第八章 その2 おっさん、急造兵器を使う

 王都のほぼ中心には王城が位置している。


 元々ここには周辺の平地よりも小高い丘が発達しており、それを礎にして1000年ほど前に城壁を備えた砦が建造された。そこを起点に発達したのが現在の王都デーンリンゲンである。


 その後は長い歴史の中で市街の発展とともに城塞も拡張し、150年前の王国建国の頃には現在とほぼ同じ規模の王城が完成していたという。昔ながらの何重にも城壁を張り巡らし、高い尖塔を備えた古風な姿かたちを今なお伝えるこの城は、1000年の歴史を凝縮させた建築の傑作である。


 しかしそんな風格漂う城壁やテラスにもこの夜は、城中の兵士が緊急配備されていた。王城を取り囲む城壁には隙間なく兵士が並び、後方では大砲も準備されている。


「ここは我らが国王陛下の居城、あのような下衆には一歩も侵入させてはならん!」


 城壁の一角で最前線の兵士たちに混じって声を上げていたのはアンドゥーラ男爵だった。普段は反王政派を取り締まる立場で民衆にも疎ましく思われる肥満体の貴族だが、忠を尽くすべき国王陛下のためならば自らの命も投げ出す覚悟だった。


 そんな彼らの見つめる先、家々の瓦屋根の上空で地上80メートルを超える王城の尖塔とほぼ同じ高さにまで上昇した位置には、一台の飛行魔道具が猛烈な速さでまっすぐこちらへと向かって来るのが視認できた。


「撃て!」


 指揮官の声に城壁の兵士たちが魔動銃を一斉に放つ。巡回兵の装備する小型のものとは違い、殺傷能力も命中精度も極めて高い大型で連射にも優れるモデルだ。


 何百という弾丸が冬の夜空に白い閃光を幾筋も描き、その多くが飛行魔道具に突き刺さる。だがその直前、機体は緑色の淡い光の球に包まれ、向かってきた弾丸をまるで石壁に放たれた豆鉄砲のように弾き返すのだった。


「あいつら、結界増幅の魔道具を所持している!?」


 兵士のひとりの顔がさっと青ざめる。


 直後、飛行魔道具から無数の弾丸が放たれた。魔動機関銃で反撃してきたのだ。


「ぐあ!」


 城壁に並ぶ兵士たちは格好の的だった。身を隠したり結界魔術を張るのが遅れた兵士は次々と撃ち抜かれ、石造りの城壁がたちまち血に染まる。


「このままじゃやられる……」


 なんとか身を屈めたものの、すぐ隣で動かなくなっている仲間の姿に足が震えて立ち上がることもできない。そんな兵士のすぐ後方で、何者かがすうっと大きく息を吸い込んだ。


「怯むなぁ!」


 夜の城に男の一喝がこだまし、兵士たちが静まり返る。声の主はアンドゥーラ男爵だった。


「お前たちの陛下への忠誠は敵を前に崩れるような軟弱なものなのか! 総員、配置はそのままにありったけの兵器をぶち込め!」


「は、はい!」


 軍人でもない貴族の一言に兵士たちは吹っ切れた。自分たちがやらずして、誰が陛下を守るのか。


 そしてとうとう、城壁の上に魔術火球砲が3人がかりで準備される。大砲のように車輪を用いて運ばれるこれは、3人の術者の魔力を集めて高温の火球を放つ強力な兵器だ。その威力は石の城壁に巨大な穴を穿つほどだという。


「放て!」


 そして3人の兵士たち魔力を備え付けの宝珠に注ぎ込み、砲口から燃え盛る炎の塊が轟音とともに放たれる。


 今までの弾丸よりもはるかに巨大なその火球は、緑の結界を張る飛行魔道具に真正面から命中した。すさまじい爆発が空を赤く染め、飛び散った炎の破片が地上に降り注ぎ家の屋根にも着火する。


 だが結界は強力だった。


「そんな……」


 爆炎が霧散した時に最初に見えたのは、多少光は弱まったもののなおも緑の結界を張って耐え忍んだ飛行魔道具の傷ひとつつかず浮遊する姿だった。


「お前たち、今のは少し効いたぞ。だが残念、この結界魔道具はかなりの高性能でな、最高出力時にはあらゆる熱と衝撃を遮断するのだ」


 拡声魔道具を通してダン・トゥーンの声が炎に揺れる王都に響く。


「それではいよいよ本気を出させてもらおうか。今のがお前たちの火球なら、今度は俺たちの火球だ。まずは俺たち下々の人間を見下ろすために造られた、その見張り台からだ!」


