第四章 その7 おっさん、王国に帰る
「ハイン、本当に馬鹿な事を……!」
魔動車で伯爵の屋敷に運ばれてきたハインを出迎えたのは怒りにぷるぷると震える伯爵夫人だった。
「本当、男の人ってなんで女心が分からないのでしょうね」
マリーナとナディアも混ざって悪態をつく。
「みんな、ひどいなぁ」
せっかく身体を張ったのにこの仕打ちはないだろうとハインは困惑するも、女性陣は相変わらず怒り心頭のご様子だった。
迅速な回復術師の処置を受けたおかげで背中の傷もすっかり塞がったものの、あと数日は安静のためベッドを離れられないハインは彼女たちから逃れることはできなかった。
「ペスタロット君、キミのおかげで伯爵家の疑いは晴れたよ、ありがとう!」
デュイン公爵がハインの大きな手を取って満面の笑みで褒め称える。おかげでハインはいくらか救われた気分になれた。
領主である伯爵は何も言わなかったが、屋敷の中でも最高位の客間をハインにあてがい、さらに専属の下僕を付き従わせるなど平民としては破格の扱いでもてなしてくれた。口には表さないものの、領地の危機を救ってくれたことを感謝しているのだろう。
「いやあ、此度のご活躍は素晴らしいものですね。おかげで私の旅行記もドラマチックなものになりますよ」
ベッド脇の椅子に腰かけた旅の自由人レフ・ヴィゴットが調子よく話す。彼は緩衝地帯で起こった出来事を本にまとめたいそうで、ハインから聞き取りを行っていた。
「それにしても王国の内乱をしかけるなんて、共和国も回りくどいことを考える。魔術兵器の開発はあちらが進んでいるのだから、まだ正面から挑んでくる方が清々しいものですよ」
「それは絶対によくない。野盗の襲撃と国同士の争いは規模が違います。もし本当に共和国が攻め込んできたら、あの村どころでない被害が出てしまいます」
ベッドの中で上体を起こしたハインは強く断る。緩衝地帯には悪いが、被害があの程度で済んだのは不幸中の幸いだった。もしハインがいなければ、山中でのフレイの奇襲だけで兵士たちは全滅していたかもしれない。
「そうでしょうねえ……聞いた話では共和国は山賊との関係を知らぬ存ぜぬで依然シラを切っているそうです。相手が首を縦に振らない以上、やったやってないの水掛け論が延々と続くだけ、結局王国は何ひとつ得しなかったのですね」
「いえ、王国と緩衝地帯のつながりが増したのは良い兆しですよ。それに……今の政治の在り方を改めるきっかけになったかもしれません」
「ほう?」
男は首を傾げた。
「名はイヴァンというのか。どうだ、魔術もろくに使えない男の策に嵌められて、大層惨めだろう?」
伯爵領某所、カビ臭い地下室に鉄格子で区切られた牢屋。罪人を放り込むそんな牢のひとつを覗き込みながら、小綺麗な衣服に身を包んだブルーナ伯爵ほくそ笑んでいた。
その視線の先には頬に腕に脚に、身体中を埋め尽くさんばかりの封魔紋章を施された男が重々しい手錠をはめられ床に座り込んでいた。
「ああ、惨めだね。あんたみてーな糞汚い権力者に見下ろされてよ」
自由に身動きもとれないと言うのに、男はケラケラと笑いながら答える。別の牢に入れられたフレイが絶望に沈んだように放心状態にあるのとは対照的だ。
「今の内にわめいておけ、どうせ貴様は一生ここから出られない」
「あんた、これで終わりだと思ってるのか?」
伯爵はぴくっと眉を震わせ、「なんだと?」と尋ね返す。男はニタニタと不気味に微笑んだまま、伯爵の顔をまっすぐ見つめて話し始めた。
「俺で終わりってことはねえ、同じような革命の志士がこれからも現れるって意味さ。俺は鉱山労働者の子として生まれ、自分の名前の書き方さえ知らなかった。だが生まれてすぐ背中に施された紋章だけでは俺の溢れ出る魔力を抑え切れなかったようで、成長とともに俺は新しい紋章を入れられた。腕、脚、胸……しまいには顔にもデカデカと描かれた。類稀な才能を持って生まれても、身分が低ければどうしようもない。その時だ、俺がこんな社会をぶち壊してやろうと決めたのは」
伯爵は何も言わず、ただ男の紋章を描かれた顔を見つめ返す。男はさらに続けた。
「満ち足りたあんたには一生わからないかもしれねえ。だがよ、俺みたいにこの国に不満を持っている奴はごまんといる。やつらは機会があればあんたの屋敷に攻め込んで、従者も家族も皆殺しにしてしまうだろうよ」
そして男は手錠のはめられた両手を伸ばし、伯爵の鼻先で右手の人差し指を立てると強く言った。
「忠告しといてやる。あんたの足下にはいつ暴発するやもわからねえ爆弾が埋まってるんだ、せいぜい怯えながら暮らすがいい、あんたの人生はこれからもずっと綱渡りなんだってよ」
高笑いする男。伯爵はくるりと背を向け、つかつかと去っていった。
王国は山賊たちの身柄を引き渡されたものの、連中の使っていた兵器は緩衝地帯が回収したため、共和国への抗議に関しての主導権は得られなかった。
さらに王都から逃れるために使われたという空飛ぶ兵器は今なおどこかに隠されたままで、その在処を尋ねても山賊たちは一切口を割らなかった。
結局のところ。今回の事件について美味しいところは緩衝地帯に持っていかれ、王国は痛手を負っただけだった。
「この国は……本当にこのままで良いのか?」
伯爵はため息混じりにぼそっと呟きながら、地上に通じる重厚な金属扉に手をかけたのだった。
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