第八章 その4 おっさん、駆り出される

「いやいや、ハイン殿本当に大活躍でしたな!」


 事件から一夜明けた翌日、学園に駆けつけたのは放浪の貴族レフ・ヴィゴットだった。


「私はただクラスメイトを助けに行っただけです。本当に活躍したのは鍛冶屋の兄妹に、作戦を実行した軍人の皆さんですよ」


 次々と運び込まれる怪我人や避難民を誘導する傍ら、ハインとナディアは彼から半ば強引に取材を受けていた。


 建国以来の大災厄に見舞われた王都は、かつてないほどの犠牲者と怪我人に溢れていた。治療のための設備も不足し、魔術師養成学園も臨時の病院として人々に開放され、生徒たちは授業を中断して手伝いに駆り出された。回復術師科の生徒はプロの回復術師の手助け、軍事魔術師科や魔術工学技師科の生徒は力仕事や壊れた家屋の修理にとそれぞれの専攻に応じて現場に立たされていた。


 ハインもナディアらといっしょに怪我人の介抱に当たっていたところだった。まだまだ学生のため回復術の使用は認められていないものの、熟達した手際を間近で見られて忙しくも本当に生きた学習を行えていた。


「マリーナ、こちらの怪我人をベッドに!」


「はい、お父様!」


 モンテッソーリ男爵も前線に立ち、娘とともに怪我人の治療行為に当たっていた。さすがは親子、息もピッタリで先ほどから何十人もの患者の処置をこなしている。


「それにしても本当に大変な事件でしたね。私、その時宿で寝ていたのですが、すぐ近くに爆弾が落ちて跳び起きて、もう無我夢中で雪の中靴も履かずに逃げ出しちゃったんですよ。おかげでしもやけになって痒いのなんの」


 自分の足をつんつんと指差すレフ・ヴィゴットに、ふたりがふふっと笑う。その時、にわかに騒がしくなって数人の軍人が新しい怪我人を担ぎこんできたのだった。


「開いているベッドはどこだ!?」


 その中のひとりに混じっていたヴィルヘルムが大声で尋ねる。


「こちらに空いています」


 そんな彼を手招きしたのはパーカース先生だった。軍人たちは「ええ」と頷き返し、奥へと誘導される。


 そんなふたりのやりとりを見ていたナディアは、ハインの背中をつんつんとつついた。


「ところでハインさん、あのおふたり、なんだか仲が良さそうなんですけれど……何かあったのですか?」


「まあ、一種のつり橋効果ってやつかな」


 苦笑いを浮かべるハインにナディアは「ええ、まさか!?」と手を口で隠した。


「そういえば軍事に関わる貴族からお聞きしたのですが、鍛冶屋のご兄妹に騎士ナイトの称号を贈ろうと国王陛下がお考えのようです。今回の災難、彼ら兄妹の発明が国を守ったことを将軍が強く勧められたそうで、蒸気機関の研究に励んでより国を強く発展させてほしいと」


 レフ・ヴィゴットが突然切り出す。


 鍛冶屋の兄妹は活躍が認められ、将軍を通じ国王に認められたのだった。当然ながら自然科学に携わる人間に勲章が贈られるのは建国史上初めてのことだ。日取りは未定なものの、情勢が落ち着いたらすぐにでも叙勲式が行われるだろう。


「それならハインさんも!?」


 ナディアがきらきらとした目でハインを覗き込む。が、レフ・ヴィゴットは重苦しく視線を逸らしたのだった。


「それが……ハイン殿の名前は候補に挙がっていなかったのですよ。一緒に乗り込んだヴィルヘルム殿は昇進がほぼ確定しているそうですのに」


「ふたりの長年の努力に比べたら、僕はそんな大それたもの受け取れないよ。まだ学園に通っているとはいえ、結局はただ一介の石工なんだから」


「なんだか納得いきませんね」


 遠慮がちなハインとは対照的に、ナディアが頬を膨らませる。


「それとですね、昨日私の通信用魔道水晶に連絡が入ったのですが、ブルーナ伯爵夫人が久しぶりに王都に来られるそうですよ」


「エレ……伯爵夫人が!?」


 思わぬ名の登場に、慌てて訂正するハイン。


「はい、今回の事件で親戚の家が焼けたそうで、伯爵家の所有する王都の別荘にその方々をお招きするのだそうです。必要な物資も領地からかき集めて王都の民に寄付するそうですし、実家の公爵家のようすも見ておきたいでしょうしね」


「良かったですね、ハインさん!」


 悪戯っぽく笑うナディアだが、ハインは少々たじろいでいた。


「うん、それは嬉しいのだけど……伯爵がよくお許しになられましたね」


「あんな浮気男、しばらくひとりで過ごしていた方がよいのです。奥方のありがたみ、とくと味わってもらいましょう」


 そして彼はしばらくハインから事件のあらましを聞き取ると、用事があるからと急いで帰って行った。


「そういえばヴィゴット様ももう良いお歳ですね。身を固めようとは思っていないのでしょうか? あのような方なら、貴族のご令嬢からも引く手数多でしょうに」


 彼の背中を見送りながら、ナディアがぼそっと尋ねる。


「どうだろう、調子が良さそうで底の見えない人だからな。ああ見えて意外と一途だったりするかもしれないよ」


「ハインさんみたいに?」


 ナディアの多少トゲのある物言いに、ハインは肯定も否定もできず黙り込んでしまった。

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