「やめて、それはダメ!」


 ダン・トゥーンの後ろから必死で叫ぶマリーナの声が兵士たちの耳にも届く。だが他の者に取り押さえられたようで、物音とともにすぐに聞こえなくなってしまった。


 そして浮遊魔道具から一筋の火球が発射された。先ほど兵士たちが放ったものよりも、さらに巨大でより強い輝きを誇るそれは、火球というよりも小さな太陽のようだった。


 撃ち出された光球は城壁の角に設けられた見張り台の側面に着弾する。同時に巨大な爆発が見張り台を包み、建材のレンガや配備されていた兵士たちが吹き飛ばされた。飛散した瓦礫と土煙は瞬く間に周囲の城壁を包み込み、防衛線はたちまち崩壊した。


「なんという破壊力」


「もう終わりだ……」


 幸いにも難を逃れた兵士たちも口々に弱音を吐き出す。150年前の建国以来、一度も敵の侵攻を許したことの無いこの王城が初めて攻撃を受けた。その事実を直視して、士気は完全に委縮していた。


「攻撃の手を休めるな!」


 だがこんな状況にもかかわらず、アンドゥーラ男爵は敢然と立ち尽くしていた。


「城など後からいくらでも作り直せる。国王陛下さえ守り通せ、そして敵を討つのだ!」


 何者にも折れない男爵の力強い声。兵士たちは奮起し、「はい!」と声を揃えて立ち上がった。


「国王陛下、国王陛下……」


 拡声魔道具を通してダン・トゥーンの呟きが響く。その声は怒りに震えていた。


「そんなに国王陛下が好きなら、一足先に地獄で待ってろや!」


 そして再び魔動機関銃が乱射される。


 兵士たちは急いで結界を張り、降り注ぐ弾丸から身を守った。


 だがその内の一発が、魔術の展開に遅れた男爵の胸を撃ち抜く。


「男爵!」


 仰向けで倒れる男爵に兵士が駆け寄り、急いで物陰に引きずり込む。だが弾丸は気管を貫いたようで、男爵は満足に呼吸して声を出すことさえかなわない。


「陛下には……指一本……」


 そう口だけを動かしながら、アンドゥーラ男爵はやがて動かなくなった。




「はははははは、最高の眺めだな!」


 飛行魔道具に乗りながら高笑いするダン・トゥーン。操縦者と残るふたり、魔動機関銃と火球砲を手にした計3人の男たちも、同じように声をそろえて笑っていた。


 彼の手にしていたのは水晶玉。これは術者の張る結界を強化する魔道具で、このおかげで先ほどの猛烈な火球にも耐えることができた。共和国の進んだ魔道具技術が生み出した最新の兵器だ。


 勝利を確信するテロリストたち。縄と手枷で拘束されながらも、マリーナはその隙を見逃さなかった。全身を揺らし、ダン・トゥーンの背中に身体をぶつける。


「うお!?」


 不意をつかれたものの、踏みとどまるダン・トゥーン。だが手にした水晶はポロリと抜け落ち、機体の外、はるか下で燃え上がる家々の中へと落下して消えてしまったのだった。


「貴様、何てことしやがる!」


 機体を包み込んでいた淡い緑の光がふっと掻き消える。それは結界が消失したことを意味していた。


 すぐさま兵士たちは攻撃を再開した。マリーナも乗る飛行魔道具めがけ、城壁から銃弾が一斉に放たれる。


「ぎゃあ!」


 一発の弾丸が後方でテロリストのひとり、魔動機関銃を手にしていた男を撃ち抜いた。衝撃と痛みに男は大きくのけぞると、背中から機体の外へとはみ出してそのまま落下してしまった。


