第十六章 その2 おっさん、迎え討つ

「あと少しで王都だ!」


 田園広がる王都近くの平原、その上空を飛行魔道具にまたがった共和国の兵士たちが隊列を形成して進軍している。


 飛行魔道具の総数はおよそ500機。一機ごとに操縦者と砲撃用の魔動兵器を抱えた兵士のふたりが乗り込んでいるため、部隊は1000人に上った。


 この部隊にとっては山も森も関係ない。共和国の誇る精鋭たちは混沌に陥る王城を奇襲すべく、防備の時間さえ与えないようまっすぐに王都を目指す。


 ようやく城塞が視界に入らんとする頃だった。あちこちで火災が起こっているのだろう、王都の家々の隙間からもくもくと黒い煙が上がっているのを確認し一行は不敵ににやつく。


 だが直後、城塞を守る形で平原に展開された黒い影を目にし、んんっと身を乗り出す。


 黒い影の正体は何万人という王国の兵士たちだった。古来の兵法に則り数え切れない小隊がそれぞれ整隊列を成し、さらに魔動銃や大砲をかまえている。


「おい、何だあれは?」


 想定外の事態に共和国の兵士は対応が遅れた。王国の兵士たちは「撃て!」の号令とともに魔力を注ぎ込み、一斉に上空に向けて砲撃を開始したのだった。


 急ごしらえとはいえ王国の全兵力を結集させた一大師団だ。王都を死守せんとありったけの火力を出し惜しみせず、飛来する共和国軍に対し先手を打つ。数万人の同時砲撃は最早弾丸の雨と化し、最前列を突っ切っていた飛行魔動兵器の操縦者を貫く。


 操縦者を失った魔動兵器はきりもみ回転しながら平原に落下する。そんな仲間たちを見て兵士は一斉に障壁魔術を展開し、飛来する弾丸を防いだ。


「どういうことだ、王都は混乱で軍備を整える暇も無いはずではないのか?」


「くそ、これでどうだ!」


 操縦者の後ろで障壁魔術を展開していた共和国の兵士たちは隙をうかがい、肩に大型の魔動砲を構えると地上に向けて放つ。銃口からは燃え盛る火球が平原に陣取る王国軍めがけて撃ち放たれる。


 隊列の真ん中に着弾した砲撃は兵士たちをのみ込み、あちこちに火柱を立てた。だが王国軍はひるむことなく砲撃を続ける。逆に攻撃のため障壁魔術の展開を中断した途端、撃ち抜かれるのは共和国の兵士たちだ。


 だが一機、熾烈な王国軍の攻撃をものともしない飛行魔道具があった。


「こんな豆鉄砲で俺を止められると思うか、この雑魚どもが」


 障壁魔術を張りながら同時に砲撃を行う。通常では考えられない技量の使い手の乗り込んだ機体。その攻撃も大量の魔力を消費する魔動砲であるにもかかわらず無限の連射を行っている。


 それは全身に魔封じの紋章を刻まれたイヴァンだった。天性の魔術の才を持ちながら賤しい身分ゆえに魔術の使用を禁じられ続けたこの囚人は、これまでの思いのたけをすべて解放するように止めどなく火球を撃ち込んでいた。


 そんなイヴァンの姿に共和国の兵士は士気を取り戻し、隊列を乱さず進む。


「全員防御に徹しながらイヴァンに続け。王城に近付いたら一斉に砲撃を行って速攻で落とすぞ」


 隊長の命令に操縦者は加速、もうひとりは障壁魔術に専念し弾幕に耐える。王国軍の猛攻に耐えきれず脱落する機体もあったが、多くはその上空を無傷で通過したのだった。


「このまま突っ切れ、王国には飛行魔道具が無い。空の上にいる限りこちらが有利だ」


 そしていよいよ王城を砲撃の射程距離にとらえ、共和国軍は一斉に魔動砲を抱え上げる。だがその時、王城の方向から見慣れぬ物体が飛んで近付いてくる気付き、兵士たちは再び目を見開いたのだった。


「おい、何だあれは?」


 地上を走る魔動車に無理矢理プロペラをくっつけたような奇妙な乗り物が数機、それが王都の上空を横切りながら、まっすぐこちらに向かっている。共和国のソリのような機体に比べて大きく、一機あたり5人の兵士が乗り込んでいた。


「まさか王国も飛行魔道具を開発していたのか!?」


「でも見た目おかしくねえか? 煙が出てるぞ」


 共和国の兵士は蒸気機関というものを知らない。アルフレドとヴィーネの兄妹が開発した蒸気機関の技術は不完全ながら実用化され、魔動車と組み合わせることで立派な兵器として軍に配備されたのである。共和国のように完全なる魔術での操作には至らないものの、同じく飛行が可能になった分だけ兵器の差は縮まったと言えよう。


「撃ち落とせ!」


 空飛ぶ魔動車に乗り込んだ王国の兵士たちは数ではるかに上回る共和国の飛行部隊にも臆せず一斉に魔動銃を放つ。


 不意を突かれ障壁魔術の展開に遅れた共和国の兵士たちは次々と弾丸を受け、飛行魔道具ごと地上に落下する。


「くそ雑魚どもが、小賢しい真似を……ん?」


 さすがのイヴァンも障壁魔術で弾丸を耐え忍んでいたその時だった。王国軍の操る一機の飛行魔道具に、見覚えのある人影があることに気が付いたのだ。


 小さな点のようにしか見えない遠さの距離。だが鎖につながれた牢屋の中で憎悪の炎を燃やし続けた彼にとっては、恨むべき相手を思い出すにはそれだけで十分だった。


「あいつ……ハイン・ぺスタロットだな」


 イヴァンの瞳孔が大きく開かれる。こめかみに青筋を浮かべながら不敵に笑うその顔は、悪魔そのものだった。

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