第七章 その5 おっさん、テロリストを捕まえる

「ずいぶん待たせるな」


 円形のテーブルに座る面々にトランプを配りながら、髭の男はちらりと窓の外に目を向ける。


「ああ、急な命令だったから準備に手間取ってるんだ。でも大丈夫、裏口に立ったらドアを速く3回、ゆっくり4回、最後に素早く3回ノックが俺たちの合図だ、のんびり待て」


 その中に混じったハインは、配られた2枚のトランプの図柄を見ながら答えた。


 4と6。あと11でブラックジャックだ。


「ヒット、もう一枚頼む」


 ハインが机を指先で叩き、言われた通り髭の男は山札から一枚カードを放って寄越した。


 図柄は9。合計19、ここらが引き際だろう。


「スタンド、カードを見せてくれ」


 ディーラー役の髭の男は手元の2枚のカードを見せる。手札は7とジャックの18。ハインの勝利だった。


「ほう、あんた強いな」


 髭の男はチップ代わりの10枚の銅貨をハインに渡しながら感心する。


「若い頃に色々と悪さしてたからな」


 苦笑いを浮かべて思い出す。伯爵夫人エレンとまだ青空の下で出会っていた頃、ハインはなかなかに荒んだ生活を送っていた。カードを使ったギャンブルに興じ、その日の稼ぎを全て使い込んでしまったこともあった。


「俺たちの仲間なのに、今は悪くないみたいに言うな!」


「おっと、そうだったな。俺たちは欲にまみれた支配者様に逆らうならず者ですよー」


 男たちがそろって豪快に笑い飛ばす。


 その時、窓際に座っていた若い男が外に目を移すと、狭い路地をふたりの御者の座った馬車が窮屈そうに通っているのが目に入る。


「お、来た来た!」


 ハインと男たちはカードを机に置き、立ち上がって急いで階段を降りた。


 そして酒や食材の積まれた倉庫を通り、裏口の扉の前でじっと構える。


 しばらくすると馬のいななきが聞こえ、そしてハインの言う通り、素早く3回、ゆっくり4回、そして最後にまた素早く3回の独特なノックのリズムが続く。


 仲間が来た。男たちは無言で頷き合い、ドアノブに手をかけた。


「やあ、お疲れ!」


 髭の男がドアを開けると、分厚い外套を羽織り深く帽子をかぶった大柄な男がじっと立っていた。


 男が乗ってきたのは複数の大きな木箱を満載にした、2頭の馬で曳く大型の馬車だ。暗闇の中、御者台にももう一人男が座っているが、こちらも帽子を深くかぶっているので顔はほとんど見えない。


「これまた随分と大荷物だな」


 娘一人と聞いていたのに、予想外の積載に男たちが漏らすと御者は淡々と答えた。


「ダミーだ。適当な荷物を見つけて放り込むの、大変だったんだぜ」


「ふうん、まあいい。どれに娘が入っているんだ、早速運び込んで――」


 ハインと髭の男以外の2人が馬車に近付いたその時だった。


 突如木箱の蓋が外れ、中から魔動銃をかまえた兵士たちが飛び出したのだ。


「な!?」


 不意を突かれた男たちにはろくに声を上げる暇も与えられなかった。


 兵士の発砲した新型の無音式魔動銃が2人の眉間を撃ち抜き、鮮血とともに背中から倒れ込む。


「むぐ!」


 残された髭の男は素早くハインが殴り飛ばした。男はハインの体重をかけた重い一撃に、白目をむいて雪の上に崩れた。


 奇襲を仕掛けた兵士は少なくとも10人。馬車から飛び降りた兵士たちは、開け放たれた裏口から店内へと突入する。


「動くな、国王軍だ! 全員手を挙げて床にひざまずけ!」


 にわかに騒然とする店内。「何事だ!?」と店主の男が叫ぶが、銃を突きつけられなすすべなく床に伏せる。


 パニックに陥った一部の客が正面入り口に殺到した。だが目の前で扉が蹴破られて国王軍の別部隊がなだれ込むと、目を回しながらも両手を上げて降参するのだった。


 さすがは日々鍛錬を積む国王軍だ。よく下準備され素早く実行される作戦にハインが感心している間に、ダン・トゥーン一味のアジトのひとつはたちまち制圧されたのだった。


「ハイン殿、ご協力ありがとうございます」


 御者に扮していた男が帽子を外し白髪交じりの頭髪を見せると、ハインに握手を求める。この男はこの部隊を指揮する中佐だ。ハインが男たちをうまく丸め込んだおかげで、軍としても疑われずに大量の兵士を送り込むことができたことを深く感謝していた。