「くそ、一旦退くぞ!」


 操縦者の男がより強い魔力を宝珠に注ぎ込む。機体はそのまままっすぐ、全速力で真上に上昇する。


 彼らは追撃を振り切り、気が付けば王城さえはるか下に見下ろせるほどの高さにまで上昇していた。ここより高い場所は雲と星しかない。


「この高さならあいつらの弾も届かないだろう」


 操縦者がふうと安堵の息を吐く。長時間操縦を続け、彼は心身ともに疲弊が見えていた。


 一方のダン・トゥーンは黙り込んだままじっとマリーナを見つめていた。怒り、悲しみ。そういった全ての感情さえ捨ててしまったような冷徹な視線。このような眼をした人を、彼女は今まで見たことが無かった。


「ふふ、私を生かしておいたのが裏目に出たみたいね」


 強がりで言ってのけるも、ダン・トゥーンは眉一つ動かさないのは不気味だった。


「……お前は兵士たちの見ている前でむごたらしく殺すつもりだったが……やめだ。今すぐここで殺す」


 そしてマリーナの頭を鷲掴みにすると、機体の縁にガンと額を叩き付ける。


 目から火花が飛び出たような痛み。皮膚が切れ、意識も一瞬飛んだ気がした。


「さあ、落ちるんだよ!」


 ダン・トゥーンと残るもう一人の男はマリーナを機体の外に押し出さんと掴み、足蹴にする。だがマリーナはなおも抵抗を続け、機体と男の服を強くつかみ続けた。


 だがマリーナの力も限界を迎えようとしていた時だった。こんな空の高さにも関わらず、奇妙な音が聞こえてきたのだ。


 ボッシュ、ボッシュ、ボッシュ。何かを噴き出すような、聞き慣れない変わった音。


「何だ、この音は?」


「お、おい、あれ!」


 操縦者が下を指差す。そこにあったのは巨大なプロペラを備え付けた見たことも無い奇妙な機械だった。


 いや、正確には屋根もついていない魔動車の荷台部分に、高速で回転する上向きのプロペラを無理矢理接ぎ合わせたような外見。そんなヘンテコリンな乗り物が、白い蒸気を噴き出しながら空へ空へと昇ってきている。


「マリーナあああ!」


「助けにきたよぉぉぉ!」


 その変わった乗り物の、魔動車ならば荷台に当たる部分から聞こえたのは彼女にとって聞き慣れた、この世で最も慕う二人の男の声。


「お父様! ハインさん!」


 顔がぱっと明るくなった。声にも活気が戻る。


「な、飛行魔道具だと!?」


「馬鹿な、これは王国でもまだ開発されていない秘匿技術のはず! そんな簡単にマネできる代物じゃねえ」


 混乱するダン・トゥーン一味。彼らは飛行魔道具という唯一無二の兵器があるからこそ王城への攻撃を決行した。それが相手も同様の兵器を所持しているならば、最早この作戦は意味をなさない。


 そんな彼らを見て、プロペラの根元に備えられた大きな機械に手を添えていた男と女がふふふと笑う。


「驚いているようだなテロリストども。これは魔道具の技術ではない、蒸気機関……自然科学の技術の結晶だ!」


「正確には蒸気機関で作った運動エネルギーをプロペラの回転に変換することで、上方向に飛ばしているんだけどね」


 それはアルフレドとヴィーネの鍛冶屋の兄妹だった。彼らは蒸気機関の機械を無理矢理魔動車に組み込み、飛行する魔動車を急ピッチで完成させたのだった。


 だがこれだけでは垂直方向には動力を生み出しても、水平方向には移動できない。そこで細かい操縦は同乗したパーカース先生とヴィルヘルムのふたりが魔動車の運転と同じ要領で、それぞれ縦横別方向のエンジンを操縦することで実現している。


 そしてさらに父親のモンテッソーリ男爵とハインが乗り込み、動力として制限人数ギリギリの総勢6名が上空のマリーナ奪還に飛び立ったのだった。


「ハインさん、エンジンが持たないわ。早く!」


「ああ!」


 ヴィーネに急かされ、ハインは手にした鎖を一味の乗り込む飛行魔道具めがけて放り投げる。その先端はかぎ爪状になっていた。


 かぎ爪が飛行魔道具の底部の脚の部分に引っかかり、ふたつの機体が互いに連結する。これでもう離されない。


「この野郎……」


 吐き捨てるダン・トゥーン。ハインはその悪魔のような顔を睨みつけながら、強く言い放った。


「ようやく見つけたぞダン・トゥーン。初対面だが、お前は絶対に許さない!」


 その時のハインの顔は、悪魔よりも恐ろしいものだった。

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