第八章 その1 おっさん、王城へと急ぐ
「ははははは、燃えろ! 燃えろ!」
燃え盛る炎に包まれて崩れ落ちる図書館の天井を見下ろしながら、ダン・トゥーンは高らかに笑っていた。
「そんな……」
王国の長い歴史と叡智を物語る図書館が、灰となって消えていく。後ろ手に拘束されたマリーナは涙の粒をぼろぼろとこぼしてその最期を見届けた。
闇夜に雪舞う王都の上空。ダン・トゥーンと残された4人の側近はマリーナを連れ、大型のソリのような形状の飛行魔道具に乗り込んでいた。これはイヴァン一味の残した魔道具を大人数でも乗れるように改造したもので、6人の人間に加えてさらに大量の爆弾や魔動銃を積み込んでも、飛行できる馬力を備えていた。
その内ひとりの男は操縦用の宝珠を握って魔力を送り込み、残る者たちは手元の爆弾を地上へとばらまいていた。普段は坑道の発破や花火の原料として使われる黒色火薬を用いたこの爆弾は、わずかに出た導火線に魔術で火を点ともしてそのまま下に落とせば、家々を焼き尽くす恐ろしい兵器へと様変わりする。
「ひどい、知識は人類の宝。図書館は王国の発展の象徴なのに!」
涙ながらにダン・トゥーンを睨むマリーナ。だが、反王政派の首領はそれ以上の恐ろしい眼で睨み返したのだった。
「王国の象徴だぁ? 正しくはお前ら貴族が魔術と知識を独占してきた象徴だろ。あんなものは平民開放の邪魔にしかならねえ。ほらほら遠慮するな! もっともっと貴族の屋敷を燃やし尽くせ!」
ダン・トゥーンの声に同乗する男たちは「よっしゃあ!」と答え、さらに大量の爆弾を投下したのだった。
ここは王宮に出入りする貴族の屋敷が並ぶ地区の上空だ。落とされた爆弾は爆炎とともに屋根を吹き飛ばし、たちまち建物を炎で包み込む。
遅れて聞こえるのは、男も女も子供も、あらゆる人々の切り裂くような叫び声。
「もうやめて!」
マリーナは喉が割れんばかりに叫ぶ。だがダン・トゥーン一行は意にも介さないようすで、マリーナを一瞥して爆弾投下を続けるのだった。
「王国が生まれてから、貴族どもが俺たちをどれだけ虐げてきたと思っているんだ。代々積み重ねられてきた想いに比べればどうってことはない、むしろ当然の報いだ。ほらほら、もっとばらまいて王都を更地にしてやろうぜ」
そう言ってダンのばらまいた爆弾のひとつが、城下でも取り分け大きな屋敷の屋根を吹き飛ばす。
「ああ……」
マリーナはろくに声も出せず震え上がった。あの家には母の友人であるご婦人が住んでいるのに。
最早彼女に迷う暇は残されていなかった。マリーナは渾身の力で拘束されたまま身を起こした。
「この!」
そして一番近くで爆弾をばらまいていた男の背中に、全身全霊の体当たりをぶちかます。
「お? あああああ!」
突然の事態に男は何もできなかった。背後からの衝撃を受けた彼は火の点いた爆弾片手に、飛行魔道具から真っ逆さまに落下する。そして地上にぶつかるよりも前に手にした爆弾の導火線が尽き、夜の冬空で爆裂四散したのだった。
「何しやがる、このクソアマ!」
激怒したダン・トゥーンがマリーナの胸倉をつかみ、平手て頬を叩いた。冷たい冬の空気に乾いたバチンという音が響き、血の滴が飛び散る。
だがそれでもなお彼女は口の端から血を流しながら、ダン・トゥーンの悪魔のような顔を強く睨み返していたのだった。
「わかった、お前のことは大切な人質だからと思って丁寧に扱っていたが、もうやめだ。貴族の屋敷を焼き尽くした後、王城めがけて突き落としてやろう。敬愛すべき国王陛下のすぐ近くで死ねて本望だろう」
「そんなことしてみなさい、あんたもいっしょに引きずり落としてやるわ」
「元より俺はもう生きて帰ろうなんて思っちゃいねえ。この国を想っての救国の英雄として歴史に名を残すだけだ」
「あんたは英雄なんかじゃない、ただの殺戮者よ」
「戦勝の英雄も詰まるところはただの人殺しだ。結局は同じよ」
その時だった。地上からいくつもの弾丸が飛来し、彼らの乗り込んだ飛行魔道具をかすめたのだ。
「ほう、兵士たちが俺たちに狙いをつけたようだな。これはうかうかしてられねえ、さっさと王城に向かうぞ」
ダン・トゥーンの指示に操縦役の男は「へい、動力全開!」とさらに多くの魔力を送り込み、加速したのだった。
一方その頃、王城まで一直線に伸びる大通りは騒然としていた。
馬車や魔動車行き交うこの道は、普段ならば王都の大動脈として東西諸国に誇る賑わいを見せている。だがこの夜、煌びやかなこの大通りは戦場となった。
「だめだ、的が小さすぎて当たらない!」
整列して上空わずかに見える飛行魔道具に発砲を繰り返す20人ほどの兵士たち。だが彼らの手にしているのは一般兵の携行する魔動銃のみで、はるか遠くの敵を狙い撃つにはあまりにも貧弱だった。
本来、彼らの属する部署はこの周辺地域の見廻りが主な職務だ。携行する装備は最低限のものであり、詰所にもろくな兵器は置かれていない。そもそもこのような突発的な事態、兵士たちも着の身着のままに緊急出動したので装備を整える時間さえ与えられなかった。
だが兵士たちは諦めず、全員が魔動銃を空に向けて弾丸と体力が尽きるまでとにかく発砲を続ける。