「クソ野郎、貴様、軍の人間だったか……」


 店主は銃口を向けられながらも吐き捨てる。


「ありがとうございます。ですが、ここにはマリーナはいませんでした」


 拘束されたメンバーが次々と腕輪を回収されて連行されていく中、ハインは作戦成功を喜びながらも素直に笑うことはできなかった。


「今、聞きだした他のアジトにも突入作戦を行っています。透明化魔術を使いこなす特殊部隊もおりますので、マリーナ嬢もすぐに助け出されるでしょう」


 中佐は微笑みながら答えた。その時、一人の兵士が慌ただしく階段を駆け下りてきたのだった。


「中佐、大変なものが見つかりました!」


 部下のただならぬ様子に、中佐は「今行く」と駆け足で階段を上った。ハインや他の兵士数名もそれに続く。


 それはハインがブラックジャックをしていた部屋よりもさらに上の階、3階の部屋に置かれていた。


「これは……魔動兵器か!」


 部屋を埋め尽くさんばかりの木箱。その外れた蓋から見え隠れするのは、何十何百という解呪の腕輪に魔動銃。ただの犯罪のレベルを超えている、小さな町ならばあっという間に壊滅できてしまえるほどの兵器だ。


「まさかこれほどの兵器を隠し持っていたなんて……」


 誰もが言葉を失っていた。一味がこの装備で総力を結集した場合、王都は火の海に包まれていただろう。


 そんな予想を超えた事態に皆が茫然としていた時だった。兵器に混じって置かれた通信用水晶のひとつが光り出し、武器庫に突如男の声が響いたのだ。


「あーあー、高慢で頭でっかちな軍人諸君、実に見事な働きだった。よくもまあ俺のアジトをすべて壊滅させてくれたな」


「何だこれは!?」


 兵士たちが一斉に銃を向ける。声の主の姿はそこに無いものの、話の内容からダン・トゥーンの声だとは誰もが理解していた。


「おっと、驚いているようだな。この水晶はちょっと手に入りにくい特別製でな、受信しかできないが、送信側が魔術を送り込めば自動的に起動するという仕掛けなんだよ」


 兵士たちがどよめく。通常、通信用水晶を起動させ続けるためには魔術師が魔力を消費し続ける必要がある。それは受信側も送信側も同様だった。


 つまり一方が魔術を使用しなくとも通信が可能となるこの水晶は、常識を打ち破る革新的な発明だった。だが、そんな技術を持つ者は王国にはいない。


「そうか、この魔動兵器も共和国から!」


 中佐が部屋に積まれた兵器を見回した。以前教会を乗っ取ったイヴァン一味も、隣国である共和国の人間から兵器を受け取ったと証言している。王国に混乱を招くためか、反王政組織へと兵器の流れるルートが確立されているのだろう。


 だがそんな中佐の声は送信側には届いていない。ダン・トゥーンは笑い声を交えて話を続けた。


「さてさて、お前たちがアジトを潰してくれたおかげで、ダン・トゥーンもいよいよ断頭台送りか、とでも思ったか、このトンマども! 俺がいつ尻尾を掴まれるかわからねえ場所にずっと居座るわけがないだろ、ちったあ考えろ。俺の拠点はまだあるんだよ、それも仲間でさえほとんど知らない秘密の場所にな。お前らがお探しの貴族のお嬢ちゃんも一緒だ、ほれ」


 ガサゴソと何かを引っ張るような音の後だった。続いて聞こえたのはハインにとって聞き慣れた女の子の声だった。


「すぐに避難を呼びかけて! ダン・トゥーンは本気よ!」


「マリーナ!」


 ハインは思わず叫んで水晶にとびついた。


「黙ってろ小娘! ほれ、もういいだろ。娘はまだ元気だ、怪我ひとつしちゃいねえ。だが全てのアジトを潰されるのはさすがに予想外だったぜ、おかげで俺の仲間もほとんど残っちゃいない、俺の計画はすべてパーだ、正直なところダン・トゥーンとその一家ももう終わりだろう」


 ダン・トゥーンの声の向こうから、マリーナが「逃げて!」と叫び続けているのがわずかに聞こえる。


「だ・か・ら、俺は覚悟を決めたぜ。もうどうなったっていい、こんな腐れ切った王国、一度終わっちまう方がいいんだ。これから最後に一発、ドカンと大きな花火をお見舞いしてやろう」


「こいつ、自棄やけになってる!」


 兵士のひとりが青ざめて言い放ったその時だった。遠くでドンと何かが爆発したような音が聞こえびりびりと空気が奇妙に振動すると同時に、地面もまた揺れ始めたのだ。


「地震か!?」


「いや、それにしては様子が変だ」


「中佐、窓の外を!」


 ざわめく男たちの中で、ひとりの若い兵士が窓の外を指差した。中佐は外の様子を一目見ると、あまりの光景にその場で凍り付いてしまった。


「なんということだ……」


 ゆっくりと窓を開きながらぽつりと漏らす。


 貧民街の建物の屋根屋根をはるかに見下ろす巨大な石造りの王立図書館。だが今、その天井は抜け落ち、穿たれた穴からはごうごうと巨大な火柱が立ち昇っていたのだった。

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