定な状態にあった。空中に浮き続けていられるだけで奇跡と言える。


 だがそれでもなおハインたちは耐え続ける。ついにイヴァンは痺れを切らした。


「こうなったら俺の火力を至近距離で浴びせてやる。おい、もっと近付け!」


 イヴァンの指示に操縦席の兵士が「あいよ」と機体を前に進める。魔術砲は距離が長くなるほど火球の勢いが減衰する。それは逆に言えば対象までの距離が近いほど強力な破壊力を生み出すことを意味していた。


 だがこの時こそ王国軍にとっては勝機だった。王の弟が身をもって攻撃を惹きつけているおかげで、敵はすぐ下の地上で何が行われているのかろくに見てさえいなかった。


 最初に気付いたのはフレイだった。ちらりと下を見た途端、城壁から建物の陰から、先ほどまで姿を隠していた王国兵たちが大砲を運び出しているのを目にしてぎょっと驚く。


「イヴァンさん、逃げて!」


 フレイの声にずっとハインを睨みつけていたイヴァンは「ん?」と地上に目を向ける。そして直後、目に入った大砲のすべてが自分に向けられていることに気付き声にならぬ叫びを上げた。


「砲撃……開始!」


 四方八方あらゆる方向から一斉に砲弾がイヴァンめがけて放たれる。確実に命中する距離までお引き付けたおかげで砲弾はほとんどが命中し、イヴァンの搭乗していた飛行魔道具のあった高さには花火のように爆炎が炸裂した。同時に操縦席に座っていた兵士が転落し、飛行魔道具の破片や炎の塊が散り散りにばらまかれる。


 いくらイヴァンほどの使い手の障壁魔術でも、これほどの集中砲火には耐えられない。


「まさかイヴァンさんが……」


 フレイの顔がさっと青ざめる。あらゆる身分も努力さえも打ち砕く、無二の魔術の才能の持ち主がやられてしまった。そのショックは計り知れない。


「ま、まだだ……」


 だがイヴァンは落ちなかった。黒煙が掻き消えたと同時に見えたのは、衣服ははだけボロボロになり、全身に刻まれた魔封じの紋章をさらけ出しながら操縦用水晶をつかんで飛行魔道具にまたがるイヴァンだった。


「あいつ、あれだけの攻撃を受けてまだ生きているのか!?」


 王国兵も共和国兵も、一様にどよめく。


 障壁魔術が破られて操縦者が転落した直後、イヴァンは操縦用水晶をつかんだ。そして操縦のための魔力を送りながら障壁魔術を展開し、砲弾の直撃をやり過ごしたのだった。


 だがそれはイヴァンの無尽蔵の魔力をもってしても王国軍の攻撃全てを無力化することはできなかった。機体は所々損傷し、空中に浮かんだままがくがくと不安定に揺れており、おまけに先ほど連射していた魔術砲も失ってしまった。


 既に満身創痍、勝ち目など無いことは分かっていた。だがそれでもイヴァンは顔を上げ、目の前の憎き相手にぎらぎらと視線を投げかける。


「才能の無い連中がふざけた真似を!」


 そして吐き捨てたイヴァンだが、そこから先の言葉は続かなかった。


 まっすぐに睨みつけた相手、飛行魔動車の上のハインは腕を伸ばしたまま、掌に小さな鉄球を載せてじっとこちらに狙いを定めていた。


 本来ならばまだ魔術の使用を許可されていないハインが身に付けている唯一の攻撃手段。それは単に愛用の鉄球を撃ち出すこと。だが魔術師養成学園でずっと練習を重ねてきたこの方法は、一度も使用したことの無い魔動銃を使うよりも確実だった。


 周囲の兵士たちが防御に徹している間、ハインはずっと攻撃の隙をうかがっていた。そして今こそまさにその時。


「今だ!」


 掌の鉄球が、まっすぐに操縦席のイヴァンに放たれる。あまりに突然のことで、イヴァンは障壁魔術を展開する暇さえ与えられなかった。


「あっ……」


 鉄球はイヴァンの胸に命中した。それだけではない、極点にまで研ぎ澄まされた精神により高められた魔力。鉄球の初速はそこらの魔動銃以上だった。


 イヴァンの胸が貫かれ、後方に真っ赤な鮮血がまき散らされる。


「イヴァンさん!」


 フレイの叫び声。だがそれはイヴァンの耳に届くことは無かった。


 完全に心臓を撃ち抜かれたイヴァンは声を上げることもできず、ただ目を剥いたまま重力に従って機体ごと落下する。そして最後ははるか下の石畳の上に飛行魔道具ごと叩き付けられると、機体の破片とともに血飛沫を上げて散っていったのだった。

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