その内いくつかは命中したようで、上空の機体が激しく揺さぶられる。
「いいぞ、手を休め――」
指揮官が口を開いた時だった。彼らの足元を覆う石の舗装が、甲高い破壊音とともに突如あちらこちらで小さくえぐり返されたのだ。
魔動機関銃だ。ダン・トゥーン一味が上空から兵士たちに機関銃を乱射し始めたのだった。
「まずい、全員隠れろ!」
雪に混じって降り注ぐ弾丸の雨の中、兵士たちは四方八方に逃げ出した。ある者は家屋の陰に隠れ、ある者はその場に伏せてやり過ごし、ある者は不運にも弾丸を浴びて倒れ込む。
「くそ、足止めもできないのか……」
一通り発砲が終わった後、物陰に隠れながら空に目を向ける兵士は舌打ち混じりに吐き捨てた。
「敵は王城方面に向かった、急いで迎撃準備を整えろ!」
そう通信用水晶に向かって叫ぶ兵士は、肩を撃ち抜かれておびただしい量の鮮血を流していた。
「第四班は生存者の救出を急げ! 第五班は住民の避難を呼びかけろ!」
指揮官も足が血で染まっているものの、雪の上に座り込んで部下たちに指示を飛ばす。
そんな時、車輪の音がどこからともなく聞こえ始める。見ると一台の魔動車が大通りを王城方向へと、瓦礫を避けながら向かってきていたのだった。
軍事用の大型車だ。馬車のような吹き曝しの御者台とは異なり、運転席も箱に覆われた頑丈な構造のものだった。
そしてその魔動車はボロボロの兵士たちのすぐ傍で停車する。
「皆さん、けが人を乗せてください!」
運転席から若き軍人ヴィルヘルムが顔を覗かせる。
同乗していたのはベーギンラード大佐や兵士たち、そしてマリーナの父親のモンテッソーリ男爵。つまりはダン・トゥーン関連事件対策本部で指揮を執っていた面々だった。
彼らは図書館破壊の一報からダン・トゥーンの焼き払う家屋の地点が王城へと伸びていることに気付き、連中の狙いは王城の破壊であると確信した。そして本部を引き払い、全速力で王城へと走ってきたのだった。
だが途中で交戦し満身創痍の部隊を発見した彼らは怪我人を見捨てることもできなかった。とりあえず魔動車に乗せ、王城に向かう途中で回復術師の資格を持つ男爵が治療を行うことにしたのだった。
「男爵、あなたは軍人ではありません。早く避難してください」
魔導車に運び込まれた兵士は、腹部に大きな穴を穿たれながらも男爵を気遣う。だがモンテッソーリ男爵は兵士の傷口に手を添えて治療魔術を施しながら、首を横に振ったのだった。
「いや、マリーナを、娘を助け出すまでは絶対に逃げられない。私の命に代えてでもあの子を救いだそう」
兵士たちが雪の上に倒れ込んだ仲間を次々と運び込んでいた時、パカラパカラと遠くから蹄の音が響く。
「おおい!」
2頭の馬がけん引する馬車が、これまたすさまじいスピードで先ほど魔動車の走って来たのと同じ方向から向かってきていた。
酒場『不死鳥の止まり木』を制圧していた兵士たちだった。荷台に乗れるだけの数の兵士が乗り込み、皆鬼気迫る表情でまっすぐ前を見つめている。その中にはハイン・ぺスタロットも混じっていた。
「ハイン殿、ご無事でしたか!」
怪我した兵士を抱えながら、ヴィルヘルムの顔が一瞬ぱっと明るくなる。
「ああ、幸いにも僕たちは無傷だ。ところで、ナディアたちは?」
「それが将軍に呼ばれまして」
「将軍に?」
「皆さん、ここにおられたのですか!」
聞き覚えのある女性の声にハインが振り返る。
そこにあったのは一台の大型魔動車。声の主はなんと運転席のパーカース先生だった。
「それは……蒸気機関!?」
「そう、今朝ハインさんの壊してくれたこの機械、今全力で改造しているんですよ」
絶句するハインの前で、ナディアがつぎはぎだらけの機械をそっと撫でる。
アンドゥーラ男爵の指示を受けてハインがハンマーで壊したこの機械は、兄妹の技術と主人の腕により、今元の形へと着実に復元されつつあった。
「幸いにも将軍が魔術を介さない蒸気機関の技術に興味を持ってくださったのです。兵器として使えるよう急いで作り直しているのです」
魔動車の荷台で、妹のヴィーネが手から高熱を発する魔術で機械に取り付けられた金属管の一本を熱しながら話す。
「ダン・トゥーンを止めるための非常事態だからと、将軍も特別に許可をくださいました。国王陛下を守るため、もしもの時は自分が責任を負うとも」
その赤熱した部分を兄のアルフレドがハンマーで叩いて即座に鍛え直し、変形を元に戻しながら言った。
「そんなことに……」
「ええ、急ですが、今こそ私たちの技術を見せつける時です!」
兄妹が語気を強めた。同時に研究者仲間の男たちも頷く。
彼らの眼には強い意志が宿っていた。今朝、絶望に打ちひしがれたあの顔とは全く別の、前へ前へと進まんとする不屈の意志が。
「よし、人手が必要なら僕も加わるよ!」
ハインは馬車から飛び降りた。
そんな彼らを見ていたベーギンラート大佐は無言で大きく頷いた。そして怪我人を介抱する部下たちを向き直ると、一際大きな声で鼓舞したのだった。
「さあ、我々もこんな所で立往生している場合ではない。急いで怪我人を乗せ、王城に急ぐぞ!」
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